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Ally-01:唐突なる★ARAI(あるいは、アライくんとジローくん)
「ジローは、の、ほ、本当に心配症なやっちゃっちゃでぇ」
放課後の教室には、埃の臭いと一抹の静けさがある。おざなりな清掃が終わったあと、僕とアライくんは他の級友たちが部活なり帰宅なりその他ではけたばかりの、ひだまりの教室にまだ二人して居残っていた。各々、自分が好きなコの椅子に腰かけているため、彼我距離2m、彼我角度75度くらいで相対している。
いちばん後ろ、一か所だけ開け放っていた窓の外から、五月の風は若葉の匂いを運んで来ていてそれは清々しい。いい季節だ。でも僕は唐突に投げかけられた言葉をまだ咀嚼しきれていない感は否めずに、もやもやした気持ちのまま、それでも念のため確認してみる。
「……あ、だから、人様のうちに上がり込んで、そこにあるものを失敬してくるっていう事に対して、心配っていうか、それは犯罪だよねってことなんだけど」
たぶん僕の言葉は流水麺のように流されることは分かってはいたけれど、それでも友達に対して常識という名の釘はさしておいた方がいいよね、という極めて薄い義務感みたいなものに背中を押されるように、そんな熱の無い言葉を紡ぎ出してはみる。はたして。
「……もはや、使っては無さそうなガラクタをよぉぅ? し、然るべき人間が、有効活用することのよぉぅ? ど、どこに犯罪性があろうと? 真逆よろと? エコじゃろがと?」
相変わらずの、どこの郷出身か容易には掴ませてこない言葉をしゃがれた感じで繰り出すアライくんは、案の定、娑婆では成立しない方程式のような突拍子も無い論理でこちらをねじ伏せようとしてくる。
「だったら、その持ち主の人に頼んで、譲ってもらうなり買い取るなりすればいいと思うんだけど」
なので僕も、これでもかの正論で必至級の論破を返したのだけれど。
「あ、阿呆かでぃあッ!! そ、そっつるばっ事したら、あのいんごうババァ、ふんだくりけつかりによるやっどがッ!! ぼ、ぼぼ、ぼんちりぬすか、ジローはッ!!」
感情のギアというものがあるとして、それを急に四速に入れてくるような、ピーキーな精神チューニングを施されている人にそう面罵されるに至り、僕は、ああもう帰って自分の部屋のベッドで寝っ転がりながら今日配信のマガジンでも読みたいなあ……みたいな思いに囚われていきつつある。
じゃあ諦めれば、との言葉を置いて、荷物を背負って教室から出ようとする僕に、ちょちょちょちょちょま!! ぼ、ぼんちりぬすは言い過ぎやっと、ジローはもるてんぼぅもはじゃけに、とか全く意味を掴ませないことを言いつつも、机のひとつに寝そべるような姿勢でえびぞりながら、有無を言わさぬ力強さで僕の上着の裾を引っ掴んでくるのだけれど。
アライくんは日本人の父親とオマーン人の母親を持つハーフとのことで、薄い褐色の艶やかな肌と、整っていると言えなくもない彫りの深い顔、そして良くも悪くも曇りの無い瞳と大脳を持っている。さらに尋常じゃないほど身体が柔らかく、しなやかで力強いバネも有しているので、よってこの拘束から逃れることはちょっと不能であることを僕はこれまでにも強引に過ぎる要求や勧誘をカマされているだけに既に知っているわけで。
仕方なく僕は机のひとつに腰かけながら、じゃあどうするの、と興味なさげなことを殊更に声色にも込めてアピールしつつ問うてみるけど。
我ぁにカネばちょ無ぎば知っとぉとがに、ジローもひとが悪いがじゃ……という多少のおもねりを含んだ言葉を挟んだ後で、
「でじゃ、じゃんごぼ考えちゃんよ、ほったら、もんごず良えアイデアルが湧きおこっちゃっちょっとじょ。ぎゃ、逆転の発想いうやっちゃが。かいつまぼぅて言うごっと『不用品回収』の業者ば装ってっちゃ、堂々と訪問ばすりよるおるちゃっき」
得意満面にそのすっと通った鼻梁をぴくぴくと蠢かせながら放たれたその言葉に、どうとも不穏感を拭いきれないまま、その「回収業者」はどうせ二人一組なんだろうな……詐欺の手筋としては常套だからな……みたいな考えを、凪いだ真顔の奥に潜むこれまた凪いだ前頭葉に浮かばせるほかは無い僕がいる。
……アライくんは、いつも唐突だ。