実況中継
リシア家に戻った私とルセウスを迎えたのは一報を受けて仕事と婦人会を切り上げたお父様とお母様だ。
お父様は険しい表情で、お母様はハンカチを握りしめて泣き腫らしていた。
「ルセウス君、本当なのか? セオスが誘拐されたと言うのは」
「あの子はっあの子は無事なのよね? 大丈夫よね?」
「ナージャ⋯⋯きっとセオスは大丈夫だ。神は私達の大切な子を守ってくれる」
⋯⋯ちょっと待って。執事のロランも侍女のメイもうんうんと頷いているけれどいつの間にセオス様が二人の子供になったのよ。
それよりも神様が守ってくれると言うか神様本人だから大丈夫だとは言えない訳で。
困っている私の横ではルセウスが真剣に二人を見つめている。
⋯⋯みんな本気で心配してくれている。
ああ、もうセオス様。こんなに人を心配にさせて。帰って来たら人間は大切な人を心配するものだと教えなくてはならないわね。
「今、アイオリアの指示で保安騎士が探しています。不安なのは私もです。ですが、信じて待ちましょう」
「ルセウス君⋯⋯そうだな。今は信じて待とう。なあナージャ」
「ええ、あの子が帰って来たら沢山抱きしめましょう。あの子の大好きな卵焼きを沢山食べさせてあげましょう」
ああ⋯⋯大事になって行く。
セオス様は元気にお菓子を食べてなんだかんだと誘拐を楽しんでいるなんてとても言えない。不謹慎すぎて本当に何も言えない。
──アメディア! お菓子を食べている間に閉じ込められたぞ──
──あいつらが何処かに行ってしまった。少しうろついてみる──
──をを! 階段を登ったら王宮が見えるぞ。ここは王宮の裏庭だな──
──暇だ。図書室へ行こうかな──
帰っている途中から一方的に始まったセオス様の実況中継。どうやらセオス様は王宮の何処かに閉じ込められているらしい。
何気に行動範囲を広げようとしているし、このままでは本当に王宮を自由に歩き回ってしまいそうだわ⋯⋯。
──セオス様、大人しくしていて下さい! みんな心配しているんですよ! 帰ったらお説教です!──
──うわっアメディア! 突然思念を飛ばすな──
思わず遠い目をしてしまった私をルセウスが不思議そうに見つめてくる。私は慌てて何でもないと首を振った。
「ディアも少し休もう⋯⋯そばに居ても良いだろうか」
「え、ええ」
セオス様の実況が入ってくるのだから本当は一人で居たいけれど。私を気遣うルセウスのこんなにも真剣な眼差しを無碍に出来ない。
⋯⋯そう、この半年の彼の姿を私は演技とは思えなくなっている。
私は前回と違う行動を取り、前回と違うセオス様の誘拐が起きた今回。
状況が変わった今のこのルセウスが本当に想ってくれていると私は信じようとしている。
──ん? 誰か来たぞ。ををっアメディアすごいのが来たぞ驚け! なんと王女が来たぞ! んん?──
──んんん? へえ⋯⋯この王女は直接的な言葉を使わなくとも周りを操れるのか。ほうほう、面白い──
私は息が詰まった。
アイオリア様の話からセオス様誘拐の黒幕がディーテ王女だと暗に示されていても実際それが本当なのだと分かると急に不安になる。
「ディア? 顔色が悪い」
「なん、でもないわ」
私はそっと胸元を押さえた。心臓が激しく鼓動を打っている。
セオス様は王宮に居る。それをルセウスに伝えればすぐに助け出してもらえる。
アイオリア様もルセウスもディーテ様が怪しいと見ているのならセオス様が誰に攫われたのか、誰が指示したのか、見たもの、話した事、信じてもらえるかも知れない。
でも、それが私にとって最善の選択?
セオス様がただの子供であれば何よりも先に助け出す。それが最善の選択だわ。
けれど、ディーテ様を怪しんでいても「かも知れない」だけでは決定打に欠けている。相手は王族だもの無かった事にされてしまう可能性が高い。
どうしたら、どうしたら良いの?
「セオス君は強い子だ。大丈夫」
ルセウスが手を握ってくれる。その温もりに勇気づけられて私はゆっくりと深呼吸をした。
⋯⋯そうよね。無かった事にされるとしてもディーテ様のやっている事は許されるものではない。
私は聖女にならない。それはディーテ様にたった独りで神殿に閉じ込められる聖女にならない事。
そうよ、小さな事でも無駄になる事でも私はその為に足掻く。
「⋯⋯ルセウス、セオス様は⋯⋯王──」
──アメディア、あいつらは何処かに行ったし、ボク様飽きたからそろそろ帰るぞ──
「ええ!?」
「!? ディア!?」
ああ⋯⋯私が葛藤している間にセオス様は誘拐に飽きてしまった。
声を上げた私に驚いたルセウスが眼鏡を直しながら心配そうに覗き込んで来る。その表情に申し訳なさと⋯⋯やっぱり私はルセウスが好きなのだと気付く。
「⋯⋯え、とその、セオス様は帰って来る気がします。それで、帰ってきたら、ルセウスの眼鏡を一緒に買いに行きましょう」
事あるごとにズレるルセウスの眼鏡、本当は新しい眼鏡を買いに行くはずだったのよね。
「セオス君は無事に帰って来る。眼鏡を買って、フルーツタルトを食べに行こう、三人で」
その言葉に私は素直に微笑み返すことが出来た。
──その日の夜。
セオス様は何故かボロボロのドロドロになって帰って来た。
こっそりと「逃げて来たものはこうなるのだろう? 本で読んだぞ」と笑ったセオス様におかしさと安心感を感じた私は思わず彼を抱きしめていた。
「土産も貰ってきたぞ」
セオス様がぱんぱんになっているポケットからお菓子を溢しながら取り出した「お土産」。
それはレースの切れ端と一枚のハンカチーフ。
「おいっルセウスこれは!」
「ああ⋯⋯急ぎアレクシオの元へ行こう」
「お手柄だぞセオス君」
ハンカチーフを広げたルセウスとアイオリア様はニヒルな笑みを浮かべ、セオス様の頭を撫でながら頷き合った。
お父様は険しい表情で、お母様はハンカチを握りしめて泣き腫らしていた。
「ルセウス君、本当なのか? セオスが誘拐されたと言うのは」
「あの子はっあの子は無事なのよね? 大丈夫よね?」
「ナージャ⋯⋯きっとセオスは大丈夫だ。神は私達の大切な子を守ってくれる」
⋯⋯ちょっと待って。執事のロランも侍女のメイもうんうんと頷いているけれどいつの間にセオス様が二人の子供になったのよ。
それよりも神様が守ってくれると言うか神様本人だから大丈夫だとは言えない訳で。
困っている私の横ではルセウスが真剣に二人を見つめている。
⋯⋯みんな本気で心配してくれている。
ああ、もうセオス様。こんなに人を心配にさせて。帰って来たら人間は大切な人を心配するものだと教えなくてはならないわね。
「今、アイオリアの指示で保安騎士が探しています。不安なのは私もです。ですが、信じて待ちましょう」
「ルセウス君⋯⋯そうだな。今は信じて待とう。なあナージャ」
「ええ、あの子が帰って来たら沢山抱きしめましょう。あの子の大好きな卵焼きを沢山食べさせてあげましょう」
ああ⋯⋯大事になって行く。
セオス様は元気にお菓子を食べてなんだかんだと誘拐を楽しんでいるなんてとても言えない。不謹慎すぎて本当に何も言えない。
──アメディア! お菓子を食べている間に閉じ込められたぞ──
──あいつらが何処かに行ってしまった。少しうろついてみる──
──をを! 階段を登ったら王宮が見えるぞ。ここは王宮の裏庭だな──
──暇だ。図書室へ行こうかな──
帰っている途中から一方的に始まったセオス様の実況中継。どうやらセオス様は王宮の何処かに閉じ込められているらしい。
何気に行動範囲を広げようとしているし、このままでは本当に王宮を自由に歩き回ってしまいそうだわ⋯⋯。
──セオス様、大人しくしていて下さい! みんな心配しているんですよ! 帰ったらお説教です!──
──うわっアメディア! 突然思念を飛ばすな──
思わず遠い目をしてしまった私をルセウスが不思議そうに見つめてくる。私は慌てて何でもないと首を振った。
「ディアも少し休もう⋯⋯そばに居ても良いだろうか」
「え、ええ」
セオス様の実況が入ってくるのだから本当は一人で居たいけれど。私を気遣うルセウスのこんなにも真剣な眼差しを無碍に出来ない。
⋯⋯そう、この半年の彼の姿を私は演技とは思えなくなっている。
私は前回と違う行動を取り、前回と違うセオス様の誘拐が起きた今回。
状況が変わった今のこのルセウスが本当に想ってくれていると私は信じようとしている。
──ん? 誰か来たぞ。ををっアメディアすごいのが来たぞ驚け! なんと王女が来たぞ! んん?──
──んんん? へえ⋯⋯この王女は直接的な言葉を使わなくとも周りを操れるのか。ほうほう、面白い──
私は息が詰まった。
アイオリア様の話からセオス様誘拐の黒幕がディーテ王女だと暗に示されていても実際それが本当なのだと分かると急に不安になる。
「ディア? 顔色が悪い」
「なん、でもないわ」
私はそっと胸元を押さえた。心臓が激しく鼓動を打っている。
セオス様は王宮に居る。それをルセウスに伝えればすぐに助け出してもらえる。
アイオリア様もルセウスもディーテ様が怪しいと見ているのならセオス様が誰に攫われたのか、誰が指示したのか、見たもの、話した事、信じてもらえるかも知れない。
でも、それが私にとって最善の選択?
セオス様がただの子供であれば何よりも先に助け出す。それが最善の選択だわ。
けれど、ディーテ様を怪しんでいても「かも知れない」だけでは決定打に欠けている。相手は王族だもの無かった事にされてしまう可能性が高い。
どうしたら、どうしたら良いの?
「セオス君は強い子だ。大丈夫」
ルセウスが手を握ってくれる。その温もりに勇気づけられて私はゆっくりと深呼吸をした。
⋯⋯そうよね。無かった事にされるとしてもディーテ様のやっている事は許されるものではない。
私は聖女にならない。それはディーテ様にたった独りで神殿に閉じ込められる聖女にならない事。
そうよ、小さな事でも無駄になる事でも私はその為に足掻く。
「⋯⋯ルセウス、セオス様は⋯⋯王──」
──アメディア、あいつらは何処かに行ったし、ボク様飽きたからそろそろ帰るぞ──
「ええ!?」
「!? ディア!?」
ああ⋯⋯私が葛藤している間にセオス様は誘拐に飽きてしまった。
声を上げた私に驚いたルセウスが眼鏡を直しながら心配そうに覗き込んで来る。その表情に申し訳なさと⋯⋯やっぱり私はルセウスが好きなのだと気付く。
「⋯⋯え、とその、セオス様は帰って来る気がします。それで、帰ってきたら、ルセウスの眼鏡を一緒に買いに行きましょう」
事あるごとにズレるルセウスの眼鏡、本当は新しい眼鏡を買いに行くはずだったのよね。
「セオス君は無事に帰って来る。眼鏡を買って、フルーツタルトを食べに行こう、三人で」
その言葉に私は素直に微笑み返すことが出来た。
──その日の夜。
セオス様は何故かボロボロのドロドロになって帰って来た。
こっそりと「逃げて来たものはこうなるのだろう? 本で読んだぞ」と笑ったセオス様におかしさと安心感を感じた私は思わず彼を抱きしめていた。
「土産も貰ってきたぞ」
セオス様がぱんぱんになっているポケットからお菓子を溢しながら取り出した「お土産」。
それはレースの切れ端と一枚のハンカチーフ。
「おいっルセウスこれは!」
「ああ⋯⋯急ぎアレクシオの元へ行こう」
「お手柄だぞセオス君」
ハンカチーフを広げたルセウスとアイオリア様はニヒルな笑みを浮かべ、セオス様の頭を撫でながら頷き合った。