旅立ちの日に
当日の朝ってトクベツ
時間は待ってはくれない。
どこかでだれかが言ってた。だれが言ってたかよく覚えてないけど、とにかくわたしにとって大切なだれかだった気がする。
大切だったはずのだれか。数ある記憶のなかでも最も奥底にあるような遠いもの。わたしがまだ子どもだった時に耳にしたことば。
どんなシチュエーションだったかは忘れちゃったけど、その言葉の意味はわかるし、今すっごく実感してる。
(あっという間だったなー)
「準備はできましたの?」
天井のシミの数を数えているころ、となりの部屋からそんな声が聞こえた。
「あうー」
お返事代わりのうわ言をおくり、わたしは引き続きベッドに全体重を預けていく。日差しを遮断した薄暗い部屋にぐーたら美少女がぬくぬくしております。
沈み、包まれ、やわらかい。うーんこの感覚、プライスレス。
「気のないことを。もうすぐ出発なのだからしっかりしてくださいな」
「んー、もうちょっと味わってから」
もう二度と味わえないかもしれないだし。
ついでにこの場所もしっかり目に焼き付けておこう。そう思って周囲を見渡してみると、そこは一面茶色だったでござる。
土の壁。これが暑い時期になるとひんやりしてとても気持ちいいらしい。ご近所さんから頂いた情報は、残念ながらそれを感じる前に旅立つことになってしまった。
「おはよー」
覚えるようなブツもなかったので、わたしは仕方なく身体を起こし、やわらかな感触に別れを告げ、光差し込む部屋へと足を進める。
歩くたびにペタペタと音がする。やっぱはだしだと足音消しにくいなーなんて考えつつ、寝食をともにするかわいい同居人のもとへ歩み寄った。
「おー、相変わらずご立派な甲冑ですこと」
口調をマネてみた。
ジト目で返された。
わたしは両手を合わせた。
「めんご」
「さっさと準備しなさいな」
ちょっち声のトーンを低くするだけで、この少女はめっさ威圧感マシマシになる。それもこれも、騎士然を意識した生活習慣と甲冑姿のなせる技か。
(ツリ目だから威圧感あるんよねー)
実際の性格は健やかあんど穏やか。それを知らずに対峙すると存外ビビられるのだ。だからこそ、用心棒として仕事できたのかもしれない。
「こっちの準備は終わりましてよ」
最後に、彼女はいつものように鎧をカシャンと鳴らし――鳴らさなかった。
「およ? いつものカッコじゃないね」
「ああ、コレですか」
薄着の女騎士は、装備してるプレートアーマーに手を当てた。とても軽い音がした。
「長旅用の軽量素材ですの。耐久性に劣りますが、そのぶん動きやすくなりましたわ」
それを証明するように軽くジャンプしてる。あ、たしかに以前よりうんセンチほど高くなった。
誤差だと思うでしょ? けどジャンプってかなーりエネルギーがいるのです。うんセンチが命取りになる場面もあるのです。
「いつものは?」
「あそこに保管してますわ」
視線を追いかけナゾの箱を見つける。大きさはあんずちゃんが普段着用してメイルのそれに近い。
直射日光の当たらない、かといって吹き溜まりになりそうな部屋のすみっこでもない絶妙な位置に置かれている。
「あそこが最も風通しが良い場所ですの」
(さすがお手入れ上手。保管場所まで考えてあるんだ)
「でも、それなら旅団の人に頼んだほうがよくない?」
「甲冑は人生の共ですのよ? 他人には任せられませんわ」
職人のごとき意見である。まあでも激しく同意。わたしも自分でつかう得物は自分でお手入れしてるもんね。
「グレースさんはもう」
「あんずちゃん?」
人差し指をおくちの前にちょん。
「……グレースはもう準備できましたの?」
「うん。いつでも行けるよ?」
そもそも準備するようなものもないし。
「あっさりしてますわね」
「えへへ。ほら、わたしってもともとオジサンたちと旅してたじゃん? だからあまり荷物持たないようにしてて、そのクセがずっと続いてる感じなんだ」
旅の途中、マモノに襲われたことがあった。
わたしはとっさに懐に手を伸ばして、そこにナイフが存在しないことに気付いた。
その時、わたしはテントの中にいた。外では夜の番をしてたスプリットくんが応戦してて、オジサンはすでにテントから跳び出してて、わたしがナイフを掴んだときには半分ほどが処理されてた。
その後どうしたって? そりゃあもういろいろご指導いただきました。その教訓として暗器の収納には最新の注意を払っております。
あんずちゃんは難しい顔をした。
「それは良いのですが、寝るときくらいは装備を外してほしいです」
「なんで?」
「あなた寝相悪すぎですの」
「えー、べつにいーじゃん」
「よくありませんわ!」
キッとした視線になったおーこわ。
「あなたが隠し持ってるナイフがわたくしの脇腹をえぐってきますの! 抱きつかれる身にもなってください!」
「あはは、ごめんなさーい。でも抱きつくくらいよくない?」
「そういう意味で言ったわけじゃ……まあ、べつに構いませんけど」
「ん? なにか言った?」
「なんでもありませんわ!」
あんずちゃんがすくっと立ち上がる。若干顔が赤いような気がするけどかぜかな?
グウェンちゃんほどじゃないけど、彼女はわたしより身長低め。
身体もサっちゃんみたいなムキムキじゃなしに、大剣なんて背負わずわたしと同じようにナイフか短剣使えばいいと思うんだけどなぁ。
「準備できてるのでしょ? はやく出発しますわよ」
「あ、ちょっとまってまだ終わってなーい」
まずは投擲用ナイフでしょ、あと解体用ナイフのぶっといヤツ、あと刺突用、両刃タイプは持ったし鉤爪タイプも懐にある。
(念のため刃こぼれしたやつも持ってこーかな)
「ちょっと! すぐ出発できるって言ってじゃないですか!?」
背後で抗議の声があがってるっぽい。若干の申し訳無さは感じておりますので、あとでスイーツ奢ってご機嫌伺いしたいとおもいます。
「結局オジサンたちにあいさつできなかったなー」
旅団本部への道すがら、わたしとあんずちゃんはスイーツ店に足をはこび糖分と幸せを補給しました。
なお、わたくしめの懐が若干軽くなったことをご報告いたします。幸せと相殺だぜベイベー。
「本当に身軽ですのね」
甲冑服の頭部分だけ外し、彼女はソフトクリームをペロペロしてる。
兜はヒモでくくって腰に引っ提げ。そのほか、アーマーの手入れ用品に替えの服などをひとまとめにして大きめのポーチに納めている。
こっちは手ぶら。まあイロイロ収納してるけど。両手フリー状態を保つには必要なことなのです。
「あんずちゃんが身重なんだよ」
「その言葉使いどころまちがってません!?」
通りをまっすぐ進んでいく。フラーの朝は早く、夜や裏路地でなければ多くの人が町並みを賑わせてくれる。わたしたちもその一員として溶け込みつつ、歴史を感じる木造建築へと近づいていく。
そこでは新たな出会いがあって、そして新しい旅路のスタート地点となった。
目的地は魔族の国、カニス。わたしがそこから連想するのはひとりの女性だった。
(ケイラックさん)
魔族のオトモダチだ。
出会いはたった数秒だったけど、彼女はとても強い存在感でわたしのこころに残っている。ふしぎと、またどこかで会えるんじゃないかなぁって気がするんだ。
(そうだ、オトモダチなんだからさん付けはダメだよね)
よし、つぎ会ったらケイちゃんにしよう。そんなことを考えながら、わたしはコンクルージョン本部のドアノブに手をかけた。
どこかでだれかが言ってた。だれが言ってたかよく覚えてないけど、とにかくわたしにとって大切なだれかだった気がする。
大切だったはずのだれか。数ある記憶のなかでも最も奥底にあるような遠いもの。わたしがまだ子どもだった時に耳にしたことば。
どんなシチュエーションだったかは忘れちゃったけど、その言葉の意味はわかるし、今すっごく実感してる。
(あっという間だったなー)
「準備はできましたの?」
天井のシミの数を数えているころ、となりの部屋からそんな声が聞こえた。
「あうー」
お返事代わりのうわ言をおくり、わたしは引き続きベッドに全体重を預けていく。日差しを遮断した薄暗い部屋にぐーたら美少女がぬくぬくしております。
沈み、包まれ、やわらかい。うーんこの感覚、プライスレス。
「気のないことを。もうすぐ出発なのだからしっかりしてくださいな」
「んー、もうちょっと味わってから」
もう二度と味わえないかもしれないだし。
ついでにこの場所もしっかり目に焼き付けておこう。そう思って周囲を見渡してみると、そこは一面茶色だったでござる。
土の壁。これが暑い時期になるとひんやりしてとても気持ちいいらしい。ご近所さんから頂いた情報は、残念ながらそれを感じる前に旅立つことになってしまった。
「おはよー」
覚えるようなブツもなかったので、わたしは仕方なく身体を起こし、やわらかな感触に別れを告げ、光差し込む部屋へと足を進める。
歩くたびにペタペタと音がする。やっぱはだしだと足音消しにくいなーなんて考えつつ、寝食をともにするかわいい同居人のもとへ歩み寄った。
「おー、相変わらずご立派な甲冑ですこと」
口調をマネてみた。
ジト目で返された。
わたしは両手を合わせた。
「めんご」
「さっさと準備しなさいな」
ちょっち声のトーンを低くするだけで、この少女はめっさ威圧感マシマシになる。それもこれも、騎士然を意識した生活習慣と甲冑姿のなせる技か。
(ツリ目だから威圧感あるんよねー)
実際の性格は健やかあんど穏やか。それを知らずに対峙すると存外ビビられるのだ。だからこそ、用心棒として仕事できたのかもしれない。
「こっちの準備は終わりましてよ」
最後に、彼女はいつものように鎧をカシャンと鳴らし――鳴らさなかった。
「およ? いつものカッコじゃないね」
「ああ、コレですか」
薄着の女騎士は、装備してるプレートアーマーに手を当てた。とても軽い音がした。
「長旅用の軽量素材ですの。耐久性に劣りますが、そのぶん動きやすくなりましたわ」
それを証明するように軽くジャンプしてる。あ、たしかに以前よりうんセンチほど高くなった。
誤差だと思うでしょ? けどジャンプってかなーりエネルギーがいるのです。うんセンチが命取りになる場面もあるのです。
「いつものは?」
「あそこに保管してますわ」
視線を追いかけナゾの箱を見つける。大きさはあんずちゃんが普段着用してメイルのそれに近い。
直射日光の当たらない、かといって吹き溜まりになりそうな部屋のすみっこでもない絶妙な位置に置かれている。
「あそこが最も風通しが良い場所ですの」
(さすがお手入れ上手。保管場所まで考えてあるんだ)
「でも、それなら旅団の人に頼んだほうがよくない?」
「甲冑は人生の共ですのよ? 他人には任せられませんわ」
職人のごとき意見である。まあでも激しく同意。わたしも自分でつかう得物は自分でお手入れしてるもんね。
「グレースさんはもう」
「あんずちゃん?」
人差し指をおくちの前にちょん。
「……グレースはもう準備できましたの?」
「うん。いつでも行けるよ?」
そもそも準備するようなものもないし。
「あっさりしてますわね」
「えへへ。ほら、わたしってもともとオジサンたちと旅してたじゃん? だからあまり荷物持たないようにしてて、そのクセがずっと続いてる感じなんだ」
旅の途中、マモノに襲われたことがあった。
わたしはとっさに懐に手を伸ばして、そこにナイフが存在しないことに気付いた。
その時、わたしはテントの中にいた。外では夜の番をしてたスプリットくんが応戦してて、オジサンはすでにテントから跳び出してて、わたしがナイフを掴んだときには半分ほどが処理されてた。
その後どうしたって? そりゃあもういろいろご指導いただきました。その教訓として暗器の収納には最新の注意を払っております。
あんずちゃんは難しい顔をした。
「それは良いのですが、寝るときくらいは装備を外してほしいです」
「なんで?」
「あなた寝相悪すぎですの」
「えー、べつにいーじゃん」
「よくありませんわ!」
キッとした視線になったおーこわ。
「あなたが隠し持ってるナイフがわたくしの脇腹をえぐってきますの! 抱きつかれる身にもなってください!」
「あはは、ごめんなさーい。でも抱きつくくらいよくない?」
「そういう意味で言ったわけじゃ……まあ、べつに構いませんけど」
「ん? なにか言った?」
「なんでもありませんわ!」
あんずちゃんがすくっと立ち上がる。若干顔が赤いような気がするけどかぜかな?
グウェンちゃんほどじゃないけど、彼女はわたしより身長低め。
身体もサっちゃんみたいなムキムキじゃなしに、大剣なんて背負わずわたしと同じようにナイフか短剣使えばいいと思うんだけどなぁ。
「準備できてるのでしょ? はやく出発しますわよ」
「あ、ちょっとまってまだ終わってなーい」
まずは投擲用ナイフでしょ、あと解体用ナイフのぶっといヤツ、あと刺突用、両刃タイプは持ったし鉤爪タイプも懐にある。
(念のため刃こぼれしたやつも持ってこーかな)
「ちょっと! すぐ出発できるって言ってじゃないですか!?」
背後で抗議の声があがってるっぽい。若干の申し訳無さは感じておりますので、あとでスイーツ奢ってご機嫌伺いしたいとおもいます。
「結局オジサンたちにあいさつできなかったなー」
旅団本部への道すがら、わたしとあんずちゃんはスイーツ店に足をはこび糖分と幸せを補給しました。
なお、わたくしめの懐が若干軽くなったことをご報告いたします。幸せと相殺だぜベイベー。
「本当に身軽ですのね」
甲冑服の頭部分だけ外し、彼女はソフトクリームをペロペロしてる。
兜はヒモでくくって腰に引っ提げ。そのほか、アーマーの手入れ用品に替えの服などをひとまとめにして大きめのポーチに納めている。
こっちは手ぶら。まあイロイロ収納してるけど。両手フリー状態を保つには必要なことなのです。
「あんずちゃんが身重なんだよ」
「その言葉使いどころまちがってません!?」
通りをまっすぐ進んでいく。フラーの朝は早く、夜や裏路地でなければ多くの人が町並みを賑わせてくれる。わたしたちもその一員として溶け込みつつ、歴史を感じる木造建築へと近づいていく。
そこでは新たな出会いがあって、そして新しい旅路のスタート地点となった。
目的地は魔族の国、カニス。わたしがそこから連想するのはひとりの女性だった。
(ケイラックさん)
魔族のオトモダチだ。
出会いはたった数秒だったけど、彼女はとても強い存在感でわたしのこころに残っている。ふしぎと、またどこかで会えるんじゃないかなぁって気がするんだ。
(そうだ、オトモダチなんだからさん付けはダメだよね)
よし、つぎ会ったらケイちゃんにしよう。そんなことを考えながら、わたしはコンクルージョン本部のドアノブに手をかけた。