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Ally-05:饒舌なる★ARAI(あるいは、ダスクレプス頃/ふたりきり)
駅から北へ向かうとなだらかな上り坂が伸びていて、遥か先にぽっこりとした感じの稜線を描く丘陵が望める。まさにの鮮やかな夕焼け色に染められつつあるその景色は、陰影がくっきりとし始めてシンプルを突き詰めた風景画のような得も言われぬ味わいに変化を遂げていてなかなかの風情を醸し出していたものの、もちろんそれに目も心も奪われている余裕はなかったわけで。
例の蛍光色(黄×橙)のスニーカーの足裏を擦り付けるように、不自然なほどにガニ股にした脚を斜め外側に投げ出すように交互に繰り出しながら歩くけったいな後ろ姿も大分夕闇に呑まれ始めてきていて、日中の不穏さを二割程度は薄めることが出来ているように思えたけど、かと言ってこれから行うことの不穏さは一向に薄まりを見せてこず、却ってその「場」が近づくにつれて、そしてなまじ色々と歩きながら考えてしまうこともあって、煮詰まってぐどぐどになってきているように感じられるのであった。
はたしてこのような目開きの荒い篩のようにザルザルな「作戦」で本当にうまくいくのだろうかとか、もっとここに至るまでで思考の立ち止まりがあっても良かったんじゃないの的な、アライくん絡みだといつもそうなんだけど、今更に過ぎる今更感が「後悔先に立たず」という先人の格言をこれでもかと実感させてくる。でもまあもうしょうがないやという、これまたいつもの僕の消極的な思考のさざ波のようなものが全てをうっすらと覆い隠していってしまうのだけれど。
で、実際どうやってその……諸々を進めるの、というような極めて曖昧な感じでしか聞くことは出来なかったけれど、人通りは全く無いとは言え、「騙す」とか「失敬する」とかの物騒ワードを発するのは憚られたというのが素直なる気持ちであり。
そもそも手ぶらの身ふたつで訪れるわけだけれど、その、「不要物」を回収するのであれば、何らかの運搬手段……軽トラに代表されるような車だとか、まあもちろん二人とも免許を持てる年齢ではまだないわけでそれは叶わないのだけれど、それならそれでそれっぽい荷を運ぶ台車的なものは用意しておいた方が良かったんじゃ……
「なちょこッ!? ジ、ジローは、ほ、本当山の心配性少年だが!! そっだーら事、実際行っでみでやっでみでの即応に決まっとぉとがに。ま、まあ我ぁがの腕前ちゃがを、隣でちんちょろ見でおげばいいだがに、楽な仕事で羨ましいですのう」
またも、その封殺気味な言の葉の奔流に、真顔で押し流されるようにして二の句が継げなくなる僕がいる。まあもういいや、あくまで僕は付き添いの見学者として同行するに留めておこうとの、やはりの消極的な立ち位置で臨むことを改めて思い直すだけだ。
団地群を抜けると、針葉/広葉取り交ぜた木々たちが連なるちょっとした広さの森林公園があるのだけれど、その林に三分の一ほど侵食されるようにして、目指す春日井さん宅は在った。結構な大きさの日本家屋で、ぐるりをブロック塀に囲まれている。今は全体が陰に染まってモノクロにしか見えないけど、おそらく紺色の瓦に白っぽい壁の二階建てだ。
あじょだあじょだっ、と急に声を潜めるものの、まったくその音質のクリアさは変わらないアライくんの声と小刻みにつつくように指先を斜め上に指す仕草につられて、その家の上辺りを見るけれど、夕闇はどんどん深くなってきていて何を示しているのか分からない。
「あの左側の窓ばっじぉ……!! 何ずか埋もるるががたる神々しか『赤四角』が見えよるっちゃが?」
興奮を抑え込もうと珍しく必死なアライくんだけれど、塀の外のここからだとその窓枠ですらA4ノートのサイズくらいにしか見えないわけで、どう目を凝らしても僕にはそこに何があるのかとか、全く分からないのだけれど。のちに聞いたところによると、視力は2.0より上は測ったことないで分からんがで、とか言われた。
「……あの丸みを帯びた『WALKMAN』ごるロゴ、『斜め窓』の上に少しだけ覗く『RSE』の文字……あれは『AUTO REVERSE』がんの一部に違いねっが……間違いなっど、あれこそが『WM-101』じゃっがいに……!!」
とにかく、アライくんはいま現在自分のハマっていることになると、やけに饒舌だ。