R-15
Ally-36:剣呑なる★ARAI(あるいは、センチメンタルグレード/-273.15)
「……なんか危険な気がする。迂闊に乗り込んでいってボコられるとかないとも言えないし……大事な『渡米』前にそんなことさせられないよ。諦めよう、ここでも出来なくはないし、ね?」
心のまとまりがつかないままの僕が放った言葉なんかでは、やっぱりアライくんを押し留めることなんか出来なかったわけで。
「……団長のけじめばつけてくるばと。そいが我ぁの落とし前とばい」
かえって意固地にさせてしまったかのようで、聞く耳持たない感じで猿人氏、髪人氏を押しやりながら、教室の外へと出ていってしまいそうになるけど。
「や、危ないって……どうしても行くなら僕も付いてく」
要らんて、との言葉が即応で背中越しに返ってくるけど。どうして僕と目を合わせようとしないんだ。待っ……とか言いながらそのスタジャンの肩を掴んで思いとどまらせようとする僕だったけれど。
「……我ぁが独りよがりでやり始めたこつじゃっじ、御前には迷惑かけちょお無ぇ言うとるんがじゃッ!!」
振り返りざまに手で払われて、そんな怒鳴り声を浴びせられてしまう。弾みでアライくんがいつもたすき掛けにして肌身離さずにいた、あの例の赤いウォークマンがストラップから外れて宙を舞って落下するのを、僕は馬鹿みたいにただ目で追っていた。
かしゃしゃん、というような音が、静まり返った教室に響く。
「い、あ、ぼ、僕ら仲間だよね? 何でひとりでしょい込もうとするの……?」
喉の奥が何か詰まってしまったかのような、突っかかりを感じる……言いたいことは頭の中でぐわぐわ渦巻いていたけれど、言葉に出来たのはそれくらいだった。果たして。
「……こんなこつばしても、何にもならんちゃこつを、遅ればせながら思ったんがじ。過去を振り返ってみても、結局は何にもならんかったじゃで、だからもう終わりじゃ。色々と付き合わせて悪かったが、終わる前に何てか、カッコだけは付けさせてくれぇな」
うって変わってそんな達観したような言い草。そんな言葉聞きたくなかったよ……!!
「そりゃ、最初は完全に巻き込まれた体だったけど、いまや僕ら五人全員の『1Q85祭』じゃないか……だよ、ね、ねえ?」
助けを求めるように三ツ輪さん以下二名の顔を見やる僕だったけれど。みんな何て言っていいか分からないような顔だ。だったらここはいちばん付き合いの長い僕が何とかするしかないッ。でも、
「……巻き込まれたんぐ無かったらんが、は、はじめっからそう言っとれば良かったんじゃじ」
背中を向けたままのアライくんから放たれた言葉には、
「……!!」
何と言うか、許せないものがあったわけで。
「そんな言い方……ッ、ここまでみんなでやって来たことじゃないかっ……」
詰め寄る僕の気配を感じ取ったのか、またしても振り向きざまに今度は制服の胸倉を掴まれてしまったけれど。ようやく目があったその顔は憤怒に彩られていたけど。いや、
彩ってみせようとしていたようだけれど。でも僕には分かった。その奥にうねる哀切を。でも、
「終わりっちゃ言うだら、終わりだじゃがッ!! 最後に我ぁが部屋の交渉ばしてきてやるじょき、そん後は御前らで勝手にやっちょおらがいいがッ!!」
何で……
「勝手にって何だよッ!! 勝手にやって勝手に投げてッ!! 『万博』をやるんじゃなかったのかよッ!! ここまで来て、ここまで引っ張って来て、何でだよ……ッ」
僕の方も、気持ちの整理なんか全然つかないまま、そんな滅裂な言葉を絞り出すように吐き出すしかなかった。首元を掴んだアライくんの右腕を自分の左手で掴んだまま。もうのっぴきならないところまで来てしまったのは、肌で感じ取れていた。おそらく相手も。そのままそれぞれ空いた手の方でも互いの肩口を捻り掴んで、頭同士を突き合わせて。でも、
「もうやめてよ……」
傍らから掛かった震える声に、動きは止まってしまう。感情をこらえているだろう三ツ輪さんが静かにしゃくりあげてるのが分かって。僕は、僕らはそちらの方を見ることも出来ずに。
「……」
投げ捨てるようにお互いの身体を離すばかりであったのだけれど。
そのまま無言で音楽室を出ていく背中を、目で追うしかなかったのだけれど。
静寂。誰も何も、言葉を発しようとはしなかった。
何だよ……何で、こんな……
「……ちょっと頭冷やしてくる」
そのままここに残ることも何かいたたまれなかったから、僕もままならない足を必死で動かして部屋からよろぼい出ると、アライくんの背中が消えた方とは逆の左側にのそのそと歩き出す。ぐわぐわと熱を持ったままの頭を持て余しながら。
「……」
どこをどう通ったかはまったく記憶に無かったけど、気づいたら運動場から屋外プールへと繋がる階段に座り込んでいた。文化祭の準備で活気づいてきた校内の中で、そこだけは人の行き来が無かったからかも知れない。意識して出した鼻からのため息を、まだ生ぬるい風がさらっていく。ふと目を上げると食堂の曇ったガラス窓がオレンジの夕日を反射していて。そんな時間かとまたため息をついてしまう。
思えば食堂でも色々あったな……滅茶苦茶だったけれど、絶対楽しかったと言い切れる日々。その中心にはいつもけったいな外見でけったいな言葉を振りかざす御大がいた……何だか思い返すと気道の奥の方が呼吸と共にツンと冷たく感じられてきてしまうから、思考を振り払うのだけれど。
刹那……だった。
「ジローくんッ!!」
息せき切った声が、僕の背中を打つ。三ツ輪さん……どうしたの、そんなに慌てて?
心のまとまりがつかないままの僕が放った言葉なんかでは、やっぱりアライくんを押し留めることなんか出来なかったわけで。
「……団長のけじめばつけてくるばと。そいが我ぁの落とし前とばい」
かえって意固地にさせてしまったかのようで、聞く耳持たない感じで猿人氏、髪人氏を押しやりながら、教室の外へと出ていってしまいそうになるけど。
「や、危ないって……どうしても行くなら僕も付いてく」
要らんて、との言葉が即応で背中越しに返ってくるけど。どうして僕と目を合わせようとしないんだ。待っ……とか言いながらそのスタジャンの肩を掴んで思いとどまらせようとする僕だったけれど。
「……我ぁが独りよがりでやり始めたこつじゃっじ、御前には迷惑かけちょお無ぇ言うとるんがじゃッ!!」
振り返りざまに手で払われて、そんな怒鳴り声を浴びせられてしまう。弾みでアライくんがいつもたすき掛けにして肌身離さずにいた、あの例の赤いウォークマンがストラップから外れて宙を舞って落下するのを、僕は馬鹿みたいにただ目で追っていた。
かしゃしゃん、というような音が、静まり返った教室に響く。
「い、あ、ぼ、僕ら仲間だよね? 何でひとりでしょい込もうとするの……?」
喉の奥が何か詰まってしまったかのような、突っかかりを感じる……言いたいことは頭の中でぐわぐわ渦巻いていたけれど、言葉に出来たのはそれくらいだった。果たして。
「……こんなこつばしても、何にもならんちゃこつを、遅ればせながら思ったんがじ。過去を振り返ってみても、結局は何にもならんかったじゃで、だからもう終わりじゃ。色々と付き合わせて悪かったが、終わる前に何てか、カッコだけは付けさせてくれぇな」
うって変わってそんな達観したような言い草。そんな言葉聞きたくなかったよ……!!
「そりゃ、最初は完全に巻き込まれた体だったけど、いまや僕ら五人全員の『1Q85祭』じゃないか……だよ、ね、ねえ?」
助けを求めるように三ツ輪さん以下二名の顔を見やる僕だったけれど。みんな何て言っていいか分からないような顔だ。だったらここはいちばん付き合いの長い僕が何とかするしかないッ。でも、
「……巻き込まれたんぐ無かったらんが、は、はじめっからそう言っとれば良かったんじゃじ」
背中を向けたままのアライくんから放たれた言葉には、
「……!!」
何と言うか、許せないものがあったわけで。
「そんな言い方……ッ、ここまでみんなでやって来たことじゃないかっ……」
詰め寄る僕の気配を感じ取ったのか、またしても振り向きざまに今度は制服の胸倉を掴まれてしまったけれど。ようやく目があったその顔は憤怒に彩られていたけど。いや、
彩ってみせようとしていたようだけれど。でも僕には分かった。その奥にうねる哀切を。でも、
「終わりっちゃ言うだら、終わりだじゃがッ!! 最後に我ぁが部屋の交渉ばしてきてやるじょき、そん後は御前らで勝手にやっちょおらがいいがッ!!」
何で……
「勝手にって何だよッ!! 勝手にやって勝手に投げてッ!! 『万博』をやるんじゃなかったのかよッ!! ここまで来て、ここまで引っ張って来て、何でだよ……ッ」
僕の方も、気持ちの整理なんか全然つかないまま、そんな滅裂な言葉を絞り出すように吐き出すしかなかった。首元を掴んだアライくんの右腕を自分の左手で掴んだまま。もうのっぴきならないところまで来てしまったのは、肌で感じ取れていた。おそらく相手も。そのままそれぞれ空いた手の方でも互いの肩口を捻り掴んで、頭同士を突き合わせて。でも、
「もうやめてよ……」
傍らから掛かった震える声に、動きは止まってしまう。感情をこらえているだろう三ツ輪さんが静かにしゃくりあげてるのが分かって。僕は、僕らはそちらの方を見ることも出来ずに。
「……」
投げ捨てるようにお互いの身体を離すばかりであったのだけれど。
そのまま無言で音楽室を出ていく背中を、目で追うしかなかったのだけれど。
静寂。誰も何も、言葉を発しようとはしなかった。
何だよ……何で、こんな……
「……ちょっと頭冷やしてくる」
そのままここに残ることも何かいたたまれなかったから、僕もままならない足を必死で動かして部屋からよろぼい出ると、アライくんの背中が消えた方とは逆の左側にのそのそと歩き出す。ぐわぐわと熱を持ったままの頭を持て余しながら。
「……」
どこをどう通ったかはまったく記憶に無かったけど、気づいたら運動場から屋外プールへと繋がる階段に座り込んでいた。文化祭の準備で活気づいてきた校内の中で、そこだけは人の行き来が無かったからかも知れない。意識して出した鼻からのため息を、まだ生ぬるい風がさらっていく。ふと目を上げると食堂の曇ったガラス窓がオレンジの夕日を反射していて。そんな時間かとまたため息をついてしまう。
思えば食堂でも色々あったな……滅茶苦茶だったけれど、絶対楽しかったと言い切れる日々。その中心にはいつもけったいな外見でけったいな言葉を振りかざす御大がいた……何だか思い返すと気道の奥の方が呼吸と共にツンと冷たく感じられてきてしまうから、思考を振り払うのだけれど。
刹那……だった。
「ジローくんッ!!」
息せき切った声が、僕の背中を打つ。三ツ輪さん……どうしたの、そんなに慌てて?