アイキドー
力とはスカラー。大きさと向きがある
「終わりっぽい雰囲気を醸し出しといて悪いがまだあるぞ。つぎはトゥーサだ」
少年が上下でさよーならしてしまった布を渋い顔して見てるなか、その原因をつくったまあまあいろいろ経験してきた人が次の相手を指名した。
「いつものたのむ」
「おっけー、やろうか」
戦いの高揚より、自分の筋肉をたっぷり活かせることに喜びを見出してる表情。これはまごうことなき歓喜というやつだ。
「いーよなー。トゥーサはオッサンに痛めつけられねーでただタックルしてりゃいーんだから」
「だったらおまえもそーすりゃいい。それでアタイに勝てんならね?」
「だーれが筋肉ダルマのマネすっかよ」
ポジションチェンジ。さっきまでスプリットくんがいた場所にこんどはサっちゃんが仁王立ち。うでをぐわんぐわん回してストレッチとか、拳を突き合わせたり屈伸したり。いつでもいけますよって感じ。
「はん、その貧相な細腕と武器でアタイの身体に傷をつけたことがあったかい?」
「その気になりゃいつでもヤれるさ」
「口だけは達者だね」
「……あの」
ふたりの舌戦中、おずおずといった感じで背の高い女性に声をかける女の子がいた。
「スプリットさまとトゥーサさまは仲がわるいのですか?」
「いつもの事だ、気にしなくていい」
「はぁ」
「どれ、私も準備するかね」
言って、オジサンはおもむろに自分の服を脱ぎ始めた。ガードの固い上着をパージ。んでもって現在隠すとこ隠す用の布と最低限の上下だけになっております。つまりサっちゃんとほぼ同じ状態。見る人によっては思わず視線を逸らしたり、顔を隠したリなんだったり。
(そう考えるとサっちゃんってけっこー……やめとこ)
それとこれとは別問題なんだよきっと。
「さあきたきた!」
声や笑顔はまるでフレンドリーだけど、サっちゃんはすでに戦闘態勢に入ってる。両手をこぶしにして地面につき、ヒザを曲げていつでも突進できる構えを見せる。
なんか、サっちゃんのまわりに円が描いてあって、そこから出たら負けになりそうな雰囲気。わかりやすく言えば相撲の構えしてるってこと。
「立ち会いは強く当たって、あとは流れでよろしく」
オジサンはまだ中腰だ。それから徐々に体勢を低くしていきまずは片方の手をつく。それからゆっくりもう片方の手を下ろしていって――。
ズドン!
それが地面に付けられた瞬間、まるで乗り物がぶつかったような衝突音が響いた。
「チャールズさまッ!?」
グウェンちゃんが宙を舞うオジサンを驚きの目で凝視した。なんでそんなことになってるかってと、オジサンが手をついたじゃん? んでサっちゃんに突進したじゃん?
サっちゃんだって同じことするじゃん? で、ふたりがぶつかるじゃん? ――片方は子どもが乗るような三輪車で、もう片方がそうだなぁ……ロードローラーとかそんな感じ?
とにかく、ふたりがぶつかって、オジサンが一方的にふっとばされて、そのまま地面に突っ込んどることになりましたとさ。
「……ぅぅ」
全身からナゾの煙を出すオジサン。埋もれた身体をのそっと持ち上げ、そして一歩も後ろに引かなかった相手の姿に天を見上げた。
「くぅ~手も足も出んか」
「ったりめーよ! アタイの筋肉は誰も止められないさ」
またマッスルなポーズをして自分の肉体を誇示する。得意顔のサっちゃんはかなりオジくさいというか、なんかガハハって笑ってそうな感じがした。
わたしやスプリットくんは、オジサンから技術論とか細やかな動きを教わる。だけどサっちゃんに関しては正反対なお付き合いをしてて、力と力の勝負をひたすらやってく感じ。そのなかで筋肉を活かすための動きなんかを学ぶのがサっちゃんスタイルだ。
「いいな、以前より威力が上がってる。コツでも掴んだか?」
「アンタに言われた通りにしただけさ。ただ腕だけを大ぶりしても意味ないから、はじめはただ突っ込むことだけに集中して、スピードを上げて全身でぶつかるようにしたんだよ」
「よしよしそれでいい。力とはいかに速く、そしていかに硬く動くかだ」
「ああ。おかげでこの筋肉を百パーセント、いや百二十パーセント輝かせることができる」
サっちゃんが近寄りつつ上腕の筋肉を強調すると、オジサンは地面にあぐらをかきながら満足そうに高笑いした。
「しっかしとんでもないパワーだ。おかげで危うく目の上に火花が散るところだった」
「手ぇかそうか?」
「バカいえ」
けっこーな距離ふっとばされたにもかかわらず、オジサンはノーダメレベルですんなり立ち上がった。サっちゃんのタックル直撃かー。わたしだったらどうだろ? たぶん二日は気絶してるかなー。
「私も教えた甲斐があったが、むしろ手がつけられなくなってやりようがない。ってことで絡め手を使おう」
「あん?」
「おまえのパワーをすべて受け入れて、なお倒してやると言ってるんだ。さ、こんどはスキルを使ってかかってこい」
「ほう? おもしろそうじゃないか!」
仕切り直し。同じように姿勢を下げるサっちゃんに対しオジサンはボー立ちである。っていうか足を肩幅に広げて、自然体な感じ。
「受けると言ったが、まさかトゥーサのタックルを本気で受け止めるつもりか?」
「まともに受けたらいくらオッサンでもボロ雑巾になっちまうぜ」
ビーちゃん半信半疑。スプリットくんはありえないって顔だ。
「みなさんいつもこのような訓練を?」
グウェンちゃんの好奇心にみんなうーんと唸ってる。ってことで代表して応えてあげよう。
「うーんたまにかな?」
「たまにだな」
「そうだな、たまにだ」
「はぁ、そうなのですか」
わかってくれたかな? おっと、今はサっちゃんとオジサンの戦いを見守らなければ。
「なんだか知らねーけど、そんな構えじゃアタイを止めらんないよ!」
「フッ、止めるつもりはない。言っただろう? 私はただおまえを受け入れるだけだ」
「そうかい。まあ何にしてもアタイのやることは変わらないねぇ――スキル、サイドチェスト!」
サっちゃんの身体にナゾのオーラっぽい何かが覆った。目標は佇んでるオジサン。で、その目標人物は逃げるどころかゆっくりとサっちゃんの身体に寄って、彼女の肩が触れる直前に体勢を翻す。下がって、ひねって、手を突進する巨体に添えて。
そっと。ほんとにそっとだ。ただそっとなでただけ。それだけで、
「なぁ!?」
ズドン。こんどはトゥーサが地面にめりこんだ。
めりこんだっていうかぁ……埋まった?
(サっちゃん自力で這い上がれるかな?)
まあ、サっちゃんがその気になれば地面や壁に手を突っ込んで足場にできるからへーきか。
「知り合いに教えてもらった武術だ。たしかアイキドーとかいったな」
「……おどろいたね」
こっちからは見えないけど、たぶん穴の奥で声が聞こえたからダイジョーブだとおもう。
「とつぜん空が見えたとおもったらコレかい」
「力には方向がある。私はそれをちょっぴりズラしてやっただけに過ぎん。非力な者でも扱える技だが、逆に言えばこれを使わなければトゥーサ。キミの力に対抗しうる手段がなかったということだ」
「褒めてもらえてうれしーよ」
「すげえ、あの巨体が一瞬で」
口をあんぐりしてる少年を一瞥し、オジサンはわらった。
「何事も修行だぞ若造。じゃ、次はビシェルとグレースだが、おまえたちの強さを最大限活かせる場所に行こうか」
少年が上下でさよーならしてしまった布を渋い顔して見てるなか、その原因をつくったまあまあいろいろ経験してきた人が次の相手を指名した。
「いつものたのむ」
「おっけー、やろうか」
戦いの高揚より、自分の筋肉をたっぷり活かせることに喜びを見出してる表情。これはまごうことなき歓喜というやつだ。
「いーよなー。トゥーサはオッサンに痛めつけられねーでただタックルしてりゃいーんだから」
「だったらおまえもそーすりゃいい。それでアタイに勝てんならね?」
「だーれが筋肉ダルマのマネすっかよ」
ポジションチェンジ。さっきまでスプリットくんがいた場所にこんどはサっちゃんが仁王立ち。うでをぐわんぐわん回してストレッチとか、拳を突き合わせたり屈伸したり。いつでもいけますよって感じ。
「はん、その貧相な細腕と武器でアタイの身体に傷をつけたことがあったかい?」
「その気になりゃいつでもヤれるさ」
「口だけは達者だね」
「……あの」
ふたりの舌戦中、おずおずといった感じで背の高い女性に声をかける女の子がいた。
「スプリットさまとトゥーサさまは仲がわるいのですか?」
「いつもの事だ、気にしなくていい」
「はぁ」
「どれ、私も準備するかね」
言って、オジサンはおもむろに自分の服を脱ぎ始めた。ガードの固い上着をパージ。んでもって現在隠すとこ隠す用の布と最低限の上下だけになっております。つまりサっちゃんとほぼ同じ状態。見る人によっては思わず視線を逸らしたり、顔を隠したリなんだったり。
(そう考えるとサっちゃんってけっこー……やめとこ)
それとこれとは別問題なんだよきっと。
「さあきたきた!」
声や笑顔はまるでフレンドリーだけど、サっちゃんはすでに戦闘態勢に入ってる。両手をこぶしにして地面につき、ヒザを曲げていつでも突進できる構えを見せる。
なんか、サっちゃんのまわりに円が描いてあって、そこから出たら負けになりそうな雰囲気。わかりやすく言えば相撲の構えしてるってこと。
「立ち会いは強く当たって、あとは流れでよろしく」
オジサンはまだ中腰だ。それから徐々に体勢を低くしていきまずは片方の手をつく。それからゆっくりもう片方の手を下ろしていって――。
ズドン!
それが地面に付けられた瞬間、まるで乗り物がぶつかったような衝突音が響いた。
「チャールズさまッ!?」
グウェンちゃんが宙を舞うオジサンを驚きの目で凝視した。なんでそんなことになってるかってと、オジサンが手をついたじゃん? んでサっちゃんに突進したじゃん?
サっちゃんだって同じことするじゃん? で、ふたりがぶつかるじゃん? ――片方は子どもが乗るような三輪車で、もう片方がそうだなぁ……ロードローラーとかそんな感じ?
とにかく、ふたりがぶつかって、オジサンが一方的にふっとばされて、そのまま地面に突っ込んどることになりましたとさ。
「……ぅぅ」
全身からナゾの煙を出すオジサン。埋もれた身体をのそっと持ち上げ、そして一歩も後ろに引かなかった相手の姿に天を見上げた。
「くぅ~手も足も出んか」
「ったりめーよ! アタイの筋肉は誰も止められないさ」
またマッスルなポーズをして自分の肉体を誇示する。得意顔のサっちゃんはかなりオジくさいというか、なんかガハハって笑ってそうな感じがした。
わたしやスプリットくんは、オジサンから技術論とか細やかな動きを教わる。だけどサっちゃんに関しては正反対なお付き合いをしてて、力と力の勝負をひたすらやってく感じ。そのなかで筋肉を活かすための動きなんかを学ぶのがサっちゃんスタイルだ。
「いいな、以前より威力が上がってる。コツでも掴んだか?」
「アンタに言われた通りにしただけさ。ただ腕だけを大ぶりしても意味ないから、はじめはただ突っ込むことだけに集中して、スピードを上げて全身でぶつかるようにしたんだよ」
「よしよしそれでいい。力とはいかに速く、そしていかに硬く動くかだ」
「ああ。おかげでこの筋肉を百パーセント、いや百二十パーセント輝かせることができる」
サっちゃんが近寄りつつ上腕の筋肉を強調すると、オジサンは地面にあぐらをかきながら満足そうに高笑いした。
「しっかしとんでもないパワーだ。おかげで危うく目の上に火花が散るところだった」
「手ぇかそうか?」
「バカいえ」
けっこーな距離ふっとばされたにもかかわらず、オジサンはノーダメレベルですんなり立ち上がった。サっちゃんのタックル直撃かー。わたしだったらどうだろ? たぶん二日は気絶してるかなー。
「私も教えた甲斐があったが、むしろ手がつけられなくなってやりようがない。ってことで絡め手を使おう」
「あん?」
「おまえのパワーをすべて受け入れて、なお倒してやると言ってるんだ。さ、こんどはスキルを使ってかかってこい」
「ほう? おもしろそうじゃないか!」
仕切り直し。同じように姿勢を下げるサっちゃんに対しオジサンはボー立ちである。っていうか足を肩幅に広げて、自然体な感じ。
「受けると言ったが、まさかトゥーサのタックルを本気で受け止めるつもりか?」
「まともに受けたらいくらオッサンでもボロ雑巾になっちまうぜ」
ビーちゃん半信半疑。スプリットくんはありえないって顔だ。
「みなさんいつもこのような訓練を?」
グウェンちゃんの好奇心にみんなうーんと唸ってる。ってことで代表して応えてあげよう。
「うーんたまにかな?」
「たまにだな」
「そうだな、たまにだ」
「はぁ、そうなのですか」
わかってくれたかな? おっと、今はサっちゃんとオジサンの戦いを見守らなければ。
「なんだか知らねーけど、そんな構えじゃアタイを止めらんないよ!」
「フッ、止めるつもりはない。言っただろう? 私はただおまえを受け入れるだけだ」
「そうかい。まあ何にしてもアタイのやることは変わらないねぇ――スキル、サイドチェスト!」
サっちゃんの身体にナゾのオーラっぽい何かが覆った。目標は佇んでるオジサン。で、その目標人物は逃げるどころかゆっくりとサっちゃんの身体に寄って、彼女の肩が触れる直前に体勢を翻す。下がって、ひねって、手を突進する巨体に添えて。
そっと。ほんとにそっとだ。ただそっとなでただけ。それだけで、
「なぁ!?」
ズドン。こんどはトゥーサが地面にめりこんだ。
めりこんだっていうかぁ……埋まった?
(サっちゃん自力で這い上がれるかな?)
まあ、サっちゃんがその気になれば地面や壁に手を突っ込んで足場にできるからへーきか。
「知り合いに教えてもらった武術だ。たしかアイキドーとかいったな」
「……おどろいたね」
こっちからは見えないけど、たぶん穴の奥で声が聞こえたからダイジョーブだとおもう。
「とつぜん空が見えたとおもったらコレかい」
「力には方向がある。私はそれをちょっぴりズラしてやっただけに過ぎん。非力な者でも扱える技だが、逆に言えばこれを使わなければトゥーサ。キミの力に対抗しうる手段がなかったということだ」
「褒めてもらえてうれしーよ」
「すげえ、あの巨体が一瞬で」
口をあんぐりしてる少年を一瞥し、オジサンはわらった。
「何事も修行だぞ若造。じゃ、次はビシェルとグレースだが、おまえたちの強さを最大限活かせる場所に行こうか」