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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第1話 『勇者と魔王のいた三百年前⁉』

「三百年前なんて、ウソでしょう⁉ ……此処ここが?」

 丸太で出来た真新しい小屋を見上げて、アルマは呆然とつぶやいた。

 屋根の向こうに見える青い空も、まわりに見える緑の山々もアルマの知っているものとまったく同じだった。

 なのに――
 ここにあるはずの彼女アルマの村だけが無くなっていた。

「どういう事だ?」
 小屋の中から大柄な女がのそりと出てくる。
「……アタシにもわかるように説明してくれ」
 そう訊ねる声も、アルマにはどこか遠くから響いてくるようだった。

 説明が欲しいのはアルマのほうで、そして、アルマには何も分からなかった。

「ボクらの村にも、これと全く同じ――があるんだよ」
 となりに立つ〝少年〟が小屋の女と話を始めたが、アルマにはちっとも頭に入ってこなかった。

――どうしてこんな事になったのか……。
 混乱した頭でいくら考えてみても、答えは出てこない。

 気づいた時には、有るはずの道が無くなり、村が無くなり、そして見たこともない〝化け物〟がいた。

「……つまり、――になるくらいの未来から、ボクらは来たのかもしれないってことなんだ」
 続いていた少年の話に、小屋の女が、
「ふーん、そんな事があるのかねぇ……」と、曖昧にうなずく。

 少年の話は、アルマにも正しいように思えた。
 それでも――

『ここは〝勇者〟と〝魔王〟がいた三百年前なんですよ』

 などと言われて、すぐに、はいそうですか、と信じられるわけもなかった。


 少年――
 この少年と出会ったことが、本当の原因ではないのか?
 探るように少年を見るアルマに、これといった確証は無いが、妙な確信があった。

――最初に会った時はどんな感じだったっけ……?

 アルマは、この奇妙おかしな運命を共にすることになる、
 奇妙おかしな少年との出会いを思い返した。

* * * * * * *

「ちょっと! 大丈夫ですかっ……⁉」

 声をあげて駆けよる少女アルマの目の前で、地に這いつくばった〝彼〟は、
 ――よどみなく吐いていた。

「どうしたんですか⁉︎ おなかの具合でも悪いんですかっ⁉︎」

 大きなカゴを背負ったアルマは、彼の隣にしゃがみこみ、そっと背中をさすったが、当の本人はまだ吐きつづけていて、首をちいさく横に振るのが精一杯のようだった。


 季節は――夏に変わりはじめる区切りのころ。

 よく晴れた青空の下を、気持ちよく風が通りすぎるなか。
 強い吐瀉物の臭いが、異物のように鼻をついていた。


「天気もいいし、お日様にやられちゃったのかしら……?」

 まぶしそうに空をあおいだアルマは仕方なく、いまだ顔も上げない彼の胸に手をまわす。

「ちょっと失礼しますね……」

 そう声をかけると、ひょいと軽く持ち上げて、
 吐くのもかまわずに、彼を涼しい木陰へと移動させた。

 大きな木の下でしばらく背中をさすっていると、ようやく吐くものが無くなったのか――
「あり……がとう……」
 と、伏せたまま彼が言った。

「ずいぶんもどしてましたけど……、どうしたんです?」
 たずねるアルマに、彼は下を向いたまま答える。

「よくわからない……。けど……なんだか〝酔った〟みたいなんだ」
「酔った? って、お酒じゃあ無さそうですけど……」
 うつむく彼の身体からは、酒の匂いがしてこなかった。

 アルマはあたりを見回すが、近くに酔うような乗り物も見あたらない。
 そもそもここは、人の往来からは遠く離れた山奥の、ちいさな丘の上だ。

「なにかの動物に乗ってきた……とかですか?」
「動物? よくわからない……。思い……出せないんだ」

 そう言ってようやく上げた彼の顔を、アルマは心配そうにのぞきこんだ。

「思いだせないって……頭でも打ったのかしら?」

 栗色の髪を二つのおさげにしたアルマは、やっと顔を見せた彼が、自分と同じほどの少年だと気づいたからか、いくぶん気安い口調になる。

「ちょっと見せてもらってもいい?」
 言うなり、返事も待たずに少年の頭へと手を伸ばす。

 くせのある巻き髪をボサボサにのばしている少年は、お世辞にも身綺麗とはいえなかったが、アルマはためらいもせずに手を差し入れ、慣れた具合で頭の様子を見ていった。

「あなた、いったいどこから来たの?」
 髪をかきわけながら、アルマがく。

「だから、わからないんだ」
 少年が答えた。
「思い出せないんだよ……」

「ええっ⁉」
 とアルマは声をあげた。

「どこから来たのかも分からないの……⁉ じゃあ名前っ! 名前は……わかります?」
「……名前?」

「名前か……」
顔色のすぐれない少年は、もう一度つぶやいて、のろのろと草のうえに座りこむと、そのまま自分の身体をあちこち見まわす。

「スペス……じゃないかな?」
 しばらくして彼は言った。

「ほら、ここにそう書いてある」
 少年が見せた上着の内側には、黄色い文字のようなものが刺繍してあった。

「読めないわ……」と、アルマは怪訝な顔で刺繡を見る。
「――見たことがないけれど、どこの文字かしら?」
「ボクにもわからないよ……」
 青ざめた顔で、少年は首をふる。

「そう……」
 アルマは目を伏せたが、すぐに『あ、そうだっ』と顔をあげた。

「わたしはアルメリア――みんなからは〝アルマ〟って呼ばれてます」
「そうか……、ありがとうアルマ。おかげで、だいぶ良くなったよ……」
 そう言う少年の声は、しかし、あいかわらず力がなかった。

「どういたしまして……スペスさん」
 アルマは、心配そうにうなずく。

「スペスでいいよ……」
「そう? じゃあ、スペス。念のためにもうすこし、あなたの頭を見ておきたいんだけどいいかしら?」

「もちろんだよ」

 スペスと名乗った少年は、そう言ってそのまま座っている。

 アルマは背負っていた巨大なカゴを草の上におろすと、スペスの後ろへ回りこんだ。
「くすぐったいかもしれないけど、じっとしててね?」

 声をかけながら身体を寄せると、服の上からでもわかるほど大きなアルマの胸が、スペスの背中に密着し、どこか眠そうにみえるスペスの目が大きく見開かれた。
 が、真剣な表情で髪をかきわけるアルマは気づかなかった。

「うーん……ぶつけたようなあと何処どこにもなさそうだけど……」
 首をひねりながら、アルマは手をはなす。
「でも気分が悪そうだし、いちおう《酔い覚まし》をかけておきしょうか」

「酔い覚まし?」
「あ……、こう見えてわたし〝治癒師〟なのよ?」

「治癒師?」
「そ、治癒師。魔法を使って病気や怪我を治すひと。あなたの住んでるところにもいたでしょ?」

「いや、聞いたことがない」とスペスは首をふった。
「あっ……ゴメンなさい。覚えていないのよね……」

「うん、ごめん」
「いいの、気にしないで。たぶん、やって見せたほうが早いと思うから」

 しずかに目を閉じて両手を合わせると、アルマの手に淡い光が集まりはじめた。
「はい、じゃあ力を抜いて、ゆっくり呼吸して――」

 そう言って、そっと背中に手を当てると、光は静かにスペスの身体に吸いこまれていった。

「ん……ん?」
 スペスがおかしな声を出した。

「あれ? すごく楽になったよ。なんで?」
「よかった、効いたみたいね」

 驚いてふり返るスペスに、アルマはそう微笑んだ。
作者の〝細矢ひろゆき〟と申します。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
ぜひ最後までお付き合い頂ければ幸いです。

それでは次回、
 第2話 『勇者の物語⁉』
で、お会いしましょう!
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