8.(8)
僕はノートを出して、さっきアルバートさんと会話したときのことを伝えた。トリオが唸りながらそれを確認して、何となくまとまった頃、ふと、雑談をしたくなった。
疲れ果てて寝台で伏せているトリオに、軽い気持ちで聞いてみる。
「ところでさ、アリアがマチルダさん記憶戻るって言ってたじゃん。記憶戻ったらどうするの? 結婚するの?」
トリオはガバリと起き上がって飛び上がった。その勢いで、ノートの真横においていた紙がふわりと落ちる。
「アホか! ワシがどうなるかも分からんし、仮に戻ったとしても、あいつともどう考えてもそういう仲じゃないじゃろ。その話はしまいじゃ」
僕は落ちた紙を拾い、中身が目に入らないように裏返して畳んでトリオの横に戻した。
「え、ほら、ケンカするほど仲がいいとか、そういうやつじゃないの?」
「もっと複雑なんじゃ。こういうんは。……ワレ、頭が働く割には機微が皆無じゃな」
「彼女いない歴年齢の十五歳男子にそんなこと求めるなよ」
トリオは大きくため息をついた。うん、男女の話については僕には分からない世界だ。そういう感情の機微は全く分からない。いつか彼女が出来たら分かるのだろうか。うん、想像もつかないけど、いつか出来るといいな、可愛い彼女……。
その辺の普通の村人の僕には手が届くとは思えない可愛いあの子を思い浮かべ、天井を見る。
天井の木目がぐにゃぐにゃで、小さい頃だったら怖いだろうなとどうでもいい感想を抱く。
「今後については、ワシが元の姿に戻れるかも分からんし、それによっても色々な方法があるじゃろうから、今、これとは決め付けられんな」
僕をちらりと見たトリオは静かに言った。僕も頷く。
「そうなんだよなー。アリア、マチルダさんの話はしたけど、トリオの話してなかった」
「あいつ、結構扱い雑じゃからな……」
「え、アリアそんなじゃなくない?」
「ユウにはな! ……この下りアホくさいわ」
ノートを見る前にも行った気もするこの会話に、トリオはうんざりしたようだった。淡々としてるけど、僕には優しい可愛い女の子にしか思えないんだけど、一体トリオには何が見えているのだろう。
「まあ、このままの状態の時も、とりあえずユウのご両親が提案しちゃったようにするけどのぅ」
「え、僕の親と何かあった?」
突然出てきた自分の両親について、僕は首を傾げた。トリオと僕の両親の会話については、よく知らない。旅に出るまでの数日間は部屋に閉じこもるか、トビィと連れだって外に出ているかばかりだったし。
「まあな。ユウ、ワレのご両親は結構立派な人達じゃよ」
トリオは突然僕の両親を褒め、僕はきょとんとした。
「そうかな。僕を突然旅立たせるなんて、なかなか酷い親だと思うけど」
「まあ、あれは驚いた」
だよね。あの時、僕の両親の勢いにトリオ若干引いてたよね。
「ただ、一つ言うなら、ワシと旅立たなくても、ワレのご両親は春休み中にどちらにせよ旅立たせるつもりじゃったらしいぞ。自主性を身に着けさせるために近場に」
「え、何それ新情報!」
驚く僕の顔を見て、トリオはきょるきょると笑った。
「親にも事情が色々あるんじゃろ。ま、ユウ。ワシが必ずウヅキ村に連れて帰っちゃるから、後は帰ってから親に聞けい。話はおわりじゃ」
「えー」
何だか納得できない僕は、目を据わらせてトリオを見た。トリオはふうと息を吐く。
「そうじゃな。最後に一つだけ言っておくか」
トリオは右の翼をすっと僕に向けた。
「ユウ、ワレはまだ子供じゃ」
「な、何だよ突然」
突然小さな鳥に下に見られた僕は口を尖らせた。トリオは大きく息を吐いた。
「いいか。ワレは子供じゃし、子供で許される立場の子供じゃ」
そう言って飛び上がり、僕の頭をぺしぺしと叩く。くすぐったい。僕は両手で頭を押さえ、それから逃げるべく、身体をねじった。
「子供が出来んことは大人がやるもんじゃ。子供がしたいことは大人は後押しするもんじゃ。じゃから、自分がアリアを説得できなかったとか、しなければならんことがあるとかそんなしょーもないことは考えんでええ。失敗したら、大人がなんとかする」
僕の動きは止まった。頭上の言葉は続く。
「ワシはユウが自分で行くと言ったから、それを後押しししたかっただけじゃ。ユウが帰るというなら、それを支援するつもりじゃった」
頭上で一つ小さな風が吹く。
「まあ、ワレは流されやすいから、そのまま帰ってしまうのか? はちいと思ったけどな」
「トリオ!」
僕の抗議に、トリオはきょるきょると笑った。どこからどう見ても黄緑色の鳥なので、凜々しい姿でそれを言うのを見たかったとも思いつつ、僕の仲間トリオはこの鳥だ。
僕は何も出来ないけれど、少なくともトリオは僕がここにいる理由を作ってくれた。僕に何かあったらトリオは助けてくれる。
それでいいや。
「よし、寝るぞ!」
「うん」
ずっともやもやしてたことが軽くなった。
僕たちは寝る準備をする。
布団を直していたとき、ふと気になることができたので、僕は何となくトリオに聞いた。
「そういえばさ、トリオ。ニルレンと旅立つ前、なんで上司に嫌われてたの?」
騎士っぽくないし、卑屈なところがあるとはいえ、そんな嫌われるほど変な対応をするとは思えないんだけど。
「え……」
トリオはかたまった。
「あ、軽々しく聞いてゴメン」
僕はすぐさま謝ることにした。あの様子だと、ニルレンとの過去にも何か重そうな背景はある気がするし、きっと今回もそれなのだろう。
翼をパタパタと動かすトリオは詰まりながら必死で否定する。
「いや……、大したことではないんじゃけど……」
「え?」
聞き返すと、トリオはぼそりと呟いた。
「……か、かお」
「うん。おやすみ」
そこで話を終わらせることにした。
以降続くトリオの文句を背にしながら、僕は電気を消してすっと眠りにつくことにしたのだった。
疲れ果てて寝台で伏せているトリオに、軽い気持ちで聞いてみる。
「ところでさ、アリアがマチルダさん記憶戻るって言ってたじゃん。記憶戻ったらどうするの? 結婚するの?」
トリオはガバリと起き上がって飛び上がった。その勢いで、ノートの真横においていた紙がふわりと落ちる。
「アホか! ワシがどうなるかも分からんし、仮に戻ったとしても、あいつともどう考えてもそういう仲じゃないじゃろ。その話はしまいじゃ」
僕は落ちた紙を拾い、中身が目に入らないように裏返して畳んでトリオの横に戻した。
「え、ほら、ケンカするほど仲がいいとか、そういうやつじゃないの?」
「もっと複雑なんじゃ。こういうんは。……ワレ、頭が働く割には機微が皆無じゃな」
「彼女いない歴年齢の十五歳男子にそんなこと求めるなよ」
トリオは大きくため息をついた。うん、男女の話については僕には分からない世界だ。そういう感情の機微は全く分からない。いつか彼女が出来たら分かるのだろうか。うん、想像もつかないけど、いつか出来るといいな、可愛い彼女……。
その辺の普通の村人の僕には手が届くとは思えない可愛いあの子を思い浮かべ、天井を見る。
天井の木目がぐにゃぐにゃで、小さい頃だったら怖いだろうなとどうでもいい感想を抱く。
「今後については、ワシが元の姿に戻れるかも分からんし、それによっても色々な方法があるじゃろうから、今、これとは決め付けられんな」
僕をちらりと見たトリオは静かに言った。僕も頷く。
「そうなんだよなー。アリア、マチルダさんの話はしたけど、トリオの話してなかった」
「あいつ、結構扱い雑じゃからな……」
「え、アリアそんなじゃなくない?」
「ユウにはな! ……この下りアホくさいわ」
ノートを見る前にも行った気もするこの会話に、トリオはうんざりしたようだった。淡々としてるけど、僕には優しい可愛い女の子にしか思えないんだけど、一体トリオには何が見えているのだろう。
「まあ、このままの状態の時も、とりあえずユウのご両親が提案しちゃったようにするけどのぅ」
「え、僕の親と何かあった?」
突然出てきた自分の両親について、僕は首を傾げた。トリオと僕の両親の会話については、よく知らない。旅に出るまでの数日間は部屋に閉じこもるか、トビィと連れだって外に出ているかばかりだったし。
「まあな。ユウ、ワレのご両親は結構立派な人達じゃよ」
トリオは突然僕の両親を褒め、僕はきょとんとした。
「そうかな。僕を突然旅立たせるなんて、なかなか酷い親だと思うけど」
「まあ、あれは驚いた」
だよね。あの時、僕の両親の勢いにトリオ若干引いてたよね。
「ただ、一つ言うなら、ワシと旅立たなくても、ワレのご両親は春休み中にどちらにせよ旅立たせるつもりじゃったらしいぞ。自主性を身に着けさせるために近場に」
「え、何それ新情報!」
驚く僕の顔を見て、トリオはきょるきょると笑った。
「親にも事情が色々あるんじゃろ。ま、ユウ。ワシが必ずウヅキ村に連れて帰っちゃるから、後は帰ってから親に聞けい。話はおわりじゃ」
「えー」
何だか納得できない僕は、目を据わらせてトリオを見た。トリオはふうと息を吐く。
「そうじゃな。最後に一つだけ言っておくか」
トリオは右の翼をすっと僕に向けた。
「ユウ、ワレはまだ子供じゃ」
「な、何だよ突然」
突然小さな鳥に下に見られた僕は口を尖らせた。トリオは大きく息を吐いた。
「いいか。ワレは子供じゃし、子供で許される立場の子供じゃ」
そう言って飛び上がり、僕の頭をぺしぺしと叩く。くすぐったい。僕は両手で頭を押さえ、それから逃げるべく、身体をねじった。
「子供が出来んことは大人がやるもんじゃ。子供がしたいことは大人は後押しするもんじゃ。じゃから、自分がアリアを説得できなかったとか、しなければならんことがあるとかそんなしょーもないことは考えんでええ。失敗したら、大人がなんとかする」
僕の動きは止まった。頭上の言葉は続く。
「ワシはユウが自分で行くと言ったから、それを後押しししたかっただけじゃ。ユウが帰るというなら、それを支援するつもりじゃった」
頭上で一つ小さな風が吹く。
「まあ、ワレは流されやすいから、そのまま帰ってしまうのか? はちいと思ったけどな」
「トリオ!」
僕の抗議に、トリオはきょるきょると笑った。どこからどう見ても黄緑色の鳥なので、凜々しい姿でそれを言うのを見たかったとも思いつつ、僕の仲間トリオはこの鳥だ。
僕は何も出来ないけれど、少なくともトリオは僕がここにいる理由を作ってくれた。僕に何かあったらトリオは助けてくれる。
それでいいや。
「よし、寝るぞ!」
「うん」
ずっともやもやしてたことが軽くなった。
僕たちは寝る準備をする。
布団を直していたとき、ふと気になることができたので、僕は何となくトリオに聞いた。
「そういえばさ、トリオ。ニルレンと旅立つ前、なんで上司に嫌われてたの?」
騎士っぽくないし、卑屈なところがあるとはいえ、そんな嫌われるほど変な対応をするとは思えないんだけど。
「え……」
トリオはかたまった。
「あ、軽々しく聞いてゴメン」
僕はすぐさま謝ることにした。あの様子だと、ニルレンとの過去にも何か重そうな背景はある気がするし、きっと今回もそれなのだろう。
翼をパタパタと動かすトリオは詰まりながら必死で否定する。
「いや……、大したことではないんじゃけど……」
「え?」
聞き返すと、トリオはぼそりと呟いた。
「……か、かお」
「うん。おやすみ」
そこで話を終わらせることにした。
以降続くトリオの文句を背にしながら、僕は電気を消してすっと眠りにつくことにしたのだった。