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作者: 山のタル
残酷な描写あり
38.二度あることは三度ある4
 エールフィングさんの話を纏めるとこうだ。
 
 モランは5人兄妹の末っ子として産まれて、エールフィングさんや父親、他の兄姉からも大切にされて育った。モランが大切にされていたのは末っ子だったというのも勿論あるが、モランの容姿がモランが物心つく前に亡くなった母親に瓜二つだったという理由が大きいそうだ。
 しかし少々大切にしすぎたようで、モランはほとんどの時間を家の中で過ごし、家の外に出る機会が滅多に無かった。そうしてモランは成長するにつれて、本で読んだり家族や使用人から聞く外の世界、つまり地上に憧れを持つようになったそうだ。
 
 そして2週間前……ついにモランが家出をした。
 でもこの家出は、エールフィングさんや他の兄姉達が、「地上に行きたい!!」というモランの強い熱意に根負けして協力したものだった。
 ただ唯一、モランのことを一番溺愛していた親馬鹿の父親だけがモランが地上に行く、もとい浮遊島の外に出ることを最後まで反対していたので、モランの家出計画は父親に内密で進められたらしい。
 そして、エールフィングさんと一緒に来たこの5人が、その家出に反対した父親と家出に協力した兄姉達なのだそうだ。さっきから私を睨んでいるハーケンが父親で、後ろに立っているマグラ、ミエル、ムース、メリーの四人がモランの兄姉達らしい。
 
「地上に行く」というモランの置手紙を見てモランが家出をしたことを知ったハーケンは、早急に大規模捜索隊を編成し、モランを追いかけて地上に行こうとしたそうだ。そんな暴走したハーケンを、エールフィングさんやモランの兄姉達が「そんな事をすれば騒ぎになる!」と必死で説得して止める事態になり、それはもう大変だったらしい。
 そして、ハーケンがエールフィングさん達の説得でようやく落ち着きを取り戻した時にミューダが浮遊島にやって来て、エールフィングさんに「お前の娘にそっくりな子が、我が居候してる屋敷で働くことになったぞ」と爆弾発言をしたのだ。
 この言葉を聞いたハーケンが、私の屋敷に「直接乗り込む!」と言い再び暴走した。ミューダはスペチオさんの時もそうだけど、本当に余計な事をしてくれる……。
 しかしそこは、エールフィングさんが島長の権限を使って、「ミューダ様の関係者に危害を加える、又はその可能性がある行為を全面的に禁止する!」と命令を下したおかげでハーケンの暴走を抑えたそうだ。
 だけど、「せめてモランが元気にしているか様子を見たい!」というハーケンの必死の切望で、こうして連れて来ることになったらしい。
 因みに、エールフィングさんやモランの兄姉達は、ハーケンさんが暴走しそうになった時の抑止力となるために付いて来たのだと言う。……だがまあ、本音はハーケンと同じくモランが元気にしてるか様子を見に来たかったのだろう。
 
 とまあそんな感じで、事情は呑み込めた。
 モランが家出をしたと聞いた時は複雑な事情があってまた面倒事になるのかと思ったが、父親以外の家族の協力があってのことなら特に大きな問題でもないはずだ。
 そしてモランの祖父であり、浮遊島で一番偉い島長のエールフィングさんからモランがここで働く許可を出してくれれば、父親のハーケンがモランを強制的に連れて帰るという最悪の事態になることは無くなる。まあ、エールフィングさんの出した命令があるからそういう事態は起きないと思うが、私としてもその方がせっかく手に入れた優秀な人材を手放さずに済む。
 
「大体の事情は分かったわ。それで、エールフィングさんはモランがこの屋敷で働くことを認めているのかしら?」
「もちろんです! むしろ、儂ら翼人族の救世主であるミューダ様の役に立てるなど、これほど名誉な事はありません!」
 
 よし、エールフィングさんの言質は取った。――しかし、救世主? ミューダが?
 ミューダが翼人族に関わりがあったなんて話は今まで聞いたことが無い。どういう事かと思って訊ねると、とんでもないミューダの過去話が飛び出してきた。
 
「今から約100年前のことです。地上が世界大戦の最中にあった頃、儂ら翼人族はディヴィデ大山脈に3つの集落に別れて暮らしていました。しかしある日、一番南にあった集落が戦争の余波に襲われ、次に中央の集落が襲われました。そしてそれぞれの集落の生き残った者達は儂が治めの集落に避難してきました。そんな事態になって、このままでは北の集落も襲われるのではないかという恐怖が集落全体に蔓延したその時、偶然集落に居合わせていたミューダ様がその偉大なる魔術で北の集落一帯全てを空へと浮上させて、恐ろしい戦争から儂ら翼人族をお救い下さったのです! ミューダ様はまさに救世主! そんなミューダ様に孫娘のモランがお役に立てる事になるとは、儂は島長として、そして祖父として、とてもとても鼻が高いというものです!」
 
 憧れの人物を見る子供のような目で、エールフィングさんはミューダの事を嬉々として語ってくれた。
 その話を聞いた私は、ミューダに「詳しく!」という視線を投げかける。
 
「うむ。あれはまだこの屋敷に来る少し前の話だ。我はその当時、『大規模浮遊魔術』の研究をしてた。そんな時、たまたま立ち寄った翼人族の集落があまりにも悲壮感に暮れていていたので、『この魔術が成功したら集落ごと空に避難できるかもしれないぞ』と言ったら、実験の許可を簡単にくれたのだ。そしたら実験は見事成功してな! ……ただ、集落だけを浮かせるはずが、範囲調節を広くし過ぎたみたいで、周囲一帯も一緒に浮かせてしまったのだが、まあそれは生活できる土地が増えたということで喜んでくれたから、嬉しい誤算だったがな! ハッハッハッ!」
 
 ……何てことだ。今まで浮遊島がどうやって作られ、あれほどの質量の物が何故浮いているのかは謎とされ、最終的に翼人族の秘術とまで言われていたが、それがまさかミューダの仕業だったとは……。
 
 一時期、浮遊島の噂を聞いた私は、錬金術で真似ができないかを研究をしていたことがあった。
 そして10年も研究を続けた結果、錬金術でゴーレムとして作り出した物体なら、命令ではなく直接操作すると浮かせて操ることが出来るようになった。鉱山で魔獣と戦った時に大剣を浮かせたのもこれだ。
 しかし、これには大きな欠点があった。操作する物体の質量に比例して魔力の消費が極端に激しくなるのだ。
 鉱山で魔獣と戦った時は、魔力蓄変換陣を使っていたので魔力切れを気にしないで済んだが、もし魔力蓄変換陣無しであの大剣を4つも操ったなら、一時間も経たずに私の魔力は切れていただろう。
 大剣4つでそうなるのだ。仮に浮遊島と同じ質量の物体をゴーレムとして作ったとしても、それを操作しようとすれば瞬く間に魔力切れを起こす。そんな結論に達したので、この研究は中止することにしたのだった。
 まさかあの研究の答えが、すぐ身近にあったとは……。
 
「……灯台下暗し」
 
 私は大きなため息と共に、がっくりと肩を落とした。
 
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