残酷な描写あり
R-15
第17話 『スペスは強い⁉』
「わかったのよ! 木がねっ! 生えたり無くなったりしてるの!」
戻ってきたスペスに、アルマは言った。
「どういうこと?」と、スペスが訊ねる。
「この木が無かったのはもちろんなんだけど、あそこには大きい木があるはずなのよ。ほら覚えてるでしょ、初めて会ったときに、木の下で魔法をかけた――」
「ああ、あの木なら覚えてるよ!」
「無いのよそれが! ここからでも見える、大きな木なんだから! それなのに……無いの」
アルマの見る先に大きな木などなく、よく晴れた空が見えていた。
言いようのない不安に、かすれそうな声でアルマは続ける。
「あの木だけじゃないの。このあたりの木がみんなそう! あったはずの木がなくて、ぜんぜん見たことのない木が生えてるのよ! どうして⁉」
「もしかしてだけど……」とスペスは言った。「ボクたちは《転移》したんじゃないの? よく似た、別の場所に」
「そんなはずないわ! だってあの山!」
アルマが指差したのは二つの頂をもつ山だった。この辺りならどこからでも見えるくらいに大きく、その麓にはリメイラ村がある。
「わたしは生まれた時からあの山を見てるのよっ、それを見間違えるはずがないわ!」
アルマは大きな声を出した。
「確認なんだけどさ、アルマ」
落ちついた声でスペスが訊く。
「――植物を枯らしたり、生やしたりする魔法はあるの?」
「あることはあるわ……」スペスの質問を理解したアルマは答える。
「でも、枯らす魔法だったら、必ずあとに枯れた木がのこるし、成長を早くする魔法もあるらしいけど、こんな大きな木をすぐに生やすことはできない……と思う」
「なるほど……」うなずいたスペスは、すこし考えた。
「――確認したいことがある。一度、遺跡までもどろう!」
そう言ってスペスはアルマを、遺跡のとある場所まで連れていった。
「確かにここだよ! 間違いない!」
スペスはそう断言したが、そこは、他とおなじく石が並んでいるだけで何もなかった。
だがスペスは『やっぱりか――』と厳しい顔をしている。
「なにがやっぱりなの? なにも無いじゃない?」
不思議そうな顔でアルマが訊いた。
「忘れたの? さっきまでボクら、ここで焚き火をしてたでしょ」
「あっ!」と、アルマは声をあげた。
たしかにこの場所だった。だが、焚き火の跡はなかった。
近くに捨てたはずのお茶の葉もなかった。
さっきまで長い時間をそこにいたはずなのに、近くには草の踏み跡もなかった。
そこにある〝はず〟のモノが、そこに無かった。
「嘘でしょ……本当にここが違う場所だっていうの……?」アルマは愕然とする。
「どうも、そうみたいだね。なんでリメイラとよく似ているのかは分からないけど」
とスペスも難しい顔をしていた。
「そんなっ……帰れるのよねっ? 来たのなら、帰れるのよね?」
不安そうにアルマはスペスを見た。
「それは――まだわからないな」答えたスペスの顔が曇る。
「そもそも、さっきの《転移》の起動には失敗したはずなんだ。それなのにどうしてここに来れたのか。その原因がわからないとなると難しいよ……」
「そんな!」
と、アルマは声をあげた。
「どうしてよ!」
――村に帰れない。
そう考えただけで、血の気が引いて、座りこみそうだった。
「ごめん……でも落ちついてアルマ。まだ帰れないと決まったわけじゃない。必ず方法を見つけるから――」
「そんなこといって――どうするのよっ!」
アルマの叫びが、スペスの言葉をさえぎった。
「こんな訳のわからない所に来ちゃって……、これからどうするのよ! 道もないのよ!」
言いながら、涙がポタリ、ポタリと落ちる。
「アルマ……、泣きたくなるのもわかるけど、今からそれを考えないと……」
「どうして、そんなに落ちついているのよっ⁉ そもそも誰の――っ!」
――誰のせい。
そう言いそうになって、アルマは口をつぐんだ。
スペスが、悲しそうな顔で『そうだよね……』と目を落とした。
「ちがっ――」
とっさに出てしまった言葉を、アルマは後悔した。
それはもう取り戻せなかった。
否定しようとして、なにも言えず、アルマはそのまま地面を見つづけた。
しばらくの沈黙のあと、急にスペスが言った。
「ボクには、やることができたよ――」
「やること?」
ちいさくアルマは訊き返す。
「言ったでしょ〝アルマを守る〟って。だから、ボクはかならずアルマをリメイラ村に帰す。約束するよ――必ずだ!」
そう力強く宣言する。
「――帰りかたも、分からないのに?」
「きっとなんとかなるさ! ボクに根拠はないけど大丈夫。どうにかしてやり遂げるよ!」
そう胸を張るスペスに、アルマは、さらに後悔を深くした。
「……わたし、恥ずかしいね」
消え入りそうな声で、そう言った。
「考えてみたら、スペスだって記憶を無くしてて……、リメイラっていう〝わけのわからない所〟にひとりで放り出されてるのに……。
そのうえそれが今、もっと訳がわからなくなってるのに――
それなのに、スペスはわたしの事を考えてくれて、わたしは自分のことばっかりで……」
ちいさく背中を丸めるアルマに、スペスは言う。
「そんなの、あたり前だよ!」
「えっ……⁉︎」
と目を丸くしたアルマに、スペスが微笑んだ。
「アルマには、お父さんとかお母さんとか、村のみんなとか、そういう大事なものがたくさんあるんでしょ。だったら当たり前だよ。ボクにはそういうものが無いんだもの」
そう言ったスペスは変わらずに微笑んでいて、迷うことなくそう思っているのが伝わってきた。それが、アルマには不思議だった。
――どうしてこの人は、こんな考え方をするんだろう。自分だって大変なのは何も変わらないのに、どうしてそこまで、わたしの事を考えてくれるんだろう。
黙りこむアルマに、スペスは言った。
「だって――ボクにはアルマしかいないんだから」
それを聞いたアルマは、言葉が出なかった。
「……だからさ、ボクがアルマのことを考えるのも、アルマがボク以外の人の事をかんがえて、それで不安になっちゃうのも――あたり前の事だよ」
そのあいだもずっとスペスは微笑んでいて。
それに押されるように、
「そう……なのかな」とつぶやくと、
「そうさ!」と、スペスは親指を立てた。
「……ふふっ、変なの」
それがなんだかおかしくて、ついアルマは笑ってしまう。
「やっぱりアルマは、笑ってるほうがいいね」とスペスが言った。
「……悲しんでるほうがいいなんて言う人は、あんまりいないわよ?」
「それもそうか……。でも、本当にそう思うよ」
「うん……」と、アルマは素直にうなずいた。
「……スペスもさ、リメイラに来たときに、こんな悲しい気持ちになったのかな?」
「ボクは平気だったな、アルマもいてくれたしね」
当然のようにスペスは答える。
「そっか――強いんだね、スペスは」
「そんな事ないと思うけど?」
「ううん」とアルマは首をふった。「強いよ……強い」
アルマは手を伸ばし、自分を守ると言った少年のボサボサ頭をそっとなでる。
「ありがとうね――スペス」
「お褒めにあずかり光栄です」
スペスが、ニヤッとわらって頭を下げた。
「ふふふっ……もうっ、どこでそんなの覚えたの?」
アルマは笑いをこらえながら、もうちょっとだけスペスの頭をなでた。
戻ってきたスペスに、アルマは言った。
「どういうこと?」と、スペスが訊ねる。
「この木が無かったのはもちろんなんだけど、あそこには大きい木があるはずなのよ。ほら覚えてるでしょ、初めて会ったときに、木の下で魔法をかけた――」
「ああ、あの木なら覚えてるよ!」
「無いのよそれが! ここからでも見える、大きな木なんだから! それなのに……無いの」
アルマの見る先に大きな木などなく、よく晴れた空が見えていた。
言いようのない不安に、かすれそうな声でアルマは続ける。
「あの木だけじゃないの。このあたりの木がみんなそう! あったはずの木がなくて、ぜんぜん見たことのない木が生えてるのよ! どうして⁉」
「もしかしてだけど……」とスペスは言った。「ボクたちは《転移》したんじゃないの? よく似た、別の場所に」
「そんなはずないわ! だってあの山!」
アルマが指差したのは二つの頂をもつ山だった。この辺りならどこからでも見えるくらいに大きく、その麓にはリメイラ村がある。
「わたしは生まれた時からあの山を見てるのよっ、それを見間違えるはずがないわ!」
アルマは大きな声を出した。
「確認なんだけどさ、アルマ」
落ちついた声でスペスが訊く。
「――植物を枯らしたり、生やしたりする魔法はあるの?」
「あることはあるわ……」スペスの質問を理解したアルマは答える。
「でも、枯らす魔法だったら、必ずあとに枯れた木がのこるし、成長を早くする魔法もあるらしいけど、こんな大きな木をすぐに生やすことはできない……と思う」
「なるほど……」うなずいたスペスは、すこし考えた。
「――確認したいことがある。一度、遺跡までもどろう!」
そう言ってスペスはアルマを、遺跡のとある場所まで連れていった。
「確かにここだよ! 間違いない!」
スペスはそう断言したが、そこは、他とおなじく石が並んでいるだけで何もなかった。
だがスペスは『やっぱりか――』と厳しい顔をしている。
「なにがやっぱりなの? なにも無いじゃない?」
不思議そうな顔でアルマが訊いた。
「忘れたの? さっきまでボクら、ここで焚き火をしてたでしょ」
「あっ!」と、アルマは声をあげた。
たしかにこの場所だった。だが、焚き火の跡はなかった。
近くに捨てたはずのお茶の葉もなかった。
さっきまで長い時間をそこにいたはずなのに、近くには草の踏み跡もなかった。
そこにある〝はず〟のモノが、そこに無かった。
「嘘でしょ……本当にここが違う場所だっていうの……?」アルマは愕然とする。
「どうも、そうみたいだね。なんでリメイラとよく似ているのかは分からないけど」
とスペスも難しい顔をしていた。
「そんなっ……帰れるのよねっ? 来たのなら、帰れるのよね?」
不安そうにアルマはスペスを見た。
「それは――まだわからないな」答えたスペスの顔が曇る。
「そもそも、さっきの《転移》の起動には失敗したはずなんだ。それなのにどうしてここに来れたのか。その原因がわからないとなると難しいよ……」
「そんな!」
と、アルマは声をあげた。
「どうしてよ!」
――村に帰れない。
そう考えただけで、血の気が引いて、座りこみそうだった。
「ごめん……でも落ちついてアルマ。まだ帰れないと決まったわけじゃない。必ず方法を見つけるから――」
「そんなこといって――どうするのよっ!」
アルマの叫びが、スペスの言葉をさえぎった。
「こんな訳のわからない所に来ちゃって……、これからどうするのよ! 道もないのよ!」
言いながら、涙がポタリ、ポタリと落ちる。
「アルマ……、泣きたくなるのもわかるけど、今からそれを考えないと……」
「どうして、そんなに落ちついているのよっ⁉ そもそも誰の――っ!」
――誰のせい。
そう言いそうになって、アルマは口をつぐんだ。
スペスが、悲しそうな顔で『そうだよね……』と目を落とした。
「ちがっ――」
とっさに出てしまった言葉を、アルマは後悔した。
それはもう取り戻せなかった。
否定しようとして、なにも言えず、アルマはそのまま地面を見つづけた。
しばらくの沈黙のあと、急にスペスが言った。
「ボクには、やることができたよ――」
「やること?」
ちいさくアルマは訊き返す。
「言ったでしょ〝アルマを守る〟って。だから、ボクはかならずアルマをリメイラ村に帰す。約束するよ――必ずだ!」
そう力強く宣言する。
「――帰りかたも、分からないのに?」
「きっとなんとかなるさ! ボクに根拠はないけど大丈夫。どうにかしてやり遂げるよ!」
そう胸を張るスペスに、アルマは、さらに後悔を深くした。
「……わたし、恥ずかしいね」
消え入りそうな声で、そう言った。
「考えてみたら、スペスだって記憶を無くしてて……、リメイラっていう〝わけのわからない所〟にひとりで放り出されてるのに……。
そのうえそれが今、もっと訳がわからなくなってるのに――
それなのに、スペスはわたしの事を考えてくれて、わたしは自分のことばっかりで……」
ちいさく背中を丸めるアルマに、スペスは言う。
「そんなの、あたり前だよ!」
「えっ……⁉︎」
と目を丸くしたアルマに、スペスが微笑んだ。
「アルマには、お父さんとかお母さんとか、村のみんなとか、そういう大事なものがたくさんあるんでしょ。だったら当たり前だよ。ボクにはそういうものが無いんだもの」
そう言ったスペスは変わらずに微笑んでいて、迷うことなくそう思っているのが伝わってきた。それが、アルマには不思議だった。
――どうしてこの人は、こんな考え方をするんだろう。自分だって大変なのは何も変わらないのに、どうしてそこまで、わたしの事を考えてくれるんだろう。
黙りこむアルマに、スペスは言った。
「だって――ボクにはアルマしかいないんだから」
それを聞いたアルマは、言葉が出なかった。
「……だからさ、ボクがアルマのことを考えるのも、アルマがボク以外の人の事をかんがえて、それで不安になっちゃうのも――あたり前の事だよ」
そのあいだもずっとスペスは微笑んでいて。
それに押されるように、
「そう……なのかな」とつぶやくと、
「そうさ!」と、スペスは親指を立てた。
「……ふふっ、変なの」
それがなんだかおかしくて、ついアルマは笑ってしまう。
「やっぱりアルマは、笑ってるほうがいいね」とスペスが言った。
「……悲しんでるほうがいいなんて言う人は、あんまりいないわよ?」
「それもそうか……。でも、本当にそう思うよ」
「うん……」と、アルマは素直にうなずいた。
「……スペスもさ、リメイラに来たときに、こんな悲しい気持ちになったのかな?」
「ボクは平気だったな、アルマもいてくれたしね」
当然のようにスペスは答える。
「そっか――強いんだね、スペスは」
「そんな事ないと思うけど?」
「ううん」とアルマは首をふった。「強いよ……強い」
アルマは手を伸ばし、自分を守ると言った少年のボサボサ頭をそっとなでる。
「ありがとうね――スペス」
「お褒めにあずかり光栄です」
スペスが、ニヤッとわらって頭を下げた。
「ふふふっ……もうっ、どこでそんなの覚えたの?」
アルマは笑いをこらえながら、もうちょっとだけスペスの頭をなでた。