残酷な描写あり
R-15
第18話 『走ろうアルマ⁉』
「それで、これからどうするかなんだけど――」
スペスがそう切り出したとき、太陽はもう山の陰に入りかけていた。
暗くなってからでは動けなくなる、というのは、ふたりに共通した考えだった。
すでに、時間はあまり残されていなかった。
「ひとまず、村の場所に行ってみようよ。
水も少なくなってきたし、もし誰かいれば、食べ物も手に入る」
スペスがした提案は、アルマも当然のように考えていたものだった。
「それに、行ってみたら、案外普通にお父さんたちがいたりする……かも?」
「それなら笑い話で済むだけさ。それを確認するためにも行こうよ」
「うん」とアルマはうなずいた。
「そうだ。食べ物といえばまだアメが残っているわ。貴重な食料になるかもだから、一つだけね」
アルマが飴を渡すと、スペスはありがとうと口へ放り込む。
「なんかこの飴、スッとしたいい香りがするよね」
「それはね、作るときに冷ましの実の花を入れてあるの。食べると汗が引くから暑いときにいいのよ」
そう言ってアルマも口にいれると、さわやかな甘さに、少しだけ頑張れそうな気がした。
ガサ……ガササササッ!
しかし、ふたりの束の間の安息は、すぐに破られる。
ふいに遺跡のむこうから、なにかの近づく音が聞こえてきた。
「な、なに⁉」
驚いてアルマは身をすくめる。
「わからない……けど――隠れよう!」
ふたりで石のかげに身を寄せると、暮れかけた太陽が長い影をつくりだしていた。
(……この辺に、人を襲う生き物っているの?)
声を落として、スペスが訊く。
(いまの季節は餌がおおいから、ふつうは襲ってきたりしないわよ)
アルマも小声で答えた。
(動物だったら、刺激しないようにゆっくりと離れれば大抵は平気だから――)
そう話しているあいだにも、音は明らかに近づいていた。
分かるのは、それなりに大きいもので、数もひとつではなさそう、という程度だった。
(いちおう確認しておくけどさ――逃げるとしたら〝あっち〟でいいよね?)
スペスが村の方向を指したので、アルマは黙ってうなずいた。
(……それと《姿隠し》だったよね、あれはすぐに使える?)
アルマはまた無言でうなずく。
しばらく息を殺していると――
薮をかき分けてきた音の主が、ついに姿を見せた。
(なによあれ……人――なのっ⁉)
藪から出てきたモノはたしかに人の形をしていたが、その肌はくすんだ緑色だった。
背は子供ぐらいに低く、表情はよくわからないが、裂けた口にとがった牙が見えた。
(アルマ……あれなに?)とスペスが訊く。
(……し、知らないわよ)
ふるえる声で、アルマは言った。
(あんなの……、見たこともない……)
緑色をしたモノは、つづけて四体もあらわれる。
みな大人の半分ほどの背丈で、ボロボロの布を身につけ、
手には太い棒や、石の斧のような、粗末だが、
しかし武器にしか見えないものを持っていた。
(あれは――ちょっと……仲良くしてくれる感じじゃないね)
軽く言うスペスの声も、緊張で乾いていた。
(早めに、あいつらから離れよう。アルマ――魔法をかけてくれ)
スペスの言葉にうなずいたアルマは、魔法を準備しながら説明する。
(よく聞いて……。この魔法は〝速くうごくと効果が無くなる〟の。だから、なるべくゆっくりと歩いてね。あと、音やニオイは消せないから、それにも気をつけて……)
(……わかった)
アルマが《姿隠し》をかけると、
ふたりの姿はぼやけるように景色に溶けていった。
お互いを見失わないように手をつないだふたりは、ゆっくりと緑の小人から距離を取り、村のほうへと移動しはじめる。
遺跡の向こうにいる小人たちは、特に何をするでもなくボーッとしていて、遠ざかるふたりに気づく様子はなかった。
その隙に少しずつ距離をあけていったふたりは、このままここから立ち去れるだろうと思った。
だが、丘に吹く風が、気まぐれに向きをかえたとき――
急に緑の小人たちが落ち着きなくあたりを見はじめた。
やがて顔をよせあった小人たちは、一斉にふたりがいる方へと近づいてくる。
(……気づかれた⁉)
つないだスペスの手に、力が入る。
(どうして……⁉ 魔法はちゃんとかかっているわよ!)
お互いの姿がうまく隠れていることを確認したふたりは、また緑の小人のほうを見る。
幸い距離はまだ充分にあったが――
小人たちは石のかげを確認しながら、徐々にこちらへ近づいてくる。
(ボクらのことが見えてるわけじゃなさそうなのに、なんでこっちに来るんだよ……)
ふたりはゆっくりと離れていったが、小人たちの近づくほうが速く、距離が縮まり始める。
もうすこし急ごうと手を引いたスペスを、アルマは逆に引き止めた。
(ダメ――そんなに急ぐと見つかっちゃう!)
小人たちは、ジリジリと焦るふたりに近づきながら、時おり顔を上げて、あちこちへ向けていた。
(なんだあれ――においを嗅いでる……?)
(もしかして!)
ふたりが同時に気づく。
さっき食べたアメだった。
このあたりに、冷ましの実はあったが、花はもう咲いていなかった。
その独特の香りは、この場ではひどく目立つものだった。
(でも……こんなに距離があるのに?)
(かなり鼻がいいみたいだ――このままじゃ、すぐに見つかるだろうな)
(……走ろうアルマ)
すぐにスペスが決断をする。
(合図したら先に行ってくれ、ボクが追いかけるから)
(わかった――)
緊張した声でアルマは答える。
(よし、そしたらちょっとだけ、そこで待っていてくれるかな――)
手を離したスペスがなにをするのかと思ったら、
足元に生えている草を結んで、地面に輪っかを作っていた。
(なにをしてるのよ⁉ 早く行きましょう!)
焦るアルマは、スペスを急かす。
(これは、念のための備えってヤツだよ――)
姿の見えないスペスは、さらにいくつかの輪を手早く作る。
(じゃあ――行くよ)
スペスが、ささやくように数をかぞえる。
(――3・2・1・今だっ!)
ふたりは、緑の小人達に背をむけ、全力で駆けだした。
スペスがそう切り出したとき、太陽はもう山の陰に入りかけていた。
暗くなってからでは動けなくなる、というのは、ふたりに共通した考えだった。
すでに、時間はあまり残されていなかった。
「ひとまず、村の場所に行ってみようよ。
水も少なくなってきたし、もし誰かいれば、食べ物も手に入る」
スペスがした提案は、アルマも当然のように考えていたものだった。
「それに、行ってみたら、案外普通にお父さんたちがいたりする……かも?」
「それなら笑い話で済むだけさ。それを確認するためにも行こうよ」
「うん」とアルマはうなずいた。
「そうだ。食べ物といえばまだアメが残っているわ。貴重な食料になるかもだから、一つだけね」
アルマが飴を渡すと、スペスはありがとうと口へ放り込む。
「なんかこの飴、スッとしたいい香りがするよね」
「それはね、作るときに冷ましの実の花を入れてあるの。食べると汗が引くから暑いときにいいのよ」
そう言ってアルマも口にいれると、さわやかな甘さに、少しだけ頑張れそうな気がした。
ガサ……ガササササッ!
しかし、ふたりの束の間の安息は、すぐに破られる。
ふいに遺跡のむこうから、なにかの近づく音が聞こえてきた。
「な、なに⁉」
驚いてアルマは身をすくめる。
「わからない……けど――隠れよう!」
ふたりで石のかげに身を寄せると、暮れかけた太陽が長い影をつくりだしていた。
(……この辺に、人を襲う生き物っているの?)
声を落として、スペスが訊く。
(いまの季節は餌がおおいから、ふつうは襲ってきたりしないわよ)
アルマも小声で答えた。
(動物だったら、刺激しないようにゆっくりと離れれば大抵は平気だから――)
そう話しているあいだにも、音は明らかに近づいていた。
分かるのは、それなりに大きいもので、数もひとつではなさそう、という程度だった。
(いちおう確認しておくけどさ――逃げるとしたら〝あっち〟でいいよね?)
スペスが村の方向を指したので、アルマは黙ってうなずいた。
(……それと《姿隠し》だったよね、あれはすぐに使える?)
アルマはまた無言でうなずく。
しばらく息を殺していると――
薮をかき分けてきた音の主が、ついに姿を見せた。
(なによあれ……人――なのっ⁉)
藪から出てきたモノはたしかに人の形をしていたが、その肌はくすんだ緑色だった。
背は子供ぐらいに低く、表情はよくわからないが、裂けた口にとがった牙が見えた。
(アルマ……あれなに?)とスペスが訊く。
(……し、知らないわよ)
ふるえる声で、アルマは言った。
(あんなの……、見たこともない……)
緑色をしたモノは、つづけて四体もあらわれる。
みな大人の半分ほどの背丈で、ボロボロの布を身につけ、
手には太い棒や、石の斧のような、粗末だが、
しかし武器にしか見えないものを持っていた。
(あれは――ちょっと……仲良くしてくれる感じじゃないね)
軽く言うスペスの声も、緊張で乾いていた。
(早めに、あいつらから離れよう。アルマ――魔法をかけてくれ)
スペスの言葉にうなずいたアルマは、魔法を準備しながら説明する。
(よく聞いて……。この魔法は〝速くうごくと効果が無くなる〟の。だから、なるべくゆっくりと歩いてね。あと、音やニオイは消せないから、それにも気をつけて……)
(……わかった)
アルマが《姿隠し》をかけると、
ふたりの姿はぼやけるように景色に溶けていった。
お互いを見失わないように手をつないだふたりは、ゆっくりと緑の小人から距離を取り、村のほうへと移動しはじめる。
遺跡の向こうにいる小人たちは、特に何をするでもなくボーッとしていて、遠ざかるふたりに気づく様子はなかった。
その隙に少しずつ距離をあけていったふたりは、このままここから立ち去れるだろうと思った。
だが、丘に吹く風が、気まぐれに向きをかえたとき――
急に緑の小人たちが落ち着きなくあたりを見はじめた。
やがて顔をよせあった小人たちは、一斉にふたりがいる方へと近づいてくる。
(……気づかれた⁉)
つないだスペスの手に、力が入る。
(どうして……⁉ 魔法はちゃんとかかっているわよ!)
お互いの姿がうまく隠れていることを確認したふたりは、また緑の小人のほうを見る。
幸い距離はまだ充分にあったが――
小人たちは石のかげを確認しながら、徐々にこちらへ近づいてくる。
(ボクらのことが見えてるわけじゃなさそうなのに、なんでこっちに来るんだよ……)
ふたりはゆっくりと離れていったが、小人たちの近づくほうが速く、距離が縮まり始める。
もうすこし急ごうと手を引いたスペスを、アルマは逆に引き止めた。
(ダメ――そんなに急ぐと見つかっちゃう!)
小人たちは、ジリジリと焦るふたりに近づきながら、時おり顔を上げて、あちこちへ向けていた。
(なんだあれ――においを嗅いでる……?)
(もしかして!)
ふたりが同時に気づく。
さっき食べたアメだった。
このあたりに、冷ましの実はあったが、花はもう咲いていなかった。
その独特の香りは、この場ではひどく目立つものだった。
(でも……こんなに距離があるのに?)
(かなり鼻がいいみたいだ――このままじゃ、すぐに見つかるだろうな)
(……走ろうアルマ)
すぐにスペスが決断をする。
(合図したら先に行ってくれ、ボクが追いかけるから)
(わかった――)
緊張した声でアルマは答える。
(よし、そしたらちょっとだけ、そこで待っていてくれるかな――)
手を離したスペスがなにをするのかと思ったら、
足元に生えている草を結んで、地面に輪っかを作っていた。
(なにをしてるのよ⁉ 早く行きましょう!)
焦るアルマは、スペスを急かす。
(これは、念のための備えってヤツだよ――)
姿の見えないスペスは、さらにいくつかの輪を手早く作る。
(じゃあ――行くよ)
スペスが、ささやくように数をかぞえる。
(――3・2・1・今だっ!)
ふたりは、緑の小人達に背をむけ、全力で駆けだした。