残酷な描写あり
R-15
第87話 『やるだけやってみる⁉』
森を進むスペスとアルマは、前方から届く戦いの気配に足を早めた。
物が激しくぶつかり合う音が、くり返し聞こえていた。
「これってっ、あれよねっ!」
走りながらアルマが言った。
「うんっ! たぶん、トロルだっ」
スペスが答える。
轟音がまた響いてきた。
暗闇の中で、森の木々がビリビリとふるえている。
走っていたふたりの前から木がなくなり、急に視界がひらけた。
ひろがる夜空の下、ふたりがたどり着いたのはアールヴの集落だった。
最初に見えたのは、巨大な棍棒を握ったトロルだった。
毛に覆われた腕で棍棒を叩きつけると、雷のような音がして空気がうなる。
人よりも大きな棍棒を軽々と振りまわしているトロルの足元に、ふたつの人影が動き回るのが見えた。
「イオキアさんだ!」
「隊長さんも!」
スペスが走りながら、大声でその名を呼んだ。
攻撃をしかけていたトロルがスペスを見て、ぴたりと動きを止める。
「おふたりとも、なんでここにっ⁉ 危険です! 来ないでくださいっ!」
イオキアが叫ぶ。
「ボクらも戦うよ!」
スペスはそう叫びかえし、走り寄った。
集落にあった家々は多くが破壊され、あたりにはいくつものゴブリンやアールヴが倒れている。
その生死はわからないが、すくなくとも動いてるものはいなかった。
特にアールヴには、激しい損傷を受けているものが多かった。
トロルは棍棒を構えたまま、走ってくるスペスをじっと見ている。
「アルマ! 頼めるかな!」
「わかった!」
とアルマが、緊張した面持ちでトロルの前に立った。
木剣を構えた瞬間にトロルが動き、巨大な棍棒を振り下ろす。
イオキアと隊長はすぐに回避行動をとったが、アルマが動かないのを見て、スペスはひきつった顔でその場にとどまる。
アルマの全身が淡くひかり、振り下ろされる棍棒に向かって木剣を打ちあげた。
ガァン! という音がして、大木でできた棍棒が、スペスのすぐ上で止まった。
「ずぅぇい、やあぁぁぁっ!」
アルマが気合とともに地面を踏み、空にむかって棍棒を押し返す。
浮きあがった棍棒を手放しそうになり、トロルはあわててそれをつかみ直した。
「いったぁ……」とアルマが手を振る。
「これ、何回もは、できそうにないわよ……」
「一回できただけでも、大したもんだよ……」
スペスは青ざめた顔で、ひたいに浮いた汗をぬぐった。
「肝が冷えるって、こういう事を言うんだろうね」
そんなふたりから目をはなし、トロルは手に持った棍棒をじろじろと見ている。
「いちど離れよう!」
スペスとアルマは、離れたところで口を開けているイオキア達のほうまでさがった。
「何ですか今のは⁉ アルマさん、いったい何をしたんですかっ⁉」
さがってきたアルマに、我に返ったイオキアが声をあげる。
「えっと……アレですよ」アルマは首をかしげる。
「ちょっと力があるだけ……みたいな?」
「ちょっとって! そんなものじゃなかったですよ!」イオキアが詰めよる。
となりから隊長が説明を求めているようだが、イオキアはよくわからないという反応を返していた。
「はいはい――悪いけど、そこまでにしてくれる?」
スペスが割って入った。
「いまはそんなことしてる場合じゃないからね。とにかく、アルマが戦える事はわかったでしょ? いまはそれで納得してよ」
「わかりました……」とイオキアがうなずいて、短く隊長に伝える。
「それと、ここは開けてるんだから、もっと森に入った方が戦いやすいでしょ」
「ダメなんです……」とイオキアが首を振る。
「あいつは森には入ってきません」
ちらりと見ると、トロルは森に近いこちらに寄ってこず、棍棒を杖のようについて、スペスたちを見ていた。
「だったら、森の中から弓や魔法で攻撃するのはダメですか?」
アルマが言った。
「弓では傷を与えられないようです。魔法は弓より射程が短いので近寄らなくてはいけませんし、長老の魔法で与えた傷も治るとなると、効果があるのかどうか……」
「そういえば……傷が治るんだったよねアイツ」
「傷が治るって――なによそれ⁉ ズルじゃない⁉」
「それ、アルマが言うの?」
「わたしは可愛いから、いいのよ」アルマは言い切った。
「――それよりも、そんなのどうやって倒すのよ?」
「トロルは、首を切るか頭を潰せば再生しなくなるそうです。再生できなくなるまで傷をあたえ続けて弱らせる、という方法もあるそうですが、現状では……」
「現実的じゃないね」とスペスが言った。
「そうです」
「しかし、頭を潰すって言ってもさ」
スペスは、自分の4倍はあるトロルを見あげる。
「……届かないよね、あんな高さ」
「でも、やるしかないんでしょ?」
アルマが木剣を握りしめる。
「まぁ、もうひとつ手がないこともないんだけど――」
「なによ、あるなら早く言いなさいよ」
「逃げる――」とスペスは森を指さした。
「アレと無理して戦う必要がない。あいつは放っておいて、ほかのやつとだけ戦えば、あいつは戦力として浮く」
「それはわたしも提案したのですが、〝彼女〟が聞かないもので……」
イオキアが隣をみると、隊長が『なんだ?』とでも言うように見かえした。
「――仲間をこれだけ殺されて逃げられるか、と」
「気持ちはわかるけど、非合理だなぁ……」
「でもっ――」アルマが言った。
「あいつを倒せば、きっと、わたしたちの勝ちよ!」
「それは、そのとおりです」
イオキアがうなずく。
「他をいくら倒したところで、あいつが集落に居座っているかぎり、我々が勝ったとは言えないでしょう」
「トロルも、それがわかってるのかもね。自分がここにいる限り、負けじゃないって」
「それなら……勝てるかはわからないけど、やるだけはやってみましょうよ」
アルマが言った。
「――だって、アレを倒さないと村には帰れないんでしょ?」
「そうだけどさ」とスペスはアルマを見る。
「ずいぶん前向きになったね。なにかあった?」
「えっそう?」
意外そうな顔をしたアルマは、ニヤけながら自分の口をさした。
「……もしかしたら誰かさんから、なにかを吸い取っちゃったのかも、ねっ?」
「そりゃあ良かったよ」スペスが苦笑する。
「わかった……とにかく、やれるだけはやってみよう! それでダメなら、隊長さんを抱えて逃げるってことで!」
スペスの言葉に、アルマとイオキアがうなずいた。
「作戦としては単純! なんとかしてあいつを転がして、アルマが頭を叩く!
アルマはひとまず牽制だ。いちばん警戒されていると思うから、圧力をかけて、あいつを好きに動かさないこと。でも、あまり近寄らなくていい。
無理に攻撃しないで、チャンスがあったらあいつの足を狙ってくれ」
「わかったわ!」
「ボクとイオキアさん達は散って、外側から攻撃。ダメージを与えるよりも、アルマにチャンスができるように揺さぶってほしい」
「わかりました」イオキアはそう言って、隊長に説明しながら動き始める。
スペスたちが動いたのを見て、トロルがゆっくりと棍棒を持ち上げた。
物が激しくぶつかり合う音が、くり返し聞こえていた。
「これってっ、あれよねっ!」
走りながらアルマが言った。
「うんっ! たぶん、トロルだっ」
スペスが答える。
轟音がまた響いてきた。
暗闇の中で、森の木々がビリビリとふるえている。
走っていたふたりの前から木がなくなり、急に視界がひらけた。
ひろがる夜空の下、ふたりがたどり着いたのはアールヴの集落だった。
最初に見えたのは、巨大な棍棒を握ったトロルだった。
毛に覆われた腕で棍棒を叩きつけると、雷のような音がして空気がうなる。
人よりも大きな棍棒を軽々と振りまわしているトロルの足元に、ふたつの人影が動き回るのが見えた。
「イオキアさんだ!」
「隊長さんも!」
スペスが走りながら、大声でその名を呼んだ。
攻撃をしかけていたトロルがスペスを見て、ぴたりと動きを止める。
「おふたりとも、なんでここにっ⁉ 危険です! 来ないでくださいっ!」
イオキアが叫ぶ。
「ボクらも戦うよ!」
スペスはそう叫びかえし、走り寄った。
集落にあった家々は多くが破壊され、あたりにはいくつものゴブリンやアールヴが倒れている。
その生死はわからないが、すくなくとも動いてるものはいなかった。
特にアールヴには、激しい損傷を受けているものが多かった。
トロルは棍棒を構えたまま、走ってくるスペスをじっと見ている。
「アルマ! 頼めるかな!」
「わかった!」
とアルマが、緊張した面持ちでトロルの前に立った。
木剣を構えた瞬間にトロルが動き、巨大な棍棒を振り下ろす。
イオキアと隊長はすぐに回避行動をとったが、アルマが動かないのを見て、スペスはひきつった顔でその場にとどまる。
アルマの全身が淡くひかり、振り下ろされる棍棒に向かって木剣を打ちあげた。
ガァン! という音がして、大木でできた棍棒が、スペスのすぐ上で止まった。
「ずぅぇい、やあぁぁぁっ!」
アルマが気合とともに地面を踏み、空にむかって棍棒を押し返す。
浮きあがった棍棒を手放しそうになり、トロルはあわててそれをつかみ直した。
「いったぁ……」とアルマが手を振る。
「これ、何回もは、できそうにないわよ……」
「一回できただけでも、大したもんだよ……」
スペスは青ざめた顔で、ひたいに浮いた汗をぬぐった。
「肝が冷えるって、こういう事を言うんだろうね」
そんなふたりから目をはなし、トロルは手に持った棍棒をじろじろと見ている。
「いちど離れよう!」
スペスとアルマは、離れたところで口を開けているイオキア達のほうまでさがった。
「何ですか今のは⁉ アルマさん、いったい何をしたんですかっ⁉」
さがってきたアルマに、我に返ったイオキアが声をあげる。
「えっと……アレですよ」アルマは首をかしげる。
「ちょっと力があるだけ……みたいな?」
「ちょっとって! そんなものじゃなかったですよ!」イオキアが詰めよる。
となりから隊長が説明を求めているようだが、イオキアはよくわからないという反応を返していた。
「はいはい――悪いけど、そこまでにしてくれる?」
スペスが割って入った。
「いまはそんなことしてる場合じゃないからね。とにかく、アルマが戦える事はわかったでしょ? いまはそれで納得してよ」
「わかりました……」とイオキアがうなずいて、短く隊長に伝える。
「それと、ここは開けてるんだから、もっと森に入った方が戦いやすいでしょ」
「ダメなんです……」とイオキアが首を振る。
「あいつは森には入ってきません」
ちらりと見ると、トロルは森に近いこちらに寄ってこず、棍棒を杖のようについて、スペスたちを見ていた。
「だったら、森の中から弓や魔法で攻撃するのはダメですか?」
アルマが言った。
「弓では傷を与えられないようです。魔法は弓より射程が短いので近寄らなくてはいけませんし、長老の魔法で与えた傷も治るとなると、効果があるのかどうか……」
「そういえば……傷が治るんだったよねアイツ」
「傷が治るって――なによそれ⁉ ズルじゃない⁉」
「それ、アルマが言うの?」
「わたしは可愛いから、いいのよ」アルマは言い切った。
「――それよりも、そんなのどうやって倒すのよ?」
「トロルは、首を切るか頭を潰せば再生しなくなるそうです。再生できなくなるまで傷をあたえ続けて弱らせる、という方法もあるそうですが、現状では……」
「現実的じゃないね」とスペスが言った。
「そうです」
「しかし、頭を潰すって言ってもさ」
スペスは、自分の4倍はあるトロルを見あげる。
「……届かないよね、あんな高さ」
「でも、やるしかないんでしょ?」
アルマが木剣を握りしめる。
「まぁ、もうひとつ手がないこともないんだけど――」
「なによ、あるなら早く言いなさいよ」
「逃げる――」とスペスは森を指さした。
「アレと無理して戦う必要がない。あいつは放っておいて、ほかのやつとだけ戦えば、あいつは戦力として浮く」
「それはわたしも提案したのですが、〝彼女〟が聞かないもので……」
イオキアが隣をみると、隊長が『なんだ?』とでも言うように見かえした。
「――仲間をこれだけ殺されて逃げられるか、と」
「気持ちはわかるけど、非合理だなぁ……」
「でもっ――」アルマが言った。
「あいつを倒せば、きっと、わたしたちの勝ちよ!」
「それは、そのとおりです」
イオキアがうなずく。
「他をいくら倒したところで、あいつが集落に居座っているかぎり、我々が勝ったとは言えないでしょう」
「トロルも、それがわかってるのかもね。自分がここにいる限り、負けじゃないって」
「それなら……勝てるかはわからないけど、やるだけはやってみましょうよ」
アルマが言った。
「――だって、アレを倒さないと村には帰れないんでしょ?」
「そうだけどさ」とスペスはアルマを見る。
「ずいぶん前向きになったね。なにかあった?」
「えっそう?」
意外そうな顔をしたアルマは、ニヤけながら自分の口をさした。
「……もしかしたら誰かさんから、なにかを吸い取っちゃったのかも、ねっ?」
「そりゃあ良かったよ」スペスが苦笑する。
「わかった……とにかく、やれるだけはやってみよう! それでダメなら、隊長さんを抱えて逃げるってことで!」
スペスの言葉に、アルマとイオキアがうなずいた。
「作戦としては単純! なんとかしてあいつを転がして、アルマが頭を叩く!
アルマはひとまず牽制だ。いちばん警戒されていると思うから、圧力をかけて、あいつを好きに動かさないこと。でも、あまり近寄らなくていい。
無理に攻撃しないで、チャンスがあったらあいつの足を狙ってくれ」
「わかったわ!」
「ボクとイオキアさん達は散って、外側から攻撃。ダメージを与えるよりも、アルマにチャンスができるように揺さぶってほしい」
「わかりました」イオキアはそう言って、隊長に説明しながら動き始める。
スペスたちが動いたのを見て、トロルがゆっくりと棍棒を持ち上げた。