6.(1)
フミの町を抜けた、コヨミ神殿までの道は、結構遠いものだった。
草や木がおだやかに生えていて、冒険者や行商人の人たちがたくさん歩いている、町が近くて、大きい道があるところはまだ良かった。そういう所には、魔物ってそんなに出ないからね。
そんなこんなで、大きな道を曲がって小さな道を通って、ちょっとした魔物が出始めた。アリアがぽいぽい魔道具を投げまくるのを見るようになったのはこの頃だ。
それから小規模だけど冒険者が多い村と、大きめの街を通り抜けて、そこから進んで二日後の朝が今だ。川を渡って、ひと気のない道を歩いていた途中、アリアは立ち止まって、進行方向を指差した。
この三週間ちょっとで、彼女の得体のしれない胡散臭さにも、現実離れした美貌にも慣れてきた。
彼女は相変わらず僕の存在には気付いてくれるし、話も結構合った。二人でやる作業も多かったし、僕は彼女と結構仲良くなったと思う。
「コヨミ神殿はもうすぐだけど、今日はこの道の奥にある集落で休もうね」
「確かに、神殿を管理している集落があったのぅ」
かつて神殿に来たことがあるというトリオは、何回か首を縦に振った。
マチルダさんがにこにこと笑う。
「楽しみね。そんな所なら、何か面白そうなこと聞けるかもしれないし」
「面白そうなこと?」
「物騒な輩がいるとか、凄い宝があるとか、強い魔物がいるとか、そんないかにもなやつよ。ここまで来る冒険者も少ないから、何かあるかもしれないわ! そしたら、たくさんのお金が!」
力説する彼女を、僕は胡散臭く見た。
「……そういうものなんですか?」
「そういうものよ」
「はっ、ワレが出会うような金儲けなんぞ、家の白アリ駆除ぐらいじゃい。この業突張り貯金箱女め」
トリオのちゃちが入る。
白アリ駆除も、立派な仕事だと思うけど。駆除しなきゃ家傾くし。
「ま、失礼ね! わたしの腕だったらアリの形の巨大魔物だって倒せるわ!」
「何言うちょる、アリは力強いんじゃ。そんな強そうなもんは非力なワレには無理じゃい」
「そんなことないわ! 私の頭脳に慄きなさいよ!」
また始まった。
ぎゃーぎゃー言い合っている一人と一羽をとりあえず無視して、僕はアリアを話しかけることにした。彼女に話しかけるときは、声を張り上げなくても問題ない。
「もうすぐ着く集落ってどんな名前?」
「ハヅ」
アリアは俯き、首を振った。
彼女の視線は、地面の上を彷徨っていた。
ハヅに行きたくないのだろうか?
「アリア、どうしたの?」
「……ただ、ちょっと覚悟を決めようとしただけさ。心配しないで」
こちらを見た彼女はピンク色の頬で笑みを見せる。だが、慌てて作ったせいか、それはとてもぎこちない。却って僕は不信感を持ってしまった。
「何かあるなら言いなよ。何出来るか分かんないけどさ、僕だって話聞くぐらいなら出来るから」
「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから。私は」
色々と隠している彼女に、何となくイラッとした。
この言い方で誤魔化されるほど、僕は素直な性格ではないのだ。特別勘が良い方ではないだろうけど、せいぜい普通程度には不信感を持つ。
だから僕は、軽く彼女を睨んでこう言うことにした。
「私は、か。じゃあそれってもしかして、君じゃない他の誰かが大丈夫じゃなくなるってことなわけ?」
アリアは唇を噛み締め、やっと僕を見てくれた。
「何で分かるの?」
「態度が分かりやすすぎるよ。普通気付かないものなのかな」
僕は大きく息を吐いた。
「ウヅキ村のときは思わなかったけど、この旅に出てから、もしかして僕は他の人なら気に留めないような細かい所を気にし過ぎているんじゃないかなとは思い始めはしてるんだよね」
言いながら、僕は少し先にいる口喧嘩でじゃれあってる一羽と一人を指差した。
「とりあえず、あの二人と比べて」
よく分からないけど、この道中、僕が不思議に思うことや戸惑うこと、これらをトリオやマチルダさんたちも気にするってことが本当に少ない気がした。
例えばまず、テービット家に入る経緯はめちゃくちゃ強引過ぎた。テービット家の隠し通路は突然見つかった気がするし、最初来たときはあんなに警備されていたのに、夜はそこから何も起こらずにすんなり入れた。
まるで、誰かに導かれるように。
テービットさんが凶暴化された経緯の時は僕は意識がなかったからまあ置いといて。
僕の目の前にいる人形のように可愛い女の子については、フミの町で聞き込みをしていたら、ある時から突然お嬢様の名前が変わったし。
他にも、マチルダさんは最初のお化け探しはともかく、それ以降は半ば無理矢理な感じで僕とトリオに同行してきた。
僕の今までの生活で考えると、そんなにすぐに人と仲間にもならないし、簡単に侵入できるわけでもない。人の名前も変わらない。あんな風に凶暴化もしない。
そんなこんなのやたら色々あったフミまでの数日間とは違い、ここ三週間は何もない。アリアも同行してからの道のりは、妙に話の展開が滞りないというか何も大きいことはなかった。
単に僕の日常になってきたのかもしれないけど、それでも何も起こらなさすぎる。
そんなことを、時代の違いはあるにせよ、マチルダさんへの対応以外は概ねまともで常識のある印象のトリオが何も気にしていない。それが気になっている。興味が偏りすぎているマチルダさんはともかくとして。
元々冒険者である一羽や一人と、元々は首都に近い微妙な村に住んでいる地味で目立たない村人である僕の価値観が違うというのはあるだろうけど、それでは拭い切れないおかしさがある。
この一羽や一人と僕は、大本から違うんじゃないだろうか。何かは分からないんだけど。
この三週間、ずっとずっと我慢していたことを、彼女に確認したくなった。
「ねえ、僕は、そんなに細かい所気にしているのかな?」
アリアは首を振る。
「そんなことはない。ユウにはおかしい所はないよ」
「僕にはなんだ。じゃあ、トリオとマチルダさんがおかしいってこと? 英雄のパートナーだった魔法剣士のトリオだから? マチルダさんはまたここで頭痛くなるのも嫌だから言わないけど、やっぱりそうだから?」
アリアは口を開かずに地面を見ていた。
だから、僕はそのまま言葉を続けることにした。
「あのさ、トリオとマチルダさんに対しては上手く誤魔化せているかもしれないけどさ、これってさ、つまり、は」
僕は息を飲み込んでから、口を閉じた。別にまた頭が痛くなったわけではない。ほんのちょっとキリキリはするけど、アリアがくれたお守りのおかげか、この前に比べたら全然辛くない。
じゃあ何で口を閉じたかと言うと。
「言わないで」
アリアが小さく言ったからだ。
それから彼女は僕をまっすぐ見た。とても堅い表情だった。僕が口をしっかりと閉じたことを確認してから、アリアは言葉を続けた。
「お守りがあるから、言わなかったら気付かれないはずだから、それ以上は言わないで。お願い。私は君には消えてほしくない」
「消えて……」
フミで倒れた僕にはその言葉は重く響く。すごく恐ろしいこと、そんな目にあっちゃいけないことのような気がする。
アリアは一つ頷く。
「言っちゃなんだけど、君は地味だから、存在感がなくて目立たないから気付かれていない。それでも、どこまで大丈夫か分からないんだ」
「分かったよ。よく分からないけど、僕も消えたかないよ。せっかく、ここまで来たんだから」
僕のその言葉を聞いたアリアは少しだけ笑みを見せた。
「ありがとう、ユウ」
「礼を言ってもらうことでもないよ」
それから、僕はアリアを促し、少し離れてしまったトリオとマチルダさんに追いつくべく、歩くのを速めた。
僕が気になることの答えを知っていると思われる彼女は、一体何者なのだろう。
彼女自身は、話していて楽しいし、仲良くなれて良かったと思う存在ではある。僕に対する様子から言っても、少なくとも旅の同行者としてはそれなりに好かれている。でも、彼女を取り巻く環境は得体がしれない。
彼女と出会ってから繰り返し浮かぶ疑問や、旅に出始めてから始まった偏頭痛を、僕は首を振って吹き飛ばすことにした。
草や木がおだやかに生えていて、冒険者や行商人の人たちがたくさん歩いている、町が近くて、大きい道があるところはまだ良かった。そういう所には、魔物ってそんなに出ないからね。
そんなこんなで、大きな道を曲がって小さな道を通って、ちょっとした魔物が出始めた。アリアがぽいぽい魔道具を投げまくるのを見るようになったのはこの頃だ。
それから小規模だけど冒険者が多い村と、大きめの街を通り抜けて、そこから進んで二日後の朝が今だ。川を渡って、ひと気のない道を歩いていた途中、アリアは立ち止まって、進行方向を指差した。
この三週間ちょっとで、彼女の得体のしれない胡散臭さにも、現実離れした美貌にも慣れてきた。
彼女は相変わらず僕の存在には気付いてくれるし、話も結構合った。二人でやる作業も多かったし、僕は彼女と結構仲良くなったと思う。
「コヨミ神殿はもうすぐだけど、今日はこの道の奥にある集落で休もうね」
「確かに、神殿を管理している集落があったのぅ」
かつて神殿に来たことがあるというトリオは、何回か首を縦に振った。
マチルダさんがにこにこと笑う。
「楽しみね。そんな所なら、何か面白そうなこと聞けるかもしれないし」
「面白そうなこと?」
「物騒な輩がいるとか、凄い宝があるとか、強い魔物がいるとか、そんないかにもなやつよ。ここまで来る冒険者も少ないから、何かあるかもしれないわ! そしたら、たくさんのお金が!」
力説する彼女を、僕は胡散臭く見た。
「……そういうものなんですか?」
「そういうものよ」
「はっ、ワレが出会うような金儲けなんぞ、家の白アリ駆除ぐらいじゃい。この業突張り貯金箱女め」
トリオのちゃちが入る。
白アリ駆除も、立派な仕事だと思うけど。駆除しなきゃ家傾くし。
「ま、失礼ね! わたしの腕だったらアリの形の巨大魔物だって倒せるわ!」
「何言うちょる、アリは力強いんじゃ。そんな強そうなもんは非力なワレには無理じゃい」
「そんなことないわ! 私の頭脳に慄きなさいよ!」
また始まった。
ぎゃーぎゃー言い合っている一人と一羽をとりあえず無視して、僕はアリアを話しかけることにした。彼女に話しかけるときは、声を張り上げなくても問題ない。
「もうすぐ着く集落ってどんな名前?」
「ハヅ」
アリアは俯き、首を振った。
彼女の視線は、地面の上を彷徨っていた。
ハヅに行きたくないのだろうか?
「アリア、どうしたの?」
「……ただ、ちょっと覚悟を決めようとしただけさ。心配しないで」
こちらを見た彼女はピンク色の頬で笑みを見せる。だが、慌てて作ったせいか、それはとてもぎこちない。却って僕は不信感を持ってしまった。
「何かあるなら言いなよ。何出来るか分かんないけどさ、僕だって話聞くぐらいなら出来るから」
「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから。私は」
色々と隠している彼女に、何となくイラッとした。
この言い方で誤魔化されるほど、僕は素直な性格ではないのだ。特別勘が良い方ではないだろうけど、せいぜい普通程度には不信感を持つ。
だから僕は、軽く彼女を睨んでこう言うことにした。
「私は、か。じゃあそれってもしかして、君じゃない他の誰かが大丈夫じゃなくなるってことなわけ?」
アリアは唇を噛み締め、やっと僕を見てくれた。
「何で分かるの?」
「態度が分かりやすすぎるよ。普通気付かないものなのかな」
僕は大きく息を吐いた。
「ウヅキ村のときは思わなかったけど、この旅に出てから、もしかして僕は他の人なら気に留めないような細かい所を気にし過ぎているんじゃないかなとは思い始めはしてるんだよね」
言いながら、僕は少し先にいる口喧嘩でじゃれあってる一羽と一人を指差した。
「とりあえず、あの二人と比べて」
よく分からないけど、この道中、僕が不思議に思うことや戸惑うこと、これらをトリオやマチルダさんたちも気にするってことが本当に少ない気がした。
例えばまず、テービット家に入る経緯はめちゃくちゃ強引過ぎた。テービット家の隠し通路は突然見つかった気がするし、最初来たときはあんなに警備されていたのに、夜はそこから何も起こらずにすんなり入れた。
まるで、誰かに導かれるように。
テービットさんが凶暴化された経緯の時は僕は意識がなかったからまあ置いといて。
僕の目の前にいる人形のように可愛い女の子については、フミの町で聞き込みをしていたら、ある時から突然お嬢様の名前が変わったし。
他にも、マチルダさんは最初のお化け探しはともかく、それ以降は半ば無理矢理な感じで僕とトリオに同行してきた。
僕の今までの生活で考えると、そんなにすぐに人と仲間にもならないし、簡単に侵入できるわけでもない。人の名前も変わらない。あんな風に凶暴化もしない。
そんなこんなのやたら色々あったフミまでの数日間とは違い、ここ三週間は何もない。アリアも同行してからの道のりは、妙に話の展開が滞りないというか何も大きいことはなかった。
単に僕の日常になってきたのかもしれないけど、それでも何も起こらなさすぎる。
そんなことを、時代の違いはあるにせよ、マチルダさんへの対応以外は概ねまともで常識のある印象のトリオが何も気にしていない。それが気になっている。興味が偏りすぎているマチルダさんはともかくとして。
元々冒険者である一羽や一人と、元々は首都に近い微妙な村に住んでいる地味で目立たない村人である僕の価値観が違うというのはあるだろうけど、それでは拭い切れないおかしさがある。
この一羽や一人と僕は、大本から違うんじゃないだろうか。何かは分からないんだけど。
この三週間、ずっとずっと我慢していたことを、彼女に確認したくなった。
「ねえ、僕は、そんなに細かい所気にしているのかな?」
アリアは首を振る。
「そんなことはない。ユウにはおかしい所はないよ」
「僕にはなんだ。じゃあ、トリオとマチルダさんがおかしいってこと? 英雄のパートナーだった魔法剣士のトリオだから? マチルダさんはまたここで頭痛くなるのも嫌だから言わないけど、やっぱりそうだから?」
アリアは口を開かずに地面を見ていた。
だから、僕はそのまま言葉を続けることにした。
「あのさ、トリオとマチルダさんに対しては上手く誤魔化せているかもしれないけどさ、これってさ、つまり、は」
僕は息を飲み込んでから、口を閉じた。別にまた頭が痛くなったわけではない。ほんのちょっとキリキリはするけど、アリアがくれたお守りのおかげか、この前に比べたら全然辛くない。
じゃあ何で口を閉じたかと言うと。
「言わないで」
アリアが小さく言ったからだ。
それから彼女は僕をまっすぐ見た。とても堅い表情だった。僕が口をしっかりと閉じたことを確認してから、アリアは言葉を続けた。
「お守りがあるから、言わなかったら気付かれないはずだから、それ以上は言わないで。お願い。私は君には消えてほしくない」
「消えて……」
フミで倒れた僕にはその言葉は重く響く。すごく恐ろしいこと、そんな目にあっちゃいけないことのような気がする。
アリアは一つ頷く。
「言っちゃなんだけど、君は地味だから、存在感がなくて目立たないから気付かれていない。それでも、どこまで大丈夫か分からないんだ」
「分かったよ。よく分からないけど、僕も消えたかないよ。せっかく、ここまで来たんだから」
僕のその言葉を聞いたアリアは少しだけ笑みを見せた。
「ありがとう、ユウ」
「礼を言ってもらうことでもないよ」
それから、僕はアリアを促し、少し離れてしまったトリオとマチルダさんに追いつくべく、歩くのを速めた。
僕が気になることの答えを知っていると思われる彼女は、一体何者なのだろう。
彼女自身は、話していて楽しいし、仲良くなれて良かったと思う存在ではある。僕に対する様子から言っても、少なくとも旅の同行者としてはそれなりに好かれている。でも、彼女を取り巻く環境は得体がしれない。
彼女と出会ってから繰り返し浮かぶ疑問や、旅に出始めてから始まった偏頭痛を、僕は首を振って吹き飛ばすことにした。