残酷な描写あり
第六話「望まない結末」
あらすじ
「おっ君の……人殺しっ!!」
錦野智優美は 俺――八岐大蛇にそう言った。
ただ頭痛に苦しむがまま、真っ白い世界に飛ばされて『禁忌魔法』というものを得ただけなのに。
俺は恩人に『人殺し』と呼ばれた……
職務室は既に血塗れ。殺すにしては余りにも酷い殺し方だ。
ある者は両手両足を切断され、ある者は目玉を刳り貫かれ、ある者は紙のように潰れている。どれも見たことが無い光景だ。
「やっぱり、おっ君は本当に『厄災竜』何だね……。それなら私はもう容赦しないよ」
智優美さんは俺に銃口を向ける。その目は正しく獲物を捕らえる鷹のように。
しかし、今の俺に戦う気は無い。これからやるべき事がまだあるのにこんな所で戦っている場合では無い。
「ち、智優美さんっ! 本当に俺は何もしていない!!」
「言い訳はやめて。これ程の証拠が出ている以上、おっ君は罪を免れる事は無いわ」
「っ……!!」
氷のように冷たく、刃のように鋭い言葉が大蛇の心臓を突き刺す。更に血塗れの職務室が大蛇を恐怖に叩き落とす。
「おっ君、このまま死んで成仏出来ると思わないでね。私は永遠に、おっ君が犯したこの『過ち』を嘆いて、恨んで、地獄の果てまで呪うわ」
「――!!」
その刹那、左肩に冷たい弾丸が命中する。単純な痛みより冷たさによる痛みの方が強く感じる。しかもそれがじわじわと大蛇の肩周りを氷漬けにしていく。
「そうですか、それが智優美さんの選択、ですか……。それなら好きにしてください。それでも俺は貴方と戦う気は無い!」
「これだけ私の仲間を殺しといてその口なんだね。もういいよ、このまま『過ち』に呪われながら死んで」
もう目の前にいる智優美さんは、俺を助けたあの智優美さんでは無い。分かっている。でもだからって俺が殺す必要がどこにある?
それでまた『過ち』を繰り返す事になるくらいなら、俺はこのまま氷漬けにされて死ぬ道を選ぶ。
――再び氷の弾丸が右足首に命中する。じわじわと血に濡れた床に溶けない氷を張る。
これ以降智優美さんは一言も言葉を発する事は無く、確実に俺の身体に氷の弾丸を埋める。右腕、左脚、胸部も氷漬けにされ、残るは首と頭だけになった。
「……」
この無言が『死ね』という意味を悟っている。サファイアのような青い瞳であの弾丸のような冷たい視線を送ってくる。
あぁ、本当に殺す気なんだな。でもこれで良い。あいつらにした事と同じ風に殺されるのならそれで十分だ。
だが、その考えは俺の身体が許さなかった。
「「……!!」」
突如、バキバキという氷にヒビが入る音が聞こえた。無論、俺自身の意思でやっていない。
『偽りの英雄よ。元々お前は厄災を齎すヤマタノオロチなのだ。なら殺せ。ここで殺す事でお前はお前でいる事が出来るのだ』
「っ……!?」
誰の声か分からない。脳に浸透するような悪魔の声。いや、闇に堕ちた神の声と言うべきか。
『何を驚く。これはお前の運命なのだ。ここであの女を殺せ。運命には誰も逆らえないのだ』
いつの間にか氷は砕け散っていて、全身が自由に動く。
……と思っていたのも束の間。それは大いなる勘違いであった。
「っ……!!?」
勝手に身体が動く。己の意志に従わずに。まるで後ろで糸を引いて操り人形のようにされているかのようだ。いや、そもそも身体の所有権を奪われているような感覚がする。
「おっ君……ネフティスを、日本を滅ぼす気なんだね」
先程まで冷たい視線を送っていた青い瞳が大きく開き、俺に対する恐怖を全面に出していた。
確実に死への扉が開きつつあるような恐怖。然り、これから彼女の死の扉は開かれる。彼女自身が助けた一人の青年によって。
『さあ、受け入れろ。これが運命だ。ここがお前の終点だと思え』
勝手に右手が動く。何とか抑えようとするもピクリとも動かない。神の声に従うがまま、俺のであったはずの身体が動く。
「やめろっ……!」
「おっ君……!」
いつの間にか俺の右手は智優美さんのいる方向に翳していた。右目から生温い涙が流れてくるのを感じる。否、それは血だ。あの時と同じ感覚がする。
……やめろ。これ以上はやめろっ!!
『抗うな。抗うだけ無駄だ。力を抜け。そして我にされるがままに身体を委ねるのだ』
「ふざけるなっ……! どこの誰かも知らないお前なんかに智優美さんを殺させてたまるか!!」
ありったけの力で右腕を後ろに引っ張る。しかし、それは『意思』にしかならなかった。この身体に届く事は無かった。
全身から膨大な魔力が流れてくるのを感じた。やめろ。俺はこの結末を望んでない。なのに何故神はこの選択を強いるのか。
「智優美、さん…………逃げ、て……っ!!」
「――っ!!」
智優美さんはようやく分かった。この部屋を血塗れにしたのは俺自身では無く、この身体に乗っ取っている神である事に。だが時既に遅し。身体の持ち主である俺が抗う中、禁忌は放たれる――
「逃げろおおおおおッッ!!!」
「おっ君――!!」
「禁忌『黒光無象』」
智優美さんが逃げようと部屋を出る寸前、俺の右手から放たれる闇が職務室を覆った。
「……!!」
巻き込まれた。こうなれば本当に終わりだ。視界には光という概念が存在しない程の黒に染められている。
『我はザクト。この者の運命を導く神なり』
「か、神……!」
神。こんな禍々しいオーラを放ちながら一人の青年を乗っ取るこいつが神なのか。そんなの認めない。認める筈がない。
「今すぐおっ君から離れて!!」
『冷静になれ、錦野智優美。これは彼に与えられた運命なのだ。決して抗う事など出来ない。彼は過去に過ちを犯した。そして今この瞬間も。これはその罰なのだ。受け入れろ』
運命……? 過ち……? それが何だと言うのだ。人は過ちを犯す存在だ。今更神がおっ君にだけ罰を与えるなんて不条理にも程がある。
『さあ、大蛇。智優美をこの手で殺せ。そうすれば君の過ちは償われる』
「ふざけるな! それはただ過ちが重なるだけだ……!!」
『そうか。神に抗うとはな……』
瞬間、俺の腹部から一本の黒剣が鮮血を噴き出しながら飛び出てきた。
「がっ……ぁぁぁああああ!!!」
「おっ君!!」
『お前の運命は我が定める。全ては過ちを償うために。そのためにお前は数多の生命を殺めるのだ。それがお前に与えられた運命なのだ、八岐大蛇。さぁ、殺せ。お前の膨大な魔力を以てあらゆる生命を喰らい尽くすのだ!』
「あっ……あぁ…………、ぁぁああああ!!!!」
「おっ君、もういいよ……早く私を殺して! そうじゃないとおっ君っ……死んじゃうよぉ!!」
必死に抵抗しているのか、全身から剣が飛び出す。それでも俺は満身創痍の状態でさえもザクトと呼んだ神に抗い続ける。
「俺はっ……俺の信じる、神は……もういねえから……っ、さっさと……俺の、身体からあっ……失せろおおおっ!!」
思い切り叫んだ途端、視界を覆っていた闇が全身に集まる。更に剣は一本、また一本と身体を穿つ。胸部は無数の剣で見えなくなっていた。
『そうか。そこまで我に逆らうなら……』
刹那、俺の身体がからくり人形のように動かされ、智優美さんの方に近づいていく。ザクトが、神が身体を無理矢理操っているのだろう。そして強制的に智優美さんを殺す気なのだ。
『これは運命だ、受け入れろ!!』
「ああああああ!!!」
刹那、右手から闇の剣が生成して智優美さんの心臓を深々と貫いた。
「――!!」
ふっと蝋燭の火を息を吹きかけて消す感覚。これが死なのか。これが神の定めた運命であり、俺の過ちを償うための唯一の術……
「ごめん……なさっ……!!」
無意識に瞳からは大粒の涙がポロポロと溢れていた。智優美さんは何とか笑って大蛇を強く抱きしめた。俺の身体を穿った剣が智優美さんの身体を貫く。
「いいん……だよっ……! 私の、方こそ……疑ってっ……、ごめんね…………」
「うぐっ……やっぱり俺は……人殺しだっ……!!」
「ふふっ……そうだね。これで本当に……人殺し、だね…………」
「智優美さんっ―――」
智優美さんは更に強く抱きしめながら静かに目を瞑った。耳元から呼吸の音が聞こえなくなった。心臓の鼓動も既に消えた闇の剣によって機能を停止させた。
「くそっ……くそっ……!」
何故俺は同じ事をしてしまうのか。こんな事して過ちが償えるはずの無いのは自分が一番分かってるのに。何故あの偽りの神如きに……
――こんな結末、望まなかったのに。
いつの間にか視界が職務室に戻っていた。微かにそれが見えて、俺は智優美さんに引き寄せられるように倒れた。
二人の混ざった血が、また更に職務室を赤く染めていった――
「おっ君の……人殺しっ!!」
錦野智優美は 俺――八岐大蛇にそう言った。
ただ頭痛に苦しむがまま、真っ白い世界に飛ばされて『禁忌魔法』というものを得ただけなのに。
俺は恩人に『人殺し』と呼ばれた……
職務室は既に血塗れ。殺すにしては余りにも酷い殺し方だ。
ある者は両手両足を切断され、ある者は目玉を刳り貫かれ、ある者は紙のように潰れている。どれも見たことが無い光景だ。
「やっぱり、おっ君は本当に『厄災竜』何だね……。それなら私はもう容赦しないよ」
智優美さんは俺に銃口を向ける。その目は正しく獲物を捕らえる鷹のように。
しかし、今の俺に戦う気は無い。これからやるべき事がまだあるのにこんな所で戦っている場合では無い。
「ち、智優美さんっ! 本当に俺は何もしていない!!」
「言い訳はやめて。これ程の証拠が出ている以上、おっ君は罪を免れる事は無いわ」
「っ……!!」
氷のように冷たく、刃のように鋭い言葉が大蛇の心臓を突き刺す。更に血塗れの職務室が大蛇を恐怖に叩き落とす。
「おっ君、このまま死んで成仏出来ると思わないでね。私は永遠に、おっ君が犯したこの『過ち』を嘆いて、恨んで、地獄の果てまで呪うわ」
「――!!」
その刹那、左肩に冷たい弾丸が命中する。単純な痛みより冷たさによる痛みの方が強く感じる。しかもそれがじわじわと大蛇の肩周りを氷漬けにしていく。
「そうですか、それが智優美さんの選択、ですか……。それなら好きにしてください。それでも俺は貴方と戦う気は無い!」
「これだけ私の仲間を殺しといてその口なんだね。もういいよ、このまま『過ち』に呪われながら死んで」
もう目の前にいる智優美さんは、俺を助けたあの智優美さんでは無い。分かっている。でもだからって俺が殺す必要がどこにある?
それでまた『過ち』を繰り返す事になるくらいなら、俺はこのまま氷漬けにされて死ぬ道を選ぶ。
――再び氷の弾丸が右足首に命中する。じわじわと血に濡れた床に溶けない氷を張る。
これ以降智優美さんは一言も言葉を発する事は無く、確実に俺の身体に氷の弾丸を埋める。右腕、左脚、胸部も氷漬けにされ、残るは首と頭だけになった。
「……」
この無言が『死ね』という意味を悟っている。サファイアのような青い瞳であの弾丸のような冷たい視線を送ってくる。
あぁ、本当に殺す気なんだな。でもこれで良い。あいつらにした事と同じ風に殺されるのならそれで十分だ。
だが、その考えは俺の身体が許さなかった。
「「……!!」」
突如、バキバキという氷にヒビが入る音が聞こえた。無論、俺自身の意思でやっていない。
『偽りの英雄よ。元々お前は厄災を齎すヤマタノオロチなのだ。なら殺せ。ここで殺す事でお前はお前でいる事が出来るのだ』
「っ……!?」
誰の声か分からない。脳に浸透するような悪魔の声。いや、闇に堕ちた神の声と言うべきか。
『何を驚く。これはお前の運命なのだ。ここであの女を殺せ。運命には誰も逆らえないのだ』
いつの間にか氷は砕け散っていて、全身が自由に動く。
……と思っていたのも束の間。それは大いなる勘違いであった。
「っ……!!?」
勝手に身体が動く。己の意志に従わずに。まるで後ろで糸を引いて操り人形のようにされているかのようだ。いや、そもそも身体の所有権を奪われているような感覚がする。
「おっ君……ネフティスを、日本を滅ぼす気なんだね」
先程まで冷たい視線を送っていた青い瞳が大きく開き、俺に対する恐怖を全面に出していた。
確実に死への扉が開きつつあるような恐怖。然り、これから彼女の死の扉は開かれる。彼女自身が助けた一人の青年によって。
『さあ、受け入れろ。これが運命だ。ここがお前の終点だと思え』
勝手に右手が動く。何とか抑えようとするもピクリとも動かない。神の声に従うがまま、俺のであったはずの身体が動く。
「やめろっ……!」
「おっ君……!」
いつの間にか俺の右手は智優美さんのいる方向に翳していた。右目から生温い涙が流れてくるのを感じる。否、それは血だ。あの時と同じ感覚がする。
……やめろ。これ以上はやめろっ!!
『抗うな。抗うだけ無駄だ。力を抜け。そして我にされるがままに身体を委ねるのだ』
「ふざけるなっ……! どこの誰かも知らないお前なんかに智優美さんを殺させてたまるか!!」
ありったけの力で右腕を後ろに引っ張る。しかし、それは『意思』にしかならなかった。この身体に届く事は無かった。
全身から膨大な魔力が流れてくるのを感じた。やめろ。俺はこの結末を望んでない。なのに何故神はこの選択を強いるのか。
「智優美、さん…………逃げ、て……っ!!」
「――っ!!」
智優美さんはようやく分かった。この部屋を血塗れにしたのは俺自身では無く、この身体に乗っ取っている神である事に。だが時既に遅し。身体の持ち主である俺が抗う中、禁忌は放たれる――
「逃げろおおおおおッッ!!!」
「おっ君――!!」
「禁忌『黒光無象』」
智優美さんが逃げようと部屋を出る寸前、俺の右手から放たれる闇が職務室を覆った。
「……!!」
巻き込まれた。こうなれば本当に終わりだ。視界には光という概念が存在しない程の黒に染められている。
『我はザクト。この者の運命を導く神なり』
「か、神……!」
神。こんな禍々しいオーラを放ちながら一人の青年を乗っ取るこいつが神なのか。そんなの認めない。認める筈がない。
「今すぐおっ君から離れて!!」
『冷静になれ、錦野智優美。これは彼に与えられた運命なのだ。決して抗う事など出来ない。彼は過去に過ちを犯した。そして今この瞬間も。これはその罰なのだ。受け入れろ』
運命……? 過ち……? それが何だと言うのだ。人は過ちを犯す存在だ。今更神がおっ君にだけ罰を与えるなんて不条理にも程がある。
『さあ、大蛇。智優美をこの手で殺せ。そうすれば君の過ちは償われる』
「ふざけるな! それはただ過ちが重なるだけだ……!!」
『そうか。神に抗うとはな……』
瞬間、俺の腹部から一本の黒剣が鮮血を噴き出しながら飛び出てきた。
「がっ……ぁぁぁああああ!!!」
「おっ君!!」
『お前の運命は我が定める。全ては過ちを償うために。そのためにお前は数多の生命を殺めるのだ。それがお前に与えられた運命なのだ、八岐大蛇。さぁ、殺せ。お前の膨大な魔力を以てあらゆる生命を喰らい尽くすのだ!』
「あっ……あぁ…………、ぁぁああああ!!!!」
「おっ君、もういいよ……早く私を殺して! そうじゃないとおっ君っ……死んじゃうよぉ!!」
必死に抵抗しているのか、全身から剣が飛び出す。それでも俺は満身創痍の状態でさえもザクトと呼んだ神に抗い続ける。
「俺はっ……俺の信じる、神は……もういねえから……っ、さっさと……俺の、身体からあっ……失せろおおおっ!!」
思い切り叫んだ途端、視界を覆っていた闇が全身に集まる。更に剣は一本、また一本と身体を穿つ。胸部は無数の剣で見えなくなっていた。
『そうか。そこまで我に逆らうなら……』
刹那、俺の身体がからくり人形のように動かされ、智優美さんの方に近づいていく。ザクトが、神が身体を無理矢理操っているのだろう。そして強制的に智優美さんを殺す気なのだ。
『これは運命だ、受け入れろ!!』
「ああああああ!!!」
刹那、右手から闇の剣が生成して智優美さんの心臓を深々と貫いた。
「――!!」
ふっと蝋燭の火を息を吹きかけて消す感覚。これが死なのか。これが神の定めた運命であり、俺の過ちを償うための唯一の術……
「ごめん……なさっ……!!」
無意識に瞳からは大粒の涙がポロポロと溢れていた。智優美さんは何とか笑って大蛇を強く抱きしめた。俺の身体を穿った剣が智優美さんの身体を貫く。
「いいん……だよっ……! 私の、方こそ……疑ってっ……、ごめんね…………」
「うぐっ……やっぱり俺は……人殺しだっ……!!」
「ふふっ……そうだね。これで本当に……人殺し、だね…………」
「智優美さんっ―――」
智優美さんは更に強く抱きしめながら静かに目を瞑った。耳元から呼吸の音が聞こえなくなった。心臓の鼓動も既に消えた闇の剣によって機能を停止させた。
「くそっ……くそっ……!」
何故俺は同じ事をしてしまうのか。こんな事して過ちが償えるはずの無いのは自分が一番分かってるのに。何故あの偽りの神如きに……
――こんな結末、望まなかったのに。
いつの間にか視界が職務室に戻っていた。微かにそれが見えて、俺は智優美さんに引き寄せられるように倒れた。
二人の混ざった血が、また更に職務室を赤く染めていった――