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作者: 犬物語
異世界ともだち
お泊りしたときの朝ってなんかふしぎな気持ちになるよね!
 結局まくらなげできなかった。だからせめていー夢みたいなと思ったんだけど見れなかった。

(んーぅあったかぁい、んにゅう)

 昨日はざんねんだったとはいえ、今まで経験したことないようなもふもふあんどぬくぬくオフトゥンですよ。このままやわらかい感触に撃沈されっぱなしでもいーっちゃいーんだけどそしたらにわとりグレースさまの名目が廃るってもんですわ!

(ん? めいよがすたる? えっと、めいよばんかい? めんもく、やくじょ?)

 あれ、なんだっけ。まあいいや。とにかく気力体力はもちろんイロイロなエネルギーも溜まりにたまっちゃったもんね! ってことでとりあえず起床。んで新しい朝がやってきたことを確認します。

「きぼーのあさだぁ」

 喜びに胸でもなんでもおおっぴろげちゃうよ! カーテンを開け放ち新鮮な光を取り入れる。太陽さんはいつだってわたしの味方だ。ってことでみんなにもこのゲンキをちゅーちゅーしちゃおう!

「って、ちゅーにゅーだった。はいせーのぉ……」

 息を吸ってぇ、ためてぇー、はい!

「おっはよーございまあああああああああああ!!!」

 部屋中にかわいい女の子の声が響いた。

(よし完璧だ。あとはみんなに笑顔を――あれ)

 ちょっとまって。

「――なんだと?」

 ふたりとも起きない。

(なぜ? まさかふたりとも死んじゃった!)

 そんな! だって昨日まで仲良くまくら投げしてたのに!

「ちょ、ビーちゃんグウェンちゃん!?」

 とりあえず近くの弓兵女子の近くによって安否確認。いやでもふとんが上下してるんなら息してるし生きしてるワケじゃん。じゃあなんで?

「……そんな、まさか」

 そして、わたしは信じられない光景を目の当たりにした。

「みみせん、だとッ!」

(ふざけんな! それはズルだろ邪道だろチートだろ!!)

「ダメだよそれ!」

「なにがダメだ」

 遠くから若い男子の声がした。まごうことなきスプリット少年の、これはちょっぴりイラついてるときのニュアンスだ。

「朝っぱらからうるせーなとなりまで聞こえんだよ」

「あ、スプリットくんおはよ!」

 わたしはゲンキに挨拶した。これでよし。

「だから、おはよじゃねーっつーの。ったく、みんな起きちまったじゃねーか」

 "みんな"ってのはオジサンとサっちゃんのことだね。そーいえば、あの後オジサンは無事に帰ってこれたのかな? まさか、さかバーで呑んだくれて寝ちゃったとかはないよね。

「って、ビシェル寝てるよマジか、すげーな」

「グウェンちゃん。ねーきいてよふたりともズルしたんだよ?」

「ズル?」

「耳栓してた」

「あたりめーだ」

「いたっ」

 ひどーい、男子が暴力ふるったー。

「朝くらい静かに目覚めさせてくれんか」

「あ、オジサンおはよー」

 目をしぱしぱさせたオジサン、っていうかオッサンがとなりの部屋から出てきた。ぬっとした感じで、明らかに眠そうである。そのうしろに筋肉の壁が見えた。

「あぁーサイアクだ。昨日の酒がまだのこってやがる」

「いつものみすぎなんだよーたまには禁酒したら?」

「私に死ねというのか」

「そんなんで死ぬワケないじゃん」

 ノド首掻っ切らないと人はシなないんだよ?

「はいみんな、朝です。今日もいちにちがんばりましょー!」

「がんばる前になんか飲み物をくれ」

「お飲み物ですか? でしたらお水をお持ちしますよー」

 そう、うしろからほんわかした声が流れてくる。振り向くと、そこにはみんなの視線をひとり占めした旅館で働く異世界人の姿があった。

「みなさんお早いですね。それなら朝食もはやめにご用意しますか?」

「いや、急がなくて構わん。それより水を頼んだ」

「はいはいただいまー」

 行って、とんとんと廊下を鳴らして背中を向けるチコちゃん。そんな姿もかわいらしくついつい見とれちゃう気持ちを押し込んで、わたしはズルをしたふたりに制裁を課しにいくのだぁ。

 わたしは指をわしゃわしゃした。

「はい、音波で起こすことができないならコレですよ」

 数秒後、いたいけな女子ふたりの嬌声が轟いた。





 オジサンは夜中過ぎに帰ってきたんだそうな。旅館の入口は施錠されてるんだけどトクベツな認証番号を知ってると入れる仕組み。これはさいしょの案内のときに説明を受けたはずだったんだけど、オジサンはアルコールのせいか記憶がすっとんでたんだって。

 で、玄関先でおろおろしてた中年を発見した夜番さんが事情を聞いて、それで無事入ることができましたと。

「あと一週間は滞在するから、それまで各々で人の手伝いして駄賃を稼ぐでもパーっと散財するでも好きにしてくれ。宿代はこっちでなんとかする」

 旅館さんからのご厚意で、今は休憩所にてみんないっしょにごはんを食べてます。そして今後の作戦タイム中。

 チコちゃんが常に傍についてくれて、他の給仕さんたちへの注文を橋渡ししてくれたり、時には自分からあっちこっち動いてくれたりする。その間もこの町に関する情報をくれたりほんっと頼りになりすぎだよね。オジサンも思わず旅に誘っちゃいそうだよ。

「ちから仕事はあるのかね?」

「町の近くに鉱山がありますけど、そこは重労働になっちゃうと思いますよお」

「へっ、逆にちょーどいいや。あとで当たってみるかい」

「私は弓の手入れ用に用具を買い足したいが……すこし心もとないな」

「それでしたら近所の武器屋さんがいいですよ。あそこの店主さん弓好きだけど本人はちょっとヘタっぴで試射してくれる人をさがしてるみたいですから。たぶん安く売ってくれるんじゃないかなー?」

「それはたすかる」

「ほう、詳しいな」

 お客さんから称賛のことばを浴びて、たぬき顔の中居さんはほっこり笑顔になった。

「えへへ、なんか記憶力いいっぽいんですよぉ。もしかしたら二度と会えないんじゃないか? って思ったら自然と覚えちゃうんです」

「二度と会えないって大げさな」

 スプリットくんが箸をとめ、朝食メニューに備えられている鍋の下の炎がゆれた。

「そんなことないですよー。だってみなさんも首都に行くのでしょう? そうしたら、もう二度とウチらと出会えなくなっちゃうかもしれないじゃないですかあ。だから、おらあみんなとの出会いを大切にしたいんだぁ」

「へぇー、チコちゃんってすごいんだね。そんな得意技があるんだ」

「ウチなんてまだまだですよ。そういえばチャクールのスティさんとはもう会いました?」

 聞き覚えのある名前だ。それに飛びついたのは最年長の酒飲みさん。

「ほう! 彼を知ってるのか。話のわかる良いやつでな、アルコールに関する造形も深いときた」

「でしょ? ウチも異世界ともだちってことで仲良くなってねー、あそこからお酒も仕入れてるんですよ」

「それはいい。二日酔い治療にもういっちょ――」

「ダメです」

 オジサンが手を上げかけたところで氷点下さんびゃくどくらいの声が響いた。

 中年の悲しい顔が目に留まった。
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