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作者: 犬物語
温泉でキャッキャウフフ
とくになにもありません
「あー、うー」

 ういてるー。

「うー、あー」

「なんてマの抜けた声だい」

「いーのー。おふろはまーぬけてるのー」

 あーあったかい。このままお湯のなかに溶けていっちゃいそうだ。

 サっちゃんの提案にのっかってみんなで温泉にザブンしてます。今頃オジサンとスプリットくんもとなりの露天風呂でゆっくりしてると思う。

 チコちゃんはひろくないって言ってたけどとんでもない。内湯と露天があり前者は五人くらいでいっぱいになりそうなものの、露天はみんなで大の字になってもまだまだスペースに余裕がある。

「これはいいお湯だな」

 ビーちゃんが白濁したお湯をすくってじっくり観察する。ちょっとトロみがあるしろいお湯。気づけば夜にさしかかった空間に立ち込める湯気もまた白く、もくもくしたけむりがみんなの身体を包みこんでいる。

 星の輝きがちらほら見えてきた大空のなか、わたしたちはファイトいっぱつガールズトークとしゃれこもうとしていた。

「サっちゃんすっごいリッパな身体してるよね」

 仰向けにプカーっと浮いて自由飛行を楽しんでたら、やがて終点の"サっちゃんの大胸筋駅"に到着しました。あたまとおむねがゴッツンコ。

 かたいんだけど? あれ? オンナの子に必ずあるふたつのおおきなふくらみは?

「アタイがどんだけ鍛えてると思うんだい?」

 露天風呂の岩によりかかって両手を左右の石にひっかけ自分の身体を誇示してる入浴スタイル。いわゆる下半身浴?

「いつからそんななの?」

「むかーしからさ」

「だからいつ?」

「そりゃあ、まあ、忘れちまったけどとにかく昔からそうなんだよ」

「ふーん」

 終点に到着したので、こんどは自力で泳いでいきたいとおもいまーす。次の目的地はふくよかなおむね駅!

 両手両足で水をかきかき! この動きしてるとなんかすっごいなつかしい気分になるのなんでだろう?

「ビーちゃんおっきーよねぇ」

「なんだ藪から棒に。こらバカ、さわるな揉むな!」

 うーん、はい。

「健康ですね」

「なにがだ!」

「うぼわあ!!」

 頭を上からガシッ、そんでもって真下へズボォ!

 はい、溺れそうです。

「うわぼべぶぶぼぅわ!」

「痴漢かおまえは」

「……さっきから何をやってるのですか」

 向かい側からそんなつぶやきが聞こえてきた。そっちにはちっちゃな少女がちっちゃな身体を恥ずかしそうにちっちゃくしてる。

 うん。何がとは言わないけどぺったんたんだ。

「ほらみろ。グウェンも呆れた顔をしてるじゃないか」

「うぅぅそこにおっきなおっぱいがあるからいけないんだぁおおきいから重力も引力もおおきいんだぁ」

「何を意味のわからんことを言う。もう一度沈めるか?」

「怒りをお鎮めください」

 かみさまほとけさまビシェルさま。

「他人のことばかり気にしてるけどよ、そういうグレースのほうはどうなんだい? リッパなナリしてんのかい?」

「えっ」

 サっちゃんのほうを向いて、そのあと自分のそれを見て、次にビーちゃんのそれを見る。

 うーん……まあでも、うーん。

「そのくらいおっきーと肩こりになっちゃんじゃないかな?」

「テメーのほうを聞いてるんだよ」

 サっちゃんがジトーっとした目で睨んできた。

「わたしはフツーだもん。サっちゃんみたいにカタくないしビーちゃんみたいにおっきくないしグウェンちゃんみたいに控えめでもないもんそーれぇ!」

「キャッ!」

 油断してたグウェンちゃんにアツいお湯をサービス! 白濁した水しぶきが敬虔な神官見習いに襲いかかる!

「なんてことを、もぅ髪の毛がビショビショになっちゃったじゃないですか!」

「グレース今のはさすがにやりすぎだな」

「あ、え、そう?」

 ふたりから批難の視線を浴びちゃったので助け舟を期待したのですが。

「おまえがわるい」

「――てへっ」

「そんでその態度か。よーしいい度胸だビシェル、グウェン手をかせ」

「ふっ、いいだろう」

「……」

「え、なに? なんかみんなコワい顔してるよ? もっとにこにこしましょー! ――ちょ、まってほんとゴメンわたしが悪かったです! イヤッ! サっちゃんなんで両手を押さえつけるの? ってビーちゃん指をくりくりして何企んでるのかな? ちょ、たすけてグウェンちゃん!」

「グレースさま、お覚悟を」

「ちょっとまってよ! さっきまで恥ずかしそうに隅っこにいたじゃん! いきなりアクティブにならないで! っていうかサっちゃんのパワーまじパなくない? さっきからわりと全力でもがいてるんだけどビクともしない! まってビーちゃん人差し指がイケナイとこに向かってるよまってゴメンナサイわひゃあああああ!」





「はぁ……おおっぴらに騒ぎおって、こっちまで丸聞こえだ」

 男湯。額に貸し出し用タオルをひっつかせたオッサンがひとり、さいきん取れなくなってきた日々の疲れと向き合っていた。

 若いころは平気だったのに、という感慨とともに、その若さをもっているもうひとりの若者に視線を送る。

 心なしか顔が赤い。お湯にあてられたかと心配したが、どうやらそうではなさそうだ。

「……」

「スプリット、どうした? 顔が赤いぞ?」

「!?」

 グレースは少年と呼んでいるが、彼の年はれっきとした青年だ。とはいえ、なんの気ない指摘に心の底から動揺して水しぶきをつくるあたり、グレースの言うとおりまだ少年のようなピュアな気持ちをもってるかもしれない。

 いや、若いもんはもっと女性に積極的にだな――なんて無責任な感慨にふける暇もなく、その"少年"はうろたえた様子で声を荒げた。

「い、いや! なんでもない! お、オレちょっと先に出るよ」

「湯だったか? ムリするなよ」

「ああ! ごめん!」

 顔どころか身体まで赤くして、若人は内湯のほうへと走っていった。たまにスベりそうになるのを心配して見送りつつ、しがない中年は昔を懐かしむように晴れ渡った星空を見渡す。

 完全に日が沈めば、今日は満点の輝きを見ることができるだろう。まだ隣がうるさい。あのやたら厳しい弓兵さえ高い声をあげてるのを見たところ、どうやら他に入浴客はいないらしい。

「……まあ、若い男子には刺激が強すぎたか」

 まったくなんてことしてるんだ。壁の向こう側にそんな声をぶつけたくなりつつも、それをすればこちらが完全に悪人扱いされてしまう手前、身体に幾重ものキズを残した枯れ木は無精髭をさすりつつ悩ましい表情をつくる他なかった。
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