残酷な描写あり
『大翼の不死鳥』GM────グィン=アルドナテ
冒険者組合『大翼の不死鳥』GM────グィン=アルドナテさん。いつも浮かべている困ったような笑顔が印象的な、二十代後半を思わせる外見の男性。だが彼の実年齢を知る者は少なく、僕も先輩ですらも知らなかった。
「私はここにいるよ。ウインドア君」
と、困ったような笑顔を浮かべつつ、僕にそう声をかけるグィンさん。一体いつの間に、そしていつから自分の背後に立っていたのだろう。……全く気配を感じなかった。感じ取ることができなかった。
──もしここがダンジョンで、グィンさんが魔物だったら……。
一応それなりの実力は持っているつもりだったが、やはり僕はまだまだということだろう。悪寒にも似た感覚を背筋に走らせながら、僕はグィンさんに返事する。
「お、お久しぶりですグィンさん」
「うん久しぶり。会うのは『魔焉崩神』の襲来以来……になるのかな?」
「そうですね。たぶん、それくらいになるかと」
……正直に白状させてもらうと、僕はこの人が苦手である。掴みどころのない、飄々としたこの性格や雰囲気に、未だ上手く慣れることができないでいる。
そんな僕の複雑な思いなど露知らず、困ったような笑顔を保ったまま、グィンさんが口を開く。
「あの時は助かったよウインドア君。何たって君は数少ない、『大翼の不死鳥』所属の《S》冒険者の一人だからね」
「……お世辞はいいですよ。僕がいたところで、状況は変わらなかった。こうして僕たちやこの街が残ってるのは、全てラグナ先輩のおかげです」
「んー……まあ、それはそうなんだけど、別に世辞のつもりで言ってる訳じゃないんだけどなぁ。ウインドア君、そう謙遜する必要はないと思うよ?」
「そう言ってくれること自体は、僕も嬉しいんですけど……」
この人の言葉に嘘偽りはないんだろうけど……やっぱり、苦手だ。
僕が誤魔化すように苦笑いしていると、グィンさんが訊ねてくる。
「ところでそちらの可愛いお嬢さんは誰だい?……ああ、もしやその子が今噂で持ち切りの、ウインドア君の恋人かい?」
「だから!俺はそんなんじゃねえってのっ!!」
「あれ?そうなのかい?」
「…………そうですね。はは……」
参った。もう僕と先輩の噂は街全体に知れ渡っているようだ。誤報も誤報、デマもいいところだというのに。
しかし、こうまで広がり認知されてしまうと、それも通用しなくなってくる。当の本人が否定しても、周りがそうだと思ってしまえばもはや関係ないのだ。噂とはそういうものであり、既成事実として扱われてしまう。
……というか、やはり他の人からすると僕と先輩はそんな風に見えてしまうのか。まあ一見だけすれば二人共年頃の男女だし、二人揃って街道を歩いていれば、何の事情を知らぬ者たちからすれば、そういった仲に見えてしまうのが当然なのだろう。
それと、メルネさんもグィンさんも今の姿の先輩の一人称や口調には何も突っ込まないんだな。
「まあその話は置いておくとして。私の所在を確認していたということは、私に何か用事でもあるのかな?ウインドア君」
「あ、はい。その通りです。その、ちょっと……ラグナ先輩に関して話したいことがあって」
「ほう、ブレイズ君の話か。それは丁度良かった」
「え?」
一体何が丁度良かったのか。そう思い声を漏らす僕に、グィンさんは言ってくる。
「ブレイズ君唯一の後輩である君に、彼が今どこにいるのか尋ねたかったんだよ。それで、ウインドア君。ブレイズ君がどこにいるか知ってるかい?それとも毎度のこと、いつの間にかもうこの街に帰って来たのかな?」
「……あー……えっと、まあ。知ってるには知っています、けど……」
言い難そうに言葉を濁す僕に、グィンさんは訝しげにしながらも提案する。
「?君にしてはどうにも歯切れが悪い返答だね。まあここで立ち話も何だし、応接室にでも場所を移すことにしようじゃないか」
「さて。ではまあ、まずウインドア君の話とやらを先に聞かせてもらうことにしようかな。それで、ブレイズ君に関して何を話したいんだい?」
あの後、僕と先輩はグィンさんに連れられ応接室にへと移動した。落ち着いた内装の部屋で、本棚などの簡素な家具類やインテリアが置かれてある。
椅子に腰かけて、僕はグィンさんとテーブル越しに向かい合う。………先輩に関して話そうにも、一体どこから話したものだろうか。
疲労にため息を吐きそうになるのを堪え、数秒の間を開けた上で僕はゆっくりと、口を開いた。
「グィンさん。先輩が今どこにいるかを、貴方は知りたいんでしたよね?」
「うん?うん。まあ、それはそうなんだけど……ということは、やっぱりブレイズ君はもう街に戻って来てるんだね」
「ええ……まあ、戻って来てるには、来ているんですが」
「だったら、先にブレイズ君の居場所を教えてもらおうかな」
「今、僕の隣にいます」
「え、そうなの?…………え?」
まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、僕の隣に座る先輩(少女)を見るグィンさん。
そして困ったような笑顔を、再度僕に向けるのだった。
「これは驚いたなあ。まさかウインドア君が私に冗談を言ってくるなんて。これは明日には雪でも降るのかな?」
「……いや、冗談なんかじゃあないんです。僕の隣にいる、この女の子こそがラグナ先輩────ラグナ=アルティ=ブレイズその人なんですよ」
「……えーっと……?それは一体、どういうことなんだい?」
グィンさんはそう返すと、依然浮かべたままの困った笑顔を、今度は先輩へと向けて訊ねた。
「君、本当にブレイズ君なのかい?」
半信半疑で投げかけられたグィンさんの問いかけに、先輩は何の誤魔化しもなく、素直に答える。
「おう。俺はラグナだ。ラグナ=アルティ=ブレイズなんだ」
「……私の記憶だと、ブレイズ君は男だったはずなんだけど」
グィンさんの指摘に、先輩が言葉を詰まらせる。それから目を泳がせて、そして何故か疑問符を浮かべ、その指摘に対して返事した。
「いや、それは……んっと、だな……ええっと……へ、変な夢見て、そんで起きたら女になっちまってたんだ、よ……?」
「………………んー?」
グィンさんの困ったような笑顔が、さらに困っていく。いや、これに関しては僕も同じ気持ちだった。
──そんな説明じゃあんまりですよ先輩……。
ラグナ先輩だからと、喫茶店の時は大して変に抵抗感も抱かず受け入れられたが……こうして第三者の目線に立つことで僕は初めて考えることができた。考えてみれば、夢を見て、そして起きたら女になっていたなどと、そんな荒唐無稽な話誰が信じられようか。
これでは二人が共謀して自分を騙そうとしていると、グィンさんがそう勘繰ってしまったりしても仕方ないことである。だが僕が思うよりも、グィンさんは善人だった。
「二人がかりで私を揶揄うのは、あんまり感心しないなあ」
幸いと言っていいのか。二人してこちらを揶揄っているのだとグィンさんは思ってくれたらしい。まあそれはそれで問題であり、堪ったものじゃないと言わんばかりに先輩も声を荒げる。
「か、揶揄ってなんかねえよ!本当にラグナなんだよ俺は!信じてくれよGMッ!」
そして僕も先輩のことを見兼ねて、助け舟のつもりで口を開いた。
「すみませんグィンさん。嘘みたいな話ですけど、全部本当のことなんですよ……」
必死に訴える先輩とそれを肯定する僕を交互に見ながら、グィンさんは笑顔を浮かべつつも、少し呆れたようなため息を吐いてしまった。
そして間を置かずに────今の今まで浮かべられていたグィンさんの笑顔が、そこから消え去った。
──ッ……?
まるでグィンさんがグィンさんではないようだった。普段の様子とは全く以て違う、まさに真剣そのものといったただならぬ雰囲気。口を閉ざした彼の眼差しが、相対する先輩のことを真っ直ぐに射抜く。
だがしかし、先輩は一切狼狽えたりなどしなかった。真っ向からその眼差しを、確かに受け止めていた。
誰もが口を閉ざす無言の中、ようやっとグィンさんがまたその口を開いた。
「わかった。わかったよ。そこまで言うなら、こうしようじゃないか」
言って、グィンさんは先輩へと視線を固く定め、そして一呼吸挟んでから彼はこう続けた。
「君に、今から幾つか質問しよう。それら全てはブレイズ君に関することであり、そして彼にしか答え得ない質問だ。……いいね?」
その時のグィンさんが、僕にはまるで知らない全くの別人に思えた。こちらを試すような口振りの彼の言葉に、先輩は────僅かにだが、その瞳を見開かせた。……気がした。あくまでも、そんな気がしたのだ。だが僕がそう思うとほぼ同時に、先輩の様子は普通に戻っていた。
……いや、それは嘘になるだろう。ラグナ先輩と付き合いの長い者であれば、きっとわかったはずだ。その表情こそ平静を装っているように見えたが、何処か固いような、上手く言葉にすることはできない違和感がそこには確かにあった。
僕がそれに気づき、一体どうしたのかと思った矢先。先輩が僕の方を一瞬だけ一瞥したかと思うと、何事もなかったかのように視線をグィンさんの方に戻して、それから閉ざしていた口を小さく開いた。
「わかった」
先輩の声は妙に固かった。先輩の返事を受け、グィンさんは僕の方に顔を向けて言う。
「悪いね、ウインドア君。次に呼ぶまで、席を外してくれるかい?」
「え?……わ、わかりました」
そのグィンさんの声音も、何故か強張っていた。それに関して問い返すことを、遠回しに許可しない声音だった。だから僕は疑問に思いながらも、彼の言葉にただ頷きそのようにするしかなかった。
「……ごめん、クラハ」
グィンさんに言われ、一旦執務室から出て、そして扉を閉めようとしたその時。グィンさんと向き合いこちらに背中を向けたまま、先輩が一言だけそう呟く。
その声音は怯えるように震え、悲痛に、切なげに響いている────少なくとも、僕にはそう感じ取れて仕方がなかった。
「私はここにいるよ。ウインドア君」
と、困ったような笑顔を浮かべつつ、僕にそう声をかけるグィンさん。一体いつの間に、そしていつから自分の背後に立っていたのだろう。……全く気配を感じなかった。感じ取ることができなかった。
──もしここがダンジョンで、グィンさんが魔物だったら……。
一応それなりの実力は持っているつもりだったが、やはり僕はまだまだということだろう。悪寒にも似た感覚を背筋に走らせながら、僕はグィンさんに返事する。
「お、お久しぶりですグィンさん」
「うん久しぶり。会うのは『魔焉崩神』の襲来以来……になるのかな?」
「そうですね。たぶん、それくらいになるかと」
……正直に白状させてもらうと、僕はこの人が苦手である。掴みどころのない、飄々としたこの性格や雰囲気に、未だ上手く慣れることができないでいる。
そんな僕の複雑な思いなど露知らず、困ったような笑顔を保ったまま、グィンさんが口を開く。
「あの時は助かったよウインドア君。何たって君は数少ない、『大翼の不死鳥』所属の《S》冒険者の一人だからね」
「……お世辞はいいですよ。僕がいたところで、状況は変わらなかった。こうして僕たちやこの街が残ってるのは、全てラグナ先輩のおかげです」
「んー……まあ、それはそうなんだけど、別に世辞のつもりで言ってる訳じゃないんだけどなぁ。ウインドア君、そう謙遜する必要はないと思うよ?」
「そう言ってくれること自体は、僕も嬉しいんですけど……」
この人の言葉に嘘偽りはないんだろうけど……やっぱり、苦手だ。
僕が誤魔化すように苦笑いしていると、グィンさんが訊ねてくる。
「ところでそちらの可愛いお嬢さんは誰だい?……ああ、もしやその子が今噂で持ち切りの、ウインドア君の恋人かい?」
「だから!俺はそんなんじゃねえってのっ!!」
「あれ?そうなのかい?」
「…………そうですね。はは……」
参った。もう僕と先輩の噂は街全体に知れ渡っているようだ。誤報も誤報、デマもいいところだというのに。
しかし、こうまで広がり認知されてしまうと、それも通用しなくなってくる。当の本人が否定しても、周りがそうだと思ってしまえばもはや関係ないのだ。噂とはそういうものであり、既成事実として扱われてしまう。
……というか、やはり他の人からすると僕と先輩はそんな風に見えてしまうのか。まあ一見だけすれば二人共年頃の男女だし、二人揃って街道を歩いていれば、何の事情を知らぬ者たちからすれば、そういった仲に見えてしまうのが当然なのだろう。
それと、メルネさんもグィンさんも今の姿の先輩の一人称や口調には何も突っ込まないんだな。
「まあその話は置いておくとして。私の所在を確認していたということは、私に何か用事でもあるのかな?ウインドア君」
「あ、はい。その通りです。その、ちょっと……ラグナ先輩に関して話したいことがあって」
「ほう、ブレイズ君の話か。それは丁度良かった」
「え?」
一体何が丁度良かったのか。そう思い声を漏らす僕に、グィンさんは言ってくる。
「ブレイズ君唯一の後輩である君に、彼が今どこにいるのか尋ねたかったんだよ。それで、ウインドア君。ブレイズ君がどこにいるか知ってるかい?それとも毎度のこと、いつの間にかもうこの街に帰って来たのかな?」
「……あー……えっと、まあ。知ってるには知っています、けど……」
言い難そうに言葉を濁す僕に、グィンさんは訝しげにしながらも提案する。
「?君にしてはどうにも歯切れが悪い返答だね。まあここで立ち話も何だし、応接室にでも場所を移すことにしようじゃないか」
「さて。ではまあ、まずウインドア君の話とやらを先に聞かせてもらうことにしようかな。それで、ブレイズ君に関して何を話したいんだい?」
あの後、僕と先輩はグィンさんに連れられ応接室にへと移動した。落ち着いた内装の部屋で、本棚などの簡素な家具類やインテリアが置かれてある。
椅子に腰かけて、僕はグィンさんとテーブル越しに向かい合う。………先輩に関して話そうにも、一体どこから話したものだろうか。
疲労にため息を吐きそうになるのを堪え、数秒の間を開けた上で僕はゆっくりと、口を開いた。
「グィンさん。先輩が今どこにいるかを、貴方は知りたいんでしたよね?」
「うん?うん。まあ、それはそうなんだけど……ということは、やっぱりブレイズ君はもう街に戻って来てるんだね」
「ええ……まあ、戻って来てるには、来ているんですが」
「だったら、先にブレイズ君の居場所を教えてもらおうかな」
「今、僕の隣にいます」
「え、そうなの?…………え?」
まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、僕の隣に座る先輩(少女)を見るグィンさん。
そして困ったような笑顔を、再度僕に向けるのだった。
「これは驚いたなあ。まさかウインドア君が私に冗談を言ってくるなんて。これは明日には雪でも降るのかな?」
「……いや、冗談なんかじゃあないんです。僕の隣にいる、この女の子こそがラグナ先輩────ラグナ=アルティ=ブレイズその人なんですよ」
「……えーっと……?それは一体、どういうことなんだい?」
グィンさんはそう返すと、依然浮かべたままの困った笑顔を、今度は先輩へと向けて訊ねた。
「君、本当にブレイズ君なのかい?」
半信半疑で投げかけられたグィンさんの問いかけに、先輩は何の誤魔化しもなく、素直に答える。
「おう。俺はラグナだ。ラグナ=アルティ=ブレイズなんだ」
「……私の記憶だと、ブレイズ君は男だったはずなんだけど」
グィンさんの指摘に、先輩が言葉を詰まらせる。それから目を泳がせて、そして何故か疑問符を浮かべ、その指摘に対して返事した。
「いや、それは……んっと、だな……ええっと……へ、変な夢見て、そんで起きたら女になっちまってたんだ、よ……?」
「………………んー?」
グィンさんの困ったような笑顔が、さらに困っていく。いや、これに関しては僕も同じ気持ちだった。
──そんな説明じゃあんまりですよ先輩……。
ラグナ先輩だからと、喫茶店の時は大して変に抵抗感も抱かず受け入れられたが……こうして第三者の目線に立つことで僕は初めて考えることができた。考えてみれば、夢を見て、そして起きたら女になっていたなどと、そんな荒唐無稽な話誰が信じられようか。
これでは二人が共謀して自分を騙そうとしていると、グィンさんがそう勘繰ってしまったりしても仕方ないことである。だが僕が思うよりも、グィンさんは善人だった。
「二人がかりで私を揶揄うのは、あんまり感心しないなあ」
幸いと言っていいのか。二人してこちらを揶揄っているのだとグィンさんは思ってくれたらしい。まあそれはそれで問題であり、堪ったものじゃないと言わんばかりに先輩も声を荒げる。
「か、揶揄ってなんかねえよ!本当にラグナなんだよ俺は!信じてくれよGMッ!」
そして僕も先輩のことを見兼ねて、助け舟のつもりで口を開いた。
「すみませんグィンさん。嘘みたいな話ですけど、全部本当のことなんですよ……」
必死に訴える先輩とそれを肯定する僕を交互に見ながら、グィンさんは笑顔を浮かべつつも、少し呆れたようなため息を吐いてしまった。
そして間を置かずに────今の今まで浮かべられていたグィンさんの笑顔が、そこから消え去った。
──ッ……?
まるでグィンさんがグィンさんではないようだった。普段の様子とは全く以て違う、まさに真剣そのものといったただならぬ雰囲気。口を閉ざした彼の眼差しが、相対する先輩のことを真っ直ぐに射抜く。
だがしかし、先輩は一切狼狽えたりなどしなかった。真っ向からその眼差しを、確かに受け止めていた。
誰もが口を閉ざす無言の中、ようやっとグィンさんがまたその口を開いた。
「わかった。わかったよ。そこまで言うなら、こうしようじゃないか」
言って、グィンさんは先輩へと視線を固く定め、そして一呼吸挟んでから彼はこう続けた。
「君に、今から幾つか質問しよう。それら全てはブレイズ君に関することであり、そして彼にしか答え得ない質問だ。……いいね?」
その時のグィンさんが、僕にはまるで知らない全くの別人に思えた。こちらを試すような口振りの彼の言葉に、先輩は────僅かにだが、その瞳を見開かせた。……気がした。あくまでも、そんな気がしたのだ。だが僕がそう思うとほぼ同時に、先輩の様子は普通に戻っていた。
……いや、それは嘘になるだろう。ラグナ先輩と付き合いの長い者であれば、きっとわかったはずだ。その表情こそ平静を装っているように見えたが、何処か固いような、上手く言葉にすることはできない違和感がそこには確かにあった。
僕がそれに気づき、一体どうしたのかと思った矢先。先輩が僕の方を一瞬だけ一瞥したかと思うと、何事もなかったかのように視線をグィンさんの方に戻して、それから閉ざしていた口を小さく開いた。
「わかった」
先輩の声は妙に固かった。先輩の返事を受け、グィンさんは僕の方に顔を向けて言う。
「悪いね、ウインドア君。次に呼ぶまで、席を外してくれるかい?」
「え?……わ、わかりました」
そのグィンさんの声音も、何故か強張っていた。それに関して問い返すことを、遠回しに許可しない声音だった。だから僕は疑問に思いながらも、彼の言葉にただ頷きそのようにするしかなかった。
「……ごめん、クラハ」
グィンさんに言われ、一旦執務室から出て、そして扉を閉めようとしたその時。グィンさんと向き合いこちらに背中を向けたまま、先輩が一言だけそう呟く。
その声音は怯えるように震え、悲痛に、切なげに響いている────少なくとも、僕にはそう感じ取れて仕方がなかった。