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作者: 犬物語
クスリはプロに使わせましょう
世の中にはダメ、ゼッタイってブツがあるんだよ
「グレース!」

 ズドン! と音が鳴り扉がマッハで開け放たれた。

 そこにはドアの通行容量をミッチリ使う筋肉さんが立っている。すんごい音、っていうかほぼ破壊音だったんだけど、乱暴に開かれたドアはまだまだ現役っぽい。

「無事だったんだね! よかった」

「ああ、うん」

「グレース」

 続けておじさん、スプリットくん、ビーちゃんが入室する。

 みんな最低限の服装になって、旅や戦いに使う装備や武器を外していた。それどころか、オジサンははっぴに腰巻き姿になってる。

(ここはながのかな?)

 それとも東北? なんか知らないけど囲炉裏が似合いそう。

「ほんとに大丈夫なんだよな? どこも悪くないんだよな?」

 スプリットくんがこちらに寄ってベッドに手をかける。生々しい傷跡が残ってるけど、そこには糸のようなものが縫い込まれてあり、その上に大きな葉っぱが貼り付けられていた。

「うん、えっと、たぶん、だいじょーぶ」

「どうしたんだ? まだ痛むのか?」

「えっと、そうじゃなくて……あれぇ?」

 なんか遠近感がおかしい。いや、べつにサっちゃんの顔が大きいとかそういうことじゃなくて、いや大きいけどとにかくそういうことじゃなくて。

(なんだろ、世界が揺れてる)

 遠くのものが遠くに見えて、近くのものが近く見えて、ちっちゃいのと大きいのが両極端で、耳に入ってくる音もどこか水の中にいるような感覚がする。

「病み上がりにムリさせるんじゃないよ」

 遠くで声がした。昨日耳にしたおばあちゃんの声だ。

「どれ……あぁ、よく効いてるね」

 シワ枯れた手がわたしの額をなで、そのまま瞳を覗き込んでくる。

「痛みはあるかい?」

「ううん」

 うでを取られ、手首に指を這わせられる。おばあちゃんの手はとてもほそくて、でもあたたかくて、触れられた箇所がジンジンするのを感じた。

「ちょっとゆっくりだけど安定してるね。昨日は災難だったねぇ。お若いのがふたりも負傷して、しかも片方は龍脈の水を飲まされたとは――まったく保護者はナニしてたんだろーねぇ?」

「……面目ない」

「ううん、ちがうの。わたしがちゃんとしてれば」

「いや、私のせいだ」

「ちがう! わたしはヘーキだから、ほら」

 わたしは身体を起こそうとベッドから足を出して、地面に触れて、でもその足が踏ん張れなくて、

「あっ」

「グレース!」

「おっと」

 傾いていく身体をおばあちゃんが支えてくれた。

「ちょっとフラつくだろう? 心配しないでゆっくりおやすみ」

 そのままベッドに戻される。見た目はぜんぜんそんなふうに見えなかったけど、おばあちゃんの細い腕はとても力強かった。

「ばあさん」

「治療に使ったクスリの影響だよ、ほっときゃすぐ治るさ。まあ、たまーにクスリを欲しがる素振りを見せるだろうが、それもほっときゃすぐおさまる。それよりこれを持ってきな」

 おばあちゃんが戸棚から布袋を取り出し、それをオジサンに手渡した。

「ぜんぶなくなるまで毎日いっかい、なにか食った後に飲ませておやり。小分けにしてあるかわ間違うことはないよ」

「アフターケアも万全か。これは大きな借りができた」

「気にしなさんな。貴重な経験させてもらったし、なにより久方ぶりに全力を出せたからねィーヒッヒ」

(わたしやスプリットくんを助けてくれたんだし親切なおばあちゃん、でいいんだよね?)

 笑い声がめっちゃダークなんだけど。





 なんてことがあってから二日経ちました。

 わたしは相変わらずベッドでむにゃむにゃ。スプリットくんもしばらく訓練は休みだそうです。

 滞在中、みんなで村の手伝いをすることになりました。自分だけサボッてるような気がしてなんかムズムズする。オジサンたちは気にするなって言ってるけど、はやく良くなってみんなのお手伝いしたいな。

 サっちゃんは力仕事で大人気だそうです。たまに丸太を担いで筋トレしてるらしく、子どもがマネするからやめてほしいって言われて困ってるんだって。

 ビーちゃんはエルフ仕込みの狩猟スキルでみんなを助けてる。あとスプリットくんがお休み中、オジサンといろいろ練習してるんだって。

 オジサンはビーちゃんに接近された時の対応を教えて、ビーちゃんはオジサンに猟銃の使い方を教える感じ。弓と猟銃だからぜんぜん違うっぽいんだけど、なんか「通じる部分はある」っていろいろ教えてるみたい。

 ひとりグータラ状態のわたしですが、いちおうベッドから出て歩けるようにはなりました。たまになんか不安になったりフラフラすることがあるんだけど、おばあちゃんは「ほっときゃそのうち治る」でぜんぶ済ませてる。ほんとかなぁ。

 で、今わたしがナニしてるかっていうとですね?

「……和室だ」

 クツを脱いで、畳の上に座ってます。

 はちじょーひとまっていうの? そのくらいの大きさの部屋にいて、ちゃんと床の間があって掛け軸があって、っていうか神棚まであるの?

(異世界は八百万の神を信仰していた!?)

「正座なんてせんで、崩してゆったりしなさい」

 言って、おばあちゃんは緑色のお茶をすすった。すごいなにこの風景、なんか夏休み中両親の実家へお邪魔してますよ的なスタイルなのですが。

 えんがわでいいんだっけ? 外が見えるほうには庭っぽい広場があって、今はそこでビーちゃんとオジサンが弓の訓練をしてる。オジサンに一発でも当てられたら勝ち、みたいなアブナイ内容なんだけど、オジサンはビーちゃんの弓をかわしたり、剣の腹で受け止めたり叩き切ったり、もうなんか当たる気がしない感じ。

「引退したって聞いたんだけどねぇ」

「おばあちゃんとオジサンって知り合いなの?」

「知り合いってほどでもないけどねぇ……まあ、何かと縁があっただけさ」

 部屋の中央、木板に囲われた囲炉裏を棒でつつき、火加減を調節している。そこには数本の棒が刺さっていて、おいしそーな香りが辺りに漂っている。

 鮎である。

 実はさっきからヨダレが止まらないのである。

「これから王都へ行くんだろ?」

「うん」

「だったらこの先医者ヒーラーが要るだろうねぇ。ここじゃ満足な治療もできない」

「そんなことないよ。おばあちゃんとてもスゴい人だもん」

「ここにいるばーさんはしがない薬屋でしかない。魔法みたいに治療はできないのさ――ま、感謝されるのはうれしいけどね」

 言って、おばあちゃんは囲炉裏に刺さった鮎を一本引き抜いた。

「はい焼けたよ」

「えっ、いいの?」

「さっさと食いな。アンタのヨダレで畳がまいっちまう」

「ありがと! やっぱおばあちゃんいい人だね!!」

「――いいひと、ね」

 わたしは鮎に夢中になった。だから、おばあちゃんがわたしの言葉に表情を曇らせ、淀んだ目でオジサンの姿を追っていることに気づかなかった。
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