はじめてのバー
いないいなーい、バー
さてさて本日はどのような酒場かな? ――ん?
「さかば……さかば……バー?」
めっちゃくろい。じゃなくてくらい。
おひるなのに夜? って感じ。くろい壁、くろいテーブル、そしてくらい雰囲気の空間。
アンティーク感ただようイスにピシッとした男性が優雅に腰を下ろしてる。あっちこっちで革靴のコンコンした音が響いて、テーブルの向こう側にはぴっちりした服装の男性が何かを手にシャカシャカしてた。
「うーむ、いつ来ても落ち着く場所だ」
「えっ」
そんなシックな空間に旅衣装のゴチャゴチャした一団が、いやまぎれもなくわたしたちのことなんですけど、これこんななりでズケカズカ入っちゃっていいのです? ほらみんなも足が重くなってるし。
「これは……」
「どうしたビシェル? キミが進まなければみんな入ってこれないぞ?」
「いや、その……こ、こんな格好で入ってしまっていいのですか?」
「いったいなんのことだ?」
訊ねられたオジサンはただ首をかしげた。
「ひとまず情報収集だ。テキトーなテーブルで待っていてくれ」
言って、彼はささっとバーの奥まで足を進めてしまう。入口ですし詰めになったのこる面々は困惑顔のオンパレードです。
「な、なんか雰囲気がアレだな」
「こんな格好で入って良いのだろうか?」
ビーちゃんが泥だらけになった靴や服を見て考えてる。礼儀作法の"れ"の字もなさそうなスプリットくんでさえ、この雰囲気には生唾をのむばかりでございました。
「……いきます」
「ッ!」
みんな困惑やら緊張やらで硬直してるなか、勇気を振り絞って足をいっぽ踏み出した人がいた。
(グウェンちゃん! あなたっていう子は)
最年少なのに! 子どもなのに!
(ううん。グウェンちゃんにだけ怖い思いをさせたくない)
「行こう、みんな」
勇気があればなんでもできる。このオトナのスペースに素手で立ち向かうんだ!
「ようこそおいでくださいました」
「わひゃい!」
影から声と手が伸びてきた! 反射的にステップして武器を――あ、今は帯短刀してないんだった。
「ゆっくりとお楽しみください……と言いましても、お客様にはミルクしか出せませんがね?」
(――ほう?)
いま、なんか知んないけど挑まれた気がするんだわ。
(よっしゃやったろーじゃん? ミルクでもアイスティーでもなんでもこいや!)
「って、あ、ちょっとまって」
服装やらあれこれに手をまわして、どうしようもない事実に関してちょっち質問してみました。
「あのぉー、こんなカッコですがだいじょーぶですか?」
「こんなかっことは?」
「え、いやだってみんなと違うっていうか、ちょっち汚れてるっていうか」
見渡す限り、ここにはちゃんとした服装の人しかいない。
スーツ姿の男性、控えめながら精錬されたドレスに身を包む女性、シャツにベスト、若干カジュアルでありつつも色をおさえたスカート、ラフな服装に見えつつキメるとこはキメてる的な?
それに比べてこっちはどうよ? 狩猟モードに切り替えラクチンな暗色のアサシンモード。少年はガッツリ戦う軽装スタイルだし筋肉さんは薄着にもほどがあるし弓兵に僧侶はまさにそのイメージ通りのカッコでいらっしゃる。
もちろん、旅路であります故におせんたくもままなっておりませぬ。
「どうぞ遠慮なくおくつろぎください」
「えぇぇ……」
ほんとにいいの?
「そいつが言ってんだからいーんだろ? 呑んだくれジジイの言うとおりテキトーなイスに座っとこうぜ」
「スプリット、さいきんチャールズ殿に対し失礼な言葉遣いが増えているぞ」
「あってるじゃん」
ビーちゃんが額に手をおいた。
とりあえず、言われるがままにてきとーな席を探してるんだけどどこもゴリッパすぎておしりを置くのに躊躇するっていうか、そもそもどこもかしこも高級品に見えて居心地がわるいっていうか、完全アウェーっていうか、うん、むず痒いはやくこの空間から逃げ出したい。
「お客人、もうしわけありませんがお引き取りを」
「なんだぁ? テメー客に入れねえっちゃどういう意味だ」
背後からの声。振り向くと、そこにはガラのわるそーなオトコのひとが、さっきわたしたちに声かけたウェイターさんに引き止められていた。
短パンにタンクトップ。でもって首にタオルまきまき。これはまごうことなきだいくさんかな?
「酒呑みにきたんだよワリーか?」
「お客さま――失礼ですが、そのような格好ではご遠慮いただきます」
「えっ」
わたしたちオッケーだったのに? だってけっこう泥だらけだよこっち。
「チッ、んだよつまんねー」
(あ、わりとすぐ引き下がるんだ)
こういう展開って、こう、なんかワーワーって叫んで店内になだれこんでドッタンバッタン大騒ぎ! みたいな流れだと。
「ふふふ、みなさまは異世界からの放浪者ですね」
どこからかすっげーシブくて低くて遠くまで響き渡るような声が聞こえる。どこからか、というよりその発生源はすぐにわかった。
だってすっげー存在感なんだもん。テーブルの向こうで「どうも、ここの支配者です」とか言ってそうな雰囲気なんだもん。
「なぜわかった?」
彼の放つオーラに引けを取らず、しかし緊張した面持ちでうちの弓兵がまず前にでます。
「それはいま貴方のほうから教えていただきました」
壮年の男性。白いシャツに黒いベスト、チラッと見えたあれはスラックスかな? そんなのを履いてた気がする。それに赤いネクタイで首元を留めて、髪の毛は短くまとめた白髪交じり。
まさに紳士って感じ。けど彼の存在感を大いに引き立てるのは蓄えられた立派な眉毛とヒゲ。とくに口元を覆うそれらはひとつの芸術品のようにボリューミーだった。
「――貴様」
「あぁ失礼。他意はございません。ただ少し、この雰囲気に緊張されているようでしたので……どうぞ」
シャカシャカやってた何かを置いて、そこから白い液体を小さなコップに小分けで注いでいく。
「特製ミルクです。地元の牧場から直接仕入れたできたてほやほやの品ですよ?」
「……いただこう」
(ノド乾いてたのね、ビーちゃん)
ポーカーフェイスなのはいいけど目がしいたけなんだよ、この子。
「さかば……さかば……バー?」
めっちゃくろい。じゃなくてくらい。
おひるなのに夜? って感じ。くろい壁、くろいテーブル、そしてくらい雰囲気の空間。
アンティーク感ただようイスにピシッとした男性が優雅に腰を下ろしてる。あっちこっちで革靴のコンコンした音が響いて、テーブルの向こう側にはぴっちりした服装の男性が何かを手にシャカシャカしてた。
「うーむ、いつ来ても落ち着く場所だ」
「えっ」
そんなシックな空間に旅衣装のゴチャゴチャした一団が、いやまぎれもなくわたしたちのことなんですけど、これこんななりでズケカズカ入っちゃっていいのです? ほらみんなも足が重くなってるし。
「これは……」
「どうしたビシェル? キミが進まなければみんな入ってこれないぞ?」
「いや、その……こ、こんな格好で入ってしまっていいのですか?」
「いったいなんのことだ?」
訊ねられたオジサンはただ首をかしげた。
「ひとまず情報収集だ。テキトーなテーブルで待っていてくれ」
言って、彼はささっとバーの奥まで足を進めてしまう。入口ですし詰めになったのこる面々は困惑顔のオンパレードです。
「な、なんか雰囲気がアレだな」
「こんな格好で入って良いのだろうか?」
ビーちゃんが泥だらけになった靴や服を見て考えてる。礼儀作法の"れ"の字もなさそうなスプリットくんでさえ、この雰囲気には生唾をのむばかりでございました。
「……いきます」
「ッ!」
みんな困惑やら緊張やらで硬直してるなか、勇気を振り絞って足をいっぽ踏み出した人がいた。
(グウェンちゃん! あなたっていう子は)
最年少なのに! 子どもなのに!
(ううん。グウェンちゃんにだけ怖い思いをさせたくない)
「行こう、みんな」
勇気があればなんでもできる。このオトナのスペースに素手で立ち向かうんだ!
「ようこそおいでくださいました」
「わひゃい!」
影から声と手が伸びてきた! 反射的にステップして武器を――あ、今は帯短刀してないんだった。
「ゆっくりとお楽しみください……と言いましても、お客様にはミルクしか出せませんがね?」
(――ほう?)
いま、なんか知んないけど挑まれた気がするんだわ。
(よっしゃやったろーじゃん? ミルクでもアイスティーでもなんでもこいや!)
「って、あ、ちょっとまって」
服装やらあれこれに手をまわして、どうしようもない事実に関してちょっち質問してみました。
「あのぉー、こんなカッコですがだいじょーぶですか?」
「こんなかっことは?」
「え、いやだってみんなと違うっていうか、ちょっち汚れてるっていうか」
見渡す限り、ここにはちゃんとした服装の人しかいない。
スーツ姿の男性、控えめながら精錬されたドレスに身を包む女性、シャツにベスト、若干カジュアルでありつつも色をおさえたスカート、ラフな服装に見えつつキメるとこはキメてる的な?
それに比べてこっちはどうよ? 狩猟モードに切り替えラクチンな暗色のアサシンモード。少年はガッツリ戦う軽装スタイルだし筋肉さんは薄着にもほどがあるし弓兵に僧侶はまさにそのイメージ通りのカッコでいらっしゃる。
もちろん、旅路であります故におせんたくもままなっておりませぬ。
「どうぞ遠慮なくおくつろぎください」
「えぇぇ……」
ほんとにいいの?
「そいつが言ってんだからいーんだろ? 呑んだくれジジイの言うとおりテキトーなイスに座っとこうぜ」
「スプリット、さいきんチャールズ殿に対し失礼な言葉遣いが増えているぞ」
「あってるじゃん」
ビーちゃんが額に手をおいた。
とりあえず、言われるがままにてきとーな席を探してるんだけどどこもゴリッパすぎておしりを置くのに躊躇するっていうか、そもそもどこもかしこも高級品に見えて居心地がわるいっていうか、完全アウェーっていうか、うん、むず痒いはやくこの空間から逃げ出したい。
「お客人、もうしわけありませんがお引き取りを」
「なんだぁ? テメー客に入れねえっちゃどういう意味だ」
背後からの声。振り向くと、そこにはガラのわるそーなオトコのひとが、さっきわたしたちに声かけたウェイターさんに引き止められていた。
短パンにタンクトップ。でもって首にタオルまきまき。これはまごうことなきだいくさんかな?
「酒呑みにきたんだよワリーか?」
「お客さま――失礼ですが、そのような格好ではご遠慮いただきます」
「えっ」
わたしたちオッケーだったのに? だってけっこう泥だらけだよこっち。
「チッ、んだよつまんねー」
(あ、わりとすぐ引き下がるんだ)
こういう展開って、こう、なんかワーワーって叫んで店内になだれこんでドッタンバッタン大騒ぎ! みたいな流れだと。
「ふふふ、みなさまは異世界からの放浪者ですね」
どこからかすっげーシブくて低くて遠くまで響き渡るような声が聞こえる。どこからか、というよりその発生源はすぐにわかった。
だってすっげー存在感なんだもん。テーブルの向こうで「どうも、ここの支配者です」とか言ってそうな雰囲気なんだもん。
「なぜわかった?」
彼の放つオーラに引けを取らず、しかし緊張した面持ちでうちの弓兵がまず前にでます。
「それはいま貴方のほうから教えていただきました」
壮年の男性。白いシャツに黒いベスト、チラッと見えたあれはスラックスかな? そんなのを履いてた気がする。それに赤いネクタイで首元を留めて、髪の毛は短くまとめた白髪交じり。
まさに紳士って感じ。けど彼の存在感を大いに引き立てるのは蓄えられた立派な眉毛とヒゲ。とくに口元を覆うそれらはひとつの芸術品のようにボリューミーだった。
「――貴様」
「あぁ失礼。他意はございません。ただ少し、この雰囲気に緊張されているようでしたので……どうぞ」
シャカシャカやってた何かを置いて、そこから白い液体を小さなコップに小分けで注いでいく。
「特製ミルクです。地元の牧場から直接仕入れたできたてほやほやの品ですよ?」
「……いただこう」
(ノド乾いてたのね、ビーちゃん)
ポーカーフェイスなのはいいけど目がしいたけなんだよ、この子。