まあまあいろいろ
生きた分だけ経験するものです。だからオジサンはめっちゃ経験値稼いでいるのです
「スキル、変身」
日当たりのよい丘の上。風にのって人の声が世界にひろがり、少年の身体から光が発せられる。
逆巻く旋が巻き上がって、その中心に彼が静かに佇んでいた。
全身がしろくてみじかい毛に覆われて、たまに黒っぽいぶちぶちがあって、目は赤と青になって、たれ耳で。
(やっぱり犬だ)
なぜかは知らない。だけど彼のすがたを見ていたら、なんだかなつかしい気持ちになった。
「なんですかアレは」
「変身というらしい。よくわからないが、グレースによると異世界人全員が使えるスキルのようだ」
「あたしもですか? でも、あたしはそんな」
「条件があるようだが、詳しいことはわからないのだそうだ」
「試してみたが、アタイにはできなかったねぇ……グレース、ホントにほんとうなのかい?」
「ほんとだもん。かわいいわんちゃんが教えてくれたんだもん」
「わんころねぇ……そーいやこっちで犬見ねーな」
「しかし、スプリットのあの姿を見ていると、なんだかふしぎな気分になるな」
「ふしぎ?」
「ああ、なんだか見覚えがあるというか、とても馴染み深いというか」
「あ、ビーちゃんもそうおもう?」
「ふたりともそこまでだよ。ぼけっとしてると戦いの行く末を見逃しちまうだろ」
サっちゃんに促されてふたりの様子を見てみる。悠然と立つスプリットくんに対し、オジサンは興味深そうに全身を見渡していた。
「なるほど、武器はその身みずからということか」
剣を放り捨てる獣人を見て、オジサンはより構えを低くする。足に力をこめてすぐに近づくための動き。
「馴れてないんだ、手加減できねーぞ」
「だから言っただろう。それは承知の上だとッ!」
言って、オジサンは地面を蹴った。地面を這うように動き、一瞬で距離を詰めて胴をなぎはらう。これはオジサンがスプリットくんによく教えてた動きだ。
「はあ!」
スプリットくんが爪で応戦する。そこからはもうよくわかんない。耳が痛くなるような音だけがキンキンキンキン続いて、スプリットくんの大きな身体があちこちに見える。
(え?)
スプリットくんがいっぱいいるんだけど?
なんだろう、こう、爪をくりだしてるのと横に跳んでるのと、あとしゃがんで手を突き出してるのとうしろ回し蹴り的なの。
もんだい、どれがホンモノでしょう?
(わかんねー。あ、そういえばオジサンはどこ?)
分身の術を体得したスプリットくんにノされた? それとも対抗して分身の術返しとか? いやなにを返してるのかさっぱりなんだけど。
(あ、いた)
いたというか、さっきの位置からずっと変わってない。
「――まさか」
ビーちゃんが絞り出したような声を出す。何に驚いてるのか? ちなみにわたしもおどろきました。
「オジサンの剣が分身してる」
剣っていうか、腕からさき? スプリットくんの動きに合わせてぜんぶ受け止めてくスタイル。さっきから耳に響く金属音の正体は、ふたりの剣と爪がぶつかりあってる音でした。
「おらあ!」
「くぅッ」
スプリットくんがさっきから荒ぶっておられる。あまりにも素早い動きだから分身が生まれるってマンガじゃよくある説明だけど、そんな疾い物体が動いてるならとーぜんその周辺も忙しくなるわけで。
「キャッ!」
グウェンちゃんがスカートをおさえる。旅用に身軽な服を、と修道服のほか用意したそれが裏目にでた!
(おしい!)
危うく下着姿が晒されるとこだったね! じゃなくて。
「っと、グウェンちゃんだいじょうぶ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「すごいな、スプリットの素早さに拍車がかかってる」
「ああ。アタイはパワーはあるがアイツに一撃くわえられるかどうか」
「ふたりとも冷静すぎない?」
ビーちゃん髪ゔぁっさゔぁっさしてるよ?
「ぬう!」
オジサンの足元がへこんだ。いやどんな理屈で?
「なるほど、上からの攻撃を連打して押しつぶそうとする作戦か」
「チャールズ殿もよく耐えてる。それでいて最低限受け流せるのはさすがだ」
「だからふたりとも冷静すぎない!?」
かんっぜんに実況と解説になってるんですけど? ってやってる間にふたりに動きがあった。
「とどめだ!」
「させん!」
足が地面にめりこんで、身動きできない状況をつくったスプリットくんが攻めを正面に変えた。
リーチの長い蹴り。そこから腹部への一撃を加えて、なんか知らないけどいろんな攻撃をいろいろやった。そして最後に、スプリットくんは大きく飛び退いて――、
(お?)
トドメのタックルかな? と思ったらそこからスンと力を抜いて自然体になってる。で、彼の身体が光に包まれたかと思うと。
「はぁぁぁあ――マジか」
獣人がもとの姿を取り戻した。
「ッはぁ、悔しいな、捌ききることができなかったか」
「ウソこけ。ぜんぶ剣で受け止めたクセに」
「いんや、攻めっ気に走ったときにひとつな」
言って、オジサンは自分の横っ腹を見せびらかした。おお、いい腹斜筋だってとなりの筋肉さんが言ってた。
赤い横筋ができてる。それを見て、スプリットくんは呆れたように口をとがらせる。
「そんだけかよ」
「そんだけ、じゃないぞ?」
「はあ?」
少年が怪訝な表情を見せたときだった。
「あっ」
スプリットくんの服がはだけ、しろい柔肌があらわになる。そりゃもう"するり"って感じにキレイさっぱり、はじめからそう切り込みがあったみたいに布が分断されました。
うん、スプリットも悪くない腹筋だ。となりの筋肉さんがマッチョっぽいポーズをした。
「ありがとなスプリット。おかげで久方ぶりにいい実践になった」
「イヤミかよ。変身使ったのにノーダメとかふざけてるぜ」
「ふふ、私もまあまあいろいろ経験してきたからな。それにしても、うーむ……もうすこし踏み込めば内蔵を斬れたのだが」
「いや死ぬから!」
オジサンが物騒なコト言ってますが、きょうも今日とてたのしく訓練できたのでした。
日当たりのよい丘の上。風にのって人の声が世界にひろがり、少年の身体から光が発せられる。
逆巻く旋が巻き上がって、その中心に彼が静かに佇んでいた。
全身がしろくてみじかい毛に覆われて、たまに黒っぽいぶちぶちがあって、目は赤と青になって、たれ耳で。
(やっぱり犬だ)
なぜかは知らない。だけど彼のすがたを見ていたら、なんだかなつかしい気持ちになった。
「なんですかアレは」
「変身というらしい。よくわからないが、グレースによると異世界人全員が使えるスキルのようだ」
「あたしもですか? でも、あたしはそんな」
「条件があるようだが、詳しいことはわからないのだそうだ」
「試してみたが、アタイにはできなかったねぇ……グレース、ホントにほんとうなのかい?」
「ほんとだもん。かわいいわんちゃんが教えてくれたんだもん」
「わんころねぇ……そーいやこっちで犬見ねーな」
「しかし、スプリットのあの姿を見ていると、なんだかふしぎな気分になるな」
「ふしぎ?」
「ああ、なんだか見覚えがあるというか、とても馴染み深いというか」
「あ、ビーちゃんもそうおもう?」
「ふたりともそこまでだよ。ぼけっとしてると戦いの行く末を見逃しちまうだろ」
サっちゃんに促されてふたりの様子を見てみる。悠然と立つスプリットくんに対し、オジサンは興味深そうに全身を見渡していた。
「なるほど、武器はその身みずからということか」
剣を放り捨てる獣人を見て、オジサンはより構えを低くする。足に力をこめてすぐに近づくための動き。
「馴れてないんだ、手加減できねーぞ」
「だから言っただろう。それは承知の上だとッ!」
言って、オジサンは地面を蹴った。地面を這うように動き、一瞬で距離を詰めて胴をなぎはらう。これはオジサンがスプリットくんによく教えてた動きだ。
「はあ!」
スプリットくんが爪で応戦する。そこからはもうよくわかんない。耳が痛くなるような音だけがキンキンキンキン続いて、スプリットくんの大きな身体があちこちに見える。
(え?)
スプリットくんがいっぱいいるんだけど?
なんだろう、こう、爪をくりだしてるのと横に跳んでるのと、あとしゃがんで手を突き出してるのとうしろ回し蹴り的なの。
もんだい、どれがホンモノでしょう?
(わかんねー。あ、そういえばオジサンはどこ?)
分身の術を体得したスプリットくんにノされた? それとも対抗して分身の術返しとか? いやなにを返してるのかさっぱりなんだけど。
(あ、いた)
いたというか、さっきの位置からずっと変わってない。
「――まさか」
ビーちゃんが絞り出したような声を出す。何に驚いてるのか? ちなみにわたしもおどろきました。
「オジサンの剣が分身してる」
剣っていうか、腕からさき? スプリットくんの動きに合わせてぜんぶ受け止めてくスタイル。さっきから耳に響く金属音の正体は、ふたりの剣と爪がぶつかりあってる音でした。
「おらあ!」
「くぅッ」
スプリットくんがさっきから荒ぶっておられる。あまりにも素早い動きだから分身が生まれるってマンガじゃよくある説明だけど、そんな疾い物体が動いてるならとーぜんその周辺も忙しくなるわけで。
「キャッ!」
グウェンちゃんがスカートをおさえる。旅用に身軽な服を、と修道服のほか用意したそれが裏目にでた!
(おしい!)
危うく下着姿が晒されるとこだったね! じゃなくて。
「っと、グウェンちゃんだいじょうぶ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「すごいな、スプリットの素早さに拍車がかかってる」
「ああ。アタイはパワーはあるがアイツに一撃くわえられるかどうか」
「ふたりとも冷静すぎない?」
ビーちゃん髪ゔぁっさゔぁっさしてるよ?
「ぬう!」
オジサンの足元がへこんだ。いやどんな理屈で?
「なるほど、上からの攻撃を連打して押しつぶそうとする作戦か」
「チャールズ殿もよく耐えてる。それでいて最低限受け流せるのはさすがだ」
「だからふたりとも冷静すぎない!?」
かんっぜんに実況と解説になってるんですけど? ってやってる間にふたりに動きがあった。
「とどめだ!」
「させん!」
足が地面にめりこんで、身動きできない状況をつくったスプリットくんが攻めを正面に変えた。
リーチの長い蹴り。そこから腹部への一撃を加えて、なんか知らないけどいろんな攻撃をいろいろやった。そして最後に、スプリットくんは大きく飛び退いて――、
(お?)
トドメのタックルかな? と思ったらそこからスンと力を抜いて自然体になってる。で、彼の身体が光に包まれたかと思うと。
「はぁぁぁあ――マジか」
獣人がもとの姿を取り戻した。
「ッはぁ、悔しいな、捌ききることができなかったか」
「ウソこけ。ぜんぶ剣で受け止めたクセに」
「いんや、攻めっ気に走ったときにひとつな」
言って、オジサンは自分の横っ腹を見せびらかした。おお、いい腹斜筋だってとなりの筋肉さんが言ってた。
赤い横筋ができてる。それを見て、スプリットくんは呆れたように口をとがらせる。
「そんだけかよ」
「そんだけ、じゃないぞ?」
「はあ?」
少年が怪訝な表情を見せたときだった。
「あっ」
スプリットくんの服がはだけ、しろい柔肌があらわになる。そりゃもう"するり"って感じにキレイさっぱり、はじめからそう切り込みがあったみたいに布が分断されました。
うん、スプリットも悪くない腹筋だ。となりの筋肉さんがマッチョっぽいポーズをした。
「ありがとなスプリット。おかげで久方ぶりにいい実践になった」
「イヤミかよ。変身使ったのにノーダメとかふざけてるぜ」
「ふふ、私もまあまあいろいろ経験してきたからな。それにしても、うーむ……もうすこし踏み込めば内蔵を斬れたのだが」
「いや死ぬから!」
オジサンが物騒なコト言ってますが、きょうも今日とてたのしく訓練できたのでした。