残酷な描写あり
R-15
八話:先進特務部隊①
翌朝、帝都の空は厚い鉛色の雲に覆われ、冬の冷気が城塞都市の石畳を凍てつかせていた。
治安維持組織アーキバスの本部は、巨大な要塞のような建物群の最奥に位置し、外壁は遺跡技術で強化された鋼鉄と石材が層を成している。
朝の薄光がその表面を鈍く照らす中、専用輸送車のエンジン音が静かに響いていた。神祖スメラギは、いつもの青と白を基調とした上級尉官制服を完璧に着こなし、私室の扉を開けて出てきた。
蒼い髪は少し寝癖がついたまま肩に落ち、エメラルドグリーンの瞳が穏やかな光を湛えている。彼は胸ポケットから古びた懐中時計を取り出し、蓋を開けて針の動きを確かめた。
長い時を刻み続けるその時計は、彼にとって唯一の変わらないものだった。
私室の中では、すでにラスティ・ヴェスパーとアロラ・バレンフラワーが待っていた。
ラスティは黒曜騎士団の上級士官制服に身を包み、壁際に立って背筋を伸ばしている。漆黒の髪は一筋の乱れもなくオールバックに撫でつけられ、深淵のような瞳は静かに室内を見渡していた。
18歳とは思えぬ落ち着きと、貴族らしい洗練された佇まいが、朝の冷気をさらに冷たく感じさせる。アロラは窓際に寄りかかり、腕を組んで外の空を眺めていた。黒髪が肩に流れ、赤い瞳が雲の動きを追う。
彼女の表情はいつも通り、どこか冷徹で現実的だ。それでいて、濃密な時を生きる者の深みが、静かに滲み出ている。スメラギは部屋の中央に立ち、二人に向き直った。
柔らかな微笑みが、いつものように浮かぶ。
「昨日話し合った対策案、すべて採用されたよ。上層部も、さすがに危機感を持ったみたいだね。奴隷商人の背後に他国と人外勢力が絡んでいることが、はっきりしたからだろうけど」
彼は懐中時計をそっと閉じ、ポケットに戻した。
「部隊名は『アーキバス先進特務隊』。表向きは治安維持組織の神に愛された新鋭部隊として、宗教的権威を前面に押し出す形になる。でも実質的には、内部監視粛清機関のアロラさんを中心に、軍部から選抜された人材を加えた囮を主目的とした特務隊だ。ラスティとアロラさんは、もちろんそこに配属される。君達は人の外れ値だからね」
ラスティは静かに一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「了解しました。囮としての役割を全うし、敵の動きを確実に引き出しましょう」
「治安維持組織特有の、民衆受けの良い大型武装や演出機能が強化された目立つ部隊になる。奴隷商人の尖った異能者たちは食いついてくるでしょう。これを打ち砕けば士気を低下させられる上に、自分たちの優位性を確認できる」
声は低く、抑揚を抑えたものだったが、そこに秘められた意志の強さが、部屋の空気をわずかに震わせる。アロラは窓際から離れ、ゆっくりと近づいてきた。赤い瞳がスメラギを捉える。
「軍部の人材を加えるのは正解ね。属性対策も精神防御も、これでようやく実戦レベルになる。単なる火力偏重では、ヴァンパイアやサキュバスに翻弄されるだけだもの」
彼女の声には、かすかな皮肉が混じっていた。それでも、言葉の端に任務への本気さが感じられる。スメラギは小さく笑い、頷いた。
「残りの軍部人材とは、技術研究所で合流する手筈だよ。そこには多属性対応の安定型異能者、それに封魔専門のエキスパートが待機している。陽光再現兵器や対魔導榴弾の調整も、すでに進んでいるらしい。早速移動しようか」
三人は私室を出て、長い地下廊下を歩き始めた。
アーキバス本部の最深部は外界から完全に隔絶されており、壁は厚い鋼鉄と遺跡由来の結界で覆われている。足音が規則正しく響き、時折通る下級構成員たちが、恐れと敬意を込めた視線でスメラギたちを避けるように道を譲った。
厳重な認証扉がいくつも開かれ、ついに地上へ続く大型昇降機に乗る。扉が閉まり、静かな振動とともに上昇が始まった。昇降機の中、スメラギは静かに語り始めた。
「改めて言うけど、この特務隊は、敵にとって格好の標的になる筈だ。治安維持組織の派手な大型武装を前面に押し出した部隊なら、奴隷商人は必ず奇襲をかけたくなる。ゲリラ戦法を得意とする彼らにとって、機動性の低い治安維持組織の騎士たちは絶好の獲物に見えるだろうから」
ラスティが低く応じた。
「その思い込みを逆手に取る。私たちが囮として機能しつつ、軍部の安定型異能者で包囲網を張る。敵は逃げ場を失い、確実に仕留められる」
アロラが小さく息を吐いた。
「失敗は許されないわね。奴隷商人の背後にいる他国勢力まで引きずり出し、決定的な証拠を掴むためにもね。この作戦が成功すれば、単なる犯罪組織の掃討を超えて、帝国全体の勝利になるのだから」
昇降機が止まり、扉が静かに開く。外は薄曇りの帝都の空だった。朝の冷気が流れ込み、三人の制服の裾をわずかに揺らす。
専用輸送車がすでに待機しており、黒塗りの装甲車体が朝の光を鈍く反射している。運転手は軍部の人間らしく、無言で敬礼した。
三人は無言で乗り込み、車は静かに発進した。
城塞都市の中心部を抜け、広い大道を進む。窓の外には、黄金時代を謳歌する帝国の繁栄が広がっていた。高層の鉄鋼ビル、遺跡技術で浮遊する輸送船、行き交う人々の活気。それでも、三人の表情はどこまでも冷静で、任務の重さを静かに受け止めている。スメラギは窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「これで、ようやく本当の戦いが始まるね。奴隷商人たちも、背後の勢力も……みんな、自分の正しさで動いている。だからこそ善悪や正邪ではなく、バランスが傾きすぎないように、僕たちは介入する」
ラスティとアロラは、それに答える代わりに、静かに頷いた。
帝都の中心大道は、朝の陽光に輝いていた。石畳の道は磨き上げられたように清潔で、一点の塵も落ちていない。
両側に並ぶ建物は鉄鋼と遺跡技術が融合した整然とした建築群で、白と青を基調とした旗が風に優雅に揺れている。行き交う民衆の服装は質素だが上質で、誰もが穢れのない笑顔を浮かべていた。
専用輸送車から降りた三人は、技術研究所へ向かう道をゆっくりと歩いていた。神祖スメラギは少し後ろを歩き、穏やかな微笑みで周囲を見守っている。ラスティ・ヴェスパーとアロラ・バレンフラワーは並んで前を進む。通りすがりの子供たちがラスティを見つけるなり、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「黒曜騎士団のお兄さんだ!」
小さな手がいくつも伸び、ラスティは自然と足を止めてしゃがんだ。端正すぎる顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
「こんにちは。今日もいい天気だね」
子供たちは笑いながら去っていき、次に屋台の主人が焼きたてのパンを差し出してきた。
「聖騎士様、どうぞお一つ。帝国の平和を守ってくださって、ありがとうございます」
ラスティは丁寧に礼を言い、パンを受け取る。隣を歩くアロラにも、果物屋の女性が新鮮なリンゴを気前よく手渡した。アロラは少し驚いた顔でそれを受け取り、すぐに皮を剥いてかじった。甘酸っぱい果汁が口に広がる。
「……この都市を見ていると思うわ。本当に上手い、と」
彼女はリンゴを頬張りながら、静かに呟いた。赤い瞳が、行き交う民衆の笑顔を追う。
「これだけ大きな都市なのに、貧民がいない。実際はいるのでしょうけど、物乞いが街の中にいたり、スラムを形成していない。ボトムの水準が高いのね。だから犯罪率も低いから繁栄する」
ラスティは焼きたてのパンを小さくちぎりながら、穏やかに応じた。
「ですね。組織の内部の腐敗も広がらないように、定期調査や監査罰滅を行う機関も存在します。どうしても人である限り腐敗自体は起こってしまうので、それを素早く発見し、切除する。そういった方針が取られていますね」
アロラはリンゴを食べ終え、手を軽く払った。
「自浄作用が働いている証拠ね。誇らしいわ」
彼女の声には、素直な賞賛が込められていた。それでいて、どこか遠くを見るような響きがある。ラスティは静かに微笑んだ。
「仲間狩りという立場は、辛いでしょうね」
アロラは一瞬、足を止めずに横顔を向けた。黒髪が風に揺れ、赤い瞳がわずかに細まる。
「そうでもないかな。自分にできることを最大限頑張るのは、楽しいものよ」
言葉は明るかった。だが、スメラギは少し後ろからその横顔を見守りながら、静かに気づいていた。アロラの横顔に、ほんの一瞬、強がりの影が差したことを。彼女はすぐに視線を前に戻し、再び歩き始めた。リンゴの芯を小さなゴミ箱に捨て、手を軽く払う。
「さあ、研究所が近いわ。軍部の人材たちを待たせちゃ悪い」
ラスティも頷き、パンを食べ終えた手を制服の裾で拭った。
「はい。特務隊の結成を急ぎましょう」
二人の背中を、スメラギは穏やかな笑みを浮かべたまま見つめていた。帝都の平和そのものの光景の中、三人の足音だけが、静かに、しかし確実に次の戦いへと向かっていた。