シルク・ド・ワンワン
サーカス観に行ったことある?
観光資源がなんにもない。そんな中年の嘆きを実感できる道のりがつづきます。
みち、やま、もり、みち、やま、もり。たまに行商人さんとであったりするけど基本はぜんぶこればっかり。それが魅力だってエルフ仕込みの弓手さんは言うけれど、こうも同じ景色に変化なしだと大自然の恩恵よりうるさい人ごみや騒がしい酒場の雰囲気が恋しくなります。
そんな感じで次の目的地へ向かう途中、やたら目立つ巨大な建物がそびえ立ってました。
「あれはなんだ? テントか?」
背の高い、っていうかおっきな巨神兵が目の上に手をあてております。わたしの視線からはよく見えないけれど、どうやらアレはテントだそうです。
なぜ遠くからでも目立つのか? それはテントの色が大自然とぜんぜんマッチングしないからです。
「あれはサーカスの集団だな」
「さーかす?」
空中ブランコとかライオンさんの火の輪くぐりみたいなアレ?
「チャールズ殿、サーカスというのはあのサーカスでいいのか?」
「ああ、演芸人が自らの技を披露して金や名声を得るものだ」
「こんな人気のない場所にサーカステント? つぎの町までけっこう遠いぜ?」
「言っても一日あればいい距離だが、中途半端な距離ではあるな。おおかた、町でパフォーマンスをする事前準備といったところだろう」
「なるほど。次の町はヒガシミョーほどじゃないが、それなりに規模がでかいもんな」
なんて会話をくり広げている間にテントの全貌が見えてきた。
赤と白のしましまもよう。モンブランみたいな形をしてて、なんだかおめでたい感じがする。入口っぽいところから人が出たり入ったりしてて、そのうち何人かは見たこともない衣装に身を包んでいた。
あれはピエロだ間違いない。あ、あっちになんかライオンさんみたいなどうぶついなかった?
(うーん、なんだかたのしそう!)
「ちょっと見てっていい?」
「子どもの遠足じゃないんだぞ? ……まあ、べつにいいけど」
「やった!」
わたしは子どものように駆け出した。
「ふぇ~」
近くで見たらすっごいおおきい! 何倍くらいの大きさなんだろう? もうとにかく大きい。
入口に近づくにつれ人の気配がマシマシになってきた。近くではお料理をしてるっぽいおいしそうな香りがして、屈強な男の人たちがちっちゃなテントを設営してた。ちっちゃいって言ってもうんメートルの高さくらいはあるけどね。
そのうち何人かがこちらに気づいてジロジロ見てきた。そんなときはゲンキにあいさつしましょう。
「こんにちは!」
驚かれた。
ある人は頭をさげてくれて、ある人はこっちに手を振ってくれた。うん、これでみんなとオトモダチだね!
(オトモダチの輪がひろがりんぐぅ~)
「この中見てっていいですか?」
「あーだめだめ。いまは公演に向けて練習中だからあぶないんだよ」
「えーそこをなんとかぁ」
胸の前でバッテンされました。
(んーでもでも気になるぅ……およ?)
入口からちょろっとだけ除きこんでみると、そこは別世界のような空間が広がっていた。
観る人のための観客席があって、その奥にはみんなの視線をひとり占めするステージがあり、あらゆる方向からライトアップされていた。
その中心ではパフォーマンスの練習中らしく、木材のイスを重ねてタワーをつくり、その上で逆立ちをしてる人の姿が見える。そのさらに上には、サーカスといえば必ず出てくるおおきなブランコと、宙吊りになってそれに揺られる人。それがあっちこっちに動いて、はしっこに到達したときまた別の人がブランコに手を伸ばす。
命綱なしでよくやるなぁって。ああでも、ステージの上でやってるアレくらいならわたしでもできそう。オジサンにさんざんやらされて不安定な場所に立つくらいならへっちゃらなんだぜ。
「まるでアレくらいなら自分でもできるって顔してるわね」
「ぅわっと!」
背後からとつぜん声をかけられて思わず背筋がピンとなる。ピンというかビン? ビンってかビクンビクン?
「あぁごめん。驚かせるつもりはなかったんだ、ゆるしてね」
「あ、いえ、だいじょうぶです」
言いつつ振り返ると、そこにはスラッと背の高い女性がいた。
ビーちゃんもそうだけど、こう、なんていうの? 背の高いモデルさんみたいな感じ。舞台衣装なのかな? すっごいひらひらしててキラキラしてる。ピンク色の髪の毛は染めてるのかな? ちょっと長くてふわふわカールで、おなじ女の子から見てもかわいいと思うくっそうらやま。どーせわたしはちんちくりんですよーだ。
「なにを自嘲気味にわらってるのかしら」
「あ、かおに出てた?」
「ふふ、アンタおもしろいね」
ほほえむ姿までスタイリッシュな女性だった。
「こらグレース、こんなとこまで突っ込むんじゃない」
「あう」
うあー不審者にくびねっこつかまれたー。
「少しは大人しくできんのか」
「ごめんなさぁい。でもキレイなおねーさんがいたからつい」
「ああそうか。で、どこにいるんだそのお姉さんとやらは」
「いるじゃん目の前に――あれ?」
いない。
(うそ、あんなにキラキラして目立つのに)
左右をキョロキョロしてみたけどいない。ついでに上下も見たけどいない。そうこうやってるうちにパーティー最年少と最巨体がやってきた。
「これがサーカスなのですか」
「サーカスは見たことあるのかい?」
「いえ、ありません」
「アタイもだよ。あーあれが空中ブランコってやつかい? おもしろそうだね」
「やめとけよ。トゥーサがぶら下がったらテントごと潰れちまう」
「へっ、スプリットみたいなほそっちいガキなら乗りこなせそうだね」
「ケンカはふたりっきりのときにやれ。それとも、お前らもイッパツ曲芸でも披露して路銀確保でもするか?」
あ、それは見たいかも。サっちゃんがスプリットくんを思い切りぶん投げるでしょ、で、えーっとそのあと――どうする?
(的に当てるとか?)
「失礼ながら、今は興行中ではないのですよお客人様方」
うしろからジェントルな声が聞こえてきた。オジサンとはまた別のしぶーい声だ。
「失礼した。すぐに退散しよう」
「いえいえ、興行中でないだけで見学ならいつでも大歓迎ですので――ところで旅のお方、あなたはもしやチャールズ殿ではありませんか?」
重ねてオジサンに問いかけるダンディな男性。燕尾服にシルクハットはやべえダンディだしぶい。
ちょっぴり白髪まじりだけど、それを気にすることなく逆に衣装とマッチさせた感じがしてめちゃしぶい。白いチョビヒゲもグッド。白い手袋に蝶ネクタイ、んでツヤっぽいステッキがめちゃ似合ってる。
「ほう、なぜそれを?」
こっちのチョビヒゲというか無精髭は驚いた顔をした。
「自分の世代であなたを知らぬ人はいませんよ。先の戦いであなたが行った偉業を思えば当然のことでしょう? 悲しむとするなら、いまの若い世代はすでにそれを忘れかけているということでしょう」
「戦争など知らぬ人が増えればそれで良いさ」
口がウマいヤツは信用できない。常々そう言ってるオジサンが今はほんのり照れくさい顔をしてらっしゃる。
「ところで、そちらのお嬢さんは我がサーカス団に興味がおありのようで」
こちらに視線を移されました。そりゃもう興味津々です。
「はいあります!」
「の、ようだな」
「しかも、うちの団員が認めるほどの技量をもつようだ。どうでしょう? ぜひ我がサーカス団のひと幕にご招待されてみませんか?」
(え、マジ?)
それめっちゃ魅力的なごてーあんですけど?
「いや遠慮する」
「オジサン!?」
「路銀は足りてるのでな」
いやいやなに勝手にお話を? っていうかホントに路銀足りてるの? だってオジサンが隠し持ってた酒代用のへそくりをビーちゃんが取り上げるくらいには金欠なんだよ?
まあ、ソレに関しては元からバレバレだったんだけど。
「そうですか。ではせめて本日は我がサーカスの一部をご披露させていただき、ご宿泊もこちらで手配させていただけますか?」
「それは助かる」
激しく同意。となりに控えるほか皆様方も同意見と言わんばかりに素晴らしい表情です。
「ありがとうございます。では、団員を集めて特別ショーの準備をしておきましょう」
一例して、チョビヒゲダンディは優雅に燕尾服を翻した。
みち、やま、もり、みち、やま、もり。たまに行商人さんとであったりするけど基本はぜんぶこればっかり。それが魅力だってエルフ仕込みの弓手さんは言うけれど、こうも同じ景色に変化なしだと大自然の恩恵よりうるさい人ごみや騒がしい酒場の雰囲気が恋しくなります。
そんな感じで次の目的地へ向かう途中、やたら目立つ巨大な建物がそびえ立ってました。
「あれはなんだ? テントか?」
背の高い、っていうかおっきな巨神兵が目の上に手をあてております。わたしの視線からはよく見えないけれど、どうやらアレはテントだそうです。
なぜ遠くからでも目立つのか? それはテントの色が大自然とぜんぜんマッチングしないからです。
「あれはサーカスの集団だな」
「さーかす?」
空中ブランコとかライオンさんの火の輪くぐりみたいなアレ?
「チャールズ殿、サーカスというのはあのサーカスでいいのか?」
「ああ、演芸人が自らの技を披露して金や名声を得るものだ」
「こんな人気のない場所にサーカステント? つぎの町までけっこう遠いぜ?」
「言っても一日あればいい距離だが、中途半端な距離ではあるな。おおかた、町でパフォーマンスをする事前準備といったところだろう」
「なるほど。次の町はヒガシミョーほどじゃないが、それなりに規模がでかいもんな」
なんて会話をくり広げている間にテントの全貌が見えてきた。
赤と白のしましまもよう。モンブランみたいな形をしてて、なんだかおめでたい感じがする。入口っぽいところから人が出たり入ったりしてて、そのうち何人かは見たこともない衣装に身を包んでいた。
あれはピエロだ間違いない。あ、あっちになんかライオンさんみたいなどうぶついなかった?
(うーん、なんだかたのしそう!)
「ちょっと見てっていい?」
「子どもの遠足じゃないんだぞ? ……まあ、べつにいいけど」
「やった!」
わたしは子どものように駆け出した。
「ふぇ~」
近くで見たらすっごいおおきい! 何倍くらいの大きさなんだろう? もうとにかく大きい。
入口に近づくにつれ人の気配がマシマシになってきた。近くではお料理をしてるっぽいおいしそうな香りがして、屈強な男の人たちがちっちゃなテントを設営してた。ちっちゃいって言ってもうんメートルの高さくらいはあるけどね。
そのうち何人かがこちらに気づいてジロジロ見てきた。そんなときはゲンキにあいさつしましょう。
「こんにちは!」
驚かれた。
ある人は頭をさげてくれて、ある人はこっちに手を振ってくれた。うん、これでみんなとオトモダチだね!
(オトモダチの輪がひろがりんぐぅ~)
「この中見てっていいですか?」
「あーだめだめ。いまは公演に向けて練習中だからあぶないんだよ」
「えーそこをなんとかぁ」
胸の前でバッテンされました。
(んーでもでも気になるぅ……およ?)
入口からちょろっとだけ除きこんでみると、そこは別世界のような空間が広がっていた。
観る人のための観客席があって、その奥にはみんなの視線をひとり占めするステージがあり、あらゆる方向からライトアップされていた。
その中心ではパフォーマンスの練習中らしく、木材のイスを重ねてタワーをつくり、その上で逆立ちをしてる人の姿が見える。そのさらに上には、サーカスといえば必ず出てくるおおきなブランコと、宙吊りになってそれに揺られる人。それがあっちこっちに動いて、はしっこに到達したときまた別の人がブランコに手を伸ばす。
命綱なしでよくやるなぁって。ああでも、ステージの上でやってるアレくらいならわたしでもできそう。オジサンにさんざんやらされて不安定な場所に立つくらいならへっちゃらなんだぜ。
「まるでアレくらいなら自分でもできるって顔してるわね」
「ぅわっと!」
背後からとつぜん声をかけられて思わず背筋がピンとなる。ピンというかビン? ビンってかビクンビクン?
「あぁごめん。驚かせるつもりはなかったんだ、ゆるしてね」
「あ、いえ、だいじょうぶです」
言いつつ振り返ると、そこにはスラッと背の高い女性がいた。
ビーちゃんもそうだけど、こう、なんていうの? 背の高いモデルさんみたいな感じ。舞台衣装なのかな? すっごいひらひらしててキラキラしてる。ピンク色の髪の毛は染めてるのかな? ちょっと長くてふわふわカールで、おなじ女の子から見てもかわいいと思うくっそうらやま。どーせわたしはちんちくりんですよーだ。
「なにを自嘲気味にわらってるのかしら」
「あ、かおに出てた?」
「ふふ、アンタおもしろいね」
ほほえむ姿までスタイリッシュな女性だった。
「こらグレース、こんなとこまで突っ込むんじゃない」
「あう」
うあー不審者にくびねっこつかまれたー。
「少しは大人しくできんのか」
「ごめんなさぁい。でもキレイなおねーさんがいたからつい」
「ああそうか。で、どこにいるんだそのお姉さんとやらは」
「いるじゃん目の前に――あれ?」
いない。
(うそ、あんなにキラキラして目立つのに)
左右をキョロキョロしてみたけどいない。ついでに上下も見たけどいない。そうこうやってるうちにパーティー最年少と最巨体がやってきた。
「これがサーカスなのですか」
「サーカスは見たことあるのかい?」
「いえ、ありません」
「アタイもだよ。あーあれが空中ブランコってやつかい? おもしろそうだね」
「やめとけよ。トゥーサがぶら下がったらテントごと潰れちまう」
「へっ、スプリットみたいなほそっちいガキなら乗りこなせそうだね」
「ケンカはふたりっきりのときにやれ。それとも、お前らもイッパツ曲芸でも披露して路銀確保でもするか?」
あ、それは見たいかも。サっちゃんがスプリットくんを思い切りぶん投げるでしょ、で、えーっとそのあと――どうする?
(的に当てるとか?)
「失礼ながら、今は興行中ではないのですよお客人様方」
うしろからジェントルな声が聞こえてきた。オジサンとはまた別のしぶーい声だ。
「失礼した。すぐに退散しよう」
「いえいえ、興行中でないだけで見学ならいつでも大歓迎ですので――ところで旅のお方、あなたはもしやチャールズ殿ではありませんか?」
重ねてオジサンに問いかけるダンディな男性。燕尾服にシルクハットはやべえダンディだしぶい。
ちょっぴり白髪まじりだけど、それを気にすることなく逆に衣装とマッチさせた感じがしてめちゃしぶい。白いチョビヒゲもグッド。白い手袋に蝶ネクタイ、んでツヤっぽいステッキがめちゃ似合ってる。
「ほう、なぜそれを?」
こっちのチョビヒゲというか無精髭は驚いた顔をした。
「自分の世代であなたを知らぬ人はいませんよ。先の戦いであなたが行った偉業を思えば当然のことでしょう? 悲しむとするなら、いまの若い世代はすでにそれを忘れかけているということでしょう」
「戦争など知らぬ人が増えればそれで良いさ」
口がウマいヤツは信用できない。常々そう言ってるオジサンが今はほんのり照れくさい顔をしてらっしゃる。
「ところで、そちらのお嬢さんは我がサーカス団に興味がおありのようで」
こちらに視線を移されました。そりゃもう興味津々です。
「はいあります!」
「の、ようだな」
「しかも、うちの団員が認めるほどの技量をもつようだ。どうでしょう? ぜひ我がサーカス団のひと幕にご招待されてみませんか?」
(え、マジ?)
それめっちゃ魅力的なごてーあんですけど?
「いや遠慮する」
「オジサン!?」
「路銀は足りてるのでな」
いやいやなに勝手にお話を? っていうかホントに路銀足りてるの? だってオジサンが隠し持ってた酒代用のへそくりをビーちゃんが取り上げるくらいには金欠なんだよ?
まあ、ソレに関しては元からバレバレだったんだけど。
「そうですか。ではせめて本日は我がサーカスの一部をご披露させていただき、ご宿泊もこちらで手配させていただけますか?」
「それは助かる」
激しく同意。となりに控えるほか皆様方も同意見と言わんばかりに素晴らしい表情です。
「ありがとうございます。では、団員を集めて特別ショーの準備をしておきましょう」
一例して、チョビヒゲダンディは優雅に燕尾服を翻した。