対戦相手決定
運命の練習試合を八日後に控えた金曜日の昼休み。薗部はかつてない程焦っていた。
順調に予定は決まり、練習試合も相手は徳羽工業に決まっていたのだが、二日前に相手側の都合で突然キャンセルされてしまったのだ。
慌てて近隣の学校に声をかけてはみたが、どこも都合が合わず、練習試合の相手が未だに決まってなかった。最も近隣にはもう一つ高校があるが、
「うーーん。まさかもうここしか残って無いとは……」
薗部は迷っていた。迷うのも無理は無い。残っているのは、明林高校とは明らかに格が違い過ぎるほどの名門校だった。
「ここしかないのかあ。伸哉君なら何とか出来るかもしれないけど、問題は……」
薗部が心配していたのは相手との実力差ではない。春季大会で一年唯一のベンチ入りメンバーである実力者。それが薗部を躊躇させる原因だった。
「ここは紅白戦でもいいが、そうするとあのプライドの高い天才大島君が……。それだと今後にも影響しそうだしなあ。うーん、仕方ないか」
薗部は受話器を勢いよく取り電話をかけた。
「もしもし、明林高校野球部監督の薗部です」
久良目商業監督の古内将は、電話の相手に一瞬言葉を失った。
「も、もしや薗部くんかね」
「ええ。お久しぶりです古内さん。あの見た目のわりに高いあの声はまだ健在なんですね」
「そんなに高いか?」
「はい。初めて聞いた時からずっとですよ。今は久良目商業の監督なんですね」
「ああそうだが。君こそもう日本に帰ってきたのか。今頃はメジャーにでも」
「その事はもう触れないで頂けると、僕はすごく助かるのですが」
薗部の声のトーンが明らかに下がっているのが、古内にもよく分かった。
「分かった。やめておこう」
古内はこれ以上、その事について聞かない事にした。
「えっと、物凄く急な話で申し訳ありません。一週間後の土曜日に練習試合をお願い出来ませんか? 無理なら無理とお答えされても構いません」
古内は悩んだ。本来なら間違いなく断っていたが、頼んできたのはこともあろうか旧知の仲である薗部だった。
「少し待ってろ。予定を確認する」
予定表を見ると、その日は午前中に自校のグラウンドで、福岡市内の強豪校との練習試合を予定していた。
古内としては旧知の中である薗部の頼みを断りたくはない。しかし、現状一軍二軍とも空きはない。このままでは断るしかない。
頭を抱えて悩ませていた時、妙案が浮かんだ。一年生がいるという事だ。
普段あまりチャンスのない一年を実践形式で試すことができる。そして何よりも、スーパールーキーである木場を実践で使うことができる。
弱小の明林とはいえ、高校野球というものを体感させるには問題はないはずである。
古内の返事は決まった。
「一年生主体でよければ受けてもいいが、どうだ?」
「ええ。もちろん大丈夫です!」
「よし。ならば一週間後の土曜日の昼からそっちの高校に向かわせよう。ワシは別のとこで練習試合があるから、小代羅コーチを送るからよろしく頼むぞ」
「ありがとうございます!それでは僕はこれから授業があるので…」
「じゅ、授業ってお前教師か?!」
「まあ一応英語のですけど。少々待っていてください。あっ分かりました。今から準備します! それでは。今回はありがとうございました」
プツンと電話は切れた。
「はえー。あいつが教師か。あんなに口の悪くて髪型好き勝手やってた悪童が敬語口調とはな」
世の中とは不思議なものだと古内は思った。
練習終了後、部員は薗部から部室前に集められた。
「えー、練習試合の相手が決まりました。相手は久良目商業の一年生中心メンバーです」
久良目と言う言葉を聞いた瞬間、伸哉はビクンと反応するとともに、顔が真っ青になった。
「久良目って、確か……」
「あいつがいる高校じゃないか」
事情が分かっている涼紀と彰久の顔色も尋常ではなかった。
「相手は一年生主体とはいえ強豪校です。ですが、勝てない相手ではありません。私はそう信じています。それでは、明日以降も頑張っていきましょう!」
薗部は彰久だけを残して解散させた。
「監督! よりによってなんであの久良目商業なんですか!」
彰久は血相を変えて薗部に反論した。
「僕も本当は徳羽としたかったのですが、如何せん空いてなくて。まあ他にもかけましたがどこも予定が合わなかったので仕方なくですよ?」
「まあ仕方ないっすけど……」
聞いて彰久の怒りは多少収まったようだった。
「私は伸哉君に何があったのかは知っていますよ。だからこの試合を組めて逆に良かったかもと思っていますから」
薗部は暗くなった星空を微笑ましく見上げた。
「この試合で何が起きるのかはわかりません。関係が酷くなるかもしれません。でもこの県内で、甲子園を目指してやっている以上、いつか試合をするでしょう。その時に今までのことを引きずって、本来の力を出せずに終わるのはいいことではないと思っています。やはり一度決着はつけておいた方がいいと、私は思っています」
「監督……」
「それに、このチームは勝つ経験があまりにもなさすぎる。本当は春季大会で一勝はしておきたかったのですが、残念ながら一点差で負けてしまいました。だからこそ、早めに勝つ経験をしておきたい。これはチームのためでもあり、伸哉君のためでもあります。彰久君。君には期待していますよ」
薗部は歩み寄りポンと彰久の肩に手を置いた。
「はい」
彰久は静かに答えた。
順調に予定は決まり、練習試合も相手は徳羽工業に決まっていたのだが、二日前に相手側の都合で突然キャンセルされてしまったのだ。
慌てて近隣の学校に声をかけてはみたが、どこも都合が合わず、練習試合の相手が未だに決まってなかった。最も近隣にはもう一つ高校があるが、
「うーーん。まさかもうここしか残って無いとは……」
薗部は迷っていた。迷うのも無理は無い。残っているのは、明林高校とは明らかに格が違い過ぎるほどの名門校だった。
「ここしかないのかあ。伸哉君なら何とか出来るかもしれないけど、問題は……」
薗部が心配していたのは相手との実力差ではない。春季大会で一年唯一のベンチ入りメンバーである実力者。それが薗部を躊躇させる原因だった。
「ここは紅白戦でもいいが、そうするとあのプライドの高い天才大島君が……。それだと今後にも影響しそうだしなあ。うーん、仕方ないか」
薗部は受話器を勢いよく取り電話をかけた。
「もしもし、明林高校野球部監督の薗部です」
久良目商業監督の古内将は、電話の相手に一瞬言葉を失った。
「も、もしや薗部くんかね」
「ええ。お久しぶりです古内さん。あの見た目のわりに高いあの声はまだ健在なんですね」
「そんなに高いか?」
「はい。初めて聞いた時からずっとですよ。今は久良目商業の監督なんですね」
「ああそうだが。君こそもう日本に帰ってきたのか。今頃はメジャーにでも」
「その事はもう触れないで頂けると、僕はすごく助かるのですが」
薗部の声のトーンが明らかに下がっているのが、古内にもよく分かった。
「分かった。やめておこう」
古内はこれ以上、その事について聞かない事にした。
「えっと、物凄く急な話で申し訳ありません。一週間後の土曜日に練習試合をお願い出来ませんか? 無理なら無理とお答えされても構いません」
古内は悩んだ。本来なら間違いなく断っていたが、頼んできたのはこともあろうか旧知の仲である薗部だった。
「少し待ってろ。予定を確認する」
予定表を見ると、その日は午前中に自校のグラウンドで、福岡市内の強豪校との練習試合を予定していた。
古内としては旧知の中である薗部の頼みを断りたくはない。しかし、現状一軍二軍とも空きはない。このままでは断るしかない。
頭を抱えて悩ませていた時、妙案が浮かんだ。一年生がいるという事だ。
普段あまりチャンスのない一年を実践形式で試すことができる。そして何よりも、スーパールーキーである木場を実践で使うことができる。
弱小の明林とはいえ、高校野球というものを体感させるには問題はないはずである。
古内の返事は決まった。
「一年生主体でよければ受けてもいいが、どうだ?」
「ええ。もちろん大丈夫です!」
「よし。ならば一週間後の土曜日の昼からそっちの高校に向かわせよう。ワシは別のとこで練習試合があるから、小代羅コーチを送るからよろしく頼むぞ」
「ありがとうございます!それでは僕はこれから授業があるので…」
「じゅ、授業ってお前教師か?!」
「まあ一応英語のですけど。少々待っていてください。あっ分かりました。今から準備します! それでは。今回はありがとうございました」
プツンと電話は切れた。
「はえー。あいつが教師か。あんなに口の悪くて髪型好き勝手やってた悪童が敬語口調とはな」
世の中とは不思議なものだと古内は思った。
練習終了後、部員は薗部から部室前に集められた。
「えー、練習試合の相手が決まりました。相手は久良目商業の一年生中心メンバーです」
久良目と言う言葉を聞いた瞬間、伸哉はビクンと反応するとともに、顔が真っ青になった。
「久良目って、確か……」
「あいつがいる高校じゃないか」
事情が分かっている涼紀と彰久の顔色も尋常ではなかった。
「相手は一年生主体とはいえ強豪校です。ですが、勝てない相手ではありません。私はそう信じています。それでは、明日以降も頑張っていきましょう!」
薗部は彰久だけを残して解散させた。
「監督! よりによってなんであの久良目商業なんですか!」
彰久は血相を変えて薗部に反論した。
「僕も本当は徳羽としたかったのですが、如何せん空いてなくて。まあ他にもかけましたがどこも予定が合わなかったので仕方なくですよ?」
「まあ仕方ないっすけど……」
聞いて彰久の怒りは多少収まったようだった。
「私は伸哉君に何があったのかは知っていますよ。だからこの試合を組めて逆に良かったかもと思っていますから」
薗部は暗くなった星空を微笑ましく見上げた。
「この試合で何が起きるのかはわかりません。関係が酷くなるかもしれません。でもこの県内で、甲子園を目指してやっている以上、いつか試合をするでしょう。その時に今までのことを引きずって、本来の力を出せずに終わるのはいいことではないと思っています。やはり一度決着はつけておいた方がいいと、私は思っています」
「監督……」
「それに、このチームは勝つ経験があまりにもなさすぎる。本当は春季大会で一勝はしておきたかったのですが、残念ながら一点差で負けてしまいました。だからこそ、早めに勝つ経験をしておきたい。これはチームのためでもあり、伸哉君のためでもあります。彰久君。君には期待していますよ」
薗部は歩み寄りポンと彰久の肩に手を置いた。
「はい」
彰久は静かに答えた。