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残酷な描写あり R-15
レクリナの失笑
 カクトが目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。まだ視力が残っている片方の目を、痛みを堪えながらゆっくりと開ける。

(ここは……どこだ?)

 無我夢中でワープしたから、行先も考えてなかった。朧げな意識が少しずつ回復すると、やがて音が聞こえてくる。

 パンッパンッパンッ

 何か柔らかいものがぶつかり合うような音だった。音の在処を突き止めようと、カクトは起き上がろうとする。だが全身の骨という骨が砕かれ、もはや起き上がることすらできなかった。闇の中に、弾けた音が響き続ける。

「あん……あっ……あっ……ああん……」

 その弾音に女の喘ぎ声が混ざった。わずかに聴力が残る耳に流れた声。カクトには聞き覚えがあった。咄嗟とっさに首を無理矢理捻り上げる。

「ああんっ! あっあっあっ! ああぁんッ!!」

 見上げると、それはレクリナだった。ベッドの上で裸のまま仰臥ぎょうがして、腹の上部でくっぱりと山脈の形に足を広げている。

 そんなだらしない恰好をするレクリナの上に裸の男が跨っている。それはヘラゲラスだった。ヘラゲラスはレクリナの両足首を掴み、激しく腰を何度も揺らしている。その度にレクリナは嬉々とした喘ぎ声を上げた。

「あああああんっ!! あんあんっ!! ああああああああああっ!!」

 それは聞いたこともない嬌声だった。いつものわざとらしい猫撫で声とは違う。本当にレクリナは快感で絶頂していたのだ。カクトは傷だらけなのも忘れて、ただ二人の情事を見つめることしかできない。やがて二人は、ベッドに崩れ落ちた。はあ、はあ、はあ、と荒い男女の呼吸が部屋の中で絡みつく。

「……ヘラ、ゲラス」

 レクリナはそっと両手で、間近に迫ったヘラゲラスの頬を引き寄せる。

「……愛してますわ」

 そしてそのまま舌をヘラゲラスの唇の中にねじ込んだ。激しく口腔で舌が暴れまわり、レクリナとヘラゲラスの唾液が、レクリナの頬を伝って垂れ落ちる。

「……レク、リナ?」

 そこでようやくカクトは正気を取り戻し、かすかな声を絞り出した。その途端にベッドの二人がビクリと肩を震わせる。レクリナとヘラゲラスは、同時に床に横たわるカクトを発見した。

「…………」

 レクリナはただ、踏みにじられたウジ虫でも見るかのようにそれを見下ろす。そしてつまらなそうなため息を一つつくと、自分を押し倒していたヘラゲラスの肩を押し返し、ベッドから起きあがった。

「……あら、邪魔が入りましたわね。今日はせっかくのヘラゲラスとの記念日だったというのに」

 レクリナは洋服掛けから白いナイトガウンを剥ぎ取って着る。もはやカクトに自分の裸を見られることすら嫌がる素振りだった。ベッドから立ちあがったレクリナは、倒れ伏すカクトの前までゆっくりと歩み寄る。

「よせレクリナッ! カクトに近づくな!!」

 ヘラゲラスは慌てふためいた声で制止する。だがレクリナはそれを無視してカクトの頭上に立ち塞がる。陸に上がって何もできない魚でも見下ろすように、カクトに冷淡な視線を突き刺した。

「レクリナ……ヘラゲラスと寝たのか?」

「ええ、そうですわ。短小なあなたとは大違いで気持ちよかったですわ」

「…………」

 カクトは崖から突き落とされた子犬のような表情でレクリナを見上げた。わなわなと両の眼を見開き、唇を半開きにする。今となっては肺を失った片側の胸の奥よりも、愛し続けた女を寝取られた事実が抉られたように痛かった。

「俺を……裏切ったのか?」

「裏切る? 何の話をしているのでしょう? 私、あなたの味方になった覚えなどありませんけど?」

 レクリナは突き放すように吐き捨てる。カクトは震える右手を上げ、レクリナの顔に標準を合わせた。

「ク……クラフトニ……」

「あら、私を殺すつもりですの? 本当にあなた、後先を考えない救いようのない低能ですわね。そんなことをすれば、ヘラゲラスがあなたを殺しますわ」

 カクトは怒りと痛みに右手をわななかせる。だがやがて抵抗する意志すら失われ、力尽きたようにその手が垂れ落ちた。だが今度は身体をくねらせながら這い寄り、レクリナの左足首を掴む。

「……レ、レクリナ……肩の矢を抜いてくれ……」

 カクトは隻眼から涙を溢れさせながらレクリナに懇願する。

「いてぇんだ……めちゃくちゃ……動くたびに、骨の中に矢が食いこんできてよぉ……頼む、レクリナ……早く、回復術士を……」

「あなた、自分で矢を抜く勇気もありませんのね」

 レクリナはカクトの肩を見て失笑する。カクトに足首を掴まれているのに何ら動じることもなく、ただ目の下にいる虫けらに侮蔑の眼差しを送り続けた。

「自分のことぐらい自分で始末をつけたらいかがですか? 今までだってお得意の魔法で何でも解決してきたのでしょう? あなた、魔法が使えないと何もできないんですか?」

 レクリナの罵倒に、ただカクトはガタガタと全身を震わせる。怒りだって込み上げてきた。けれど今はその怒りを爆発させることもできないほど窮地に陥っている。カクトはガクリと項垂れると、命乞いを続けた。

「……お、俺が、悪かった……これからもう、二度とお前を怒らせるようなことはしないから……死刑にするって言ったのも取り消す……だから早く、回復術士を呼んで……」

「あなた、自分の立場を理解してますの? 今まで散々他人に驕り高ぶって、自分の都合のいい道具にしてきたくせに。そんな身勝手な塊のあなたなんて、誰が助けたいと思いますの? あなた、今まで他人に好かれる努力をしましたか? 他人のために自分の力を使いましたか? いつもいつも他人に命令ばかりして、やったことといえば、自分の汚らしい欲望をひたすら叶えただけ。あなたを救う価値なんて、毛虫の毛ほどもありません」

「……お、俺は……お前を救ってやっただろッ!?」

 カクトは握っていた足首に握力を加え、声を絞り出した。もう片方の腕を伸ばし、レクリナの両足首を掴む。だがレクリナは全く怯まない。カクトはただ、必死な声でレクリナに哀願を訴えた。

「俺は……お前を奴隷の身分から解放してやった……! お前をこの国の王妃にしてやった……!! お前にとって俺は、最高の救世主だっただろ……ッ!? 今度はお前が、俺を救う番だ……ッ!!」

「あら? 私がいつあなたにそんなことしてくださいなんて頼みましたっけ? 自分の一方的な自己満足を押しつけるだけじゃ、他人を救ったことになんかなりません。他人を救うって、まず他人がどうしてほしいのか考えることから始まるんです。あなた、他人の気持ちなんて一度でも考えたことがありますか? 現に今だって、私はあなたの汚らしい手で触られて不愉快です!」

 ガンッ! 

 レクリナは素足のまま思いっきりカクトの額を蹴飛ばした。その拍子にレクリナを掴んでいたカクトの両手が剥がれる。

「あら? 『パーフェクトガード』が発動しませんわね。これではご自慢の『クラフトニードル』で私を殺すこともできませんわ」

 レクリナは踵を返して、ベッドから行方を見守っていたヘラゲラスの元に戻る。

「……レクリナ、もう気が済んだだろ? とっととこの部屋からズラかるぞ」

「ええ、そうしますわ。これ以上こんな死に損ないの虫けらをいじめるのも飽きましたし」

 そしてヘラゲラスもナイトガウンを羽織ると、レクリナの手を引っ張って部屋を出ていった。もはやカクトは『クラフトニードル』を唱えられず、二人を殺そうとする復讐心すら湧いてこない。

「近衛兵ッ! 近衛兵ッ! 早く来てくださいまし! カクトが現れました!!」

 やがてレクリナの大声が室外から響く。カクトは痛みだらけの朧げな意識の中、ただ絶望の淵に沈み込んだ。

(ティモン……あいつなら、俺のことを助けてくれるか?)

 カクトの脳裡には一縷の希望だけが浮かび上がる。そして静かに血だらけになった口を動かした。

「ワープ……ホール……」

 カクトの身体は黒い靄に包まれる。奇跡的に呪文は成功した。
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