鎧は足から着込むもの
新パーティーの幕開け
ブーラーと名乗るデカくてクロい人に教えてもらいつつ、わたしとあんずちゃんはギルトの依頼手続きを済ませた。
仕事をひとりでやるかチームでやるか、旅団でやるときはリーダーが書面を完成させればいいのだけど、その旅団をつくるにもひと手間かかるっぽくて、アレコレの書類を見た瞬間わたしたちは旅団結成を諦めた。
ってことで、この依頼はグレースちゃん、あんずちゃん、ブーラーさんの三人チームで引き受ける名目となる。
受付さんはこちらを疑うような目をしてた。っていうかガッツリ「本当に冒険者ですか?」と聞かれたし。いや違うのよ、これは街中をぶらぶらするためのファッションでね? まさかスパイクがすぐどっか行っちゃうと思ってなかったし。
(っていうかスパイクさん、この建物の上に向かってったよね)
ここは国のいろいろな機能が詰め込まれてる建物だ。たぶん、彼のお仕事に関わる用事でもあったんだろう。
詳しいことは知らない。っていうか、今は目の前のことに集中しなきゃね。
「ということは、やはり二人とも旅人であったか」
ギルドの依頼を引き受けた後、わたしたちはとりあえず装備を整えるべく我が家に足を踏み出していた。
たびびと。冒険者と被るのでわかりにくいけど、この世界ではわたしたち異世界人を旅人と称する場合もある。主に教会のひとがそう呼ぶけど一般的にもわりとそんな感じ。
「ブーラーさんもそうなの?」
「ええ。気づけば拙者はフラー近くの草原に立ちすくんでいた。運が良かったのは、フラーの城郭が見える位置だったということ」
「あーそれは運が良い!」
こちとらなーんにもない草原のど真ん中よ?
「あんずちゃんもそんな感じ?」
「いえ、わたくしはなにもない荒野でしたわ」
当時を思い出すように、彼女の目がどんよりと曇った。
「周りにだれもおらず心細くて、歩いても歩いても果てがない道のりに挫けそうになってしまいましたの」
あんずちゃんオーバーだなぁ。
午前中のカラッとした空気のなか、日差しを受けたあんずちゃんが手を額に当てくらくらぁっとしなびたジェスチャー。それまでの旅路の過酷さをアピールしている。
が、すぐさま歯を食いしばって目を燃やす。
「それでも! わたくしは諦めませんでしたの。ようやく近くの村へたどり着き、とある建物に駆け込みました」
その時、はじめてここが異世界だと気づきましたの。あんずちゃんはそう言って両手を広げる。それは町並みと、そこに暮らす人々すべてを示していた。
「そこは人が集まる場所でした。そこでわたくしはいろいろな方に話をたずね、あの剣をいただきましたの」
(ああ、あの不釣り合いに大きな剣のことか)
身の丈以上の両刃の大剣。自由自在に操れれば大型獣もイチコロだろうし対人戦も驚異的だろうけど、あんずちゃんの熟練度的にちょっち扱えないんじゃないかなぁと。
が、彼女にとってアレ以外の選択肢は無いらしい。いわく、既にスキルをひとつふたつ覚えてるとのこと。実際見たことはないけど。
なんてやりとりをしてる内に我らがニュー新居にたどりつく。その扉に手をやる前に、ブーラーさんが渋いテノールボイスを響かせた。
「ここがお二人の家か」
天然のやや赤みがかった土壁に囲われた建物を見上げ、彼は片側から降り注ぐ光に目を細めている。
「じゃ、ちょっと着替えてくるね」
「依頼はフラー近郊の林。難易度からして今日中に済ませられるだろう。焦らずじっくり準備するといい」
拙者はここで待つ。その言葉を残して、彼は閉まる扉をくぐることなく姿を消した。
「親切な人だね」
彼の姿が見えなくなり、そのまま土製の階段を登る途中であんずちゃんに話しかけた。
「でも威圧感が……ちょっと苦手ですわ」
「わかるぅ。わたしの倍以上はあるよね」
「倍は大げさですけど、でもそのくらいの迫力がありますわ」
より小さいあんずちゃんがそう思うのは無理もない。
彼自身は僧侶を名乗ってるけど、サっちゃんと比べても引けをとらないほどの体格だ。
彼がもつやたらシャリンシャリンいう杖を振るうより、その身体で殴りにいったほうが強いんじゃないか説まである。でも彼いわく「争い事は好きじゃない」だそうだ。
「それにしても、ほんとうにコレだけなのですか?」
あんずちゃんが持っていた依頼書の写しを手にグチる。その視線は報酬額に向かっていた。
「コレだけって?」
「ちょっと少なくありません? わたくしが今まで受けていた依頼の半額以下ですのよ?」
「こんなもんだよ?」
むしろ親切なくらい。これまでの旅路、いろんな町や村でいろんな仕事をしてきたけど、収穫の手伝いなんかはともかく、作物を食い荒らす動物を追い払う仕事の平均値としては悪くない。
「っていうかこれの倍以上の依頼料とか、今までどんな依頼引き受けてきたのさ?」
「それはぁ、まあ、あの組織の方々についていって、叫び声をあげて襲ってくる人を返り討ちにしたり、逃げようとする人を捕まえたり」
あー、確かにそれは高くなるかも。っていうかちょっとまって。
「それって真っ当な仕事なの?」
「だ、だって何も知らされてなかったんですもの! そ、そりゃちょっとおかしーなぁと思ったことはあったりしましたけど」
部屋に入り、戦うための衣装に着替えつつ、その手をとめた彼女は声を小さくした。いやいやごめん責めてるわけじゃないのよこっちは。
彼女の衣装に目をつける。わたしの装備はあっちこっちに武器を忍ばせられつつ簡潔、コンパクトな仕様を重視してるのに対し、彼女のソレは見栄え重視というかカッコつけた騎士風というか、戦いそのものに重きをおいてないような感じがする。
アンダーウェアは白く、革製のとこだけ明るめな茶色。アーマー本体は白に近い銀の色合い。いちいち着脱がメンドそーだなと思いきや、わりとすんなり装備できる。
立って戦うより馬かなんかに乗ったほうが映えそう。
(へぇ~そういう鎧って足から着るんだ)
「その装備は自分で買ったの?」
あんずちゃんがまだ手に取ってないチェストプレートを手に取った。
「いえ、これも組織の方からいただいたものです」
「へぇ、あ、でも意外と軽い」
ぽんぽんと軽く叩いたり上下に揺すって重みを感じてみたり。うーん、どっちかっていうと軽い金属のようなさわり心地。鉄とかじゃなくてなんかの合金かな?
(なるほど、あんずちゃんがフツーに着られるわけだ)
「よこしてくださいな」
言われるままそれを手渡し、こっちは最後の確認にはいる。
(仕込み小刀、よーし。投擲用ナイフ、よーし)
忘れものなーし。
あんずちゃんはもうちょいかかりそう。空いた時間、わたしは部屋を見渡して時間を潰すことにした。
ここにおふろはないけど、近くに共同で使えるシャワーがある。個室もあるのでおんなの子も安心だ。
共同なのでずっと占領するわけにもいかない。あと、なんか魔法の無駄遣いがどうのって理由で、使用量が多いと制限を食らう可能性があるらしく使いすぎは厳禁らしい。
まあ、こちとら川の水で済ませてた生活故に、あたたかいお湯を浴びれるってだけでありがたいのです。
「準備できましたわ」
甲冑に身を包んだ少女がこちらに声をかけてくる。見栄えはいいんだけど本人の背がちっちゃい故に、なんだか子どものおままごと感がにじみ出ていてヘンな気持ちになった。
「――じゃあ行こっか」
「なんですかその間は」
「ううんなんでも」
あんずちゃんは納得いかぬ様子を醸し出しつつ、わたしたちは外で待つ自称僧侶のため、早足で廊下を抜け階段を降りていった。
仕事をひとりでやるかチームでやるか、旅団でやるときはリーダーが書面を完成させればいいのだけど、その旅団をつくるにもひと手間かかるっぽくて、アレコレの書類を見た瞬間わたしたちは旅団結成を諦めた。
ってことで、この依頼はグレースちゃん、あんずちゃん、ブーラーさんの三人チームで引き受ける名目となる。
受付さんはこちらを疑うような目をしてた。っていうかガッツリ「本当に冒険者ですか?」と聞かれたし。いや違うのよ、これは街中をぶらぶらするためのファッションでね? まさかスパイクがすぐどっか行っちゃうと思ってなかったし。
(っていうかスパイクさん、この建物の上に向かってったよね)
ここは国のいろいろな機能が詰め込まれてる建物だ。たぶん、彼のお仕事に関わる用事でもあったんだろう。
詳しいことは知らない。っていうか、今は目の前のことに集中しなきゃね。
「ということは、やはり二人とも旅人であったか」
ギルドの依頼を引き受けた後、わたしたちはとりあえず装備を整えるべく我が家に足を踏み出していた。
たびびと。冒険者と被るのでわかりにくいけど、この世界ではわたしたち異世界人を旅人と称する場合もある。主に教会のひとがそう呼ぶけど一般的にもわりとそんな感じ。
「ブーラーさんもそうなの?」
「ええ。気づけば拙者はフラー近くの草原に立ちすくんでいた。運が良かったのは、フラーの城郭が見える位置だったということ」
「あーそれは運が良い!」
こちとらなーんにもない草原のど真ん中よ?
「あんずちゃんもそんな感じ?」
「いえ、わたくしはなにもない荒野でしたわ」
当時を思い出すように、彼女の目がどんよりと曇った。
「周りにだれもおらず心細くて、歩いても歩いても果てがない道のりに挫けそうになってしまいましたの」
あんずちゃんオーバーだなぁ。
午前中のカラッとした空気のなか、日差しを受けたあんずちゃんが手を額に当てくらくらぁっとしなびたジェスチャー。それまでの旅路の過酷さをアピールしている。
が、すぐさま歯を食いしばって目を燃やす。
「それでも! わたくしは諦めませんでしたの。ようやく近くの村へたどり着き、とある建物に駆け込みました」
その時、はじめてここが異世界だと気づきましたの。あんずちゃんはそう言って両手を広げる。それは町並みと、そこに暮らす人々すべてを示していた。
「そこは人が集まる場所でした。そこでわたくしはいろいろな方に話をたずね、あの剣をいただきましたの」
(ああ、あの不釣り合いに大きな剣のことか)
身の丈以上の両刃の大剣。自由自在に操れれば大型獣もイチコロだろうし対人戦も驚異的だろうけど、あんずちゃんの熟練度的にちょっち扱えないんじゃないかなぁと。
が、彼女にとってアレ以外の選択肢は無いらしい。いわく、既にスキルをひとつふたつ覚えてるとのこと。実際見たことはないけど。
なんてやりとりをしてる内に我らがニュー新居にたどりつく。その扉に手をやる前に、ブーラーさんが渋いテノールボイスを響かせた。
「ここがお二人の家か」
天然のやや赤みがかった土壁に囲われた建物を見上げ、彼は片側から降り注ぐ光に目を細めている。
「じゃ、ちょっと着替えてくるね」
「依頼はフラー近郊の林。難易度からして今日中に済ませられるだろう。焦らずじっくり準備するといい」
拙者はここで待つ。その言葉を残して、彼は閉まる扉をくぐることなく姿を消した。
「親切な人だね」
彼の姿が見えなくなり、そのまま土製の階段を登る途中であんずちゃんに話しかけた。
「でも威圧感が……ちょっと苦手ですわ」
「わかるぅ。わたしの倍以上はあるよね」
「倍は大げさですけど、でもそのくらいの迫力がありますわ」
より小さいあんずちゃんがそう思うのは無理もない。
彼自身は僧侶を名乗ってるけど、サっちゃんと比べても引けをとらないほどの体格だ。
彼がもつやたらシャリンシャリンいう杖を振るうより、その身体で殴りにいったほうが強いんじゃないか説まである。でも彼いわく「争い事は好きじゃない」だそうだ。
「それにしても、ほんとうにコレだけなのですか?」
あんずちゃんが持っていた依頼書の写しを手にグチる。その視線は報酬額に向かっていた。
「コレだけって?」
「ちょっと少なくありません? わたくしが今まで受けていた依頼の半額以下ですのよ?」
「こんなもんだよ?」
むしろ親切なくらい。これまでの旅路、いろんな町や村でいろんな仕事をしてきたけど、収穫の手伝いなんかはともかく、作物を食い荒らす動物を追い払う仕事の平均値としては悪くない。
「っていうかこれの倍以上の依頼料とか、今までどんな依頼引き受けてきたのさ?」
「それはぁ、まあ、あの組織の方々についていって、叫び声をあげて襲ってくる人を返り討ちにしたり、逃げようとする人を捕まえたり」
あー、確かにそれは高くなるかも。っていうかちょっとまって。
「それって真っ当な仕事なの?」
「だ、だって何も知らされてなかったんですもの! そ、そりゃちょっとおかしーなぁと思ったことはあったりしましたけど」
部屋に入り、戦うための衣装に着替えつつ、その手をとめた彼女は声を小さくした。いやいやごめん責めてるわけじゃないのよこっちは。
彼女の衣装に目をつける。わたしの装備はあっちこっちに武器を忍ばせられつつ簡潔、コンパクトな仕様を重視してるのに対し、彼女のソレは見栄え重視というかカッコつけた騎士風というか、戦いそのものに重きをおいてないような感じがする。
アンダーウェアは白く、革製のとこだけ明るめな茶色。アーマー本体は白に近い銀の色合い。いちいち着脱がメンドそーだなと思いきや、わりとすんなり装備できる。
立って戦うより馬かなんかに乗ったほうが映えそう。
(へぇ~そういう鎧って足から着るんだ)
「その装備は自分で買ったの?」
あんずちゃんがまだ手に取ってないチェストプレートを手に取った。
「いえ、これも組織の方からいただいたものです」
「へぇ、あ、でも意外と軽い」
ぽんぽんと軽く叩いたり上下に揺すって重みを感じてみたり。うーん、どっちかっていうと軽い金属のようなさわり心地。鉄とかじゃなくてなんかの合金かな?
(なるほど、あんずちゃんがフツーに着られるわけだ)
「よこしてくださいな」
言われるままそれを手渡し、こっちは最後の確認にはいる。
(仕込み小刀、よーし。投擲用ナイフ、よーし)
忘れものなーし。
あんずちゃんはもうちょいかかりそう。空いた時間、わたしは部屋を見渡して時間を潰すことにした。
ここにおふろはないけど、近くに共同で使えるシャワーがある。個室もあるのでおんなの子も安心だ。
共同なのでずっと占領するわけにもいかない。あと、なんか魔法の無駄遣いがどうのって理由で、使用量が多いと制限を食らう可能性があるらしく使いすぎは厳禁らしい。
まあ、こちとら川の水で済ませてた生活故に、あたたかいお湯を浴びれるってだけでありがたいのです。
「準備できましたわ」
甲冑に身を包んだ少女がこちらに声をかけてくる。見栄えはいいんだけど本人の背がちっちゃい故に、なんだか子どものおままごと感がにじみ出ていてヘンな気持ちになった。
「――じゃあ行こっか」
「なんですかその間は」
「ううんなんでも」
あんずちゃんは納得いかぬ様子を醸し出しつつ、わたしたちは外で待つ自称僧侶のため、早足で廊下を抜け階段を降りていった。