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作者: わんころ餅
残酷な描写あり R-15
怖い先生
「入学早々お前たちは何をしている?」

「「ごめんなさい……」」

 レンが連れて行かれた場所は保健室であり、そこにいた教師は入学式で学園長の代理で挨拶を行った羊族の女性だった。
 彼女は治療行為が的確で、素早くレンの傷を手当てする。
 隣にいるのはもちろんハウルだ。
 顔中に引っ掻き傷が目立ち、薬草をすりつぶした薬を塗られ、痛みに耐えていた。
 鼻の裂傷は彼女の魔法【治癒】で回復しており、元通りの形である。
 レンも揉み合った際に腕を数箇所噛まれ、裂傷と軽い骨折を負っていた。
 それもハウルと同じく【治癒】でほとんど回復され、残りは自己治癒力で治せとの事だ。
 治療が終わった二人は睨み合うと、脳天にゲンコツをお見舞いされる。

「馬鹿者!今治療したばかりですぐに喧嘩するか!」

「だってコイツの顔を見たら腹が立つんだよ!」

「オレだって見たくないよ!」

「ほーう……?そんなに血気盛んなら二人で魔獣でも倒しに行ってくるか?許可ならすぐに出せるぞ?」

 腕を組んで二人を見る彼女は非常に恐ろしく感じ、本当に魔獣狩りを命じる気だと察したレンとハウルは身震いをして大人しくなる。
 そんな二人を見た後、二人の後ろにいるサムに声をかける。

「サム。お前がついていながら、何故怪我をさせたんだ?こうなることくらい分かっていただろう?」

「メリル、ごめん。この二人のイザコザは話し合ってもダメだと思って、やれるだけやらしたら認め合うかな?って……」

「二人きりの時以外は『めえ』と呼ぶようにと言ったはずだが?……そんな事よりも雨降って地固まる、を狙ったようだが、これでは泥濘みすぎて逆効果だ。お前も少しは反省するように」

「ハイ、ゴメンナサイ」

 メリルと呼ばれた羊族の女性から発せられる怒気にサムは素早く頭を下げ、謝罪する。
 しかし、レンにはただの上下関係には思えず、右手を挙げる。
 それを見たメリルは首を傾げて腕を組む。

「なんだ?」

「あ、あの……!メリル先生はもしかして、サム先生と同じ調査隊のヒトですか?」

 メリルは驚いた様子で目を点にしていたが、ふとサムの方へ視線を移すとアイコンタクトを受け取り、事情を察する。

「……そうだな。私は調査隊の治癒を担当していた。ただ、今はもう行ってないぞ?それと、私は学園では【めえ】と呼ぶように。私に与えられたコードネームだから、今後そう呼んでもらえると助かる」

 サムがレンの背後に周り、小声で呟く。

 (初めは嫌がっていたけど、コードネームで助けられたこともあって、気に入っているんだ)

「サム」

「いえ、何でもないです!」

 名前は個体を特定するための道具であるが、もう一つの役割があるとされている。
 それは、契約魔法を行使するの為のものである。
 千年以上前は名前は成人した者のみ与えられ、十三の年を重ねた者に名付けられていた。
 それでは不便だろうとこの国の女王が個人で好きなように名乗られるように制度を変えた。
 そして、一千年の時が経ち、メリルの口からコードネームと言う単語が出る。
 それは部隊を動かす上でわかりやすい名前で呼ぶシステムではあるが、これが使用されているのは最初期の調査隊のみである。
 何故最初の調査隊で使用され、メリルはそれに助けられたのかは不明だったが、好奇心旺盛な年頃のレンにとっては非常に心昂るものだった。
 目を輝かせているレンを見て、メリルは少し微笑むと踵を返し、保健室の奥へと歩く。

「もう、治療は終わった。帰るといい。サム、あとでオシオキだ」

 そう言って部屋の奥へと姿を消したのだった。
『オシオキ』宣言されたサムへ視線を向けると、屈強なクマ族の男性に到底見られないような絶望的な表情をしており、何が起きるのか想像に難くなかった。

「さ、さあ……。お前たちもそろそろ帰って明日に備えるんだ」

「せ、先生……明日会えますよね……?」

「も、もちろんだ……!……ハハハ……はぁ……」

 レンはサムの心配をするが、乾いた笑いで返される。
 そして、保健室から出るように促され、レンとハウルは廊下に出る。

「……」

「……」

「俺は絶対にお前を認めないからな」

「オレだって譲るつもりなんかないから」

 二人は再び一触即発ムードになり、レンは毛を逆立て、ハウルは牙を剥き出しにする。
 2人が戦闘態勢に入った瞬間……!

「わああぁぁぁぁぁっ!め、メリル!ご、ごめんなさいっ!ひいいいいっ!!」

 保健室の扉の上方にある握り拳大の窓から青色や緑色の光が漏れ出し、屈強な成人男性から通常では発せられるものではない声が響き渡り、レンとハウルは思わず逃げ出したのだった。

 程なくして保健室の扉がこっそり開かれると、サムが顔だけ出して周辺を確認する。
 そして、再び保健室へ戻るとメリルは机に向かっていた。

「どうだ?アイツらはケンカせずに帰ったか?」

「ああ、いなかったよ。若いっていいなぁ」

「ケンカは程々にしてほしいのだがね……。それにしても、サム。お前は演技派だな。見事な絶叫だ」

「そりゃあ前線でタンクを張ってるんだ。注意を惹きつけるのが仕事だ!でも、メリルは生徒に怖がられて良いのかい?」

「私は構わない。相談や病気ならまだしも、ケンカや訓練のケガなんてない方がいいからな。程よく気を引き締めてもらえると仕事が減って助かる」

 そう言って執務作業に戻るメリルを無言で撫でるサムなのである。
 こうして、波瀾万丈な入学日を終えるのだった。
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