残酷な描写あり
R-15
最終話 『これからのふたり⁉』
アルマが家にいき、恐る恐る長老のところに住みたいという話を切り出すと、両親は快く許しを出した。
「まさか二つ返事で許可がおりるとは思わなかったわ……」
引越しが決まったふたりは、さっそくアルマの家から荷物を運んでいた。
「なんかね、うちの親が、結婚する時に長老さんのお世話になったらしくて、違うって言ってるのに、『逃しちゃダメよ』とか訳のわからないことを言ってくるのよ」
そうこぼすアルマは、片手が使えないスペスの分まで荷物をもつ。
「いいお父さんとお母さんだよね」とスペスが笑った。
「ほんとにね……もう会えないのかと思ってたもの。……ありがとねスペス」
そう言って、アルマはすこし涙ぐむ。
「いいよそんなの。なんとなく、原因もボクにある気がするし」
「あっ、そうか……じゃあ、いまのナシ」
アルマは急に真顔になった。
「そんなぁ……」
「ウソよ。スペスのせいだなんて、思うわけないじゃない」とアルマは笑う。
「それなら、良かったよ」
そう言ってスペスは『んー!』と背すじを伸ばした。
「じゃあ、どうにか帰ってこれた事だし、これで一件落着だよね」
「なに言ってるのよ、あんたは何も終わってないのよ。結局、どこから来たのかも分からないままだし、その手も早く治さないといけないし、全部これからでしょ」
「そうだね。でも、これでアルマとの約束は果たしたでしょ?」
「約束?」
と訊いたアルマの胸に、スペスの視線が注がれていた。
「そんなに……触りたいの?」
アルマは持っていた荷物で、さり気なくスペスの視線をさえぎる。
「さわりたい!」スペスが元気に答えた。
「別にいいけど……その手でどうやって触るのよ」
アルマが、肩から吊られたスペスの左手を見た。
「わたしは逃げたりしないんだから、先にその手を治してからにしなさいよ」
「ボクは右手だけでもいいけど?」
「ダーメ。わたしのために頑張ってくれたんだし、触るなら、ちゃんと触りなさい。イヤだなんて言ってないわよ。ていうか、ホントは……このくらい約束なんか無くたって……」
アルマの言葉がゴニョニョと、最後の方で濁された。
「やっぱりそっかぁ……アルマも片手より両手のほうがいいよねぇ」
「そういう話じゃないわよ……」
アルマが呆れたように言った。
「それにしても……スペスはどこから来たのかしらね。三百年前からかと思ったけど、昔はこの辺に人族がいなかったし……見覚えのあるものとかも無かったんでしょ?」
「うん、まあね」とスペスは歩きながら答える。
「でもさ――もしそういうのが分からないままなんだったら、その時は――この村にずっと住むのも悪くないな、ってボクは思うんだ」
「そうなんだ」
アルマは極力平静に言ったつもりだったが、その口元には嬉しそうな笑みが浮かぶ。
そんなアルマを見ながらスペスはつづけた。
「それで……もしも、そうなった時にはさ――」
「アルマは、ボクのおヨメさんになってくれる?」
訊かれたアルマの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
「イヤかな?」
「そ、そんなことない…………」
アルマは恥ずかしそうに首を振る。
「そう言ってもらえて、嬉しくないこともないかもしれないような気がしなくもないわよ」
「ははは、どっちだよ」
とスペスが笑う。
「えっと……さ、さぁ? どっちかしらね? ふふふ」
とアルマも笑った。
「あ……でも、スペスって、たくさんおヨメさんが欲しいんじゃなかったの?」
「うんっ、そうだよ!」
「こやつめ……」
アルマがじろっとスペスを睨む。
「プロポーズしたその口で――よくもぬけぬけと言いやがったわね」
「な、なにか、ダメだった?」
「まぁいいわよ……もうっ」
とアルマは投げやりに言う。
「……どうせ止めても無駄だろうし、できるものなら好きにしたらいいじゃない」
「ほんと? よかった!」
「そのかわり!」とアルマは立ち止まる。
「わたしのこと――大事にしなかったら、すぐに捨てちゃうからねっ。それだけは覚えておいてよ!」
「もちろん、大事にするよ!」スペスが笑顔で言う。
「そ、それならいいのよ……」
と、アルマは赤い顔で目をそらした。
「じゃあ、いつ結婚する? 明日?」
「調子に乗らないの!」アルマがピシャリと言う。
「さっきのはスペスが〝帰れなかったら〟の話でしょ? まさか諦めてる訳じゃないわよね? まずは手を治して、それからスペスの来た場所を探しにいくんだから!」
「うん……」
とスペスが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうアルマ。それに焦らなくても、今日からアルマと一緒に住むんだからね。こういうの同棲っていうんでしょ? 楽しみだなぁ――」
「ど、同棲⁉」アルマが声をあげた。
「同棲……言われてみれば、たしかに同棲よね……これ?」
「あれ? となりのおじさんが、結婚する前には一緒に住んで、いろいろな相性を確認したほうがいい、って言ってたけど、そういうことじゃないの?」
「な、なに言ってるのよ、いやらしい! わたしはそんなこと考えていないわよ!」
「えっ、いやらしい? 〝相性〟って具体的になんのことなの?」
スペスが訊いた。
「えっ、えっと――」アルマは考える素ぶりをする。
「――相方がボケたら、すぐに突っこめる、とか?」
「それは無いでしょ」
「ほ、ほらっ相性がいいわねっ、わたしたちっ!」
「えー、誤魔化さないで、ちゃんと教えてよ〜」
「い、いいのっ! はやく行きましょ! 長老さんが待ってるわよ!」
アルマはそう言って、逃げるように早足で歩き出す。
「えー、まってよー」
と後をスペスが追いかけた。
ふたりはそのままお喋りしながら、山深い村のなかを歩いてゆく。
その楽しそうな後ろ姿は、仲のよい夫婦のようだった。 (了)
「まさか二つ返事で許可がおりるとは思わなかったわ……」
引越しが決まったふたりは、さっそくアルマの家から荷物を運んでいた。
「なんかね、うちの親が、結婚する時に長老さんのお世話になったらしくて、違うって言ってるのに、『逃しちゃダメよ』とか訳のわからないことを言ってくるのよ」
そうこぼすアルマは、片手が使えないスペスの分まで荷物をもつ。
「いいお父さんとお母さんだよね」とスペスが笑った。
「ほんとにね……もう会えないのかと思ってたもの。……ありがとねスペス」
そう言って、アルマはすこし涙ぐむ。
「いいよそんなの。なんとなく、原因もボクにある気がするし」
「あっ、そうか……じゃあ、いまのナシ」
アルマは急に真顔になった。
「そんなぁ……」
「ウソよ。スペスのせいだなんて、思うわけないじゃない」とアルマは笑う。
「それなら、良かったよ」
そう言ってスペスは『んー!』と背すじを伸ばした。
「じゃあ、どうにか帰ってこれた事だし、これで一件落着だよね」
「なに言ってるのよ、あんたは何も終わってないのよ。結局、どこから来たのかも分からないままだし、その手も早く治さないといけないし、全部これからでしょ」
「そうだね。でも、これでアルマとの約束は果たしたでしょ?」
「約束?」
と訊いたアルマの胸に、スペスの視線が注がれていた。
「そんなに……触りたいの?」
アルマは持っていた荷物で、さり気なくスペスの視線をさえぎる。
「さわりたい!」スペスが元気に答えた。
「別にいいけど……その手でどうやって触るのよ」
アルマが、肩から吊られたスペスの左手を見た。
「わたしは逃げたりしないんだから、先にその手を治してからにしなさいよ」
「ボクは右手だけでもいいけど?」
「ダーメ。わたしのために頑張ってくれたんだし、触るなら、ちゃんと触りなさい。イヤだなんて言ってないわよ。ていうか、ホントは……このくらい約束なんか無くたって……」
アルマの言葉がゴニョニョと、最後の方で濁された。
「やっぱりそっかぁ……アルマも片手より両手のほうがいいよねぇ」
「そういう話じゃないわよ……」
アルマが呆れたように言った。
「それにしても……スペスはどこから来たのかしらね。三百年前からかと思ったけど、昔はこの辺に人族がいなかったし……見覚えのあるものとかも無かったんでしょ?」
「うん、まあね」とスペスは歩きながら答える。
「でもさ――もしそういうのが分からないままなんだったら、その時は――この村にずっと住むのも悪くないな、ってボクは思うんだ」
「そうなんだ」
アルマは極力平静に言ったつもりだったが、その口元には嬉しそうな笑みが浮かぶ。
そんなアルマを見ながらスペスはつづけた。
「それで……もしも、そうなった時にはさ――」
「アルマは、ボクのおヨメさんになってくれる?」
訊かれたアルマの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
「イヤかな?」
「そ、そんなことない…………」
アルマは恥ずかしそうに首を振る。
「そう言ってもらえて、嬉しくないこともないかもしれないような気がしなくもないわよ」
「ははは、どっちだよ」
とスペスが笑う。
「えっと……さ、さぁ? どっちかしらね? ふふふ」
とアルマも笑った。
「あ……でも、スペスって、たくさんおヨメさんが欲しいんじゃなかったの?」
「うんっ、そうだよ!」
「こやつめ……」
アルマがじろっとスペスを睨む。
「プロポーズしたその口で――よくもぬけぬけと言いやがったわね」
「な、なにか、ダメだった?」
「まぁいいわよ……もうっ」
とアルマは投げやりに言う。
「……どうせ止めても無駄だろうし、できるものなら好きにしたらいいじゃない」
「ほんと? よかった!」
「そのかわり!」とアルマは立ち止まる。
「わたしのこと――大事にしなかったら、すぐに捨てちゃうからねっ。それだけは覚えておいてよ!」
「もちろん、大事にするよ!」スペスが笑顔で言う。
「そ、それならいいのよ……」
と、アルマは赤い顔で目をそらした。
「じゃあ、いつ結婚する? 明日?」
「調子に乗らないの!」アルマがピシャリと言う。
「さっきのはスペスが〝帰れなかったら〟の話でしょ? まさか諦めてる訳じゃないわよね? まずは手を治して、それからスペスの来た場所を探しにいくんだから!」
「うん……」
とスペスが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうアルマ。それに焦らなくても、今日からアルマと一緒に住むんだからね。こういうの同棲っていうんでしょ? 楽しみだなぁ――」
「ど、同棲⁉」アルマが声をあげた。
「同棲……言われてみれば、たしかに同棲よね……これ?」
「あれ? となりのおじさんが、結婚する前には一緒に住んで、いろいろな相性を確認したほうがいい、って言ってたけど、そういうことじゃないの?」
「な、なに言ってるのよ、いやらしい! わたしはそんなこと考えていないわよ!」
「えっ、いやらしい? 〝相性〟って具体的になんのことなの?」
スペスが訊いた。
「えっ、えっと――」アルマは考える素ぶりをする。
「――相方がボケたら、すぐに突っこめる、とか?」
「それは無いでしょ」
「ほ、ほらっ相性がいいわねっ、わたしたちっ!」
「えー、誤魔化さないで、ちゃんと教えてよ〜」
「い、いいのっ! はやく行きましょ! 長老さんが待ってるわよ!」
アルマはそう言って、逃げるように早足で歩き出す。
「えー、まってよー」
と後をスペスが追いかけた。
ふたりはそのままお喋りしながら、山深い村のなかを歩いてゆく。
その楽しそうな後ろ姿は、仲のよい夫婦のようだった。 (了)