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作者: 夜門シヨ
22頁
「バルドルっ!」
「っ――!」

 バルドルが肩を大きく跳ね上がらせて飛び起きる、と。目の前には、冷や汗をかいている親友ロキの姿があった。

「ろ、ロキ?」
「おい大丈夫かよ。すげぇ、うなされてたぞ?」

 バルドルは、どうやら書斎机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。ロキの言葉に彼は今まで見ていた夢を思い出す。
 自身が感じる周囲への嫌悪感、それでも求められる姿を見せ続けなければいけない使命感。
 どれも今でも深く感じている邪魔なもの。
 けれど、今見ていた夢に彼はある違和感を覚えていた。

「なぁ、ロキ」
「うん?」
「私は、生きているよな?」

 唐突なバルドルの問いかけに、ロキは一瞬固まってしまうものの。動き出すと、深くため息を吐いて彼のおでこを指で弾く。

「いてっ」
「お疲れだな、バルドル」
「……疲れているのは君もだろう。連日のレムレス狩で、ろくに睡眠もとっていないだろうし」
「それはお互い様な」
「……あとは、ナリ君やナルさんとも会えていないだろう」

 バルドルの言葉に、ロキは肩をぴくりとさせる。

「報告では、なぜかフェンリルが潜んでいた森にいた兄妹を見つけたのは君だったようだけれど。そこで、話はできたのかい?」

 ロキはバツが悪そうに唇を尖らせながら「なんにも」と拗ねたように話す。

「話そうとしたら、アイツら熱出してたみたいで速攻帰還しなくちゃいけなくなったわ、戦乙女に怒られるわ……全く、散々だ」
「その熱も、ようやく治ったらしいよ。……会いに行くんだろ?」

 ロキは小声で「あぁ」と答える。
 
「なんで連れてきたのかとか。今は兄妹も大切だってこととか……。シギュンも見つけたらさ、ボク達の子供にしようとかも考えたんだ。シギュン、子供を欲しがっていたし」

 バルドルに意気揚々と話すロキの頬は緩んでいて、心の底から楽しそうな子供のような顔をしている。そんな親友の穏やかな表情に、バルドルは笑みを我慢しきれない。
 
「で? もしかしてついてきてほしいのか?」
「……」

 先程まで楽しげに話していたロキだが、彼にそう言われると目線をすかさず逸らした。

「なんか……恥ずかしいんだよ」
「今更だなぁ。いくら親友の君の頼みでも、それは一人で決めてきなよ」
「――っ! そんなふざけた顔しないで、黙ってついてこいっての!」
「ははは、いいよ。ちなみに、このふざけた顔は君の真似だから」
「あぁ?」

 彼等は楽しげに、こんな時間がいつまでも続くと思っていた。

「「――!」」

 こんこん、と。彼等の談笑に割り込む者が現れた。誰かがこの部屋にやってくることなど日常茶飯事ではあるのだが、今この時だけは、部屋に緊張感が走る。

「誰だ。入りたまえ」

 恐る恐る声を発したバルドル。それを聞いたであろう扉の向こうにいる何者かは、自身を名乗ることもせずにゆっくりと扉を開ける。そこにいたのは――。

「ごきげんよう。光の神バルドル様、邪神ロキ様」

 半分が紫に腐った身体を漆黒の服に身を包んだ、屍女ヘラ。

「お迎えにあがりました」



「僕は。今から最高神オーディンを殺して、兄様と新世界を作る」

 ホズの信じられない言葉に理解が追いつかな兄妹。そんな彼等の背後で、轟音が鳴り響く。

「えっ、なに?」
「爆発? 確か、あのあたりって……バルドルさんの部屋があるんじゃ!」

 立ち上がって兄妹は窓へと張り付くものの、音の原因を全く掴めない彼等に、同じように立ち上がったホズが口を開ける。

「どうやら約束通りしてくれたみたいだ」

 その言葉に、兄妹は嫌な予感を察知する。十中八九、彼が引き起こしたものだ。

「ホズさん! 一体なにを――!」
「僕がヘラに頼んだんだ。兄様を死の国へ連れて行ってくれないかって」

 予想もしていなかった名前が出たことに、兄妹は目を丸くさせる。
 
「頼んだ? ヘラって……あの、アングルボザが創った屍女ですよね? どうして……?」
「兄様が、これから僕がやることを邪魔しないようにするには、一度駆けつけられない所へと追いやっておかないといけないから」
「だからって、得体の知れないもんが、なんでホズさんの言うこと聞くんだよ!」
「報酬が良かったのかな。時間が来るまで、兄様と遊んでもいいよって話したら快く引き受けてくれたんだ」

 唐突な話の流れに追いつけないでいる兄妹を放って、ホズは話を進める。
 
「まぁ、ここまで派手にするとは思ってなかったけど……。あぁ、もちろん! 死の国は生者にとっては毒だから。終わったらすぐに迎えに行くよ。僕の新世界と共に、ね」

 変わらず笑顔で楽しげに話すホズに、兄妹は唾を飲み込んだ。
 
「……ホズさんのやることって、さっき話してたこと、なんだよな。その……」
「最高神オーディンを殺す。それだけだよ」

 ナリが言いにくそうにしていた言葉を、ホズは決意を込めた芯の通った声で放つ。彼の決意は、固まっているのだ。――兄を想った時からずっと。

「ホズさん、どうか考え直して! こんなの、バルドルさんは――きゃあ!」
「うわっ!」
 
 ホズを引き止めようと足を動かした兄妹に、するりと木の幹のようにどっしりとしたレムレスが彼等の身体にぬるりと巻き付く。

「邪魔しないで。……君達もオーディンの被害者だ。これは、君達を救うことでもあるはずなんだよ」
「ホズ、さん?」
「そうだよ。オーディンを殺せば……殺せていれば……あんな事にならなかったんだ」

 ホズはブツブツとなにやら自分に言い聞かせるかのように呟き、手元を黒い靄で何かを形成していっている。

 「兄様がこの世界で自由になれるように……自分勝手な神族から逃げ出して……大切な友達と……ずっと一緒にいれるように……」
 
 ホズの手には、黒い靄で出来た弓矢と鋭い枝があった。どうにかしてレムレスから逃れようともがく兄妹に、ホズは優しく微笑んでみせる。

「それじゃあ、行ってくるね」

 と、彼が扉へと振り返る。そこには、黒いローブを羽織った者――ロプトが扉の前で立ち塞がった。
 
〈ホズ。君、なにをしようとしてるんだ?〉

 ロプトを知らない兄妹とホズ。レムレスに似た恐怖と緊張感が部屋を覆い尽くしていく。が――ナリだけは、彼の発する声に引っかかっていた。
 突然の来訪者の登場にホズは眉を顰めるものの、「……あぁ、貴方が世界樹の言っていた偽物。なるほどね」と呟き、キッとその者を睨みつける。

「……なにって、あの時の再現さ。でも、今度は違う。今度こそ――僕は最高神オーディンを殺すんだ」
〈そんなことしたら――〉
「また繰り返すって?」

 ホズの言葉に、ロプトは身体を大きく反応させる。
 
〈――! ホズ、君はどこまで〉
「世界樹だよ。でも、それも限界なんだろ? だからこんな世界が生まれた。多くの歪みが発生した。……君もその歪みの原因なんだから、分かってるんだろ?」

 ロプトはなにも答えることができず、拳を強く握りしめている。
  
「どうせ今回で終わってしまうんだ。それなら、あるはずだった新世界を此処で創ってしまっても問題ないだろう?」
〈……いいや〉

 ホズの考えをロプトは否定した。ロプトは彼の足元に、漆黒の炎を編み出す。ホズはそれに瞬時に気づき、自身のレムレスを使って回避をしようと試みるも――間に合わず、片足から飲み込まれていく。

〈それじゃあ、彼女は救われないんだ〉
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