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残酷な描写あり R-15
命がけの表明
 オベデンス王国の賢者会議室で、ミチュアプリス・ディファイ・オベデンスの三賢者が再び集まった。だがアラバドとケンリュウは完全にティモンを敵対視しており、議会の場には既に険悪な雰囲気が漂っている。

「……ティモン、わざわざ定例協議会の日程を早めて何のつもりだ?」

 アラバドのもはや軽蔑を隠そうともしない眼差しがティモンに差し向けられる。

「カクトが魔法制限条約を撤廃しろと命令した。私はそのための使者として遣わされた」

 ドンッ!

 途端、机が強く叩きつけられる。アラバドのこめかみが青筋を立てて浮かび上がった。それは考えられ得る理不尽な要求の中で最悪なものだった。

「いい加減にしろティモン!! そんなことをすれば貴様もどうなるかわかっているだろ!? 30年前の魔法大戦で、我々が魔法を際限なく使用したから世界は滅びかけたのだ! 魔法の制限を解き放てば、もう一度あの惨劇を繰り返しかねないのだぞ!」

 アラバドは大声でがなり立てる。一方でケンリュウはどこか諦めたような顔をして何も言わなかった。三賢者の間には軋轢があることは明白であり、もはや議論の体もなし崩しになりかけている。

 だがティモンは、そんな危機的状況を前にしても怯まなかった。

「いや、条約の撤廃は飽くまでカクトから命令された要求であって、私自身の意志ではない。私は条約の撤廃をしたいなどとは露とも考えておらんよ」

「貴様! そんな屁理屈でまた言い逃れするつもりか!? 所詮貴様などタナカカクトの傀儡でしかない! 賢者でありながら愚かな人間の考えに迎合するなど、もはや貴様は我々と同じ賢者を名乗る資格もないわ!!」

「落ち着けアラバド。誰もカクトの要求を飲めなどとは言ってないだろう。私とて魔法制限条約の撤廃などという馬鹿げた議論をそなたたちと交わすつもりはない。何故なら私は、タナカカクトを打倒するためにここまでやってきたのだから」

 ティモンの突然の意志表明に、アラバドとケンリュウは大きく目を見開く。

「ど、どういう意味だ!?」

「言葉通りの意味だ。私はタナカカクトを殺したい。そのためにそなたたちにこうして助力を求めているのだ」

 はっきりとした反逆心をティモンは打ち明ける。あまりの急激なティモンの心変わりに、二賢者は互いに顔を見合わせ、声を失う。それでもティモンの眼には、確かに生気で満ち溢れていた。

「カクトは気まぐれで残忍であり、世界中の人々を自分の玩具としか思っていない。大勢の者たちが殺され、生きる者たちの尊厳すらも奪われた。奴の欲望と狂気は無尽蔵であり、留まることを知らない。このまま我々がカクトの言いなりになり続ければ、世界は滅びてしまうだろう」

 アラバドはゴクリと生唾を飲みこむ。いつも冷静で無表情なケンリュウも、沈痛な面持ちを隠せなかった。

 それでもティモンは、力強く二人に弁舌を振るい続ける。

「だから協力してほしいのだ。タナカカクトを殺すための協力を。アラバド、ケンリュウ、どうかそなたたちの力を私に貸してくれ」

 ティモンは机に両手をついて、深々と頭を下げた。そんな真剣に頼み入る様子を見て、なおもアラバドとケンリュウは沈黙を貫く。カクトを憎み切っていたアラバドでさえ、今は安請け合いせず慎重な態度を取っていた。

「……ティモン、そこまで言うのなら何か作戦はあるのですか?」

 ふいに今までずっと黙っていたケンリュウは、淡々とティモンに問いかける。

「いや、はっきりいって今はない。だが、勝算ならある」

「どういう意味ですか?」

 ケンリュウの訝しむ視線が鋭くなる。だがティモンはその氷のような双眸を真っすぐに受け止めた。

「大賢者ビスモア。彼ならタナカカクトの『パーフェクトガード』を打ち破る方法を知ってるかもしれないのだ。神殺しの研究を続けた彼ならば、神によってこの世界に復活させられたカクトの魔術について見識を持っているやもしれん」

 アラバドはその名前を聞いた途端、血相を変えて立ち上がる。思わず椅子を蹴り飛ばし、ガラガラと大きな音を立てた。

「ビスモアだとッ!? あのカマセドッグ帝国で宮廷魔術師をしていたビスモアのことか!?」

「そうだ」

「危険すぎる!! 奴は先の魔法大戦で数多くの魔法兵器の設計図をギスタルに献上した戦犯だぞ! 奴は己の研究以外に何ら興味がなく、人の命すら魔術の生贄に捧げる危険人物だ!」

「知っている。大賢者ビスモアのことは私も完全には信用していない。だが我々は彼に賭けるしかない。彼からカクトを倒す方法を聞きださねば、世界は滅んでしまうのだから」

 ティモンの頑なな決意を見せられ、アラバドは怯む。もはやカクトを倒すためなら、それだけの綱渡りをしなければならないことはアラバドも重々承知していた。だがその時、今まで会話の行方を窺っていたケンリュウが口を開く。

「やれやれ。話を聞いてみればまるで勝算などという言葉とはほど遠いですね。けっきょくあなたは大賢者ビスモアに解決策を丸投げしてるだけではないですか」

「……わかっている。大賢者ビスモアに頼りっ放しなこの作戦が、ほんのわずかな可能性しか残されていないということなど。だが可能性は0ではない。私はこの作戦に一縷でも希望があるなら、たとえ自らを犠牲にしてでも、世界を救うために身命を賭すつもりだ」

「ティモン、貴様……」

 アラバドはわなわなと眼を震わせる。あれほど己の保身しか考えなかった臆病者が、これほど自己犠牲すら厭わないとは。確かな意志の強さをヒシヒシと感じ取る。だが一方で、ケンリュウの追及は止まらなかった。

「……そうあなたが意気込んだとしても、そもそもビスモアの行方を知っているのですか? カマセドッグ帝国はカクトによって滅ぼされ、ビスモアも死んだ可能性のほうが高いのですよ?」

「いや、恐らく彼はまだ生きている。ミチュアプリス王国のアーサス将軍にカマセドッグ帝国を調査させたところ、大賢者ビスモアは牢獄から脱出してどこかへ逃亡した可能性が高いのだ。だから私はあらゆる手を尽くしてでも彼の行方を追うつもりだ。例えこの命が果てようとも、大賢者ビスモアを探し出す!」

 ティモンは全身全霊で己の覚悟を主張する。そんな不退転の意志を表明するティモンに、ケンリュウははぁ、とため息をつき、瞼を閉じた。

「……やれやれ、年甲斐もなく熱情的なことで。あなたの決意がハッタリでないことはわかりました。ですが、あなたがビスモアを探す必要はありません」

 そういうとゆっくりと瞼を開き、ケンリュウは眼を光らせた。 

「何故なら大賢者ビスモアは我々オベデンス王国に亡命しているからです。そしてタナカカクトを倒す方法も既に知っています」
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