力そのものを呑む
エネルギーと質量は等価だそうです
「龍脈は希少ながら世界各地に存在する」
老婆は静かに言葉を紡ぐ。
「とつぜん湧き出したと思えば明日には消えてなくなる。別の場所では数年にわたり湧出し続けるものもある。決まって山中にあり、喉を枯らした旅人からすれば命をつなぐ水に映るかもしれん。
「……ちがうのか?」
空気が重くのしかかるよう。それでも話さなければならない。
「龍脈に湧き出る水。それを口に含むとまず身体が火照るそうだ。時間が経たぬうちにすべての感覚が麻痺、もしくは鈍感になり自分が立っているのかすらわからなくなる。そして行き着く先は――」
瞼を閉じる少女を一瞥し、言った。
「身体が燃える」
「もえる、とは。その言葉とおりの意味か?」
薬屋はフードを深りなおしうなずく。
「木々や他の物質にはなんら影響がなく、ほんとうに身体だけが燃えてなくなる。で、服だけがそこに残る。だから龍脈を飲んだことで死んだ、という事実がわかりやすかった。そういう死体というか状況に出くわせば、近くに龍脈があることもわかる」
額にあてたおしぼりを交換する。そのまま少女の手をとり、手首に触れ、息を止めてなにごとかに集中した。
「まだ脈はあるようだがだいぶ弱まってる。このままだとマズイね」
「そんな、どうにかならねーのかよ!」
「若いの、薬は決して万能じゃないんだ。ひょっとすれば逆に人を殺してしまうほどキケンなもの。でもどーしてもってんなら」
そこで言葉を止める。皆の注目を集めるなか、老婆はゆっくりと彼に振り向いた。
「できること、やれること、手段は選ばないけど……それでいいかね?」
その提案に男は渋る。表情を苦悶に変える。傍らに佇む弓をもつ女性が訝しげに覗き込む。
「緊急時だ、致し方ない」
やがて、男は目を閉じてそう言った。
「そうかい。じゃあヤることヤらないとねぇ」
「恩に着る。費用がかさむならこちらでなんとかしよう」
「いいってことサ。ちょうどいいクスリも手に入ったことだし試す価値はありそうだね」
「だいじょうぶなのか?」
「トゥーサ、このばーさんのウデは私が保証する。スプリットの腕を見ればわかるだろう?」
「それは、まあそうだけど」
「無駄話はこれまでだ。さっそくやってもらおう」
「任せな。さぁみんな部屋から出るんだ」
「なぜだ? ただ近くにいてやりたいだけだが」
「いいんだビシェル。言う通りにしてやれ」
彼が去っていくのに続き、渋々といった面持ちで足音がならぶ。それらがすべて消え失せ、この部屋には冷たい目をした老婆と、もの言わぬ少女だけが取り残された。
「純粋な力……龍脈、麻痺、そして発火。それらを防ぐためのクスリは――いや、それだけじゃないね」
シワ枯れた手が引き出しに手をかける。その中には人の指先ほどの長い針が数本、ピンセット、はさみ、何らかの植物でつくられた糸、液体をよく吸い込む綿のようなもの。そして――、
「久しぶりにオンナの肢体を堪能できる。イヒヒッ、腕が鳴るね」
耳まで及ばんと口を引き裂き、老婆は少女の服をすべて剥いだ。
ここはどこ?
わたしはだれ?
「わかんない」
だって記憶ないもん。
でもちょっとだけ覚えてるものがある。それはあたたかなかぞく。みんながわたしを見下ろして、おおきな手でわたしを包んでくれる。
たくさんの木や葉っぱに囲まれて、川であそんで、おにくを食べて、またあそんで、たべて、ねる。
「あれ」
こっちでやってることと変わんなくない? っていうか途中からただのダメ人間になってる気がする。
「ちがうちがう、わ、わたしはもっと立派なんだ!」
よし、もっとりっぱな記憶を思い出すぞ! ――――、
――――、
――、
うん。
話題を変えよう。
「えーっと、ここはどこかな?」
まっしろでなにも見えないや。っていうか自分が立ってるのかどうかもわからない感じ。えーっとどうしてこうなった?
「うーん、たしかヘンな男の人がいて、オジサンが戦って、スプリットくんが刺されて――そうだ!」
スプリットくんは無事なの?
ビーちゃんは? サっちゃんは? オジサンはどうなったの?
「わたし、あのヘンな人になにか飲まされて、それで」
動けなくなって、あっちこっちがわからなくなって、そこからがうまく思い出せない。
「なんかアタマがぼぉーっとする……身体がアツくて今にも燃えちゃいそうで」
(ん)
ちがう、熱くない。っていうかさむくなってきた?
(んひゃぁあ?)
なんかぐわんぐわんしてきた、あれ、でもなんかキモチイイかんじがする。
「あぁ、だれかの声が聞こえる」
えーっとなになに? キレイな身体してるって? いやぁそれほどでも。でもコシのこの位置にあざ? あーたぶんそれ野宿のときぶつけたヤツかも。
「ってなんで知ってるの?」
この声はだれ?
「あ、あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
ちょっとまってくすぐったい! ちょ、やめ、ひゃ、ひぇ、へんな笑いがとまら、な――ッ!
「ちょぉ! ソコはダメなのぉ! いやっ、まって手ぇつっこまないで、あン! ン、んふぅ、ぅ、くぅーんってイタッ!」
こんどは刺されたような痛み!
「ちょっともうなにこれ! 夢ならはやくさめてよぉー!!」
「――――――――――ほぇ」
てんじょうだ。
わたしはいま天井をみている。
起きた瞬間、感覚で遅刻を確信。
「あさじゃない」
これは昼だ。
おひさまはとっくにうえーのほうにいる。
「気付いたかい」
「うわっひゃい!!」
わたしは飛び上がった。
天井にごっつんこした。
「やぁれやれ、このばあさんと同じで古いんだからいたわっておやり」
「ご、ごめんなしゃい……あなたは?」
目の前にシワがれたおばちゃんがいた。
(あ、この人見覚えある)
薬屋のひとだ。たしかオジサンと知り合いみたいな。
(なんだろ、まえ見たときより痩せてる?)
痩せてるというかやつれてるというか。
「まぁったくもってタイヘンだったよ……でもまあ、無事なようだね。さて」
おばあちゃんはイスから立ち上がった。
床がギチィと鳴った。
窓からかすかな風がふいて、いろいろな香りが鼻を刺激した。
「まだ大人しくしてなさいね、いま呼びに行くから」
そういって、おばあちゃんは扉の向こうに消えていった。
老婆は静かに言葉を紡ぐ。
「とつぜん湧き出したと思えば明日には消えてなくなる。別の場所では数年にわたり湧出し続けるものもある。決まって山中にあり、喉を枯らした旅人からすれば命をつなぐ水に映るかもしれん。
「……ちがうのか?」
空気が重くのしかかるよう。それでも話さなければならない。
「龍脈に湧き出る水。それを口に含むとまず身体が火照るそうだ。時間が経たぬうちにすべての感覚が麻痺、もしくは鈍感になり自分が立っているのかすらわからなくなる。そして行き着く先は――」
瞼を閉じる少女を一瞥し、言った。
「身体が燃える」
「もえる、とは。その言葉とおりの意味か?」
薬屋はフードを深りなおしうなずく。
「木々や他の物質にはなんら影響がなく、ほんとうに身体だけが燃えてなくなる。で、服だけがそこに残る。だから龍脈を飲んだことで死んだ、という事実がわかりやすかった。そういう死体というか状況に出くわせば、近くに龍脈があることもわかる」
額にあてたおしぼりを交換する。そのまま少女の手をとり、手首に触れ、息を止めてなにごとかに集中した。
「まだ脈はあるようだがだいぶ弱まってる。このままだとマズイね」
「そんな、どうにかならねーのかよ!」
「若いの、薬は決して万能じゃないんだ。ひょっとすれば逆に人を殺してしまうほどキケンなもの。でもどーしてもってんなら」
そこで言葉を止める。皆の注目を集めるなか、老婆はゆっくりと彼に振り向いた。
「できること、やれること、手段は選ばないけど……それでいいかね?」
その提案に男は渋る。表情を苦悶に変える。傍らに佇む弓をもつ女性が訝しげに覗き込む。
「緊急時だ、致し方ない」
やがて、男は目を閉じてそう言った。
「そうかい。じゃあヤることヤらないとねぇ」
「恩に着る。費用がかさむならこちらでなんとかしよう」
「いいってことサ。ちょうどいいクスリも手に入ったことだし試す価値はありそうだね」
「だいじょうぶなのか?」
「トゥーサ、このばーさんのウデは私が保証する。スプリットの腕を見ればわかるだろう?」
「それは、まあそうだけど」
「無駄話はこれまでだ。さっそくやってもらおう」
「任せな。さぁみんな部屋から出るんだ」
「なぜだ? ただ近くにいてやりたいだけだが」
「いいんだビシェル。言う通りにしてやれ」
彼が去っていくのに続き、渋々といった面持ちで足音がならぶ。それらがすべて消え失せ、この部屋には冷たい目をした老婆と、もの言わぬ少女だけが取り残された。
「純粋な力……龍脈、麻痺、そして発火。それらを防ぐためのクスリは――いや、それだけじゃないね」
シワ枯れた手が引き出しに手をかける。その中には人の指先ほどの長い針が数本、ピンセット、はさみ、何らかの植物でつくられた糸、液体をよく吸い込む綿のようなもの。そして――、
「久しぶりにオンナの肢体を堪能できる。イヒヒッ、腕が鳴るね」
耳まで及ばんと口を引き裂き、老婆は少女の服をすべて剥いだ。
ここはどこ?
わたしはだれ?
「わかんない」
だって記憶ないもん。
でもちょっとだけ覚えてるものがある。それはあたたかなかぞく。みんながわたしを見下ろして、おおきな手でわたしを包んでくれる。
たくさんの木や葉っぱに囲まれて、川であそんで、おにくを食べて、またあそんで、たべて、ねる。
「あれ」
こっちでやってることと変わんなくない? っていうか途中からただのダメ人間になってる気がする。
「ちがうちがう、わ、わたしはもっと立派なんだ!」
よし、もっとりっぱな記憶を思い出すぞ! ――――、
――――、
――、
うん。
話題を変えよう。
「えーっと、ここはどこかな?」
まっしろでなにも見えないや。っていうか自分が立ってるのかどうかもわからない感じ。えーっとどうしてこうなった?
「うーん、たしかヘンな男の人がいて、オジサンが戦って、スプリットくんが刺されて――そうだ!」
スプリットくんは無事なの?
ビーちゃんは? サっちゃんは? オジサンはどうなったの?
「わたし、あのヘンな人になにか飲まされて、それで」
動けなくなって、あっちこっちがわからなくなって、そこからがうまく思い出せない。
「なんかアタマがぼぉーっとする……身体がアツくて今にも燃えちゃいそうで」
(ん)
ちがう、熱くない。っていうかさむくなってきた?
(んひゃぁあ?)
なんかぐわんぐわんしてきた、あれ、でもなんかキモチイイかんじがする。
「あぁ、だれかの声が聞こえる」
えーっとなになに? キレイな身体してるって? いやぁそれほどでも。でもコシのこの位置にあざ? あーたぶんそれ野宿のときぶつけたヤツかも。
「ってなんで知ってるの?」
この声はだれ?
「あ、あひゃ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
ちょっとまってくすぐったい! ちょ、やめ、ひゃ、ひぇ、へんな笑いがとまら、な――ッ!
「ちょぉ! ソコはダメなのぉ! いやっ、まって手ぇつっこまないで、あン! ン、んふぅ、ぅ、くぅーんってイタッ!」
こんどは刺されたような痛み!
「ちょっともうなにこれ! 夢ならはやくさめてよぉー!!」
「――――――――――ほぇ」
てんじょうだ。
わたしはいま天井をみている。
起きた瞬間、感覚で遅刻を確信。
「あさじゃない」
これは昼だ。
おひさまはとっくにうえーのほうにいる。
「気付いたかい」
「うわっひゃい!!」
わたしは飛び上がった。
天井にごっつんこした。
「やぁれやれ、このばあさんと同じで古いんだからいたわっておやり」
「ご、ごめんなしゃい……あなたは?」
目の前にシワがれたおばちゃんがいた。
(あ、この人見覚えある)
薬屋のひとだ。たしかオジサンと知り合いみたいな。
(なんだろ、まえ見たときより痩せてる?)
痩せてるというかやつれてるというか。
「まぁったくもってタイヘンだったよ……でもまあ、無事なようだね。さて」
おばあちゃんはイスから立ち上がった。
床がギチィと鳴った。
窓からかすかな風がふいて、いろいろな香りが鼻を刺激した。
「まだ大人しくしてなさいね、いま呼びに行くから」
そういって、おばあちゃんは扉の向こうに消えていった。