▼詳細検索を開く
残酷な描写あり R-15
三賢者の軋轢
「ふざけるな!! 借金を帳消しにしたあげく、ミチュアプリスに貢物こうもつしろだとッ!? ティモン、貴様は吾輩たちに何を言っているのかわかっているのか!?」

 ディファイ王国の賢者会議室で、賢者アラバドの怒声が轟いた。彼の者はディファイ王国の宰相であり、炎魔法を得意とする大魔導士でもあった。

「も、申しわけないアラバドよ……。だが、我々ミチュアプリス王国も今財政が逼迫している状況なのだ。借金の都合だけでも融通を利かせてもらえぬだろうか?」

 ティモンは面目なさそうにアラバドに謝罪する。ティモン自身も立場が板挟みでどうしようもなかった。だがアラバドの猛反発は止まらない。

「ティモン、貴様は30年前に我々が交わした条約を忘れたのか!? あの魔法大戦の停戦協定以来、我々はあの惨状を繰り返さぬように永久不可侵条約を結んだはずだぞ! 貴様の要求は完全な越境行為であり、条約違反だ! 我々とて戦後の復興事業がまだ完了しておらず、貴様らに金を出す余裕などあるものか!」

「……本当に申しわけない。私も無茶な要求をしていることはわかっている。だが、これはそなたたちの国を生き永らえさせるためにも受け入れてもらうしかないのだ」

 ティモンは慎重に話を切り出す。アラバドの顔は敵愾心に溢れていた。

「もうそなたたちの国にも情報が知れ渡っているだろう? かつて我々三か国を支配していたカマセドッグ帝国が、一瞬で滅んでしまったという事実を。それは我がミチュアプリス王国の現王であるタナカカクト様の魔術『ファイアボール・ギガント』によるものだ。彼はいついかなる時でも、自分の意のままに一瞬で国を滅ぼせるだけの絶大な魔力を誇っている」

「我々を脅迫するつもりか!? この簒奪者め! 貴様のような武力で他国を脅かした行為が、30年前の魔法大戦の引き金となったのだぞ! あの大戦でカマセドッグ帝国へ降伏しろと真っ先に呼びかけたのも貴様だ! その平和主義の腰抜けがすっかり強気になったものだな!」

「……お待ちください、アラバド」

 その時、口論する二人の間に割って入る者がいた。その声の主はオベデンス王国の賢者ケンリュウ。彼の者はオベデンス王国の宰相であり、氷魔法を得意とする大魔導士でもあった。今までずっと会話の行方を黙って窺っていたはずの彼が、急に口を開いたことで注目が集まる。

「あなたは承諾しかねるようですが、ワタクシたちオベデンス王国はミチュアプリス王国の要求に応じるつもりです。ティモン、我々はあなた方への借金を帳消しにし、毎月貢ぎ物を送ることに従います」

 驚いた顔でケンリュウを見つめるアラバド。あまりにもあっさりとした飲み込みの早さだった。だがアラバドはすぐに異を唱える。

「おい、正気かケンリュウ! このような傍若無人な高圧外交を黙って受け入れるというのか!? 貴様は祖国を見捨てるつもりか!?」

「アラバド、あなたこそ正気なのですか? ミチュアプリス王国には大国すら一瞬で消し飛ばせる魔術師がいる。そしてその男は人の命など何とも思っていない常軌を逸した王でもある。我々が要求を断ればその男は間違いなく激昂し、そして我々をカマセドッグ帝国と同じ末路に辿らせるでしょう」

 ケンリュウは冷静な眼差しでアラバドを見ながら、戦況分析を続ける。

「我々にミチュアプリス王国に逆らえるだけの力はありません。例えどれだけ相手が理不尽な要求をしてきたとしても、我々が生き残るためには従う道しかありません。それぐらいの状況判断など、ディファイ王国で『賢者』と謳われるあなたなら既に理解しているのではないですか?」

 ケンリュウのつららを刺すような問いかけに、アラバドは「うぐぅ……」と唸り声をあげる。だがそれでも、理不尽に対する抵抗心が収まるはずもなかった。

「……だが、ここで吾輩が屈したら、ディファイ王国は永遠にミチュアプリス王国の奴隷となるのだぞ! そんなことを認めたら、国の誇りは失われてしまう! 我々国民も我らの王も、生涯恥辱に塗れた生を送らねばならぬのだぞ!」

「元々我々はカマセドッグ帝国の奴隷国家ではなかったのですか? 服従先が変わっただけで、我々の弱小な立場はなんら変わっていない。弱者は強者に屈することしかできないのです」

「黙れ! 貴様のような国の誇りも愛国心もない男に何がわかる! 我々ディファイ王国に仕える者たちは、皆が人間らしく生きるために国を守ろうと誓った同志なのだ! 理想を捨てた国家など死んだも同然だ!!」

「……やれやれ。いくら『賢者』と謳われても、物分かりがいいわけではないのですね」

 平行線を辿る二人の賢者の主張。ティモンはそんな対立する二人の議論の行く先を見守るしかなかった。だがやがてケンリュウはふとアラバドから視線を外し、ティモンに顔を向ける。

「ティモン、あなたはカクト王のことをどう思っているのですか?」

 どこか探りでも入れられるようにティモンは問いかけられる。

「……私は飽くまで国家の代表であり、個人的な感情について表明するつもりはない」

「なるほど、中立を好む臆病者なあなたらしい返答だ」

 皮肉と失望の混じった言葉をケンリュウは返す。そして深く瞼を閉ざすと、諦めたようなため息を漏らした。

「……もうここまでにしましょう。これ以上は時間の無駄です。ティモン、さっさとこちらに調印書を寄越してください」

「あ、ああ……」

 ティモンは机の下に置いてあった調印書をケンリュウに渡す。ケンリュウはすぐさまペンにインクをつけて自らの名前をサインする。だがその署名の手の動きは随分と乱雑なものだった。

「ではティモン、確認をお願いします。これであなた方の要求は達成されたのでしょう?」

 紙を投げ飛ばして寄越すケンリュウに、ティモンはペコペコと頭を下げる。

「……本当に申しわけない、ケンリュウよ」

「何故謝るのです? 圧倒的な魔術兵器をお持ちのあなた方が、弱小国家である我々に忖度する道理などありません」

 そして二人の賢者の方を見向きもせず、ケンリュウはさっさと席から立ち上がった。

「では、これでワタクシは失礼します。国へ戻って財政支出の計算をし直さなければならないので。尤も、これから先何度計算し直さなければならないのかはわかりませんが」

 捨て台詞を残してケンリュウは扉へ向かう。バタン! と大きな音を立てて扉が閉められた。ティモンは良心の呵責に苛まれる。だが俯くティモンに、その場に残されたアラバドは親の仇であるかのように鋭く睨みつけた。

「ティモン、我々は貴様の要求には屈しないぞ!!」

 そう宣言すると、パンパンと手を鳴らす。

「近衛兵、近衛兵! ティモン宰相のお帰りだ。この男を城門の外までつまみ出せ!」

 間もなく近衛兵が3人入ってくる。ティモンは手を拘束され、そのままディファイ王国の外まで連行された。
Twitter