残酷な描写あり
先輩の最適
予期せぬ一波乱も無事やり過ごし、アルヴス武具店を後にした僕と先輩はこの街の外に広がる平原────ヴィブロ平原に訪れていた。
この平原は駆け出しの《E》冒険者ならば必ず訪れる場所で、ここにはスライムやゴブリンなどの弱い魔物しか生息していない。
なので、駆け出しの新人冒険者が魔物を相手にした実戦経験を積むのに適した場所なのだ。
微風が吹き、こちらの髪や衣服の裾、足元の草を揺らす中、僕は先輩に尋ねた。
「先輩、準備はいいですか?」
「おう。こっちはいつでも行けるぞ」
アルヴスさんから百五十万Orsという、決して安くはない値段で購入した魔石をその小さな手の上に乗せながら、先輩は僕にそう答える。
「わかりました。ではその魔石に自分の魔力を込めてください。こう……魔石を見つめて、コップに水を注ぐような感じに」
「お、おう、やってみる……こ、こうか?」
流石の先輩も緊張を覚えられずにはいられないようで、表情を固くさせながら、先輩は魔石に視線を集中させる。
すると────最初こそ何も変化がなかった魔石だったが、しばらくしてぼんやりと薄く発光し始め、透けていく。その透けた内部に先輩の僅かな魔力が渦巻き出した。
グニャリ──その瞬間、突如として魔石が先輩の手の平の上で、その形を大きく歪ませた。
「おわあっ?」
という、珍妙というか可愛らしいというか。そんな反応に今一困る悲鳴を先輩が上げる間にも、魔石はグニャグニャとまるで粘土を捏ねるようにその形を変え、それと同時にその大きさも増していく。
発光を伴いながら徐々に巨大化していくその光景の前には、流石の僕も呆気に取られてしまった。
「なな、何だよこれっ!?ど、どうしようクラハ!これ大丈夫だよな!?ば、爆発とかしねえよなあっ!?」
「……え、えっと、とにかく落ち着きましょう。一旦冷静になりましょう先輩」
慌てふためく先輩の様子を不覚にも可愛いと思いつつ、とにかく落ち着かせようと僕は言葉をかける。
しかし、その間にも魔石は先輩の手の上で膨張を続けて。一体いつまでその形を絶え間なく変え続けるのか────そう僕が思った、矢先のことだった。
キンッ──まるで鉄を叩いたような、そんな澄んだ音が魔石から響いた。
「……お、おお」
気がつけば、もう魔石は先輩の手の中にはなかった。
代わりに────短剣と呼ぶには少し長く、しかし長剣と呼ぶにも短い、かと言って中型剣程ではないという、大きさの判別が難しい一振りの剣が、そこには確かにあった。
「……」
己の手元にあるその剣に、先輩は視線を奪われてしまっている。無理もない、あのラグナ先輩ですら見惚れてしまう程に、美しい剣だったのだから。
武器というよりは、もはや美術品のようである。創世教の象徴たる十字架を模したようなデザイン。色合いは純白を基本としているようだったが、剣身には薄い真紅が混じっており、それがまるで剣身に炎が纏わり揺らめいているように見えた。
──な、なるほど。この剣が、先輩にとっての最適か……!
アルヴス武具店の時とは違って、先輩はその剣を何の苦もなくちゃんと持つことができている。まあ、短剣よりかは大きいし長いが、僕の得物である長剣よりは小さいし短い。それに見た目からして随分と軽そうだ。
これならば、今の先輩でも満足に扱うことができるのではなかろうか。
……まあ、しかし。
「良かったですね先輩。変な武器とかにならなくて」
「おう。……でもなー、俺剣っていうか武器ってのを今まで使ったこと、ないんだよな」
そう、そこなのだ。実は今朝も相談したのだが……先輩は武器という類のものを使ったことがない。そもそも先輩の戦闘は素手による格闘なのだ。
しかし、今の状態の先輩ではもうその方法で戦うことは難しいだろう。というか、ぶっちゃけほぼ無理だ。
喫茶店で披露してくれた、あのあまりにもか弱い力では、そんな身体能力に物を言わせた戦法など到底取れるはずがない。……あまり言いたくはないが、あの力ではスライムに傷を負わせることすら困難だろう。
だから僕は提案したのだ────武器を使ってみたらどうですか、と。
最初こそ、先輩も武器を使うことにはあまり乗り気ではなかった。しかし、もうそんなことを言っていられる状況ではない。
そうして話し合った結果、先輩は人生で初めて武器を使うことに決めたのだった。
「大丈夫ですよ。基本的な振るい方や動きなどは責任持ってちゃんと教えますから」
「なら、まあ別にいいんだけどよ……」
そうして、簡単なものではあるが。先輩に対しての僕による剣の指南が始まるのだった。
この平原は駆け出しの《E》冒険者ならば必ず訪れる場所で、ここにはスライムやゴブリンなどの弱い魔物しか生息していない。
なので、駆け出しの新人冒険者が魔物を相手にした実戦経験を積むのに適した場所なのだ。
微風が吹き、こちらの髪や衣服の裾、足元の草を揺らす中、僕は先輩に尋ねた。
「先輩、準備はいいですか?」
「おう。こっちはいつでも行けるぞ」
アルヴスさんから百五十万Orsという、決して安くはない値段で購入した魔石をその小さな手の上に乗せながら、先輩は僕にそう答える。
「わかりました。ではその魔石に自分の魔力を込めてください。こう……魔石を見つめて、コップに水を注ぐような感じに」
「お、おう、やってみる……こ、こうか?」
流石の先輩も緊張を覚えられずにはいられないようで、表情を固くさせながら、先輩は魔石に視線を集中させる。
すると────最初こそ何も変化がなかった魔石だったが、しばらくしてぼんやりと薄く発光し始め、透けていく。その透けた内部に先輩の僅かな魔力が渦巻き出した。
グニャリ──その瞬間、突如として魔石が先輩の手の平の上で、その形を大きく歪ませた。
「おわあっ?」
という、珍妙というか可愛らしいというか。そんな反応に今一困る悲鳴を先輩が上げる間にも、魔石はグニャグニャとまるで粘土を捏ねるようにその形を変え、それと同時にその大きさも増していく。
発光を伴いながら徐々に巨大化していくその光景の前には、流石の僕も呆気に取られてしまった。
「なな、何だよこれっ!?ど、どうしようクラハ!これ大丈夫だよな!?ば、爆発とかしねえよなあっ!?」
「……え、えっと、とにかく落ち着きましょう。一旦冷静になりましょう先輩」
慌てふためく先輩の様子を不覚にも可愛いと思いつつ、とにかく落ち着かせようと僕は言葉をかける。
しかし、その間にも魔石は先輩の手の上で膨張を続けて。一体いつまでその形を絶え間なく変え続けるのか────そう僕が思った、矢先のことだった。
キンッ──まるで鉄を叩いたような、そんな澄んだ音が魔石から響いた。
「……お、おお」
気がつけば、もう魔石は先輩の手の中にはなかった。
代わりに────短剣と呼ぶには少し長く、しかし長剣と呼ぶにも短い、かと言って中型剣程ではないという、大きさの判別が難しい一振りの剣が、そこには確かにあった。
「……」
己の手元にあるその剣に、先輩は視線を奪われてしまっている。無理もない、あのラグナ先輩ですら見惚れてしまう程に、美しい剣だったのだから。
武器というよりは、もはや美術品のようである。創世教の象徴たる十字架を模したようなデザイン。色合いは純白を基本としているようだったが、剣身には薄い真紅が混じっており、それがまるで剣身に炎が纏わり揺らめいているように見えた。
──な、なるほど。この剣が、先輩にとっての最適か……!
アルヴス武具店の時とは違って、先輩はその剣を何の苦もなくちゃんと持つことができている。まあ、短剣よりかは大きいし長いが、僕の得物である長剣よりは小さいし短い。それに見た目からして随分と軽そうだ。
これならば、今の先輩でも満足に扱うことができるのではなかろうか。
……まあ、しかし。
「良かったですね先輩。変な武器とかにならなくて」
「おう。……でもなー、俺剣っていうか武器ってのを今まで使ったこと、ないんだよな」
そう、そこなのだ。実は今朝も相談したのだが……先輩は武器という類のものを使ったことがない。そもそも先輩の戦闘は素手による格闘なのだ。
しかし、今の状態の先輩ではもうその方法で戦うことは難しいだろう。というか、ぶっちゃけほぼ無理だ。
喫茶店で披露してくれた、あのあまりにもか弱い力では、そんな身体能力に物を言わせた戦法など到底取れるはずがない。……あまり言いたくはないが、あの力ではスライムに傷を負わせることすら困難だろう。
だから僕は提案したのだ────武器を使ってみたらどうですか、と。
最初こそ、先輩も武器を使うことにはあまり乗り気ではなかった。しかし、もうそんなことを言っていられる状況ではない。
そうして話し合った結果、先輩は人生で初めて武器を使うことに決めたのだった。
「大丈夫ですよ。基本的な振るい方や動きなどは責任持ってちゃんと教えますから」
「なら、まあ別にいいんだけどよ……」
そうして、簡単なものではあるが。先輩に対しての僕による剣の指南が始まるのだった。