残酷な描写あり
37.二度あることは三度ある3
「セレスティア様、入浴中失礼します」
セレスティアが湯に浸かって寛いでいると、扉を開けてアインが浴室に入ってきた。アインはメイド服を着たままでいることから、一緒に風呂に入りに来たわけではないようだ。
「どうしたのアイン?」
「はい。実は先程ミューダ様がお戻りになられました。それで、セレスティア様にお話があるそうで、至急応接室に来てほしいとの事です」
本当であれば、もう少しゆっくりと湯に浸かっていたかったセレスティアだったが、ミューダが至急と言っているならゆっくりしている訳にもいかず、名残惜しそうに立ち上がる。
「帰って来たのね。……わかった、すぐ行くわ」
「それとですが、ミューダ様がセレスティア様にお客様を連れて来ています」
「お客?」
「はい、翼人族の方を6人……」
アインの言葉を聞いたセレスティアは、最近よく感じた嫌な予感が心を過り、せっかく風呂で温まり火照った体が、急速に冷めていく様な気分になった。
「また厄介事、かしら……。因みに、連れて来た理由は?」
「すみません。セレスティア様が来てからとのことで、まだ詳しくは……。ただ、そのお客様の一人が屋敷に入るなり、『モランはどこだ!?』と尋ねてきたので、モランが関係しているのは間違いないと思われます」
◆ ◆
お風呂から上がり、ささっと着替えを済ませた私は、急いで応接室に向かう。
扉を開けて中に入ると、そこには久しぶりに見る顔があった。ダークシルバーの髪に深紅の瞳、愛用の闇夜を思わせる漆黒のローブを身に纏う、いつも通りのミューダだ。
「お帰り、ミューダ」
私は応接室のソファーに寛ぐように背を預けて座っているミューダに声をかける。その隣には、何故かモランが不機嫌そうな顔をして座っていた。
「ああ、ただいま。入浴中に呼び出して悪かったな」
「構わないわ」
私はそう言ってモランの隣、ソファーの一番右側に腰掛ける。
「……それで、ミューダが連れて来たお客というのは、この人達?」
「ああそうだ」
そこにはアインの報告通り、6人の翼人族がいた。私達と向かい合うように対面のソファーに2人が座り、その背後に4人が立っている。
ソファーに座っている2人はどちらも男性だ。私から見て左、ミューダの向かいに座る男性は白髪混じりの老人だ。老人と言っても、その身体つきは全く老いを感じさせない矍鑠としたもので、どちらかといえば老練と言えるような人だ。
もう一人、私の向かいに座っているのは熟年の男性で、こちらは猛禽類の様な鋭い目が特徴的だ。男性はその目を私に向けて、まるで獲物を見ているかのように「じーっ」と睨んでくる。
その二人の背後に立っている4人は全員が年若い男女で、左から順に、鎧兜を着用して強い意思を感じさせる鋭く燃えるような瞳をした背の高い青年男性。
光沢のある緑色を基調として、そこに鮮やかな赤、青、黒、白色が美しく彩られた綺麗な衣装を身に纏うスレンダーな青年女性。
背は私より少し高いくらいで、毛先の方向が定まらずに跳ねまくり、肩まで伸びるボサボサの黒髪が目元を隠して表情が伺いにくい少年。
その少年と全く同じ背格好をしているが、少年とは髪質の違うさらさらした黒髪が膝の後ろに届くほど長く伸びている少女だ。
「セレスティア紹介しよう、コイツは“エールフィング”。浮遊島で『島長』をしている男だ」
「初めましてセレスティア様、エールフィングと申します。浮遊島で翼人族を纏めあげる島長をしております。隣の男は、島長である儂に次ぐ権力を持つ『三翼』の一人“ハーケン”。後ろの4人はハーケンの子供で、左から順に“マグラ”、“ミエル”、“ムース”、“メリー”といいます。お見知りおきを」
エールフィングの紹介で一同が頭を下げる。頭を下げたら普通は目線も下に向くのだが、ハーケンだけは獲物を狙うような鋭い目を私に向けた状態のまま頭を下げるという器用なテクニックを繰り出していた。しかし、そこについては「触れない方がいい」と私の直感が告げていたので、スルーして私も自己紹介をする事にした。
「この屋敷の主、セレスティアよ。こちらこそよろしく」
私は手を出してエールフィングさんと握手を交わす。
「それで、ミューダはどういう理由でエールフィングさん達を連れて来たのかしら?」
お互いの自己紹介も済ませたところで、一番重要な質問をミューダに飛ばした。
ミューダが屋敷に客を連れてくる事は以前にもあった。スペチオさんだ。
ミューダがスペチオさんを初めて屋敷に連れて来た時は、ティンクをここで預けてほしいとスペチオさんにお願いされた。
それでティンクを預かる事になった訳だが……まあ何が言いたいかというと、ミューダが客を連れてくる時はその客が私に何かしらの用事がある場合だけということだ。
だから、連れて来た理由をミューダに質問したのだが、予想外の方向からその答えが返ってきた。
「それについては、儂から説明します」
私の質問に答えたのはミューダではなく、エールフィングさんだった。
でも用事のある本人が説明してくれるわけだから、その方がミューダに聞くより情報が正確のはずだ。そう思ってエールフィングさんの申し出に頷き、説明するように促した。
「儂達がここに来た理由ですが、ミューダ様が暮らしている屋敷で儂の孫娘であるモランが働くことになったと聞いたもので、その屋敷の主であられるセレスティア様にご挨拶をするために来た次第です。そのついでに、モランが元気でやっているかどうかの様子も見ようかと思いまして」
うん、なんというか……エールフィングさんの説明は大体私が想像していた通りだった。
アインから事前に聞いた話で、お客……エールフィングさん達がモランの関係者、もしくは知り合いだという事は想像できていたので、彼等が私ではなくモランに用があって来た可能性が高いとは思っていた。
エールフィングさんは私への挨拶が屋敷に来た一番の目的みたいに言っているが、実際はモランの様子を見に来ることが一番で、私への挨拶は二番目の目的なのだろう。ただ、モランの雇い主である私の前でそんな失礼な事を正直に言えるはずもないから、目的の一番と二番を入れ替えて言った事はすぐに察しがついた。
それよりも、モランがエールフィングさんの孫娘ということに驚いた。島長の孫という事は権力者の孫、つまりモランはお嬢様という事になるが、ここで一つ疑問が浮かぶ。
それは、お嬢様であるはずのモランが何故地上に来て仕事を探していたかだ。
私がその事について尋ねると、エールフィングさんはあっさりと答えてくれた。
「実は、モランは浮遊島での暮らしに飽き、地上に憧れて家出をしたのです」
セレスティアが湯に浸かって寛いでいると、扉を開けてアインが浴室に入ってきた。アインはメイド服を着たままでいることから、一緒に風呂に入りに来たわけではないようだ。
「どうしたのアイン?」
「はい。実は先程ミューダ様がお戻りになられました。それで、セレスティア様にお話があるそうで、至急応接室に来てほしいとの事です」
本当であれば、もう少しゆっくりと湯に浸かっていたかったセレスティアだったが、ミューダが至急と言っているならゆっくりしている訳にもいかず、名残惜しそうに立ち上がる。
「帰って来たのね。……わかった、すぐ行くわ」
「それとですが、ミューダ様がセレスティア様にお客様を連れて来ています」
「お客?」
「はい、翼人族の方を6人……」
アインの言葉を聞いたセレスティアは、最近よく感じた嫌な予感が心を過り、せっかく風呂で温まり火照った体が、急速に冷めていく様な気分になった。
「また厄介事、かしら……。因みに、連れて来た理由は?」
「すみません。セレスティア様が来てからとのことで、まだ詳しくは……。ただ、そのお客様の一人が屋敷に入るなり、『モランはどこだ!?』と尋ねてきたので、モランが関係しているのは間違いないと思われます」
◆ ◆
お風呂から上がり、ささっと着替えを済ませた私は、急いで応接室に向かう。
扉を開けて中に入ると、そこには久しぶりに見る顔があった。ダークシルバーの髪に深紅の瞳、愛用の闇夜を思わせる漆黒のローブを身に纏う、いつも通りのミューダだ。
「お帰り、ミューダ」
私は応接室のソファーに寛ぐように背を預けて座っているミューダに声をかける。その隣には、何故かモランが不機嫌そうな顔をして座っていた。
「ああ、ただいま。入浴中に呼び出して悪かったな」
「構わないわ」
私はそう言ってモランの隣、ソファーの一番右側に腰掛ける。
「……それで、ミューダが連れて来たお客というのは、この人達?」
「ああそうだ」
そこにはアインの報告通り、6人の翼人族がいた。私達と向かい合うように対面のソファーに2人が座り、その背後に4人が立っている。
ソファーに座っている2人はどちらも男性だ。私から見て左、ミューダの向かいに座る男性は白髪混じりの老人だ。老人と言っても、その身体つきは全く老いを感じさせない矍鑠としたもので、どちらかといえば老練と言えるような人だ。
もう一人、私の向かいに座っているのは熟年の男性で、こちらは猛禽類の様な鋭い目が特徴的だ。男性はその目を私に向けて、まるで獲物を見ているかのように「じーっ」と睨んでくる。
その二人の背後に立っている4人は全員が年若い男女で、左から順に、鎧兜を着用して強い意思を感じさせる鋭く燃えるような瞳をした背の高い青年男性。
光沢のある緑色を基調として、そこに鮮やかな赤、青、黒、白色が美しく彩られた綺麗な衣装を身に纏うスレンダーな青年女性。
背は私より少し高いくらいで、毛先の方向が定まらずに跳ねまくり、肩まで伸びるボサボサの黒髪が目元を隠して表情が伺いにくい少年。
その少年と全く同じ背格好をしているが、少年とは髪質の違うさらさらした黒髪が膝の後ろに届くほど長く伸びている少女だ。
「セレスティア紹介しよう、コイツは“エールフィング”。浮遊島で『島長』をしている男だ」
「初めましてセレスティア様、エールフィングと申します。浮遊島で翼人族を纏めあげる島長をしております。隣の男は、島長である儂に次ぐ権力を持つ『三翼』の一人“ハーケン”。後ろの4人はハーケンの子供で、左から順に“マグラ”、“ミエル”、“ムース”、“メリー”といいます。お見知りおきを」
エールフィングの紹介で一同が頭を下げる。頭を下げたら普通は目線も下に向くのだが、ハーケンだけは獲物を狙うような鋭い目を私に向けた状態のまま頭を下げるという器用なテクニックを繰り出していた。しかし、そこについては「触れない方がいい」と私の直感が告げていたので、スルーして私も自己紹介をする事にした。
「この屋敷の主、セレスティアよ。こちらこそよろしく」
私は手を出してエールフィングさんと握手を交わす。
「それで、ミューダはどういう理由でエールフィングさん達を連れて来たのかしら?」
お互いの自己紹介も済ませたところで、一番重要な質問をミューダに飛ばした。
ミューダが屋敷に客を連れてくる事は以前にもあった。スペチオさんだ。
ミューダがスペチオさんを初めて屋敷に連れて来た時は、ティンクをここで預けてほしいとスペチオさんにお願いされた。
それでティンクを預かる事になった訳だが……まあ何が言いたいかというと、ミューダが客を連れてくる時はその客が私に何かしらの用事がある場合だけということだ。
だから、連れて来た理由をミューダに質問したのだが、予想外の方向からその答えが返ってきた。
「それについては、儂から説明します」
私の質問に答えたのはミューダではなく、エールフィングさんだった。
でも用事のある本人が説明してくれるわけだから、その方がミューダに聞くより情報が正確のはずだ。そう思ってエールフィングさんの申し出に頷き、説明するように促した。
「儂達がここに来た理由ですが、ミューダ様が暮らしている屋敷で儂の孫娘であるモランが働くことになったと聞いたもので、その屋敷の主であられるセレスティア様にご挨拶をするために来た次第です。そのついでに、モランが元気でやっているかどうかの様子も見ようかと思いまして」
うん、なんというか……エールフィングさんの説明は大体私が想像していた通りだった。
アインから事前に聞いた話で、お客……エールフィングさん達がモランの関係者、もしくは知り合いだという事は想像できていたので、彼等が私ではなくモランに用があって来た可能性が高いとは思っていた。
エールフィングさんは私への挨拶が屋敷に来た一番の目的みたいに言っているが、実際はモランの様子を見に来ることが一番で、私への挨拶は二番目の目的なのだろう。ただ、モランの雇い主である私の前でそんな失礼な事を正直に言えるはずもないから、目的の一番と二番を入れ替えて言った事はすぐに察しがついた。
それよりも、モランがエールフィングさんの孫娘ということに驚いた。島長の孫という事は権力者の孫、つまりモランはお嬢様という事になるが、ここで一つ疑問が浮かぶ。
それは、お嬢様であるはずのモランが何故地上に来て仕事を探していたかだ。
私がその事について尋ねると、エールフィングさんはあっさりと答えてくれた。
「実は、モランは浮遊島での暮らしに飽き、地上に憧れて家出をしたのです」