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残酷な描写あり R-15
角斗の断末魔
 カクトはワープホールに成功すると、ジェンタイト魔鉱山の頂上に辿り着いた。這いつくばり、もはや起きあがることもできず、まともに身体を動かすことすらままならなかった。地面は水浸しになって冷え切っており、カクトの身体の前面はずぶ濡れになった。

(ティモン……あそこにティモンがいるのか?)

 人影を見つけ、カクトは声を出そうとする。だが喉が擦れ切ってしまっており、まともに声が出せない。それに気づくと、呼ぶのを諦めて這い進む。骨が砕かれた全身が悲鳴を上げ、ズキズキと熱い痛みが神経全体に伝った。いつもよりも、何故か自分の身体が重い。

(ッ!!)

 カクトがティモンの近くまで移動した時、思いがけない光景を目の当たりにする。それは巨大な魔方陣だった。その円形模様の東西南北に、四人の魔術師のローブを着た者たちが立っている。この世界のことを碌に知らないカクトでも、明らかに何か大がかりな儀式がなされているのだとわかった。そして今、空は血のように真紅に染まっている。その時から、魔法が使えなくなって――

「……お前らが、俺のチート魔法を奪ったのか?」

 カクトは四人の魔術師たちに向かって、掠れた声を絞り出す。喉の痛みすら忘れてしまうほど頭に血が上った。その声に気づいた魔術師たちは、一斉にカクトに振り返る。

「殺してやる……殺してやる……俺が気持ちよくなれる世界をぶっ壊しやがって……殺してやる……殺してやる……お前らまとめて皆殺しにしてやる……ッ!」

 カクトはガタガタと震える手のひらをまずはティモンに向かって広げた。

「ファイアボール……ファイアボール……ファイアボール……ファイアボール……」

 だがカクトの手からは火の粉ひとつ出て来ない。ただ悪戯に自分自身のすり潰れそうな喉が痛むだけだった。

「ファイアボールッ! ファイアボールッ! ファイアボールッ! ファイアボール・ギガントッ!!」

 それでもカクトは呪文を絶叫する。もはや頭の中は怒りと憎しみに支配され、自分の満身創痍の身体など気遣う余裕もなかった。

 四賢者はただ倒れ伏して詠唱を続けるカクトを見下ろす。そして憐みすら籠もらない冷淡な視線を突き刺した。

「なるほど……それがお前の本当の姿というわけか」

 カクトの一番近くにいたティモンがポツリと声を漏らす。カクトはその言葉の真意がわからず、思わず声を止めた。

「まるで豚だな。どれだけ暴飲暴食を繰り返せばそのような醜い姿になれるのか。もはや己の容姿すら神からの貰いものだったというわけか」

 ティモンの侮蔑の籠もった眼差しに、カクトはわなわなと見開いた目を合わせる。さっきから薄々と気づいていた。自分の手が、細くて長い綺麗な指が伸びたものではなく、太くて短い、血管が浮き出た醜いものになっていることに。カクトの目前には水たまりがあった。その水面に映った自分の姿を、思いがけず見てしまう。

 次の瞬間――

「ア”ア”アアア”アアア”アアア”ッ!!」

 カクトはけだもののような悲鳴を上げた。そしてどこにそんな力が残っていたのか、火に焼かれた芋虫のように転げ回った。カクトは骨の砕けた両手で自分の顔を覆う。

「見るなぁァッ!! 俺の顔を見るなァァァァッ!!」

 水面に映し出された自分の顔、鏡を見る度に殺したくてたまらなかった。それはカクトが前世で生きていた頃の姿、40歳のデブでブサイクなニートである『田中角斗』本来の姿だった。

「殺してくれぇぇェぇッ! 俺を殺してくれぇぇェッ!! 殺せぇェぇッッ!!!」

 角斗は顔を押さえたままじたばたと暴れ回る。口から大量の唾液と血反吐が飛び散った。もはや内臓が潰れる音も骨が砕ける音も感じられないほど発狂した。

 ティモンはただ、そんな汚らしい何も残されていない男の姿を見届ける。やがて懐から短剣を引き抜くと、一歩ずつ角斗に近づいた。

「ああ……いやだ……いやだぁ……死にたくない……死にたくなぁい……殺さないでくれぇ……」

 顔を覆い隠した指の隙間から、刃を持ったティモンの姿を見留めると、やはり角斗は命乞いをした。無様で恥さらしな、他人からどう見られているかも自覚できない、どこまでも自分本位な有様だった。

 ティモンは角斗のすぐ隣に立つ。角斗は太くて醜い指をガタガタと震わせながら、ティモンを血走った眼で凝視する。ティモンはそっと豚のような男の傍らにしゃがみ込む。だがその刃を振り下ろすことはなかった。

「……せめてもの慈悲だ。最期ぐらいお前に決着をつけさせてやろう」

 ティモンは角斗の傍らに短剣を置く。そしてそのまま立ち上がると、角斗から後退りして遠ざかった。

「お前は死にたいのだろう? ならば自分の手で己の人生を終わらせるがいい。お前は神から与えられた魔法を自分の力だと思い込んでいた。その貰いものの力で身勝手の限りを尽くし、自分がこの世界の王だと妄想し続けた。誰もお前の存在など認めていないというのにな。力を手にするということが、どれだけ重い代償を背負わなければならないのか、お前は全く理解しようともしなかったのだ」

 そしてティモンは、純然たる事実を突きつける。

「だが、もはや魔法を失ったお前など虫けらほどの価値もない。お前はただの、肥満で怠惰な何の能もない人間の失敗作でしかないのだ」

 角斗は土の地面に手をつき、ギリギリと歯ぎしりする。爪が割れるほど地面に指を食い込ませた。

〝失敗作 失敗作〟

 かつて父親に言われた言葉が何度もフラッシュバックする。悔し涙が隻眼から溢れてくる。

「さっさと死ね『田中角斗』。生きてるだけで迷惑だ。お前はこの世界に必要ない」

 ティモンは冷酷な審判を角斗に下す。

〝必要ない 必要ない 必要ない!〟 

 それも親父に言われた言葉だった。引き篭もりになった俺に「お前なんか生まれて来なけりゃ良かった!」と何度も怒鳴られた。お袋はその度に親父を止めた。だが親父はお袋を殴り返し、そして俺も親父に殴りかかった。警察沙汰になったことなんて何度あったかわからない。

 だが親父が死んだ後、お袋もおかしくなった。何度も腕をカッターナイフで切りつけるようになり、風呂の水につけて自殺未遂を繰り返した。そして俺があの世界で生きていた最後の夜、お袋はガンだと医者から宣告され、だから俺は――

「ギゃアあアアアぁアアァあアああぁァっぁァぁッッ!!!!!」

 角斗は短剣を引っ掴み、そのまま何度も自分の首を突き刺した。ブシャブシャと大量の血飛沫が首から噴出する。それでも角斗は己を傷つけることを止められない。何度も何度も、どこに向ければいいのかわからなかった絶望を自分自身にぶつけた。

 やがて角斗の意識は暗闇に閉ざされ、カラリと短剣を地面に落とす。角斗が本当に叶えたかった願いがやっと叶った。
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