残酷な描写あり
R-15
第2話 『勇者の物語⁉』
アルマがそっとスペスの背中に手を当てると、光は静かにスペスの身体に吸いこまれていった。
「ん……ん?」スペスがおかしな声を出した。
「あれ? すごく楽になったよ。なんで?」
驚いてふり返るスペスに、アルマは微笑んだ。
「よかった、効いたみたい」
「これが魔法?」
「そうよ……って、あなた魔法も分からないの⁉」
アルマはまじまじとスペスを見る。
高度なモノならともかく、
魔法は子供でも使うことがあるくらい当たり前のものだ。
「うん、知らないなぁ」
あっさりとした調子で、スペスはへらっと笑う。
「そんなことまで、忘れちゃってるの……」
「どうだろう? よくわからないな。でも、魔法はスゴくいいものだね!」
スペスはそう言って拳を突き出し、親指を立てた。
「なに? ゆびも痛いの? それなら治すけど……?」
アルマは怪訝な顔をしながら、スペスの手を見る。
「あれ? 知らない? 〝いいね〟って思った時にやるらしいんだけど」
「知らない」と、アルマは答えた。「少なくとも、この辺のひとはやらないわね」
「そうなんだ……まぁいいか」
スペスはのんびりとあたりを眺める。
「でも、こんな何もないような所にも人が住んでいるんだね」
丘の上には、大きな石がゴロゴロと転がり、草が生え放題だった。
アルマがあきれたように言う。
「ここにひとが住むわけないでしょ。この辺って言っても、一番近いわたしの村だって、この丘をずっと下ったところよ」
「あれ? じゃあコレはなんなの?」
スペスが指さしたここらの石は、みな四角く、腰の高さにそろって加工されていた。
「これはただの〝遺跡〟よ。ずっと昔に誰かがつくった、何に使うのかもわからない石の置き場。わたしも詳しくは知らないんだけどね」
以前、アルマは初めてこの遺跡を見つけたとき、村の皆に訊いてみたが、由来どころか、存在すら知る者はいなかった。
もちろん遺跡にも何かを教えてくれるものなど一切ない。
「でもね――」とアルマは続ける。「ここには昔〝アールヴ〟がいたらしいの」
「アールヴっていう人?」
「ううん――」とアルマは首を振った。
「アールヴっていうのは、わたし達によく似た種族の名前よ。
髪は銀色で、耳がとがっていて、弓が得意だったらしいわ。
森の中に住んでいて木の葉を食べていたとか、
寿命はないけど陽の光に当たらないと死んでしまうとか、
いろいろ言われているけど、
もうずっと前にいなくなっちゃったから、本当の事なのかはわからないわ」
「どこかへ行っちゃったんだ」
「違うわ……」
「――滅ぼされたのよ」
脅かすように、アルマは声を落とす。
「一人残らず皆殺し……らしいわ、あの〝魔王〟に」
「魔王……?」
「あれ? 〝勇者様〟のお話くらい……、あ……覚えてないのよね……」
「うん」
けろりとうなずくスペスに苦笑したアルマは、『ちょっと待って』とカゴから〝木の箱〟を取り出して紐をほどく。
中に入っているのは本――『勇者の物語』だった。
「ここに書いてあるんだけどね」
とアルマは本を見せながらページをめくる。
「昔々のことよ――。悪い悪い悪魔の王が軍勢を率いて、わたしたち人族を滅ぼそうとしたの。その人族の危機に、一人の英雄が悪魔の王――魔王を倒したのよ。そしてその人は、皆から〝勇者〟と称えられたわ」
「へぇ、よくわからないけど、スゴいひとがいたんだねぇ……」
「そうよ、勇者様はスっゴいんだから!」
アルマは得意げに微笑む。その目がきらきらと輝いていた。
「勇者様はねっ! 勇敢で、仲間思いで、見た目だってすっごくカッコいいの!」
「アルマは会ったことがあるんだ」
「会ったことは……ないけれど」もごもごとアルマは口ごもる。
「……でもっ! 絶対、絶対、カッコいいんだから! そうに決まってるの!」
「あはは、そうなんだ。アルマがそこまで言うなら信じるよ」
笑うスペスに、アルマはなんとなく子ども扱いされた気がしたが、すぐに本を出した目的を思いだしページをめくる。
「それでね、アールヴの話だけど――
まだ魔王が本格的に侵攻する前のことだったらしいわ。
昔はこの辺りに人族がいなくてあまり交流はなかったの。
だから気がついた時にはもう滅ぼされていたらしいわね。
〝それ以来アールヴ族の姿を見たものはいない〟……ですって」
「それってどのくらい前のことなの?」スペスが訊いた。
「えーと、たしか三百年くらい前よ」
「三百年っていうと……」
スペスが腕を組んで考える。
「アルマが生まれるより前?」
「何言ってるの。そんなもんじゃないわよ」とアルマは笑った。
「わたしが今の十倍長く生きていても全然足りないわ。この国にいる誰も生まれてなかった頃の話よ?」
「へぇ……そんな古い話が、よく今まで伝わっていたね」
「そりゃ勇者様は有名だし、物語にもなっているもの」
アルマはふたたび得意そうに本を見せた。
「この国に勇者様のことを知らない人はいないわよ。毎年、魔王討伐のお祭りをやるくらいなんだから!」
「へー、それは興味深いね。それ、ボクも読んでみたいなぁ!」
「ほんとうに⁉」
と、アルマは即座に食いついた。
「ぜひ読んでみて! 絶対に面白いから!」
そう言って、押し付けるように本を渡す。
「村のみんなはいつも〝子供が読むものだ〟ってバカにするんだけど、そんなことないのよ! たしかに子供向けには書いてあるけど……大人が読んでも面白いし、なにより勇者様がカッコいいし!」
「あ……うん」
戸惑いつつも本を開くスペスに、アルマは続けて言う。
「面白いところはいっぱいあるんだけど、まずは仲間よね、
〝熊殺し〟の武闘家リュー・メイラン!
ドヴェルグ族の〝ほら吹き王〟ガルド!
〝清貧の癒し手〟ヒーベル!
すべての魔法が使えた〝全賢〟マギウス!
この四人が勇者様とぶつかったりしながらも力をあわせて魔王討伐に向かっていくのが――」
「ごめん……、アルマ」
ページをめくっていたスペスが、唐突に本を閉じた。
「――せっかくだけど、これは返すよ」
「あ……うん」
咄嗟に、それしか言えなかった。
「わかっ……た」
と本を受け取り、目を合わせないで箱にしまう。
面白いのになあ……
そう思ったアルマは、勇気を振り絞って訊いてみる。
「やっぱり……つまらなかった?」
それが精一杯で、スペスの顔はまともに見られなかった。
「いや、――ボクには、この文字が読めないみたいなんだ」
「えっ……?」
と顔を上げると、スペスは、残念そうな顔でため息をついている。
「アルマが面白いって言うから、ぜひ読んでみたかったんだけどねぇ……」
本気でそう思ってくれているようだった。
「そ、それなら仕方がないわよ。文字は、読めない人もいっぱいいるし」
なんとなくホッとしながら慰めると、スペスがおかしなことを言った。
「ハルマスにも訊いてみたけど、分からないっていうし……」
「ハルマス? 私はアルマだけど……?」
言い間違えたのだと思ったが、スペスは首を振った。
「いや、キミのことじゃなくてさ、さっきから声が聞こえるじゃない」
「えっ……⁉」
と驚いて、アルマは左右を見まわす――が、あたりには何もいなかった。
「ん……ん?」スペスがおかしな声を出した。
「あれ? すごく楽になったよ。なんで?」
驚いてふり返るスペスに、アルマは微笑んだ。
「よかった、効いたみたい」
「これが魔法?」
「そうよ……って、あなた魔法も分からないの⁉」
アルマはまじまじとスペスを見る。
高度なモノならともかく、
魔法は子供でも使うことがあるくらい当たり前のものだ。
「うん、知らないなぁ」
あっさりとした調子で、スペスはへらっと笑う。
「そんなことまで、忘れちゃってるの……」
「どうだろう? よくわからないな。でも、魔法はスゴくいいものだね!」
スペスはそう言って拳を突き出し、親指を立てた。
「なに? ゆびも痛いの? それなら治すけど……?」
アルマは怪訝な顔をしながら、スペスの手を見る。
「あれ? 知らない? 〝いいね〟って思った時にやるらしいんだけど」
「知らない」と、アルマは答えた。「少なくとも、この辺のひとはやらないわね」
「そうなんだ……まぁいいか」
スペスはのんびりとあたりを眺める。
「でも、こんな何もないような所にも人が住んでいるんだね」
丘の上には、大きな石がゴロゴロと転がり、草が生え放題だった。
アルマがあきれたように言う。
「ここにひとが住むわけないでしょ。この辺って言っても、一番近いわたしの村だって、この丘をずっと下ったところよ」
「あれ? じゃあコレはなんなの?」
スペスが指さしたここらの石は、みな四角く、腰の高さにそろって加工されていた。
「これはただの〝遺跡〟よ。ずっと昔に誰かがつくった、何に使うのかもわからない石の置き場。わたしも詳しくは知らないんだけどね」
以前、アルマは初めてこの遺跡を見つけたとき、村の皆に訊いてみたが、由来どころか、存在すら知る者はいなかった。
もちろん遺跡にも何かを教えてくれるものなど一切ない。
「でもね――」とアルマは続ける。「ここには昔〝アールヴ〟がいたらしいの」
「アールヴっていう人?」
「ううん――」とアルマは首を振った。
「アールヴっていうのは、わたし達によく似た種族の名前よ。
髪は銀色で、耳がとがっていて、弓が得意だったらしいわ。
森の中に住んでいて木の葉を食べていたとか、
寿命はないけど陽の光に当たらないと死んでしまうとか、
いろいろ言われているけど、
もうずっと前にいなくなっちゃったから、本当の事なのかはわからないわ」
「どこかへ行っちゃったんだ」
「違うわ……」
「――滅ぼされたのよ」
脅かすように、アルマは声を落とす。
「一人残らず皆殺し……らしいわ、あの〝魔王〟に」
「魔王……?」
「あれ? 〝勇者様〟のお話くらい……、あ……覚えてないのよね……」
「うん」
けろりとうなずくスペスに苦笑したアルマは、『ちょっと待って』とカゴから〝木の箱〟を取り出して紐をほどく。
中に入っているのは本――『勇者の物語』だった。
「ここに書いてあるんだけどね」
とアルマは本を見せながらページをめくる。
「昔々のことよ――。悪い悪い悪魔の王が軍勢を率いて、わたしたち人族を滅ぼそうとしたの。その人族の危機に、一人の英雄が悪魔の王――魔王を倒したのよ。そしてその人は、皆から〝勇者〟と称えられたわ」
「へぇ、よくわからないけど、スゴいひとがいたんだねぇ……」
「そうよ、勇者様はスっゴいんだから!」
アルマは得意げに微笑む。その目がきらきらと輝いていた。
「勇者様はねっ! 勇敢で、仲間思いで、見た目だってすっごくカッコいいの!」
「アルマは会ったことがあるんだ」
「会ったことは……ないけれど」もごもごとアルマは口ごもる。
「……でもっ! 絶対、絶対、カッコいいんだから! そうに決まってるの!」
「あはは、そうなんだ。アルマがそこまで言うなら信じるよ」
笑うスペスに、アルマはなんとなく子ども扱いされた気がしたが、すぐに本を出した目的を思いだしページをめくる。
「それでね、アールヴの話だけど――
まだ魔王が本格的に侵攻する前のことだったらしいわ。
昔はこの辺りに人族がいなくてあまり交流はなかったの。
だから気がついた時にはもう滅ぼされていたらしいわね。
〝それ以来アールヴ族の姿を見たものはいない〟……ですって」
「それってどのくらい前のことなの?」スペスが訊いた。
「えーと、たしか三百年くらい前よ」
「三百年っていうと……」
スペスが腕を組んで考える。
「アルマが生まれるより前?」
「何言ってるの。そんなもんじゃないわよ」とアルマは笑った。
「わたしが今の十倍長く生きていても全然足りないわ。この国にいる誰も生まれてなかった頃の話よ?」
「へぇ……そんな古い話が、よく今まで伝わっていたね」
「そりゃ勇者様は有名だし、物語にもなっているもの」
アルマはふたたび得意そうに本を見せた。
「この国に勇者様のことを知らない人はいないわよ。毎年、魔王討伐のお祭りをやるくらいなんだから!」
「へー、それは興味深いね。それ、ボクも読んでみたいなぁ!」
「ほんとうに⁉」
と、アルマは即座に食いついた。
「ぜひ読んでみて! 絶対に面白いから!」
そう言って、押し付けるように本を渡す。
「村のみんなはいつも〝子供が読むものだ〟ってバカにするんだけど、そんなことないのよ! たしかに子供向けには書いてあるけど……大人が読んでも面白いし、なにより勇者様がカッコいいし!」
「あ……うん」
戸惑いつつも本を開くスペスに、アルマは続けて言う。
「面白いところはいっぱいあるんだけど、まずは仲間よね、
〝熊殺し〟の武闘家リュー・メイラン!
ドヴェルグ族の〝ほら吹き王〟ガルド!
〝清貧の癒し手〟ヒーベル!
すべての魔法が使えた〝全賢〟マギウス!
この四人が勇者様とぶつかったりしながらも力をあわせて魔王討伐に向かっていくのが――」
「ごめん……、アルマ」
ページをめくっていたスペスが、唐突に本を閉じた。
「――せっかくだけど、これは返すよ」
「あ……うん」
咄嗟に、それしか言えなかった。
「わかっ……た」
と本を受け取り、目を合わせないで箱にしまう。
面白いのになあ……
そう思ったアルマは、勇気を振り絞って訊いてみる。
「やっぱり……つまらなかった?」
それが精一杯で、スペスの顔はまともに見られなかった。
「いや、――ボクには、この文字が読めないみたいなんだ」
「えっ……?」
と顔を上げると、スペスは、残念そうな顔でため息をついている。
「アルマが面白いって言うから、ぜひ読んでみたかったんだけどねぇ……」
本気でそう思ってくれているようだった。
「そ、それなら仕方がないわよ。文字は、読めない人もいっぱいいるし」
なんとなくホッとしながら慰めると、スペスがおかしなことを言った。
「ハルマスにも訊いてみたけど、分からないっていうし……」
「ハルマス? 私はアルマだけど……?」
言い間違えたのだと思ったが、スペスは首を振った。
「いや、キミのことじゃなくてさ、さっきから声が聞こえるじゃない」
「えっ……⁉」
と驚いて、アルマは左右を見まわす――が、あたりには何もいなかった。