R-15
Ally-27:応変なる★ARAI(あるいは、ドッペル/ナックルbyセクター)
扉が開かれ目の前に広がってきたのは、光景では無く、まずは何とも言えないにおいであったのだけれど。
機械油……という奴だろうか、野比工業高校のつなぎを借りて着た時に感じた甘いような口に入れたら舌先が痺れるだろうな、みたいな臭気。
それプラス金属の細かい粒子が室内に漂っているかのような、何とも表現しにくいけれどカナっぽい臭い。それを裏付けるかのように、金属で金属を高速で削っているような神経に来る耳障りな音も聞こえてくる。
簡易的と思われる、僕の背の高さくらいしかない仕切り板が、その六十畳くらいはありそうな大空間を、無秩序にいくつかに区切っている。その中で作業をしているのか、あちこちから機械音が反射しつつ響いてきていた。何と言うか、店舗というよりは工房的な雰囲気だ。嫌いじゃない。とか周りを見回していたら。
じゃ、じゃーまーすーるーでぇぇぇぇぇぇ、といきなりアライくんがいつもの周囲の環境音に左右されずによく通るしゃがれ声を、このだだっ広い空間のどことも決めずに張り上げるのだけれど。いやいやいや……
とは言え、仕切りによって視界が通らないこともあるので、どうしていいかは迷っていたところなので助かったとも言えなくない。と、
「邪魔すんねやったら帰ってッ!!」
という、甲高いんだけど野太い、といった声質の主が、仕切りの向こうからそんな御約束なる言葉を投げ放ってきたのであって。あ、何か嫌な予感……というような、「予感」の枕詞がもう「嫌な」とか「悪い」に限定されて来ているかのような僕の日常におけるその法則は、此度も忠実に為されてくるようなのであったりで……
おうおう、ほなまた……って何で帰らなあかんねんッ!! というこれまた類型的な即応対応を華麗なターンをしつつ、メイド服のスカートを無駄に翻しながらカマした御大だけど、関西弁に徹する時もまた流暢に話せるもんなんだね……
全宇宙的全記録下から六番目くらいに位置するくらいのどうでもいい事を確認させられながらも、とりあえずその主がいると思われる左手奥の方へと、今のが挨拶代わりでいいのだろうか多分いいんだろうなと判断して歩を進める。
「……!!」
パーテーションの隙間から、その最奥が覗けた。目に入ったのは、壁際の作業台らしき机に向かった、広く角ばった背中だった。椅子に浅く腰かけて前のめりになっている姿勢からは作業に没頭しているように見受けられるけれど、この御方が先ほど返事をしてくれたのだろうか……
黒いタンクトップがそのやけに広い肩に、ぴったりと言うかぴっちりと言った感じで嵌まりこんでいる。暑いからか、身に着けたつなぎの上半身部分は諸肌脱ぎ状態で両袖が腰の部分で回されて縛られている。のはいいんだけど、その色……パステルピンク、と表現すればいいだろうか、いや、いい点はどこにも見当たりはしないのだけれど、とにかくその馬鹿でかい体に不釣り合いな可愛らしい色合いが、僕の脳に「不穏」の二文字を彫刻刀でえぐり刻むようにして迫ってくる……
あかん予感がする……と思わず尻込みしてしまった僕に助け舟が。
あ、あの!! お仕事中すみませんっ、私たち中古のブラウン管テレビを探していまして……との、謎の人物に対しても、果敢ながらどこかこちらの心を震わせ癒してくるかのような、天上の知才が如くの言葉を放ったのは、最早言うまでもないけど、メイドイン天国の使いこと、三ツ輪さんであったのだけれど。
普通の正常な男性であれば、その甘く薫るような言の葉に、相好を崩さずにいることなど出来ないと確信していた僕は、その人物がこちらを振り向きもせずに放った、何よ、忙しいんだけど、との言葉に戦慄混じりの悪寒を感じてしまう。
三ツ輪さんが、ないがしろにされただと……ッ?
そんな馬鹿なッ、と叫び出したい衝動を抑え込むのに必死な僕を尻目に、
ごほほふ、テレビあるかっつう話を……フフそこなる店員どの……わ、我ぁらがは客でばよっちじょあッ……みたいな大中小の三者が織りなす下天の不協和音が僕の背後から矢継ぎ早に放たれていくのだけれど。うぅぅん、順番!!
しかして、普通の娑婆では効果覿面と思われしその三位一体の物言いに対しても、アァンッ!? との振り向きざまの一喝で黙らせてしまうに至り、あ、これはもう普通ではないな、との諦観が僕の逃走本能を刺激してくるものの、それだけでは無かった。
「あら~ん? こっちのむちむちの小太りぼーやは、あれれキミはいったい誰ぃ?」
脳内で緊急警報がガンガン打ち鳴らされてくる……ッ!! 僕の方に完全に照準合わせされたことに、そして媚びたような粘液のような言葉をぶつけられたことに、恐怖以外のすべての感情が抜け落ちていくのを全・脊髄で受け取りながらも、かと言って何も対応することなんて出来ない……ッ
改めて向き合ってみると、その御仁の見た目はあれほど奇抜に慣れ親しんでいた僕でさえ、本能が慄くレベルの代物であったわけで。
地毛なのかヅラなのか、透き通るような白い髪の毛は高々と巻き上げられていて、ボリューミーな夜会巻きと言うよりは、邪界魔気という字面の方がしっくりくるような強烈なプレッシャーを見る者全てに平等に放ってきている。
加えてその下にはエラの張った無駄に彫りが深い、例えるのならトーテムポールの下から二番目の奴によく似た巨顔が、特殊の方に片足を突っ込むほどの勢いで執拗に施された厚化粧に彩られている……そしてそのさらに下には無駄に引き締まった筋肉で鎧われた頑強そうな骨ばった肉体……
そうだよね……どこかで揺り戻しはあると思っていたよ……でもこれほどまでとは予想だにはしてなかったけどね……はは、最近やけにツイていると思って調子にのって油断していたら、これが神様の殺り方かッ!!
そんな慟哭をしている暇ももちろんなく、むほほむほほほお名前わぁん? と完全に僕ひとり狙いのその言葉に自然と後ずさっていってしまうものの、好機がばと、こ、ここはひとつおもねるんだぎゃぎ、との背中から押し返す圧力に、弓なりに反りかえりながらも、その謎人物の射程距離にまで接近させられてしまっていることを全・毛穴が感知してしまっている……
じ、ジローと言います、と、珍しい苗字のため特定されることを恐れて答えた僕の言葉に、ジロちゃんねぃ、ぴったりの、お・な・ま・え、との後頭部まで鳥肌が駆け上がってくるような御言葉をいただくのだけれど。
「よぉーこそ『ブリリアント』に。アタイはジョリーヌ。この、何でも直す、何でも揃うが売りの『なんでも機械店』のオーナーよん」
なら綴りは<Brilliant>だと思いますけど、との言葉は当然の如く喉奥で突っかかって出ることは無かった。
「ん・で? ブラウン管とか言ってたわねぇん、どんなのがお望みなのよぉん、ジロちゃんにだったらサ・ァ・ビ・ス、させてもらっちゃうわのよぉぉん」
無駄な流し目と尖らせた唇、粘り付く言葉。そもそも比較するのもおこがましいのだけれど、三ツ輪さんの持つ自然な感じは微塵もない。あるのはコテコテの、女性は持ち得ない女性らしさ。つまりまあ、このジョリーヌさんと言う御方は、身も蓋もない言い方をすれば、ステレオタイプの昭和のオカマだ。
機械油……という奴だろうか、野比工業高校のつなぎを借りて着た時に感じた甘いような口に入れたら舌先が痺れるだろうな、みたいな臭気。
それプラス金属の細かい粒子が室内に漂っているかのような、何とも表現しにくいけれどカナっぽい臭い。それを裏付けるかのように、金属で金属を高速で削っているような神経に来る耳障りな音も聞こえてくる。
簡易的と思われる、僕の背の高さくらいしかない仕切り板が、その六十畳くらいはありそうな大空間を、無秩序にいくつかに区切っている。その中で作業をしているのか、あちこちから機械音が反射しつつ響いてきていた。何と言うか、店舗というよりは工房的な雰囲気だ。嫌いじゃない。とか周りを見回していたら。
じゃ、じゃーまーすーるーでぇぇぇぇぇぇ、といきなりアライくんがいつもの周囲の環境音に左右されずによく通るしゃがれ声を、このだだっ広い空間のどことも決めずに張り上げるのだけれど。いやいやいや……
とは言え、仕切りによって視界が通らないこともあるので、どうしていいかは迷っていたところなので助かったとも言えなくない。と、
「邪魔すんねやったら帰ってッ!!」
という、甲高いんだけど野太い、といった声質の主が、仕切りの向こうからそんな御約束なる言葉を投げ放ってきたのであって。あ、何か嫌な予感……というような、「予感」の枕詞がもう「嫌な」とか「悪い」に限定されて来ているかのような僕の日常におけるその法則は、此度も忠実に為されてくるようなのであったりで……
おうおう、ほなまた……って何で帰らなあかんねんッ!! というこれまた類型的な即応対応を華麗なターンをしつつ、メイド服のスカートを無駄に翻しながらカマした御大だけど、関西弁に徹する時もまた流暢に話せるもんなんだね……
全宇宙的全記録下から六番目くらいに位置するくらいのどうでもいい事を確認させられながらも、とりあえずその主がいると思われる左手奥の方へと、今のが挨拶代わりでいいのだろうか多分いいんだろうなと判断して歩を進める。
「……!!」
パーテーションの隙間から、その最奥が覗けた。目に入ったのは、壁際の作業台らしき机に向かった、広く角ばった背中だった。椅子に浅く腰かけて前のめりになっている姿勢からは作業に没頭しているように見受けられるけれど、この御方が先ほど返事をしてくれたのだろうか……
黒いタンクトップがそのやけに広い肩に、ぴったりと言うかぴっちりと言った感じで嵌まりこんでいる。暑いからか、身に着けたつなぎの上半身部分は諸肌脱ぎ状態で両袖が腰の部分で回されて縛られている。のはいいんだけど、その色……パステルピンク、と表現すればいいだろうか、いや、いい点はどこにも見当たりはしないのだけれど、とにかくその馬鹿でかい体に不釣り合いな可愛らしい色合いが、僕の脳に「不穏」の二文字を彫刻刀でえぐり刻むようにして迫ってくる……
あかん予感がする……と思わず尻込みしてしまった僕に助け舟が。
あ、あの!! お仕事中すみませんっ、私たち中古のブラウン管テレビを探していまして……との、謎の人物に対しても、果敢ながらどこかこちらの心を震わせ癒してくるかのような、天上の知才が如くの言葉を放ったのは、最早言うまでもないけど、メイドイン天国の使いこと、三ツ輪さんであったのだけれど。
普通の正常な男性であれば、その甘く薫るような言の葉に、相好を崩さずにいることなど出来ないと確信していた僕は、その人物がこちらを振り向きもせずに放った、何よ、忙しいんだけど、との言葉に戦慄混じりの悪寒を感じてしまう。
三ツ輪さんが、ないがしろにされただと……ッ?
そんな馬鹿なッ、と叫び出したい衝動を抑え込むのに必死な僕を尻目に、
ごほほふ、テレビあるかっつう話を……フフそこなる店員どの……わ、我ぁらがは客でばよっちじょあッ……みたいな大中小の三者が織りなす下天の不協和音が僕の背後から矢継ぎ早に放たれていくのだけれど。うぅぅん、順番!!
しかして、普通の娑婆では効果覿面と思われしその三位一体の物言いに対しても、アァンッ!? との振り向きざまの一喝で黙らせてしまうに至り、あ、これはもう普通ではないな、との諦観が僕の逃走本能を刺激してくるものの、それだけでは無かった。
「あら~ん? こっちのむちむちの小太りぼーやは、あれれキミはいったい誰ぃ?」
脳内で緊急警報がガンガン打ち鳴らされてくる……ッ!! 僕の方に完全に照準合わせされたことに、そして媚びたような粘液のような言葉をぶつけられたことに、恐怖以外のすべての感情が抜け落ちていくのを全・脊髄で受け取りながらも、かと言って何も対応することなんて出来ない……ッ
改めて向き合ってみると、その御仁の見た目はあれほど奇抜に慣れ親しんでいた僕でさえ、本能が慄くレベルの代物であったわけで。
地毛なのかヅラなのか、透き通るような白い髪の毛は高々と巻き上げられていて、ボリューミーな夜会巻きと言うよりは、邪界魔気という字面の方がしっくりくるような強烈なプレッシャーを見る者全てに平等に放ってきている。
加えてその下にはエラの張った無駄に彫りが深い、例えるのならトーテムポールの下から二番目の奴によく似た巨顔が、特殊の方に片足を突っ込むほどの勢いで執拗に施された厚化粧に彩られている……そしてそのさらに下には無駄に引き締まった筋肉で鎧われた頑強そうな骨ばった肉体……
そうだよね……どこかで揺り戻しはあると思っていたよ……でもこれほどまでとは予想だにはしてなかったけどね……はは、最近やけにツイていると思って調子にのって油断していたら、これが神様の殺り方かッ!!
そんな慟哭をしている暇ももちろんなく、むほほむほほほお名前わぁん? と完全に僕ひとり狙いのその言葉に自然と後ずさっていってしまうものの、好機がばと、こ、ここはひとつおもねるんだぎゃぎ、との背中から押し返す圧力に、弓なりに反りかえりながらも、その謎人物の射程距離にまで接近させられてしまっていることを全・毛穴が感知してしまっている……
じ、ジローと言います、と、珍しい苗字のため特定されることを恐れて答えた僕の言葉に、ジロちゃんねぃ、ぴったりの、お・な・ま・え、との後頭部まで鳥肌が駆け上がってくるような御言葉をいただくのだけれど。
「よぉーこそ『ブリリアント』に。アタイはジョリーヌ。この、何でも直す、何でも揃うが売りの『なんでも機械店』のオーナーよん」
なら綴りは<Brilliant>だと思いますけど、との言葉は当然の如く喉奥で突っかかって出ることは無かった。
「ん・で? ブラウン管とか言ってたわねぇん、どんなのがお望みなのよぉん、ジロちゃんにだったらサ・ァ・ビ・ス、させてもらっちゃうわのよぉぉん」
無駄な流し目と尖らせた唇、粘り付く言葉。そもそも比較するのもおこがましいのだけれど、三ツ輪さんの持つ自然な感じは微塵もない。あるのはコテコテの、女性は持ち得ない女性らしさ。つまりまあ、このジョリーヌさんと言う御方は、身も蓋もない言い方をすれば、ステレオタイプの昭和のオカマだ。