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作者: 犬物語
変わるために必要なもの
一秒あれば人は変われるっていうけどね

べつに十秒でも一時間でも一日でも、一年で変わることもあるのよ
 教会にひと晩お世話になって、次の日にはもう村を出ることになった。

 たった一日だけど、教会の人たちはすっごく親切にしてくれた。とくに、お別れのときおにくの干物と野菜の塩漬けをもらったことだけはキョーレツに覚えてます。

 この世界に来てからというもの、わたしたちはひとつの場所にとどまらず、あっちこっちを旅して回るほうが多い。ううん、記憶がない以上、以前の生活がどんなだったかすら覚えてないのだけど、少なくともこうして歩き回ることはなかった。

 車――なんだかよくわからないけど、おっきくて、人が何人も入ることができるおっきな箱があった。わたしたちはそれでいろんなところに行ってた、気がする。それでひとつのおうちに住んでて、あたたかい毛布につつまれて、わたしはだいじな人といっしょに寝てた気がする。

「うーん」

 気がするんだけど、それが思い出せない。

「グレース。どうかしましたか?」

 となりにいるグウェンちゃんが声をかけてきた。ぼーっとしてたのを気にかけてだと思う。

「なんでも。ただ、ここに来る前のわたしってどーしてたっけなぁって」

「みなさん記憶が無いのですよね」

 最年少の少女がみんなを見上げた。首をたてに振ったり考えるように目を閉じたり、反応を様々だけど、それらは肯定のメッセージを伝えてくれる。

「グウェンちゃんもでしょ?」

「ええ。思い出そうとしてもぜんぜんわからなくて……少なくともこんな野性味あふれる生活ではなかったと思います」

「でーもオレたちヘーキで生活できてるよな」

「運良く人と出会えたからだろう? じゃなけりゃアタイみたいになってたかも知れないよ」

「あるいは、命尽き果てていたか」

「マジメな顔してロクでもないことを……」

 灰色の髪をした少年が苦い顔をした。

「ってかおまえら急に仲良くなりすぎじゃね?」

 スプリットがわたしとグウェンちゃんを交互に見ながら目をぱちぱちしてる。

「そうですか? あたしたちは以前から変わりありませんが」

「うん。ずぅーっと前からオトモダチだよね!」

 そのままギュッとし――

「ぐにゅう」

 できなかった。

 代わりに両手で顔面を押し込まれたでござる。

「それはいいです」

「ガーン! 拒否られた!」

 こんなやりとりに困惑する男性陣。それにくすくすとわらう身体が大きな筋肉ウーマンと、とある部分が大きな弓兵ウーマン。なんかヒガシミョーから出た時よりいい雰囲気になってる気がする。

 グウェンちゃんの変化はそれだけじゃなかった。たとえばビーちゃんが夜を過ごすための薪を集めているとき。

「わたしにも手伝わせてください」

「そうか、それは助かる。では水分が少ない木材をこっちに置いてくれ」

 たとえばサっちゃんが小川で魚獲りをしているとき。

「よし、じゃあそのヘンに散らばった魚をカゴに集めてくれ」

「わかりました……いつもこのようなやり方川底に拳を叩きつけるなのですか?」

「おう、水しぶきも浴びちまうがコレが一番手っ取り早いんだ」

 たとえばスプリットくんがオジサンとの稽古で傷をつくったとき。

「あたしにみせてください……」

「あん? これくらいの傷じゃあ治療魔法つかわないんじゃないのか?」

「考えを改めました。それともごめいわくですか?」

「ッ、いや、べつにそんなんじゃ――ありがとよ」

 たとえばわたしが獲物を仕留めたとき。

「あの……密かに狩りをするときはあまりうるさくしないほうが良いのでは?」

「うーん、なんか声出しちゃうんだよねー。それよりいいの? 近くにいると汚れちゃうよ?」

「構いません。これもあたし自身が選んだ道ですから」

「そう? じゃあはじめるけど――ごめんね」

 わたしは獲物を仕留めたナイフを引き抜き、そのまま背筋に差し込み解体をはじめた。

 まだあたたかいソレから朱いものが飛び散っていく。その飛沫がわたしの服に付いたとき、うしろでヒザを地面に落としたようなトンという音がした。

「神よ、この者たちの命を奪わなければ生きていけないあたしたちをお赦しください」

(……やっぱグウェンちゃんはいい子なんだ)

 ブシュ。

「わふっ」

 ちしぶきぃ。

 真正面からかおにクリーンヒット。

「あっ」

 そんな声が背後から聞こえた。んで振り返ってみると。

「ヒッ! ――ぐ、グレース、さん、ダイジョーブですか?」

「ちょっとビックリしちゃったけどぉ、よくあることだからヘーキだよ」

「そうなんですか……これがよくあること」

「って、もう日が沈みかけてるじゃん。グウェンちゃんいそご!」

 急いで解体作業を進めていく。そっちに集中しだしたから、わたしには少女の苦笑いのような引きつったような表情を知ることができなかった。

「あたし、この先うまくやっていく自信がなくなってきちゃいました」





「あの時はすまんかった」

 なんとか夕暮れまでに帰ることができ、夜を過ごすため、そしておいしい料理をつくるための火起こし作業になる。

 オジサンが石をぶつけあって火花を散らす。しゃがんでそれをまじまじと見つめている少女に、このパーティーダントツ最年長のオジサンは作業を続けながら言った。

「キミのことをあまり考えずに好き勝手なことをしたな」

「いいんです。あたしも不適切な行動をしてしまいました」

 カチッ、カチッ。同じリズムで火花が散る。

「グウェン。そういう時は遠慮なく抗議するといい。彼にはデリカシーというものが無いからな」

「ビーちゃんの言うとおりだよ。なんであんな言い方したの?」

 調理の下準備、寝袋の用意などひととおり終えてみんな思い思いの時間を過ごしている。

 わたしの指摘に、オジサンは情けない顔と声になった。

「あぁ、いや、その、なんだ」

 はい、これはこのひとがあれこれ言い訳をするときに使う時間稼ぎです。

「殻を割る必要があると思って」

「なにそれ意味わかんないんだけど?」

「そーやってまた年長者の長ったらしいお説教に付き合わせたわけかい?」

「まったく、チャールズ殿は余計な一言が多いのだから」

 はい、例によって女性陣から大顰蹙です。

「言われたいほーだいだなオッサン」

「笑ってないで助け舟を出せ」

「オッサンがわりーだろ」

「いいえ、あたしも未熟でした。チャールズさまのご指摘はまさにその通りだと思います」

「いやいや、そう謝らないでくれ。これでは本当に私の立つ瀬がなくなる」

 最年少なのに最年長の威厳を醸し出してるのですが。

「正直、あたしはただの同行人としてついて行けば良いとしか考えてませんでした。ですが、今日みなさんといっしょにいろいろな経験をして、みなさんもあたしと同じように異世界でいろいろタイヘンな思いをしてきたんだと気づきました」

 言って、恥じ入るように両手をあわせ、顔を伏せる。

「危うく、自分だけが苦労してると誤認するところでした」

「そんなことないよ! グウェンちゃんだっていろいろたいへんだったんだから」

「だれだって苦労するもんだ。アタイだってみんなと出会えなかったらどうなってたかわからない」

「私も、エルフたちと出会えてなかった自分を思うと正直不安だ」

「……みなさん、ありがとうございます」

 おおきな火花がぽとりと落ちて、空気がほんのり暖かくなっていく。

 小さな炎はどんどん燃え広がっていき、やがてほの暗くなった空間に赤い光を照らし始めた。

「さて、メシ作りの時間だ」

「あたしにも手伝わせてください。そうだ、さいしょの夜の番もあたしがやります」

 さすがにそれはムリなのでみんなで説得して寝てもらった。
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