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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第64話 『信じてもらえるの⁉』
「時間がないから、手短に言うよ」

 スペスが喋りはじめる。

「信じられないと思うけど――
 ボクらは……どうやら三百年後の未来から来たみたいなんだ」

 イオキアが訳したとたん、そこに居並ぶアールヴ達が次々に何かを言い始めた。
 なかには整った顔をまっ赤にして怒る者までいた。
 しかし、スペスは涼しい顔で黙っている。

 やがて一言、長老がなにかを言い、声はピタリと収まった。

 静かになったのを確認して、長老が訊ねる。
「それは、真のことなのですか?」
「これだっていう証拠は出せない。ただし根拠はある」

 スペスが視線を送ると、アルマは、手にしていた本をおずおずとテーブルに差し出した。

「こ、これは……わたし達の暮らしていた時から三百年の昔――つまり〝今〟のことを書いた本です。
 この本によるとアールヴは、三百年前に魔王という悪魔の王によって滅ぼされてしまいます。
 そして、三百年後のわたしたちの世界では……この土地にアールヴは一人として残っていませんでした……」

 イオキアによってアルマの言葉が訳されると、また場がざわついた。
 ふたりを睨みつける者もいたが、それでも、今度はすぐに静かになった。

「そちらを、拝見してもよろしいですか?」
 長老が言った。

「もちろんです! ぜひ見てください!」
 アルマは勢いよく本を渡す。

「イオキア、アールヴについて書かれているところを皆に」
「わかりました」
 とイオキアがうなずいた。
「えーと、……どのあたりでしたっけ?」

「あ、ここからここです」
 アルマが開いたページを、イオキアはアールヴの言葉で読みあげた。
 記述は短く、すぐに終わる。

 沈黙のあと、堰を切ったように言葉が、居並ぶ口から次々と放たれた。
 今度は長老も議論に加わり、本を持ったイオキアに向けて二つ、三つと質問が飛ぶ。

「信じて……もらえそうかな?」
 こっそりとスペスが訊く。
「五分五分ですね」
 とイオキアは答えた。

「ただ貴重な本に、あのような冗談は書かれないと思いますし、なにより書いてある事が今の状況に合いすぎています。『見る部分はある』という意見が出ています」

「本って、そんなに珍しいの?」
 スペスがアルマに訊いた。
「えっ……まあ安くはないけど、うちみたいな貧しい村にもあるくらいのものよ?」

「そうなんですか――」とイオキアが言う。
「こちらでは、本は同じ重さの金貨と交換ができますよ」

「金貨ぁ⁉」アルマは声をあげた。
「これが金貨と……⁉︎」
 震えながら本を見つめる。

「金貨って、なに?」
 スペスが訊いた。
「おカネよ、おカネ。金貨があれば、大抵のものは買えるんじゃない? もちろん見たこともないけどね……」

「よくわからないんだよね……おカネって」
 スペスが首をひねる。

「村じゃ使わないものね……。でも街にいけばみんなが使ってるのよ」
「そうなんだ」
「あ……終わったみたいですよ」

 イオキアが言うとすぐに場が静かになり、隊長をのぞいたアールヴ達が、つぎつぎに外へ出ていった。
 出ていく時に、ふたりを見る目は、先ほどよりもだいぶ柔らかだった。

「スペスさん、アルマさん」長老が言った。
「ありがとうございました。大変参考になりました」

「良かったよ。それで、どういう話になったのか聞かせてもらってもいいかな?」
「我々は、何もせずに逃げることはできません。向こうがこのまま来るのなら戦います」

 長老は、決意のこもる目でそう言った。
「そっか……」
 スペスが残念そうな顔をする。

「ただ、おふたりのお話で、皆の考えはだいぶ柔軟になりました。最悪の場合でも、我々が滅ぶようなことだけは避けたいと思います。

 戦況が不利ならその時は、年の若いものだけでも逃がせないか検討することになりました。もちろん、おふたりの安全も出来るだけ守ると約束いたします」

「みんなで逃げないんですか?」
 アルマが心配そうに訊いた。
「それは……無理です」
 長老が首を振る。

「数の差が大きすぎます。残る者がいなければ、だれも逃げることができないでしょう」
「状況はわかったよ」スペスがうなずく。

「――ところでさ、長老さんに相談があるんだけど」
「なんでしょうか?」
「強い助っ人、欲しくない?」
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