残酷な描写あり
R-15
第63話 『ボクらは未来を知っている⁉』
イオキアと一緒に小屋を出ると、集落はすっかり静けさを失っていた。
せまる脅威にむけて作業する者が動きまわり、木々のあいだに柵をつくる者、武器を持って走り回る者、食事の準備をする者と、やっている事は皆それぞれだったが、どの顔も張り詰めていた。
そんな中を、ふたりはイオキアとともに長老の家に向かう。
しばらく待たされて中に入ると、テーブルを囲んだ幾人かのアールヴが大声で言いあいをしていた。
やってきたふたりに一瞬だけ視線があつまるが、すぐに興味のを無くして話し合いに戻る。
「なんだか歓迎されてないわよね、わたし達……」
とげとげしい雰囲気に、アルマは小さくなって後ろに隠れた。
「そりゃまあ、こんなときに部外者がなんの用だ、って感じだろうからね」
スペスはいつものどおりの口調で話す。
「すこし、待ちましょうか」
イオキアが言い、三人は、邪魔にならないように壁の前に移動した。
「今は、何を話しているのかな? 状況とかはわかる?」スペスが訊く。
「守備計画について、話をしているようです」イオキアが答えた。
「――ゴブリンが約百、オーガが十、それから種族不明の大型のものが一体……。悪魔は種族ごとに独立して生活するものなので、本来このように数種が行動することはまず無いのですが、いまのところ争う様子もなく、統制がとれているそうです」
「つまり、まとめる奴がいるって事かな?」
「はい」
とイオキアはうなずく。
「まだわかりませんが、おそらく率いている者がいる、という見立てで話し合っています。アルマさんのお話に、より現実味が出てしまいましたね」
「別に争いに来たわけじゃない、という可能性はないのかな?」
「すでに再三の警告と、威嚇のための矢を放ちましたが、止まる気配はないそうです」
「そっか……」
とスペスはうなずく。
「それで、戦ったとして勝ち目はありそう?」
「全員が戦いに長じているわけではありませんからね……」
イオキアは難しい顔をする。
「……戦えるものが三十五名。ゴブリンならニ、三体で一名と互角、オーガは一体に五から十名でなんとか、さらに大きいのがいますからね、正直厳しいところです」
「ゴブリンだけで互角なんだから、倍以上の力の差があるってことか……」
スペスがため息をついた。
「これなら戦わないで負けを認めたほうがいいんじゃない? 生きててこそだよ?」
「残念ですが、降伏が通じるような相手じゃありませんよ」
とイオキアは言った。
「捕まれば人とは思えないような扱いをされ、娯楽のために殺されるだけです」
「そりゃまた厳しいね……じゃあ逃げるってのは?」
「ありだと思います」とイオキアは言った。
「〝私は〟ですが」
「そういう感じじゃないのかな?」
「ええ、誇りのために戦うべきと……」
「くだらないと思うな。そんなの死にたい人だけでやればいいのに」
「そう言わないでください」イオキアが困ったように微笑む。
「誰にも、守りたいものはあるんですよ。好きで死にたいわけではありません」
「それはまあそうだよね……ゴメン」
頭をさげるスペスに、イオキアは笑ってうなずいた。
「もちろん、援軍なんていないんでしょ?」
スペスは、大声で話し合うアールヴ達を見る。
「そうですね……。このあたりに住む者はいませんし、街まで行って人を雇うにしても、数日はかかるでしょう」
「それじゃあ手遅れだよね……」
スペスが言うと、イオキアはうなずいた。
「ねぇ、スペス!」
腕を引っぱったアルマにスペスは、
「わかってる」と返した。
ふたりの頭に浮かぶ人物に助けを求めれば、きっと力になってくれるはずだった。
ふたりの――この世界で唯一の知り合いになら。
「でも――呼びに行ったとしても、今からじゃだいぶかかる。
道があれば大分違ったんだけど……」
「わたし達で行けば、慣れてるし早く行けるわ」
「それは絶対にダメだっ!」
突然の大声に、話し合いをしていた者達が一瞬ふりかえった。
「なんでなの……」
とアルマは泣きそうな声を出す。
「帰りはいいとしても、行きが危ないよ」
声を落として、スペスは言った。
「悪魔ってのが、そんな数で来ているんなら、先行した奴がもうこの辺りにいるかもしれない。実際、あのオーガは神殿まで来たんだ。
もしも沢山のゴブリンや、さっきのオーガにまた出会ったらどうするの? ボクらだけで行くなんて危なすぎるよ……」
「じゃあ……だれかアールヴの人にもついて来てもらいましょうよ。それならいいんでしょ?」
「……そうだね」と、スペスは渋い顔でうなずいた。「ただでさえ少ない人数をボクらに割いてくれるかは分からないけど……あの話がおわったら訊いてみようよ」
ふたりがそう話しているうちに何かが決定したようで、集まった中から二人が駆け足で出ていった。
「――スペスさん、アルマさん」
「あ、はい……」
長老から名前を呼ばれ、ふたりがテーブルに加わる。
全員から視線が集まり、その中には最初に会ったあの隊長もいた。
アルマはすっかり萎縮して身体をちいさくする。
「イオキアより、お話は伺いました」
険しい顔で長老が言い、隣でイオキアがアールヴの言葉に訳す。
「おふたりはわれわれの未来をご存知だとか……ご覧の通り、我々はいま余裕がありません。ご冗談にはおつき合いできかねますが、そういったお話では無いという事でよいのでしょうか?」
「信じてもらえるかは分からないけど……ボクらは嘘は言わないよ」
スペスが長老を見返して言う。
「わかりました、では宜しくお願い致します」
長老はわずかに表情をゆるめた。
せまる脅威にむけて作業する者が動きまわり、木々のあいだに柵をつくる者、武器を持って走り回る者、食事の準備をする者と、やっている事は皆それぞれだったが、どの顔も張り詰めていた。
そんな中を、ふたりはイオキアとともに長老の家に向かう。
しばらく待たされて中に入ると、テーブルを囲んだ幾人かのアールヴが大声で言いあいをしていた。
やってきたふたりに一瞬だけ視線があつまるが、すぐに興味のを無くして話し合いに戻る。
「なんだか歓迎されてないわよね、わたし達……」
とげとげしい雰囲気に、アルマは小さくなって後ろに隠れた。
「そりゃまあ、こんなときに部外者がなんの用だ、って感じだろうからね」
スペスはいつものどおりの口調で話す。
「すこし、待ちましょうか」
イオキアが言い、三人は、邪魔にならないように壁の前に移動した。
「今は、何を話しているのかな? 状況とかはわかる?」スペスが訊く。
「守備計画について、話をしているようです」イオキアが答えた。
「――ゴブリンが約百、オーガが十、それから種族不明の大型のものが一体……。悪魔は種族ごとに独立して生活するものなので、本来このように数種が行動することはまず無いのですが、いまのところ争う様子もなく、統制がとれているそうです」
「つまり、まとめる奴がいるって事かな?」
「はい」
とイオキアはうなずく。
「まだわかりませんが、おそらく率いている者がいる、という見立てで話し合っています。アルマさんのお話に、より現実味が出てしまいましたね」
「別に争いに来たわけじゃない、という可能性はないのかな?」
「すでに再三の警告と、威嚇のための矢を放ちましたが、止まる気配はないそうです」
「そっか……」
とスペスはうなずく。
「それで、戦ったとして勝ち目はありそう?」
「全員が戦いに長じているわけではありませんからね……」
イオキアは難しい顔をする。
「……戦えるものが三十五名。ゴブリンならニ、三体で一名と互角、オーガは一体に五から十名でなんとか、さらに大きいのがいますからね、正直厳しいところです」
「ゴブリンだけで互角なんだから、倍以上の力の差があるってことか……」
スペスがため息をついた。
「これなら戦わないで負けを認めたほうがいいんじゃない? 生きててこそだよ?」
「残念ですが、降伏が通じるような相手じゃありませんよ」
とイオキアは言った。
「捕まれば人とは思えないような扱いをされ、娯楽のために殺されるだけです」
「そりゃまた厳しいね……じゃあ逃げるってのは?」
「ありだと思います」とイオキアは言った。
「〝私は〟ですが」
「そういう感じじゃないのかな?」
「ええ、誇りのために戦うべきと……」
「くだらないと思うな。そんなの死にたい人だけでやればいいのに」
「そう言わないでください」イオキアが困ったように微笑む。
「誰にも、守りたいものはあるんですよ。好きで死にたいわけではありません」
「それはまあそうだよね……ゴメン」
頭をさげるスペスに、イオキアは笑ってうなずいた。
「もちろん、援軍なんていないんでしょ?」
スペスは、大声で話し合うアールヴ達を見る。
「そうですね……。このあたりに住む者はいませんし、街まで行って人を雇うにしても、数日はかかるでしょう」
「それじゃあ手遅れだよね……」
スペスが言うと、イオキアはうなずいた。
「ねぇ、スペス!」
腕を引っぱったアルマにスペスは、
「わかってる」と返した。
ふたりの頭に浮かぶ人物に助けを求めれば、きっと力になってくれるはずだった。
ふたりの――この世界で唯一の知り合いになら。
「でも――呼びに行ったとしても、今からじゃだいぶかかる。
道があれば大分違ったんだけど……」
「わたし達で行けば、慣れてるし早く行けるわ」
「それは絶対にダメだっ!」
突然の大声に、話し合いをしていた者達が一瞬ふりかえった。
「なんでなの……」
とアルマは泣きそうな声を出す。
「帰りはいいとしても、行きが危ないよ」
声を落として、スペスは言った。
「悪魔ってのが、そんな数で来ているんなら、先行した奴がもうこの辺りにいるかもしれない。実際、あのオーガは神殿まで来たんだ。
もしも沢山のゴブリンや、さっきのオーガにまた出会ったらどうするの? ボクらだけで行くなんて危なすぎるよ……」
「じゃあ……だれかアールヴの人にもついて来てもらいましょうよ。それならいいんでしょ?」
「……そうだね」と、スペスは渋い顔でうなずいた。「ただでさえ少ない人数をボクらに割いてくれるかは分からないけど……あの話がおわったら訊いてみようよ」
ふたりがそう話しているうちに何かが決定したようで、集まった中から二人が駆け足で出ていった。
「――スペスさん、アルマさん」
「あ、はい……」
長老から名前を呼ばれ、ふたりがテーブルに加わる。
全員から視線が集まり、その中には最初に会ったあの隊長もいた。
アルマはすっかり萎縮して身体をちいさくする。
「イオキアより、お話は伺いました」
険しい顔で長老が言い、隣でイオキアがアールヴの言葉に訳す。
「おふたりはわれわれの未来をご存知だとか……ご覧の通り、我々はいま余裕がありません。ご冗談にはおつき合いできかねますが、そういったお話では無いという事でよいのでしょうか?」
「信じてもらえるかは分からないけど……ボクらは嘘は言わないよ」
スペスが長老を見返して言う。
「わかりました、では宜しくお願い致します」
長老はわずかに表情をゆるめた。