立つ鳥に跡を濁させる
オジサンと若い女主人公、密室でひとつ屋根の下、一晩過ごす。なにも起きないハズがなく…
いや何も起きなかったです
いや何も起きなかったです
あさです。
ぐっどもーにんぐです。
わたしはシュバッと起き上がった!
「やねがある」
木目のやねだ。やっぱおうちにいると安心できるなぁ。
「おぅ、はやいな」
「わひゃあ!!」
わたしは背後からの声に思わず飛び退いた。おのれ不意打ちとは卑怯な!
「……相変わらずすげえフットワークだな」
目の前にオジサンがいた。
「あ、そうだ」
思い出した。なんか異世界に飛ばされてオジサンのおうちで寝たんだっけ。
「もうちょっと寝てたらどうだ? まだ起きるには早い時間だろ」
そう言われてわたしは周囲を見渡した。おうちとは言ってもここにあるのは狩猟用の道具ばかり。猟銃にわらの帽子にあの壁にひっかかってるのはぁ――くわ? あと部屋の中心に囲炉裏っぽいの。
(異世界言うたら剣と魔法じゃないの? それが猟銃? しかもいろり? なんで?)
「おい、聞いてるのか?」
「あ、はいダイジョブですゲンキです」
わたしも朝は早いのだ! どっちかってと「あさだよー!」って起こしにいくタイプなのだ!
「さすが冒険者。ちょっと寝ただけで体力万全か」
「おじさん、それは?」
「ん? ああ、これは狩猟用の罠だ。ここに足が入るとこう締まる」
言いながら、オジサンは金属片のようなものをパシパシ叩いている。ロープ? とバネみたいなものもついていて、リング状になった部分はどうぶつの足がらくらく入る大きさだ。
「これから仕掛けにいく。ついでにちょっと猟に出るから今日は遅くなる。まあ、おまえさんのいいタイミングで出てってくれてかまわんよ。ただ戸締まりはしっかりしてくれな? クマに入られるとやっかいだ」
「おでかけ? 狩りにいくの?」
その言葉を聞いた瞬間、なぜかわたしの奥底が熱くなる気がした。
「ねえ、わたしもついてっていい?」
「おまえさんが? いや、いくら冒険者つってもおんなの子を狩りに連れてくのは」
「あん?」
まーた女ぁディスったな?
「メスなめんな! わたしだってヤるときゃヤるんだよ!」
「めす? いやそう言われても……まあ、でも身軽っぽいし、なにより昨日いい獲物とったしいいか」
「やった!」
「ただジャマだけはせんでくれよ。こっちも猟銃使うから射線に入られると困るんだ」
「そのヘンはあんしんしてよ! わたしキツネさん並にちっちゃいからそんなの当たらないもん!」
(……いやそうでもないか)
なんで小さいなんて思ったんだろう?
「はは、まあジャマだけはせんでくれ」
オジサンは手に持っていた罠をカゴに放り込んだ。
このヘンの森は日差しがほどよく入ってきて、わたしと獲物どちらにとっても見晴らしが良かった。
「よし、こんなんでいいだろう。しっかしちょっと長いし過ぎたな。これじゃ獲物たちが人間のニオイに気づいてしまうか」
山の斜面に足をかけ、オジサンは周囲を見渡していた。穴をほって、なんかワッカみたいなのを地面に隠して、土をかぶせて葉っぱをかぶせて、そんなことをやってたらほんのり太陽が傾いてた。
その間わたしはとってもヒマなのでした。ってことであっちを見たりこっちを見たりくんくんしたりしてたんだけど。
「……んー、でもなんかいるよ?」
「え?」
わたしの言葉に、オジサンは怪訝な表情を見せた。
「どこに」
「わかんないけど、たぶんあっちかなヘンな音するし」
「そんな指だけさされても。べつに何も聞こえないぞ……いや待て」
なにかを見つけたらしいオジサンが目を細める。
「アナグマだ」
「あなぐま? ちいさなクマさん?」
「なんだそりゃ? アナグマはアナグマだよクマじゃねえ。ちょうどいい獲物がいたな。やるぞ」
「へー。んーでもなんかかわいいし銃で撃つのかわいそうじゃない?」
「なに言ってんだ?」
別の生き物を見てるような目で見られた。
「ほっといたら人間の食べ物を食いあさる害獣だぞ? あいつのせいでどんだけメーワク被ったか……このヘンの害獣被害はだいたいアイツかクマのせいだ」
「そうなんだ」
「シッ、伏せろ。おおきな音を出すなよ?」
言って、オジサンは背中の猟銃に手をかけた。
「遠いな……お嬢ちゃん動かんでくれよ。これには明日のメシのタネがかかってるんだ」
わたしを後にのこして前身していく。落ち葉とかけっこー踏んでるはずなのに、オジサンが歩く音は見事に風のなかに霞んでいく。アナグマはこちらの様子に気づかないままでいた。
「っくそ、場所が悪いな……もうすこし下に出てくれればやりやすいんだが」
獣道も人の道もない純粋な山。木の間に隠れながらアプローチしていても、ここは互いにとって隠れやすい地形になっている。そのせいか、オジサンはアナグマに良い狙いを定められず困っているようだった。
(アナグマさんの近くに広場がある。あそこに誘い出せればやりやすい、んだよね?)
冒険者ですなんて言ってるけど、わたしに狩猟スキルなんてあるワケないし、ここは大人しく待ってるほうがいいはず。はずなんだけど、なんだろうこの気持ち。
(ものすごく胸がうずうずするっていうか――んー、なんかもうガマンできない!!)
「わーい!」
「はあ!?」
わたしは飛び出した。
オジサンは驚いた。
アナグマは逃げ出した。
「アナグマさんあそぼー!!」
「おいばかコラヤメロ!!」
オジサンが今までにないトーンでこちらに話かけ、いや怒鳴ってるよねアレは。ごめんなさいでもなんかガマンできないの!
(ううん、それだけじゃない。なんかわたしならできるって気がする!)
「オジサン! そこで銃を構えてて!」
「なにをふざけたことを「いいから!」――クソッ、どうなっても知らんぞ!!」
オジサンは放りだした銃を持ち直して狙いを定めた。ううん、指はトリガーから離れたままで、でも狙いだけはアナグマに合わせようとしてる感じ。
(うれしい。オジサンわたしのこと信じてくれたんだ!)
だいじょうぶだよ。だってわたしこういうの得意だもん。
「まってよアナグマー!」
(右、に見せかけて左に跳ぶ――よし、予想通り。ならこっちは)
アナグマの動きに合わせてこちらも先回りしていく。こっちはダメだよ、もうちょっとオジサンの近くまで寄ってってね。
「お、おいウソだろ……アナグマの動きよりはえーぞあの子」
「あはは! たーのしー!」
このままずっと遊んでたーい! ……っじゃなかった。
「オジサンそっち行くよ!」
「ああ!」
わたしの言葉を受け取って、オジサンは素早く猟銃を構えなおす。
「そーれ!」
茂みでの追いかけっ子。わたしは大げさに音を出したり回り込んだりしてアナグマを追い込んでいく。うまく誘導した先には周囲から隠れられないような広場があって、そして――。
大空に乾いた音が鳴り響いた。
「まさかおまえさんにそんな能力があるとは」
「えへへ、自分でもびっくりです」
太陽が登りきった山の中。道のない道を下りながらオジサンは言った。
「しっかしお前ずぅっとうるさかったな。しかもアナグマをその場で食おうとするんだから参ったもんだ」
「ちがうもん! あれはべつに食べるためじゃなくて――なんかそうしたかっただけだし」
「食欲が過ぎるだろ」
「だーかーらあ!」
あの後、オジサンはいくつかの山菜も採ってカゴに入れこんだ。さすがにアナグマと同じカゴに入れられないって言うから、わたしが山菜用のそれを背負って、オジサンは仕留めたアナグマを手にさげている。
「ごめんね」
「ん、なんか言ったか?」
「なんでもないです」
「そうか。しっかし何にせよ獲物にありつけたのはラッキーだな。こいつらをかるーく捌いて金に変えたいところだが……そこでおまえさんに頼みたいことがあるんだが」
「ん? なに?」
「明日か明後日あたり、ちょっと近場の町に繰り出すつもりでいるんだが……おまえ冒険者なんだろ? 道中の護衛を頼みたいんだがどうかな? おまえさんのウデなら――」
「うんいいよ!」
「はやっ」
「いっしょに町までおさんぽってことだよね! たのしみ!」
「さん、いやまあ間違いではないんだが――まあ、よろしく」
そのあともオジサンが「もしかしたら強盗がー」とか「報酬はこれまでの世話代と道案内料でチャラにー」とか言ってたけどよくわかんなかった。そんなことよりも重要なのは――。
(ここってどこなんだろう? ――みんなはドコ行ったのかなぁ)
背中のカゴを揺らしながら、わたしは頭のモヤを掻き分けていた。
ぐっどもーにんぐです。
わたしはシュバッと起き上がった!
「やねがある」
木目のやねだ。やっぱおうちにいると安心できるなぁ。
「おぅ、はやいな」
「わひゃあ!!」
わたしは背後からの声に思わず飛び退いた。おのれ不意打ちとは卑怯な!
「……相変わらずすげえフットワークだな」
目の前にオジサンがいた。
「あ、そうだ」
思い出した。なんか異世界に飛ばされてオジサンのおうちで寝たんだっけ。
「もうちょっと寝てたらどうだ? まだ起きるには早い時間だろ」
そう言われてわたしは周囲を見渡した。おうちとは言ってもここにあるのは狩猟用の道具ばかり。猟銃にわらの帽子にあの壁にひっかかってるのはぁ――くわ? あと部屋の中心に囲炉裏っぽいの。
(異世界言うたら剣と魔法じゃないの? それが猟銃? しかもいろり? なんで?)
「おい、聞いてるのか?」
「あ、はいダイジョブですゲンキです」
わたしも朝は早いのだ! どっちかってと「あさだよー!」って起こしにいくタイプなのだ!
「さすが冒険者。ちょっと寝ただけで体力万全か」
「おじさん、それは?」
「ん? ああ、これは狩猟用の罠だ。ここに足が入るとこう締まる」
言いながら、オジサンは金属片のようなものをパシパシ叩いている。ロープ? とバネみたいなものもついていて、リング状になった部分はどうぶつの足がらくらく入る大きさだ。
「これから仕掛けにいく。ついでにちょっと猟に出るから今日は遅くなる。まあ、おまえさんのいいタイミングで出てってくれてかまわんよ。ただ戸締まりはしっかりしてくれな? クマに入られるとやっかいだ」
「おでかけ? 狩りにいくの?」
その言葉を聞いた瞬間、なぜかわたしの奥底が熱くなる気がした。
「ねえ、わたしもついてっていい?」
「おまえさんが? いや、いくら冒険者つってもおんなの子を狩りに連れてくのは」
「あん?」
まーた女ぁディスったな?
「メスなめんな! わたしだってヤるときゃヤるんだよ!」
「めす? いやそう言われても……まあ、でも身軽っぽいし、なにより昨日いい獲物とったしいいか」
「やった!」
「ただジャマだけはせんでくれよ。こっちも猟銃使うから射線に入られると困るんだ」
「そのヘンはあんしんしてよ! わたしキツネさん並にちっちゃいからそんなの当たらないもん!」
(……いやそうでもないか)
なんで小さいなんて思ったんだろう?
「はは、まあジャマだけはせんでくれ」
オジサンは手に持っていた罠をカゴに放り込んだ。
このヘンの森は日差しがほどよく入ってきて、わたしと獲物どちらにとっても見晴らしが良かった。
「よし、こんなんでいいだろう。しっかしちょっと長いし過ぎたな。これじゃ獲物たちが人間のニオイに気づいてしまうか」
山の斜面に足をかけ、オジサンは周囲を見渡していた。穴をほって、なんかワッカみたいなのを地面に隠して、土をかぶせて葉っぱをかぶせて、そんなことをやってたらほんのり太陽が傾いてた。
その間わたしはとってもヒマなのでした。ってことであっちを見たりこっちを見たりくんくんしたりしてたんだけど。
「……んー、でもなんかいるよ?」
「え?」
わたしの言葉に、オジサンは怪訝な表情を見せた。
「どこに」
「わかんないけど、たぶんあっちかなヘンな音するし」
「そんな指だけさされても。べつに何も聞こえないぞ……いや待て」
なにかを見つけたらしいオジサンが目を細める。
「アナグマだ」
「あなぐま? ちいさなクマさん?」
「なんだそりゃ? アナグマはアナグマだよクマじゃねえ。ちょうどいい獲物がいたな。やるぞ」
「へー。んーでもなんかかわいいし銃で撃つのかわいそうじゃない?」
「なに言ってんだ?」
別の生き物を見てるような目で見られた。
「ほっといたら人間の食べ物を食いあさる害獣だぞ? あいつのせいでどんだけメーワク被ったか……このヘンの害獣被害はだいたいアイツかクマのせいだ」
「そうなんだ」
「シッ、伏せろ。おおきな音を出すなよ?」
言って、オジサンは背中の猟銃に手をかけた。
「遠いな……お嬢ちゃん動かんでくれよ。これには明日のメシのタネがかかってるんだ」
わたしを後にのこして前身していく。落ち葉とかけっこー踏んでるはずなのに、オジサンが歩く音は見事に風のなかに霞んでいく。アナグマはこちらの様子に気づかないままでいた。
「っくそ、場所が悪いな……もうすこし下に出てくれればやりやすいんだが」
獣道も人の道もない純粋な山。木の間に隠れながらアプローチしていても、ここは互いにとって隠れやすい地形になっている。そのせいか、オジサンはアナグマに良い狙いを定められず困っているようだった。
(アナグマさんの近くに広場がある。あそこに誘い出せればやりやすい、んだよね?)
冒険者ですなんて言ってるけど、わたしに狩猟スキルなんてあるワケないし、ここは大人しく待ってるほうがいいはず。はずなんだけど、なんだろうこの気持ち。
(ものすごく胸がうずうずするっていうか――んー、なんかもうガマンできない!!)
「わーい!」
「はあ!?」
わたしは飛び出した。
オジサンは驚いた。
アナグマは逃げ出した。
「アナグマさんあそぼー!!」
「おいばかコラヤメロ!!」
オジサンが今までにないトーンでこちらに話かけ、いや怒鳴ってるよねアレは。ごめんなさいでもなんかガマンできないの!
(ううん、それだけじゃない。なんかわたしならできるって気がする!)
「オジサン! そこで銃を構えてて!」
「なにをふざけたことを「いいから!」――クソッ、どうなっても知らんぞ!!」
オジサンは放りだした銃を持ち直して狙いを定めた。ううん、指はトリガーから離れたままで、でも狙いだけはアナグマに合わせようとしてる感じ。
(うれしい。オジサンわたしのこと信じてくれたんだ!)
だいじょうぶだよ。だってわたしこういうの得意だもん。
「まってよアナグマー!」
(右、に見せかけて左に跳ぶ――よし、予想通り。ならこっちは)
アナグマの動きに合わせてこちらも先回りしていく。こっちはダメだよ、もうちょっとオジサンの近くまで寄ってってね。
「お、おいウソだろ……アナグマの動きよりはえーぞあの子」
「あはは! たーのしー!」
このままずっと遊んでたーい! ……っじゃなかった。
「オジサンそっち行くよ!」
「ああ!」
わたしの言葉を受け取って、オジサンは素早く猟銃を構えなおす。
「そーれ!」
茂みでの追いかけっ子。わたしは大げさに音を出したり回り込んだりしてアナグマを追い込んでいく。うまく誘導した先には周囲から隠れられないような広場があって、そして――。
大空に乾いた音が鳴り響いた。
「まさかおまえさんにそんな能力があるとは」
「えへへ、自分でもびっくりです」
太陽が登りきった山の中。道のない道を下りながらオジサンは言った。
「しっかしお前ずぅっとうるさかったな。しかもアナグマをその場で食おうとするんだから参ったもんだ」
「ちがうもん! あれはべつに食べるためじゃなくて――なんかそうしたかっただけだし」
「食欲が過ぎるだろ」
「だーかーらあ!」
あの後、オジサンはいくつかの山菜も採ってカゴに入れこんだ。さすがにアナグマと同じカゴに入れられないって言うから、わたしが山菜用のそれを背負って、オジサンは仕留めたアナグマを手にさげている。
「ごめんね」
「ん、なんか言ったか?」
「なんでもないです」
「そうか。しっかし何にせよ獲物にありつけたのはラッキーだな。こいつらをかるーく捌いて金に変えたいところだが……そこでおまえさんに頼みたいことがあるんだが」
「ん? なに?」
「明日か明後日あたり、ちょっと近場の町に繰り出すつもりでいるんだが……おまえ冒険者なんだろ? 道中の護衛を頼みたいんだがどうかな? おまえさんのウデなら――」
「うんいいよ!」
「はやっ」
「いっしょに町までおさんぽってことだよね! たのしみ!」
「さん、いやまあ間違いではないんだが――まあ、よろしく」
そのあともオジサンが「もしかしたら強盗がー」とか「報酬はこれまでの世話代と道案内料でチャラにー」とか言ってたけどよくわかんなかった。そんなことよりも重要なのは――。
(ここってどこなんだろう? ――みんなはドコ行ったのかなぁ)
背中のカゴを揺らしながら、わたしは頭のモヤを掻き分けていた。