りょかん! たたみ! オフトゥン!
そんなホテルでだいじょぶか?
いちばんいい旅館をたのむ
いちばんいい旅館をたのむ
ホテルとりょかんのちがいってなんだろう?
見た目? ホテルはなんかすっごいキラキラした洋風なイメージ。りょかんはどっちかっていうと落ち着いた? 木でできた建物っていうか全体的にじみーなイメージ。
そういう印象論でいうと、これは間違いなく"旅館"だ。
まず木造建築でしょ? そんで瓦? みたいな屋根でしょ? いりぐちのとこだけ出っ張ってて、がらがら~って音がしそうな引き戸の前にのれんがひらひらしてる。青っぽいのれんには"花の七草"って書いてある。
漢字で。
すっげーゴリッパな字体で。
(……そーいえば)
いままでの旅で日本語以外のことばあったっけ?
(あ、英語もあったはさっきのバーでも見たし)
「驚くもなにもスゲーでかいお宿じゃないかい。足りるのかい?」
サっちゃんが皮肉めいたくちで、右手のおやゆびと人さし指をつかい輪を描いた。
「心配するな。ちゃんと酒代が残るよう調整してあるさ」
「問題はソコじゃねーんだよなぁ」
「だから心配するなって」
「ここにいてはジャマになってしまいます。はやく入りましょう」
愛弟子にせっつかれ冷や汗なところ申し訳ないのですが、我がパーティーいちばんのしっかりものが低い位置から主張しております。そのまま家計も任せたほうがいいんじゃないかなぁ。
先導を促す少女にしたがい、うちの男子ふたりは背中を押されるように玄関へと進んでいく。やっぱりガラガラと音がする引き戸を開けると、そこには木と花の香りに満ちた空間が広がっていた。
「はえぇ~」
りょかんだ。
一面ひろびろとした世界。戸棚の上にひっそりと花が咲き、ここを照らす明かりは紙のようなものに包まれ柔らかな光を放ってくれる。
あっちこっちぜんぶ木造だ。光に照らされほのかに反射する自然の色。これを見るだけでなんだか安心させてくれる。長い廊下のその先に見えるのは中庭だろうか?
受付スペースらしきものが目の前にある。そこにさり気なく置かれただるまがかわいくて、わたしはおもわずこんにちはと頭をさげた。
「なにしてんだオメー」
「だるまさんにこんにちは」
「転んだ、だろ。いーから上がろうぜ」
言って、スプリットくんは自分のくつを脱ぎ広間の床を踏む。
(そうか、くつを脱ぐんだ)
いままでそんなことしてなかったから逆に新鮮に見える。持ったくつをとなりの下駄箱に放り込もうとして。
「なんだこれ?」
そこからが進まない。
「なんだ、知らないのか?」
そこに人生経験値最大のオジサンがやってきて、彼のとなりに自分の靴を置き、扉を閉めて、そこに取り付けられていた木札を引き抜いた。
「これでカギがかかる。木札はなくさぬようにとっておけよ? じゃないと弁償するハメになるからな」
「へぇそういう仕掛けかい。理屈は知んないけどおもしろいね……あぁ」
こんどはサっちゃんが一時停止しちゃった。いやその原因はだいたい予想つくけど。
「この下駄箱、アタイのクツはいらないね」
「無理やり押し付けられないか?」
「ムリ言うなよビシェル。そんなことしたら下駄箱のほうが壊れちまいそうだ」
「では、もっと大きなゲタ箱がどこかに」
「んー、ないみたいだね」
中に入るほど自然の香りが濃くなっていく。木目の床がわたしたちの体重をやわらかく受け止めて、まるで生き物のように来訪者を歓迎する声をあげる。それがどこか懐かしいような気がして、わたしは胸いっぱいにこの場所の空気をおもいっきり吸い込んだ。
「あらあらお客さん?」
りょかんの空気を肺いっぱいに満たしたとき、廊下の奥からひょっこり顔が飛び出した。
「どうぞぉあがってくださいな。お泊りですか? それとも日帰りですか?」
トントンと音をたてやってくるその人は、この旅館と同じように自然色豊かな着物に身を包み、やたら明るすぎる笑顔のままこちらに近づいてきた。
「宿泊をお願いしたい。この人数分の部屋はあるか? もしなければ二部屋でも構わない」
「はいはーいちょっと待っててくださいね」
あかるく、それでいてのんびりした返事で受付エリアのなかに入っていく。愛嬌のあるおんなの人で、たぶんわたしたちより年上な印象がある。
「では、お名前をこちらに記入してください。代表者さんだけでいいですよ」
「この宿はメシがうまいと聞いたがほんとうか?」
ボードに自分の名前を記述したオジサンが着物姿の女性に問う。かのじょはまぶしい笑顔で返した。
「絶品ですよ! なんかいもつまみ食いしちゃってもうとまらないです!」
「あ、ああそうか」
「あらやだ! ごめんなさいねぇこんな話しちゃって。みなさん旅のおかた? 見たことないカッコですね?」
ずっとしゃべってばかりに見えつつ手はしっかり動いてる。記述された名前と人数を素早く別の紙に書き写して空き部屋を照会してるようだ。
「はいこちらがカギね」
「やはりふた部屋になったか」
「ごめんなさいねぇ。ほんとはもっと大所帯用のお部屋もあるんだけど今は人がいないのよぉ。それじゃ案内します」
手で進む方向を示し、そのままみんなを先導して歩き始めた。大人数で廊下をあるくと、木造の床がキィキィとかわいい鳴き声をあげ、透明な窓の向こうに深い緑に覆われた石と竹筒が見える。
カコーン、という音が耳に入った。
「おらあ異世界から来たんだ。みんなもでしょ?」
部屋に案内されるまで、彼女が会話を切らすことはなかった。沈黙に耐えかねて、というよりもともとおしゃべり好きなのかもしれない。
「なんでわかったんだ?」
「んー、なんとなくかな? でもソッチのおとうさんは違うよね?」
「おとう、さん」
オジサンが渋い顔をした。
「それもカンか? 鋭いな」
「へっへーん、そういうのは得意なんです。この世界では異世界人っていうのよね。みんなの話だとふつーの異世界人は草原とかそのヘンの道端で目覚めるみたいなんだけどね? ウチったらなんか違ったみたいでいやだもうっ、気付いたらこのお宿のおふとんで寝ちゃっててね?」
「はあ、そうなんですか」
なんだろう、テキトーに相槌うったりへーそうなんですねーって言うだけで小一時間はネバれそう。
「どうせならと思ってここで働きたいなーって頼んだらおっけーもらっちゃったのぉ! びっくりよねー着物も着れたし。受付嬢が異世界人なんて雅でしょ? なんちゃって」
「へぇーそれでここで働いてるんだ」
「毎日おいしい食べ物もらえるしあったかいおふとんで寝られるしいートコだよ?」
やっばそれは高待遇!
「あーオジサンごめん。わたし今日からここで働かせていただきます」
「却下だ」
「ひどい!」
「あはは! そんな若い子が来たらみんなよろこぶよー。はい、おまたせしましたこちらがお部屋です」
中庭に沿って侘び寂びな渡り廊下を抜け、廊下の突き当りにさしかかった時前を行く彼女が立ち止まった。そこにはひとつの扉。
「ここと、この隣の部屋を自由に使ってね。あ、申し遅れました。ウチの名前はチコっていいます。チコちゃんって呼んでね!」
チコちゃんの手によってその引き戸が開かれる。障子が張られたいかにも和風なそれの奥には、またまた心がおちつく大和魂な空間が待っていた。
「わしつだー!」
たたみだー!
とこのまだー!
おふとんはぁ――まだない。
「おふとん! わたしのオフトゥンはどこ!」
「おふとんは押入れのなかですよー。でも、まだ寝る時間じゃないからもうちょっと待っててね。後でウチが用意したげるから」
そんなチコちゃんの声に耳を傾けつつ、わたしは地面にべったりくっついてたたみの感触を確かめるのでした。
見た目? ホテルはなんかすっごいキラキラした洋風なイメージ。りょかんはどっちかっていうと落ち着いた? 木でできた建物っていうか全体的にじみーなイメージ。
そういう印象論でいうと、これは間違いなく"旅館"だ。
まず木造建築でしょ? そんで瓦? みたいな屋根でしょ? いりぐちのとこだけ出っ張ってて、がらがら~って音がしそうな引き戸の前にのれんがひらひらしてる。青っぽいのれんには"花の七草"って書いてある。
漢字で。
すっげーゴリッパな字体で。
(……そーいえば)
いままでの旅で日本語以外のことばあったっけ?
(あ、英語もあったはさっきのバーでも見たし)
「驚くもなにもスゲーでかいお宿じゃないかい。足りるのかい?」
サっちゃんが皮肉めいたくちで、右手のおやゆびと人さし指をつかい輪を描いた。
「心配するな。ちゃんと酒代が残るよう調整してあるさ」
「問題はソコじゃねーんだよなぁ」
「だから心配するなって」
「ここにいてはジャマになってしまいます。はやく入りましょう」
愛弟子にせっつかれ冷や汗なところ申し訳ないのですが、我がパーティーいちばんのしっかりものが低い位置から主張しております。そのまま家計も任せたほうがいいんじゃないかなぁ。
先導を促す少女にしたがい、うちの男子ふたりは背中を押されるように玄関へと進んでいく。やっぱりガラガラと音がする引き戸を開けると、そこには木と花の香りに満ちた空間が広がっていた。
「はえぇ~」
りょかんだ。
一面ひろびろとした世界。戸棚の上にひっそりと花が咲き、ここを照らす明かりは紙のようなものに包まれ柔らかな光を放ってくれる。
あっちこっちぜんぶ木造だ。光に照らされほのかに反射する自然の色。これを見るだけでなんだか安心させてくれる。長い廊下のその先に見えるのは中庭だろうか?
受付スペースらしきものが目の前にある。そこにさり気なく置かれただるまがかわいくて、わたしはおもわずこんにちはと頭をさげた。
「なにしてんだオメー」
「だるまさんにこんにちは」
「転んだ、だろ。いーから上がろうぜ」
言って、スプリットくんは自分のくつを脱ぎ広間の床を踏む。
(そうか、くつを脱ぐんだ)
いままでそんなことしてなかったから逆に新鮮に見える。持ったくつをとなりの下駄箱に放り込もうとして。
「なんだこれ?」
そこからが進まない。
「なんだ、知らないのか?」
そこに人生経験値最大のオジサンがやってきて、彼のとなりに自分の靴を置き、扉を閉めて、そこに取り付けられていた木札を引き抜いた。
「これでカギがかかる。木札はなくさぬようにとっておけよ? じゃないと弁償するハメになるからな」
「へぇそういう仕掛けかい。理屈は知んないけどおもしろいね……あぁ」
こんどはサっちゃんが一時停止しちゃった。いやその原因はだいたい予想つくけど。
「この下駄箱、アタイのクツはいらないね」
「無理やり押し付けられないか?」
「ムリ言うなよビシェル。そんなことしたら下駄箱のほうが壊れちまいそうだ」
「では、もっと大きなゲタ箱がどこかに」
「んー、ないみたいだね」
中に入るほど自然の香りが濃くなっていく。木目の床がわたしたちの体重をやわらかく受け止めて、まるで生き物のように来訪者を歓迎する声をあげる。それがどこか懐かしいような気がして、わたしは胸いっぱいにこの場所の空気をおもいっきり吸い込んだ。
「あらあらお客さん?」
りょかんの空気を肺いっぱいに満たしたとき、廊下の奥からひょっこり顔が飛び出した。
「どうぞぉあがってくださいな。お泊りですか? それとも日帰りですか?」
トントンと音をたてやってくるその人は、この旅館と同じように自然色豊かな着物に身を包み、やたら明るすぎる笑顔のままこちらに近づいてきた。
「宿泊をお願いしたい。この人数分の部屋はあるか? もしなければ二部屋でも構わない」
「はいはーいちょっと待っててくださいね」
あかるく、それでいてのんびりした返事で受付エリアのなかに入っていく。愛嬌のあるおんなの人で、たぶんわたしたちより年上な印象がある。
「では、お名前をこちらに記入してください。代表者さんだけでいいですよ」
「この宿はメシがうまいと聞いたがほんとうか?」
ボードに自分の名前を記述したオジサンが着物姿の女性に問う。かのじょはまぶしい笑顔で返した。
「絶品ですよ! なんかいもつまみ食いしちゃってもうとまらないです!」
「あ、ああそうか」
「あらやだ! ごめんなさいねぇこんな話しちゃって。みなさん旅のおかた? 見たことないカッコですね?」
ずっとしゃべってばかりに見えつつ手はしっかり動いてる。記述された名前と人数を素早く別の紙に書き写して空き部屋を照会してるようだ。
「はいこちらがカギね」
「やはりふた部屋になったか」
「ごめんなさいねぇ。ほんとはもっと大所帯用のお部屋もあるんだけど今は人がいないのよぉ。それじゃ案内します」
手で進む方向を示し、そのままみんなを先導して歩き始めた。大人数で廊下をあるくと、木造の床がキィキィとかわいい鳴き声をあげ、透明な窓の向こうに深い緑に覆われた石と竹筒が見える。
カコーン、という音が耳に入った。
「おらあ異世界から来たんだ。みんなもでしょ?」
部屋に案内されるまで、彼女が会話を切らすことはなかった。沈黙に耐えかねて、というよりもともとおしゃべり好きなのかもしれない。
「なんでわかったんだ?」
「んー、なんとなくかな? でもソッチのおとうさんは違うよね?」
「おとう、さん」
オジサンが渋い顔をした。
「それもカンか? 鋭いな」
「へっへーん、そういうのは得意なんです。この世界では異世界人っていうのよね。みんなの話だとふつーの異世界人は草原とかそのヘンの道端で目覚めるみたいなんだけどね? ウチったらなんか違ったみたいでいやだもうっ、気付いたらこのお宿のおふとんで寝ちゃっててね?」
「はあ、そうなんですか」
なんだろう、テキトーに相槌うったりへーそうなんですねーって言うだけで小一時間はネバれそう。
「どうせならと思ってここで働きたいなーって頼んだらおっけーもらっちゃったのぉ! びっくりよねー着物も着れたし。受付嬢が異世界人なんて雅でしょ? なんちゃって」
「へぇーそれでここで働いてるんだ」
「毎日おいしい食べ物もらえるしあったかいおふとんで寝られるしいートコだよ?」
やっばそれは高待遇!
「あーオジサンごめん。わたし今日からここで働かせていただきます」
「却下だ」
「ひどい!」
「あはは! そんな若い子が来たらみんなよろこぶよー。はい、おまたせしましたこちらがお部屋です」
中庭に沿って侘び寂びな渡り廊下を抜け、廊下の突き当りにさしかかった時前を行く彼女が立ち止まった。そこにはひとつの扉。
「ここと、この隣の部屋を自由に使ってね。あ、申し遅れました。ウチの名前はチコっていいます。チコちゃんって呼んでね!」
チコちゃんの手によってその引き戸が開かれる。障子が張られたいかにも和風なそれの奥には、またまた心がおちつく大和魂な空間が待っていた。
「わしつだー!」
たたみだー!
とこのまだー!
おふとんはぁ――まだない。
「おふとん! わたしのオフトゥンはどこ!」
「おふとんは押入れのなかですよー。でも、まだ寝る時間じゃないからもうちょっと待っててね。後でウチが用意したげるから」
そんなチコちゃんの声に耳を傾けつつ、わたしは地面にべったりくっついてたたみの感触を確かめるのでした。