くろくてでかいボーラー
そんな装備で大丈夫か?
壁は、どうやら彼が着用してるローブらしい。
青い柄。パッと見ただけで僧侶のそれだとわかる。グウェンちゃんのそれよりシンプルな、ただ布を巻いただけのようなシンプルなつくり。
彼はわたしを見下ろし、わたしは彼を見上げている。女性のなかでも平均的? な身長だと思うし、つまり彼の身長がとんでもなくおっきいんだってこと。それこそサっちゃんといい勝負してるっていうかよりデカくない?
「あぁー」
そう、デカいのだ。
長いじゃなくてデカい。縦にも横にも。でも太ってるわけじゃない。男性ならではのたくましい身体をローブで包みこんでいる。
(サっちゃんよりデカくない?)
そして、建物の中に入ってくる光が遮られたように感じる原因は、彼の大柄な体躯を彩る肌の色にあった。
「くっろ! でっか!」
「……んー、なるほど」
ミッチリ渋い声が響く。
話しかけてきた大男は、わたしが口にした言葉に一瞬目を大きくし、それから唸ってアゴに指を置いた。
「初見でケンカを売られたのははじめてだ」
「え、ケンカ? ちがうよなんで!?」
ちょっと驚いただけじゃん?
「どうしました!?」
あんずちゃんの切迫した声が届いた。たぶん壁、いや違った。男の人のうしろからこっちを心配する声がとどく。
「いったいナニがあったのです!」
大男はまた目を大きくし、振り返った。
「ピィッ!!」
壁のような、それこそサっちゃんレベルのまっくろくろすけに見下されちゃった日にゃあだれでもこうなりますわよ。
「え? あ、え?」
オトナとコドモ、いやそれ以上? もはやモンスターに見えちゃうマッスルあんどマックロの前で、少女はただ身体をガクガク震えさせた。
「そこのお嬢さん。あなたいま"ニガー"と口にしましたか?」
「いっ、いえ、そんなこと言ってません、が」
あんずちゃんの戸惑ったような声が聞こえる。悪意なき回答に、青いローブの僧侶はピリッとした気配を霧散させた。
「そうか、それはよかった」
「――はふぅ」
視線を外され一気に脱力するあんずちゃん。それはそれとしてこのオッサンなにもの?
(僧侶のカッコだよね? でも教会の人こんな衣装だったっけ)
んーせもだけど悪い人じゃなさそう。むしろ優しい雰囲気マシマシ?
「突然話しかけて申し訳ない。拙者の名は」
「せっしゃ!」
僧侶っぽいカッコして一人称が忍者っぽい!
「なにか?」
「あ、いえつづけてください」
「そうか。拙者の名はブーラー」
おお、イメージ通りの名前だ。
「失礼を承知で、いま冒険のお仕事を探しているように見えたもので」
「んー、そだよ」
だから冒険者用の掲示板にいるんじゃん。
「なるほど……つまり、冒険ははじめてと」
「うん」
冒険者ギルドとしてやるのは初めてだと思います。たぶんあんずちゃんも。
「なるほど。うーむ」
んでまたアゴに指おいて唸る壁。なんだ、そこそこ年いったオトコはみんなこの素振りをするのか。
(でもオジサンよりは年下だよね)
だって顔にシワないもん。
でもわたしたちよりずっと年上だ。たぶん倍くらい長く生きてる。
野性的な身体を謙虚なローブに隠して、彼はまたやさしく語りかけてきた。
「近頃外が騒がしい。フラー周辺は比較的平和ではあれど、それでも貴女方のようなか弱い女性に適した依頼は少ないでしょう」
その言葉に思わずむむむ? とつっかえ棒なのですが。反論しようとしたところで、彼は一枚の紙をこちらに差し出してきた。
「拙者が同行し手助けしよう」
「はぇ?」
「こちらの依頼はいかがかな? 初めての依頼なら手頃かとお見受けするが」
どうぶつ臭い羊皮紙には、近くの森に野生動物の群れがあらわれて困ってる。どうか追い払ってくれといった趣旨の文言が並べられていた。
「むー、そんなんじゃタイクツ過ぎてつまんないよ」
わたしはもっとドーン! って大暴れできる仕事がいい! 隠密とかそういうのはナシの方向で。
「しかしその装備では……」
しぶーい視線でこちらの上から下までじっとり見つめられた。
「違うもん! これは観光用!」
ちゃんと戦闘用の装備あるし。
薄々感づいてはいたのだ。ここはたくさんのギルドが一同に介し、それぞれふさわしい姿で依頼書を見たり、他人と談笑したりする姿がある。
そんな環境下でスカートひらひら、市場で食べ物を見繕ってそうなカジュアルスタイルの少女たちはめっちゃ目立つ。すれ違う人のふたりに一人はこっち振り返る。気配でわかる。
でも聞いてよ、こんなナリで冒険者なワケないじゃん? ちゃんと戦うための多収納装備と武器がですね? あるんだよほんとに。
「あのお嬢さんもなんだか頼りない」
「それはわかる」
「なんですのその言い草!」
あんずちゃんはもっと身の丈にあった武器にしたほうがいいと思うんだけどなぁ……。それはそれとして。
「本当に平気だって。この程度の依頼ひとりでも簡単じゃん」
「ええ、そうやって初心者はみな同じことを言う」
あー信じてもらえねーだるー。
なんだか押し問答が繰り広げられそうな気配。と思いきや、あんずちゃんの提案がその空気を見事ぶっ千切ってくれた。
「グレースさん。ここは彼の提案に乗ってみてはいかがでしょう?」
「なんでよ?」
「わたくしたちが冒険者として駆け出しなのは事実ですし、まだギルドの依頼を引き受けて報酬を受け取るまでの手続きが理解できてませんもの」
(ああ、それは確かにそうかも)
「依頼受諾から報奨金までの流れを理解するだけなら、はじめは楽勝な依頼でも良いとは思いませんか?」
「……たしかに」
「良い結論が出たようだ」
ダークブラウンの瞳。しっとり響くテノールボイスに乗せて、ブーラーはその肌色と真逆のまっしろな歯を光らせた。
青い柄。パッと見ただけで僧侶のそれだとわかる。グウェンちゃんのそれよりシンプルな、ただ布を巻いただけのようなシンプルなつくり。
彼はわたしを見下ろし、わたしは彼を見上げている。女性のなかでも平均的? な身長だと思うし、つまり彼の身長がとんでもなくおっきいんだってこと。それこそサっちゃんといい勝負してるっていうかよりデカくない?
「あぁー」
そう、デカいのだ。
長いじゃなくてデカい。縦にも横にも。でも太ってるわけじゃない。男性ならではのたくましい身体をローブで包みこんでいる。
(サっちゃんよりデカくない?)
そして、建物の中に入ってくる光が遮られたように感じる原因は、彼の大柄な体躯を彩る肌の色にあった。
「くっろ! でっか!」
「……んー、なるほど」
ミッチリ渋い声が響く。
話しかけてきた大男は、わたしが口にした言葉に一瞬目を大きくし、それから唸ってアゴに指を置いた。
「初見でケンカを売られたのははじめてだ」
「え、ケンカ? ちがうよなんで!?」
ちょっと驚いただけじゃん?
「どうしました!?」
あんずちゃんの切迫した声が届いた。たぶん壁、いや違った。男の人のうしろからこっちを心配する声がとどく。
「いったいナニがあったのです!」
大男はまた目を大きくし、振り返った。
「ピィッ!!」
壁のような、それこそサっちゃんレベルのまっくろくろすけに見下されちゃった日にゃあだれでもこうなりますわよ。
「え? あ、え?」
オトナとコドモ、いやそれ以上? もはやモンスターに見えちゃうマッスルあんどマックロの前で、少女はただ身体をガクガク震えさせた。
「そこのお嬢さん。あなたいま"ニガー"と口にしましたか?」
「いっ、いえ、そんなこと言ってません、が」
あんずちゃんの戸惑ったような声が聞こえる。悪意なき回答に、青いローブの僧侶はピリッとした気配を霧散させた。
「そうか、それはよかった」
「――はふぅ」
視線を外され一気に脱力するあんずちゃん。それはそれとしてこのオッサンなにもの?
(僧侶のカッコだよね? でも教会の人こんな衣装だったっけ)
んーせもだけど悪い人じゃなさそう。むしろ優しい雰囲気マシマシ?
「突然話しかけて申し訳ない。拙者の名は」
「せっしゃ!」
僧侶っぽいカッコして一人称が忍者っぽい!
「なにか?」
「あ、いえつづけてください」
「そうか。拙者の名はブーラー」
おお、イメージ通りの名前だ。
「失礼を承知で、いま冒険のお仕事を探しているように見えたもので」
「んー、そだよ」
だから冒険者用の掲示板にいるんじゃん。
「なるほど……つまり、冒険ははじめてと」
「うん」
冒険者ギルドとしてやるのは初めてだと思います。たぶんあんずちゃんも。
「なるほど。うーむ」
んでまたアゴに指おいて唸る壁。なんだ、そこそこ年いったオトコはみんなこの素振りをするのか。
(でもオジサンよりは年下だよね)
だって顔にシワないもん。
でもわたしたちよりずっと年上だ。たぶん倍くらい長く生きてる。
野性的な身体を謙虚なローブに隠して、彼はまたやさしく語りかけてきた。
「近頃外が騒がしい。フラー周辺は比較的平和ではあれど、それでも貴女方のようなか弱い女性に適した依頼は少ないでしょう」
その言葉に思わずむむむ? とつっかえ棒なのですが。反論しようとしたところで、彼は一枚の紙をこちらに差し出してきた。
「拙者が同行し手助けしよう」
「はぇ?」
「こちらの依頼はいかがかな? 初めての依頼なら手頃かとお見受けするが」
どうぶつ臭い羊皮紙には、近くの森に野生動物の群れがあらわれて困ってる。どうか追い払ってくれといった趣旨の文言が並べられていた。
「むー、そんなんじゃタイクツ過ぎてつまんないよ」
わたしはもっとドーン! って大暴れできる仕事がいい! 隠密とかそういうのはナシの方向で。
「しかしその装備では……」
しぶーい視線でこちらの上から下までじっとり見つめられた。
「違うもん! これは観光用!」
ちゃんと戦闘用の装備あるし。
薄々感づいてはいたのだ。ここはたくさんのギルドが一同に介し、それぞれふさわしい姿で依頼書を見たり、他人と談笑したりする姿がある。
そんな環境下でスカートひらひら、市場で食べ物を見繕ってそうなカジュアルスタイルの少女たちはめっちゃ目立つ。すれ違う人のふたりに一人はこっち振り返る。気配でわかる。
でも聞いてよ、こんなナリで冒険者なワケないじゃん? ちゃんと戦うための多収納装備と武器がですね? あるんだよほんとに。
「あのお嬢さんもなんだか頼りない」
「それはわかる」
「なんですのその言い草!」
あんずちゃんはもっと身の丈にあった武器にしたほうがいいと思うんだけどなぁ……。それはそれとして。
「本当に平気だって。この程度の依頼ひとりでも簡単じゃん」
「ええ、そうやって初心者はみな同じことを言う」
あー信じてもらえねーだるー。
なんだか押し問答が繰り広げられそうな気配。と思いきや、あんずちゃんの提案がその空気を見事ぶっ千切ってくれた。
「グレースさん。ここは彼の提案に乗ってみてはいかがでしょう?」
「なんでよ?」
「わたくしたちが冒険者として駆け出しなのは事実ですし、まだギルドの依頼を引き受けて報酬を受け取るまでの手続きが理解できてませんもの」
(ああ、それは確かにそうかも)
「依頼受諾から報奨金までの流れを理解するだけなら、はじめは楽勝な依頼でも良いとは思いませんか?」
「……たしかに」
「良い結論が出たようだ」
ダークブラウンの瞳。しっとり響くテノールボイスに乗せて、ブーラーはその肌色と真逆のまっしろな歯を光らせた。