残酷な描写あり
R-15
第66話 『危ないことはやめてよね⁉』
ふたりがイオキアに連れられてタッシェの待つ家へ向かうと、
「オニイチャ!」と飛び出してきたタッシェがスペスに抱きついた。
「それでは、私もこれで失礼し!ます」
イオキアが、タッシェを抱き上げるスペスを見て言った。
「……えっ!」
とアルマは驚いてイオキアを見たが、イオキアは微笑みを崩さない。
「おふたりは、できるだけ早く避難してくださいね」
「わかったよ……気をつけて」
スペスの言葉に頷いて、イオキアは踵を返し走ってゆく。
残されたアルマが遠くなっていくイオキアを呆然と見ていると、タッシェを抱っこするスペスがポツリと言った。
「しまったなぁ……魔法を教えてくれたお礼を、もう一回言っておけばよかったよ」
「それは……そうね」
アルマには、それしか言えなかった。
イオキアとの間に〝また今度〟があるのか。
そんなことすら分からないふたりは、それっきり押し黙った。
唯一ふたりに分かったのは、このあとアールヴ達が姿を消したという、三百年後の事実だけだった。
「ねえアルマ……」
ぽつりとスペスが訊いた。
「勇者の物語には、具体的にアールヴ族がどうやって滅びたのかは書いてないんだよね……?」
「うん……そう。気づいたときにはもう滅ぼされてたって……」
「そうか……」
しばし考えたスペスが唐突に言う。
「――やっぱり、ちょっとだけ様子を見にいこうよ」
「なにを言ってるのよ。危ないのよ?」
「それはわかってるよ。でもずっと隠れていると外の事がなにもわからない。
あとで逃げるためにも、どんな奴がどのくらい来てるのかぐらいは見ておきたい」
「ダメだってば……。タッシェはどうするのよ?」
アルマは、スペスに嬉しそうに抱っこされているタッシェを見た。
「それもそうか……。じゃあ、ボクだけで行ってくるよ」
スペスは当たり前のように告げる。
「――だから、タッシェと先に行っててくれる?」
「ダ、ダメよ!」
「なんで? 二人は、先に隠れてていいんだよ?」
「ダメったら、ダメなのっ!」
スペスの腕にいるタッシェが、驚いたようにアルマを見た。
「お願いだから危ないことはやめて……。みんなで一緒に隠れていればいいじゃない」
アルマはそう頼み込む。
「でも……もしかしたら、これはボクらが帰るために必要なことかも知れないんだ」
真面目な顔でスペスは答えた。
「三百年前にココで何が起きたのか。これからなにが起きるのかを、ボクは、見に行きたい」
「なに言ってるの! さっき死にかけたのをもう忘れたの! あんなのが沢山やってくるのよ⁉」
「危ない事をするつもりはないし、もしそうなっても、またアルマが治してくれるでしょ?」
「わたしがいなくて、どうやって治せると思ってるのよ………バカ」
「だからさっきみたいな無茶はしないよ。ちゃんと戻るからさ」
スペスは微笑む。
「タッシェを頼むよ」――と。
アルマはスペスをじいっと見たが、スペスは笑みを崩さない。
アルマは知っている。
こういう時のスペスは、意外なほど態度を変えない事を――
ふぅと息をはいて、アルマは『わかった』とうなずいた。
「――ただし、万一に備えてわたしも一緒に行くから。それでちょっとでも危なくなったら、みんなですぐ逃げるのよ。いいわね?」
「うん、それでいい!」とスペスがうなずく。
「よしっ、急ごう!」
スペスはそう言って、タッシェをかかえたまま走りだした。
* * * * * * *
集落の北 森との境界に、三十人ほどのアールヴが集まっていた。
皆、遅れて来たふたりを振りかえりもせず、ひろがる森をじっと見ている。
木々のあいだには、即席で作られた木の柵が幾重にも張られていて、その向こうの森からガサガサと沢山の音がせまって来る。
すでにいくつかのゴブリンと思われる小さな影が見え始めていた。
やがて、遠くの木々の間に、人の倍は背丈がある大きな影がひとつ、もうひとつと見えた。
二本の足で立ってはいたが、肌は青く、老人のように背中をまるめて歩き、粗末な腰巻きをつけている、ソレは――
「オーガ……!」
アルマの声が、よみがえる恐怖に震える。
「ほ、本当に、あんなのが沢山いるの⁉」
オーガがさらに何匹か見えたあと、集まっていたアールヴの間に大きなどよめきが走った。
木々の間を、オーガよりもふたまわりは大きな巨体が、ゆったりと歩いていた。頭を除いた全身を真っ黒な毛でおおわれた巨人は、足が短い割に胴や腕が長かったが、オーガと違ってその背はまっすぐに伸びており、それがより大きさを強調していた。
「トロルです……。私も、見るのは初めてです――」
いつの間にか、近くにきていたイオキアが言った。
巨人トロルは、手に大きな棍棒を持ち、背中になにかを背負っている。
その首には、不揃いな木の板と白い骨のようなモノでできた首飾りをしていて、ソレが、歩くたびに不気味な、カランカランという音をたてていた。
「な、なんなのよアレ……」アルマが顔を青ざめさせる。
「いくらなんでも、大きすぎるでしょ……」スペスも次の言葉が出なかった。
そうしている間にも、悪魔の集団は、集落にむかって進んで来る。
「アヘッヅィッ!」
長老が叫んで、前に進み出た。
「……ドゥラ・セヌゥ・トゥッテェ! スィブ・フェイテ・ピュイヌワン・ゼターコン!」
そう叫んだ長老はそのまま悪魔の動きを見ていたが、悪魔側に止まる気配はない。
ちいさく首を振った長老が後ろへさがり、『クェット!』と隊長の声が響いた。
横一列に並んだアールヴ達が、揃って弓を構え、『チファイッ!』の掛け声で、一斉に矢が放たれる。
それをきっかけにして悪魔側も動いた。
木々のあいだを埋めるように密集していたゴブリン達がバラバラと散開し、叫び声を上げて走りはじめる。
「オニイチャ!」と飛び出してきたタッシェがスペスに抱きついた。
「それでは、私もこれで失礼し!ます」
イオキアが、タッシェを抱き上げるスペスを見て言った。
「……えっ!」
とアルマは驚いてイオキアを見たが、イオキアは微笑みを崩さない。
「おふたりは、できるだけ早く避難してくださいね」
「わかったよ……気をつけて」
スペスの言葉に頷いて、イオキアは踵を返し走ってゆく。
残されたアルマが遠くなっていくイオキアを呆然と見ていると、タッシェを抱っこするスペスがポツリと言った。
「しまったなぁ……魔法を教えてくれたお礼を、もう一回言っておけばよかったよ」
「それは……そうね」
アルマには、それしか言えなかった。
イオキアとの間に〝また今度〟があるのか。
そんなことすら分からないふたりは、それっきり押し黙った。
唯一ふたりに分かったのは、このあとアールヴ達が姿を消したという、三百年後の事実だけだった。
「ねえアルマ……」
ぽつりとスペスが訊いた。
「勇者の物語には、具体的にアールヴ族がどうやって滅びたのかは書いてないんだよね……?」
「うん……そう。気づいたときにはもう滅ぼされてたって……」
「そうか……」
しばし考えたスペスが唐突に言う。
「――やっぱり、ちょっとだけ様子を見にいこうよ」
「なにを言ってるのよ。危ないのよ?」
「それはわかってるよ。でもずっと隠れていると外の事がなにもわからない。
あとで逃げるためにも、どんな奴がどのくらい来てるのかぐらいは見ておきたい」
「ダメだってば……。タッシェはどうするのよ?」
アルマは、スペスに嬉しそうに抱っこされているタッシェを見た。
「それもそうか……。じゃあ、ボクだけで行ってくるよ」
スペスは当たり前のように告げる。
「――だから、タッシェと先に行っててくれる?」
「ダ、ダメよ!」
「なんで? 二人は、先に隠れてていいんだよ?」
「ダメったら、ダメなのっ!」
スペスの腕にいるタッシェが、驚いたようにアルマを見た。
「お願いだから危ないことはやめて……。みんなで一緒に隠れていればいいじゃない」
アルマはそう頼み込む。
「でも……もしかしたら、これはボクらが帰るために必要なことかも知れないんだ」
真面目な顔でスペスは答えた。
「三百年前にココで何が起きたのか。これからなにが起きるのかを、ボクは、見に行きたい」
「なに言ってるの! さっき死にかけたのをもう忘れたの! あんなのが沢山やってくるのよ⁉」
「危ない事をするつもりはないし、もしそうなっても、またアルマが治してくれるでしょ?」
「わたしがいなくて、どうやって治せると思ってるのよ………バカ」
「だからさっきみたいな無茶はしないよ。ちゃんと戻るからさ」
スペスは微笑む。
「タッシェを頼むよ」――と。
アルマはスペスをじいっと見たが、スペスは笑みを崩さない。
アルマは知っている。
こういう時のスペスは、意外なほど態度を変えない事を――
ふぅと息をはいて、アルマは『わかった』とうなずいた。
「――ただし、万一に備えてわたしも一緒に行くから。それでちょっとでも危なくなったら、みんなですぐ逃げるのよ。いいわね?」
「うん、それでいい!」とスペスがうなずく。
「よしっ、急ごう!」
スペスはそう言って、タッシェをかかえたまま走りだした。
* * * * * * *
集落の北 森との境界に、三十人ほどのアールヴが集まっていた。
皆、遅れて来たふたりを振りかえりもせず、ひろがる森をじっと見ている。
木々のあいだには、即席で作られた木の柵が幾重にも張られていて、その向こうの森からガサガサと沢山の音がせまって来る。
すでにいくつかのゴブリンと思われる小さな影が見え始めていた。
やがて、遠くの木々の間に、人の倍は背丈がある大きな影がひとつ、もうひとつと見えた。
二本の足で立ってはいたが、肌は青く、老人のように背中をまるめて歩き、粗末な腰巻きをつけている、ソレは――
「オーガ……!」
アルマの声が、よみがえる恐怖に震える。
「ほ、本当に、あんなのが沢山いるの⁉」
オーガがさらに何匹か見えたあと、集まっていたアールヴの間に大きなどよめきが走った。
木々の間を、オーガよりもふたまわりは大きな巨体が、ゆったりと歩いていた。頭を除いた全身を真っ黒な毛でおおわれた巨人は、足が短い割に胴や腕が長かったが、オーガと違ってその背はまっすぐに伸びており、それがより大きさを強調していた。
「トロルです……。私も、見るのは初めてです――」
いつの間にか、近くにきていたイオキアが言った。
巨人トロルは、手に大きな棍棒を持ち、背中になにかを背負っている。
その首には、不揃いな木の板と白い骨のようなモノでできた首飾りをしていて、ソレが、歩くたびに不気味な、カランカランという音をたてていた。
「な、なんなのよアレ……」アルマが顔を青ざめさせる。
「いくらなんでも、大きすぎるでしょ……」スペスも次の言葉が出なかった。
そうしている間にも、悪魔の集団は、集落にむかって進んで来る。
「アヘッヅィッ!」
長老が叫んで、前に進み出た。
「……ドゥラ・セヌゥ・トゥッテェ! スィブ・フェイテ・ピュイヌワン・ゼターコン!」
そう叫んだ長老はそのまま悪魔の動きを見ていたが、悪魔側に止まる気配はない。
ちいさく首を振った長老が後ろへさがり、『クェット!』と隊長の声が響いた。
横一列に並んだアールヴ達が、揃って弓を構え、『チファイッ!』の掛け声で、一斉に矢が放たれる。
それをきっかけにして悪魔側も動いた。
木々のあいだを埋めるように密集していたゴブリン達がバラバラと散開し、叫び声を上げて走りはじめる。