隠し通路
戸を開けたままの人はトイレ行って手を洗わないのといっしょなんだからね!
アニスさんとグウェンちゃんの案内で見回りの人たちをかわしつつ、わたしたちは以前招待された、あのギラギラした服のオジサンの部屋にたどり着いた。
「うーん無防備だな」
全開である。
「あるいは罠、なんてことを考えなくもないが、あの男の性格からしてその線は薄いか」
「トイレのあと手を洗わなさそうだもんねー」
「どんなたとえだよ」
傍らの少年はあきれ顔だ。
「わたくしはただの修道女ですのでこの部屋のことはよく知りません。ですが、どこかに地下への通路があるはずです」
「ほんとかぁ? そんないりぐち見当たらねーけど」
「アニスさまがウソをつくはずないでしょう!」
「グウェン、大きな声を出さないで」
声を張り上げるグウェンをアニスがたしなめ、少女はそれに反省しつつもキッとした視線を少年に向けた。
「手当たり次第探すしかあるまい」
その声が合図となり、わたしたちは別れて部屋のなかを調べはじめた。
オジサンは本棚のスキマを覗き込んだり、そこにあった本を傾けてみたり。アニスさんとグウェンちゃんはテーブルの裏側や壁、スプリットくんは司教さんの私物っぽい書物を開いて目をシパシパさせてる。
じゃあってことで、わたしはえーっと、んーっと……どうしよう?
(あっ)
なんとなくぼーっとして天井を見上げた。そしたらなんか羽を生やした女の人っぽい絵画があった。
「ほえー」
きれい。
そんなひとことだけですべてがおわってしまう。天に描かれた姿はそれほどまで完璧で、だからこそあどけなくて、ありふれていて、特別感もなにもなかった。
「かみさま?」
(あれ?)
いやでも待てよ? なんかおかしい。
(あの人の目、ヘコんでてなんか差し込めそうな感じが――)
「数ある神を模した絵画のひとつです」
「うわっと」
ぼーっとしててアニスさんに気づかなかった。
「神は不変かつ絶対。全知全能故に何者でもなく、また何者にでも成る。だからこそ人は思い思いの神をこの世に権限させ、しかしそれらはただの偶像でしかない」
「アニスさん?」
「教会でよく言われることです。あまり行き過ぎたものはよろしくありませんが、ここやほかの教会でも多くの神がデザインされています。ですがそれは神そのものではなく、あくまでこの絵画を描いた方の中にある神なのです」
「その人のなかにあるかみ――」
つまり、ある人が「これが神だ!」みたいな感じでつくった絵や像は「お前ん中ではな」と受け止められると。
「神を人の手で描くことは不可能です。しかし、人は神にすがり、神のために祈る……神とはそういうものなのです」
「へぇ~」
そうなんだぁよくわかんないけど。
「かみさまってなんだろう?」
「イキナリ何言ってんだ?」
調べものを中断したらしいスプリットくんがいた。
「いやだって、異世界転生といえばかみさまじゃない?」
「そうかぁ?」
「そうだよ。だって異世界に来たらまずは神様がチートスキルくれるはずでしょ? あとかわいい女の子にイケメン男子、それで悪役令嬢になっちゃったりして、追放されてしかたなく食堂を切り盛りしてたら魔王が常連客になってダンジョン経営にも手をだして」
「どんな異世界だよ」
これ以上ない呆れ顔である。
「くだらねーこと言ってないで探そうぜ」
「スプリットくんはなんか見つけたの?」
「ぜんぜん。なんかなげー棒がベッドの下にあったけどなんに使うんだか」
「ぼー?」
「ああ、先っちょがデコボコしてて」
言って、手に握りしめたソレを示す。確かに長い棒だ。そんでその先端は独特な形になってて、差し込んで回せば新たな扉を開け放ってくれそうな感じが――って。
「それカギじゃね?」
「どこの?」
「そんなの知るわけって、あ」
しってるかも。ってかそうじゃん。
「ちょっとかして」
生返事の少年から強引にかっさらい、鉤状になった部分を天井にズイと持ち上げた。目標は羽を広げた女性のおっぱ、じゃなくてめんたま。
片方のくぼみにそれを差し込み、回す。
カチャリという音が響いた。
「でかした」
わたしたちの様子に気付いたオジサンが遠くから声をかける。そちらに振り向くと、オジサンとグウェンちゃんが本棚のうしろに隠されていたらしい扉の前に立っている。
その扉は、今はてのひらいっこぶんくらいのスキマを覗かせている。
「さて、ここまでだアニス。キミは部屋にもどってくれ」
「いいえ、わたくしも行かせてください」
「アニスさまが行くならあたしもついていきます」
「その決意はありがたいが、だからこそ残っていてほしい。キミのような敬虔なシスターをキケンな目に遭わせたくないんだよ」
「覚悟はできております。それに足手まといにはなりません……そう思っているのでしょう?」
オジサンはしばらくアニスさんの目を見つめ、それからバツが悪そうに視線を逸らした。
「キミが見たという男はスプリットの腕を貫きグレースにも手をかけた。ふたりまでならまだいいが、さんにんよにんを守りながらは厳しい」
「オレは援護なんていらねーぞ!」
となりから声が響く。けどオジサンは構わずアニスさんに顔を向け、アニスさんはより一層険しい目つきでそれに応える。
「自分の身は自分で守れます。そして教会のあやまちは教会みずからで償わなければならないのです」
「……もし何かがあっても保証はできん。ふたりとも、それでいいな?」
オジサンのことばに、ふたりの少女は力強くうなずいた。
「うーん無防備だな」
全開である。
「あるいは罠、なんてことを考えなくもないが、あの男の性格からしてその線は薄いか」
「トイレのあと手を洗わなさそうだもんねー」
「どんなたとえだよ」
傍らの少年はあきれ顔だ。
「わたくしはただの修道女ですのでこの部屋のことはよく知りません。ですが、どこかに地下への通路があるはずです」
「ほんとかぁ? そんないりぐち見当たらねーけど」
「アニスさまがウソをつくはずないでしょう!」
「グウェン、大きな声を出さないで」
声を張り上げるグウェンをアニスがたしなめ、少女はそれに反省しつつもキッとした視線を少年に向けた。
「手当たり次第探すしかあるまい」
その声が合図となり、わたしたちは別れて部屋のなかを調べはじめた。
オジサンは本棚のスキマを覗き込んだり、そこにあった本を傾けてみたり。アニスさんとグウェンちゃんはテーブルの裏側や壁、スプリットくんは司教さんの私物っぽい書物を開いて目をシパシパさせてる。
じゃあってことで、わたしはえーっと、んーっと……どうしよう?
(あっ)
なんとなくぼーっとして天井を見上げた。そしたらなんか羽を生やした女の人っぽい絵画があった。
「ほえー」
きれい。
そんなひとことだけですべてがおわってしまう。天に描かれた姿はそれほどまで完璧で、だからこそあどけなくて、ありふれていて、特別感もなにもなかった。
「かみさま?」
(あれ?)
いやでも待てよ? なんかおかしい。
(あの人の目、ヘコんでてなんか差し込めそうな感じが――)
「数ある神を模した絵画のひとつです」
「うわっと」
ぼーっとしててアニスさんに気づかなかった。
「神は不変かつ絶対。全知全能故に何者でもなく、また何者にでも成る。だからこそ人は思い思いの神をこの世に権限させ、しかしそれらはただの偶像でしかない」
「アニスさん?」
「教会でよく言われることです。あまり行き過ぎたものはよろしくありませんが、ここやほかの教会でも多くの神がデザインされています。ですがそれは神そのものではなく、あくまでこの絵画を描いた方の中にある神なのです」
「その人のなかにあるかみ――」
つまり、ある人が「これが神だ!」みたいな感じでつくった絵や像は「お前ん中ではな」と受け止められると。
「神を人の手で描くことは不可能です。しかし、人は神にすがり、神のために祈る……神とはそういうものなのです」
「へぇ~」
そうなんだぁよくわかんないけど。
「かみさまってなんだろう?」
「イキナリ何言ってんだ?」
調べものを中断したらしいスプリットくんがいた。
「いやだって、異世界転生といえばかみさまじゃない?」
「そうかぁ?」
「そうだよ。だって異世界に来たらまずは神様がチートスキルくれるはずでしょ? あとかわいい女の子にイケメン男子、それで悪役令嬢になっちゃったりして、追放されてしかたなく食堂を切り盛りしてたら魔王が常連客になってダンジョン経営にも手をだして」
「どんな異世界だよ」
これ以上ない呆れ顔である。
「くだらねーこと言ってないで探そうぜ」
「スプリットくんはなんか見つけたの?」
「ぜんぜん。なんかなげー棒がベッドの下にあったけどなんに使うんだか」
「ぼー?」
「ああ、先っちょがデコボコしてて」
言って、手に握りしめたソレを示す。確かに長い棒だ。そんでその先端は独特な形になってて、差し込んで回せば新たな扉を開け放ってくれそうな感じが――って。
「それカギじゃね?」
「どこの?」
「そんなの知るわけって、あ」
しってるかも。ってかそうじゃん。
「ちょっとかして」
生返事の少年から強引にかっさらい、鉤状になった部分を天井にズイと持ち上げた。目標は羽を広げた女性のおっぱ、じゃなくてめんたま。
片方のくぼみにそれを差し込み、回す。
カチャリという音が響いた。
「でかした」
わたしたちの様子に気付いたオジサンが遠くから声をかける。そちらに振り向くと、オジサンとグウェンちゃんが本棚のうしろに隠されていたらしい扉の前に立っている。
その扉は、今はてのひらいっこぶんくらいのスキマを覗かせている。
「さて、ここまでだアニス。キミは部屋にもどってくれ」
「いいえ、わたくしも行かせてください」
「アニスさまが行くならあたしもついていきます」
「その決意はありがたいが、だからこそ残っていてほしい。キミのような敬虔なシスターをキケンな目に遭わせたくないんだよ」
「覚悟はできております。それに足手まといにはなりません……そう思っているのでしょう?」
オジサンはしばらくアニスさんの目を見つめ、それからバツが悪そうに視線を逸らした。
「キミが見たという男はスプリットの腕を貫きグレースにも手をかけた。ふたりまでならまだいいが、さんにんよにんを守りながらは厳しい」
「オレは援護なんていらねーぞ!」
となりから声が響く。けどオジサンは構わずアニスさんに顔を向け、アニスさんはより一層険しい目つきでそれに応える。
「自分の身は自分で守れます。そして教会のあやまちは教会みずからで償わなければならないのです」
「……もし何かがあっても保証はできん。ふたりとも、それでいいな?」
オジサンのことばに、ふたりの少女は力強くうなずいた。