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作者: 犬物語
みんなとじぶん。国と民。
にんげんは社会を形成するどうぶつです
「王が国の指針を定める。国家はそれに従い政治をする」

 応えないかわりに、彼は唐突に語り始めた。

「政治ってタイヘンなんだよ? すべての国民が飢えない、住む場所がある、安定した収入を求めたり、だれかのもとで下働きとして過ごしたり――」

 イスから立ち上がって、ものを数えるように指をあちらこちらへさ指していく。

「治安維持のため町を囲む壁をつくり、民衆を守るための兵を置く。一方で、治安を乱す者を放り込むための牢を用意し、それらを維持するための物資を民衆から徴収しなければならない」

 そこでスパイクは振り返り、ふざけた格好のなか一途な視線をこちらに向けた。

「物資とはすなわち作物、金、家畜などがあるけど、これらは不作や荒天などで安定しないから、本来支払うべき税を免除される町や村は多い」

 というか、ほぼほぼ満足に払えないんだ。彼は困ったように苦笑した。

「壁もつくる、兵も置く、民衆の願いを聞き入れサービスを施す。税金を支払えなくても、多少の犯罪が起きても事情を鑑みてお目溢しをする。多少の自由は許されてもらえるんだ」

「だから戦争に反対するなっていうの?」

「そうじゃない! そうじゃないよ」

 スパイクは慌てて否定し、言葉を選ぶようにうんと考えてから難しい顔になった。

「国は概念であって存在ではないってことさ」

(なんなの?)

 急にむずかしい話はじまったんだけど。

 わたしそんなこと言ってない。ただ戦争はダメじゃんってだけのことなのに、なんで男の人はこんな・・・なんだろう。

「つまり、国は人がまとまって生きていくには決まり事とか、みんなで協力しあうための象徴が必要なんだってことさ」

「しょうちょう。なにそれ」

「人が同じところで仲良く暮らすには決まり事を作らなきゃダメでしょ? だからそういう決まりを作る人たちがいるんだ」

「それと戦争と何が関係あるの?」

「そうだね。問題はそこなんだ」

 彼はまた難しそうな、それでいてどこか悲しそうな表情をつくる。それから、また窓の外にある散りかけの樹木に目をやった。

 温かい日差しを受けて、その花びらは最後の風を受けていた。

「人は過ちを犯す生き物なんだ。だからこそ、国に暮らす人たちが、キミの言うエラい人たちを監視して良いところは良い、悪いとことは悪いと教えてあげなきゃいけない」

 まーたうざったいキメ顔である。と思ったら、こんどはなんとも自信なさ気な態度にシフトチェンジした。

「いけないんだけど、それが王政では難しい」

「だったらスパイクがやればいいじゃん」

「そう簡単なことじゃない」

「かんたんだよ! 戦争なんてイヤだって言えばいいだけじゃん。そうすれば」

 その先の言葉を言う前に、普段人の言葉を最後まで聞くスパイクが強引に割り込んできた。

「だから、そう簡単なことじゃないんだって」

 口調は普段とあまり変わらない。でもあまり・・・ってことは変わったってこと。

 彼の手に力が入ったように思えた。よくわからなかったのは、その手を隠すように彼は背を向けてしまったからだ。

(スパイクさん?)

「簡単だったらどれだけ楽か」

 うるさい柄の帽子と服。まるで陽気な大道芸人風の後ろ姿が今はとっても小さく見える。

 ああ、そうか。わたしはそう思った。

 この中年男性も苦労してるんだ。フラーまでの道筋でオジサンが見せた・・・ように、彼もそういう姿を見せない・・・・ようにしてるんだ。

(そういえばスプリットくんもそうだったなぁ)

 木から転げ落ちたときも強がって「へーきだ!」なんて泣きべそかいて。

 ホントは痛かったはずなのに、それでもオジサンとの訓練をふつうに受けて。

 ひとりでやるなんて意気込んで、結局魚を捕まえられなくてサっちゃんに水面を叩いてもらったり。

(ほんっと、おとこってバカばっか)

 でもやっぱわからない。

「戦争をしないことに理由なんて必要なの?」

 なんで、理由がなければ戦うの?

 叩かれたから叩き返すって、じゃあどこに終わりがあるの?

 たくさんの命が失われるってだけで立派な理由じゃん。

 国をまもるために戦うって、守りたいなら戦っちゃダメじゃん。

(にんげんってなんで戦争をしたがるんだろう……あれ)

 わたし、なんでにんげん・・・・なんて。

「グレース。キミはいつでも純粋だね」

 気づくと、スパイクはこっちに振り返り羨望とも憐憫ともつかない仮面をつくっていた。

「おいらが王様だったら、戦争なんて何があろうと起こさせないんだけどなぁ」

(――あはっ)

 それを聞いて安心した。やっぱこの見た目変人もそう思ってたんだ。

「でもそれ、王さまの前で言っちゃダメだよね」

「おいらの首が飛ばされちゃうよ」

 首をトントン。やっといつものおちゃらけた大道芸人の顔になった。で、いろいろ溜め込んでたっぽいのをぜーんぶ深呼吸で吐き出した。

「はぁ、おいらも年かな。この程度なんともなかったのに……始まってしまったものは止められない」

 わたしは次のお茶菓子に手を伸ばし、スパイクは窓を開け放って新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。

 花びらがひとつ室内にはいってきて、わたしが着席しているテーブルまでごあいさつにきた。

 ほのかに甘い香りだった。

「国の決定に異を唱えていい。だからといって国を出る必要はないし、キミはキミがしたいことをすればいい」

「それもスパイクの言うせいじの話?」

 吟遊詩人は首を横に振り胸に手を当てた。

「信念の問題だよ」

「ふーん……にんげんってむずかしいなぁ」

 思わず漏れた声に、スパイクは虚を突かれたように笑った。

「あっはは、他人事のように言うね」

(だって他人事だもん。こんな経験するならまえのほうが――まって)

 まえってなんだ?

 大事なことを忘れてる気がする。そんなことを考えてると、ふと夢に出てくる毛むくじゃらのことを思い出した。

(あのわんちゃんに聞けばわかるかなぁ)

 わかるかも。よし、こんど聞いてみよう。

「出発はいつだい?」

「あさって」

「あぁ、それじゃチャールズとニアミスしちゃうね。しかたない、キミの元師匠にはこちらから伝えとくよ」

 部屋のすみっこで蜘蛛の巣がゆらゆらと揺れている。数日前に降った雨のせいか、地面にはたくさんの緑が広がってるようだ。

「うん、ありがと」

 それから、わたしはスパイクからみんなの現状を伝えられつつ、自分が旅団に加入してからのこと、新しいオトモダチができたこと、あの魔女っ子ちゃんとも仲良くなったことなんかもいろいろ話した。

「っと、もうこんな時間か。すまない、いちどミュージアムを閉めに行かなければならないんだ」

「うん、わかった。またね」

 またね。

 次にここを訪れるのは何ヶ月後になるだろうか? わたしはそんなことを思いつつ、赤い扉を背に歩き出した。

 お茶菓子はぜんぶ持ち帰らせていただきました。
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