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残酷な描写あり R-15
国際均衡の破綻
 コンコン コンコン

 王城の中、ヘラゲラスに宛がわれた部屋にノックが響いた。その部屋はだだっ広く絢爛けんらんで、けれど人の臭いがない。

 そのまま勝手に扉が開かれると、ティモンが姿を現す。
ヘラゲラスはベッドに腰かけたまま項垂れていた。

「ヘラゲラスと言ったな? カクト様がお呼びだ」

 ティモンは話術師の男に冷淡に呼びかける。
だがヘラゲラスは項垂れたまま返事をかえさなかった。

「……随分と元気がないようだな。お前のような下賤者が宮廷話術師になれるなど、この上ない幸運だというのに。金だってあんな鉄のバケツに入りきらないほど手に入るのだぞ?」

 皮肉混じりに上辺だけの励ましの言葉を送るティモン。
ヘラゲラスは首をわずかに捻じ曲げ、恨むような視線を返した。
だがティモンはそんな抗議の目をわざと無視して、瞼を閉じてため息をつく。

「……今のミチュアプリス王国では、カクト様のご機嫌取りをすることが全てとなっている。臣下たちも皆、自分が生きるために必死で王に媚びへつらっているというわけだ。お前もカクト様に殺されたくなければ、せいぜいピエロらしく道化を演じることだな」

 そしてティモンは扉を開けっ放しにしながら部屋を出ていく。「さっさと来い。カクト様がお待ちだ」と告げて廊下を去っていった。
ヘラゲラスは開け放たれた扉を気にも留めず、ただ苦渋が頭の中で堂々巡りしていた。

(俺は……本当にこれでいいのか? クソったれな狂人の王に媚びへつらって、ただ奴のために話したくもないクソ話を披露する。そこに話術師としての理想の姿はあるってのか?)

 そしてヘラゲラスは天井を見上げる。

(思えば、俺が話術師を目指した時はこうじゃなかった。もっと何か自分に魂があって、何かを語らずにはいられなかった。だが、いつの間にか他人の顔色ばかり窺うようになって、他人に合わせて自分を殺すのが当たり前になった。一体何のために、俺は話術師などやっているのだろう?)

 それでもヘラゲラスは、己の顔にピエロの化粧を施した。


*****


「では、これよりカクト様に爆笑のお話を披露させて頂きます」

 ヘラゲラスは玉座の間に着くと、さっそく公演を始めた。カクトは期待の眼差しでヘラゲラスの話に耳を傾ける。

「とある小さな国でワキ・ケアルという自称回復魔術の研究者がおりました。でも魔法研究者とは名ばかりで、実際は魔法の『ま』の字も知りません。『ははは、俺は回復術士だ! 凄いんだぞー偉いんだぞー!』。ワキは散々町の人々に威張り散らしましたが、患者を治療した経験は一切なし。回復術士を詐称しているのだって、国から支援金をもらうためでした。

 ですがある日、王国魔術学会からお触れが出されます。『魔法研究者たちよ、汝らの研究成果をレポートにまとめて我々に献上せよ。その内容によって、今後の支援額を決めようぞ!』。

 ワキは『ほげえッ!?』と目玉が飛び出そうになりました。魔法の研究なんて金をもらうための嘘八百だったからです。支援金が打ち切られれば、今までの自堕落な生活もできない。それどころか詐欺罪で捕まる可能性すらある。ワキは必死に考えを巡らせました。そこでワキは王立図書館へ行くことを決めたのです。

 ワキは図書館に駆け込むと、人目を盗んで本を片っ端から開きます。そしてビリビリとページを破っては戻し、ページを破っては戻しを繰りかえします。やがて手元には、魔術の研究成果が記された大量の紙片が集まりました。『うひょー! やっぱ俺って天才! これ全部俺が書いたことにすればいいじゃん!!』。ワキは集めた紙片を一冊の本に綴じました。早速魔術学会へ持っていき、『ヒールのすべて』というタイトルをつけて提出しました。

 しかしレポートを受け取った学会は、大騒ぎになりました。『何だこれは! 儂の魔術論文が丸写しになっておるではないか!』。ワキの魔術書は、過去の魔法研究者の著作物と完全に内容が一致していたのです。『ヒールのすべて』というタイトルなのに、中身は攻撃魔法や植物の栽培魔法、はたまた性行為の快感度が増す淫紋魔法など、統一性のないめちゃくちゃなものでした。

 魔術学会は激怒し、ワキを呼び寄せました。「ワキ・ケアル、お前は学会から追放だ!」ワキは魔法研究職の地位を追われ、国中の笑い者になりました。人々はワキの話が持ち上がるたびに言ったのです。

『あいつの『ヒール』は何でもできる万能魔法だ! でも人の名誉と傷だけは回復できなかった』と」

 クヒャヒャヒャヒャ!

 ヘラゲラスが演目を終えると、笑い声が玉座の間にこだまする。

「ああ~腹いてぇ! そいつアホだな!! 他人の本破ってそのまま本にするとか、バレるに決まってんだろ!」

 玉座で馬鹿話を聞いたカクトは、喜色満面で嘲笑いをした。
隣に座るレクリナも、カクトに合わせてクスクスと笑う。
玉座の間の中央に立つヘラゲラスは、そんな笑い合う二人を冷めた目で見つめた。

(ふん、こんなクソったれな話で笑うのはてめぇらだけだ)

 そんなヘラゲラスの内心の誹りとは裏腹に、すっかり王の機嫌は良くなる。
だがちょうどすぐ傍で聞いていたティモンは、見計らったようにカクトに呼びかけた。

「……カクト様、実はお話があります」

「あっ? んだよジジイ。まぁいいや。今は気分がいいから話聞いてやるよ」

 単純なカクトはレクリナの髪を撫でながら了承する。

「は、はい……。ありがとうございます。ですがこれは国家の政務に関わる重要事項ですので、他の者には席を外させて頂きたいのです」

「ああいいよ。おいヘラゲラス! 今日は楽しかったから、もうお前部屋に帰っていいぞ!」

 そしてカクトは人払いする。
レクリナは「またいつでもお呼びしてくださいねカクトさまぁ♥」と猫撫で声を上げて、歩調を弾ませて離れていく。
ヘラゲラスは黙って一礼だけすると、背中を向けて階段を降りていった。

(ふん、俺の帰る場所なんざもうねぇよ……)

 哀愁を漂わせるヘラゲラスの背中を、ティモンは同情ともつかない視線で見送った。

「では、改めましてカクト様。早速本題なのですが、今ミチュアプリス王国の財政は逼迫している状況でございまして……」

「ま~たその話かよ。お前が政治のこと話す時っていっつもそれだよな?」

「は、はい……申しわけございません。ですが国家を運営するということは、どうしても金とは切っても切れない関係なのでございます」

「わぁ~たわぁ~た。俺は『三国志』シリーズ全部やってるから内政とか余裕だわ。金をガッポガッポ稼ぐ裏技なんざいくらでもあるから。で、ここんとこの財政ってどうなってんの?」

「はい、具体的に申し上げますと、隣国であるディファイ王国とオベデンス王国から莫大な借款をしているのです」

「は?」

 今まで気分がよかったカクトは途端に不機嫌な顔になった。(またか!)とティモンは体をビクリと竦ませる。

「も、申しわけございませんカクト様。その、我々ミチュアプリスは二年前の疫病問題解決のために、ディファイ・オベデンスの両国からずっと経済支援を受けてきたのです。

 しかし疫病が収まった今となっても、まだその借金は返し切れておらず、毎月一定額の返済をしなければならない決まりになっているのです。ですがこのまま予定通りの返済額をかえし続ければ財政の破綻は必至。なので毎月の支払い額の減額と返済期間の延長をしてもらえるよう交渉を呼びかけたいのです」

「あ~そう……つまりこの国は他の国の奴らに文字通り借りを作ってるってわけね。借金塗れとかどっかの土下座しかできねぇ島国みたいだわ」

 カクトは急激に萎えた顔つきとなって不貞腐れる。
だがすぐにコロっとその表情は明るくなった。

「んじゃ、明日その何とかかんとかって国どもに『借金をチャラにしろ』って命令して来いよ! そうすりゃここの国の財政も破綻せずに済むからさ♪」

「っ!!」

 ティモンはあまりに大胆なカクトの思い付きに目を見開く。

「お、お待ちくださいカクト様! そんなことを申し渡せば、ディファイ王国やオベデンス王国との関係に大きな軋轢が生じることになるでしょう! 我々とて何らかの制裁を必ず受けることになります!」

「あ? んなもん関係ねぇよ。最強チートな俺がいるんだから、俺の命令に従わねぇ奴はぶっ殺せばいいんだよ」

 カクトは口元を歪めて不敵に笑う。

「ていうかさぁ、そもそもそいつらに金を貢がせりゃいいんじゃね? 金がねぇなら他国から分捕りゃいいんだよ。そうすりゃ俺んとこの国の財政も潤うから」

「わ、我々を属国に追いやったカマセドッグ帝国と同じことをするのですか!?」

「は? なんだっけそれ? 知らねぇよ」

 そっけない返事をかえすカクト。
この様子だと、本気で自分がカマセドッグ帝国を滅ぼした事実すら忘れているようだった。

「そ、そんな風に彼らを我々に隷属させることなどできません! ディファイ王国とオベデンス王国は長年の友好国であり、彼らとつつがなく貿易や外交をしてきたからこそ、今のミチュアプリス王国はあるのです! この友好関係が崩れれば、ディファイ王国やオベデンス王国だけでなく、我々ミチュアプリス王国も――」

「うるせぇっていってんだろジジイ! そもそも借金とか返す必要ある? そういう他人に弱み握られんの大嫌いなんだよねぇ俺。俺の国さえ豊かになりゃ他の国の事情とかどうでもいいんだよ。何で俺が他の奴らのことまで考えてやらねぇといけないの?」

 カクトはティモンの諫言を一蹴する。

(何ということだ……この男はまるで国家がどうやって成り立っているのか理解していない。ディファイ王国やオベデンス王国が我々ミチュアプリス王国に金を貸与したのだって、ただの慈善のためではない。ミチュアプリス王国が滅べば、金融市場や資源採掘事業の勢力図が大きく変わり、彼らの国家経済にも大打撃を被るからだ。

 それはミチュアプリス王国の立場とて同じ。ディファイ王国やオベデンス王国の財政が破綻すれば、彼らと共生関係にある我々とて無事では済まないのだぞ!)

 そう内心は反駁しつつも、けっきょくティモンはカクトに力なく項垂れる。

「……わかりました。明日ディファイ王国とオベデンス王国に交渉を持ちかけ、彼らに借款の取り消しと隷属を命じましょう」

「それでいいんだよそれで! あ~あ、やっぱ俺って天才だわ! こういうのはうじうじ言ってねぇで行動できる奴が勝つんだよ!」

 カクトはクヒャヒャ! と高笑いする。
ティモンはそんな国家の均衡関係も理解できない男を横目にしながら、深い徒労のため息を吐いた。
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