にんげんをどう思う?
ペルソナ
「夢を見た?」
ツギハギだらけの布の服で身を包み、コンクルージョンの団長はぶっきらぼうな声を投げつけた。
いつものテーブル、いつもの色のティーカップ。いつもと違うのは、今回の服装はちょっとだけ気合いが入ってるってこと。長旅衣装な意味で。
「うん。いままでにも何度かあったよ」
わたしは簡潔に答えた。そのうしろで、後頭部にお団子をのせた受け付けマンが新たな依頼を団員に手配し、出ていく後ろ姿を見送っている。
依頼の整理、適切な分配、そして昨日終えた仕事の報告を受ける。朝いちの旅団はそこそこ忙しい。ダッシュ的に犬の手も借りたそう。
「ふーん」
すこし考え込むような所作をして、彼女は切れ味鋭い目を窓に向けた。
「目ぇ付けられてんのか。かわいそうに」
そのセリフの意味はわからなかったけど、その真意を尋ねるまえに、さくらは右手の中指にはめた深い赤色の指輪を天井にかざした。
「おれも主人公候補にされそうになったがこっちからお断りした。そのかわりあの駄犬は"不具合を教えてくれるのは嬉しいんだけど、それを使っていろいろされるのは困るなぁ"つってたな」
「いろいろ?」
「ああ、いろいろだ」
長い黒髪に彼女の顔が隠され見えなくなった。
ここには我らがパーティーに加え、まだ仕事の準備に追われる団員たちがひしめいており、中にはフレンドリーに話しかけてくる人もいる。
わたしたちが今日フラーを出立することを知ってる人たちもいて、餞別をもらったりまたねのハグをしたり。
(んー)
オトモダチの輪、もっとひろがれーと思いつつ見渡してみて、やっぱりなとため息。
肝心な子が来てないんだよなぁ。
(ドロちんめ、最後にごあいさつだけでもいーじゃん?)
心のなかで抗議のブーブー。想いよ届け。
「その夢とはどんな内容でしたの?」
となりの少女からそんな質問が寄せられた。
「気になる?」
「ええ、気になりますわ」
「どして?」
「昨晩はとくに酷かったんですの。グレースさんの寝相が」
じっとりした視線で刺してくるなんちゃって女騎士さん。そのほっぺたにはまーるくあかーい跡がある。まちがいない、それはコブシだ。
「ブッちゃん、治療おねがい」
「ほっとけば治る」
まあまあそんなこと言わずに。
「拙者もその夢とやらが気になる。知り合いに予知夢を見るスキルを習得した者がいる。よもやそれではあるまいな?」
「ないない。ほんとにただの夢だよたぶん」
ってかそんなスキルあるの? そのほうが驚きなんだけど。
「もったいぶらずに教えてくださいな! その夢とやらでわたくしの命運が尽きかけたのですよ!?」
せまるあんずちゃん。よく見ると首にも手の跡がついてた。あーこれはわたくし、絞めてしまいましたか?
(いやーそこまでとは)
これにはさすがのグレースちゃんも猛反省。お詫びと言ってはなんですが、わたしが見たふしぎな夢の内容をご紹介しましょう。
「えーっとね、犬が話しかけてくるの。まっしろな場所でおすわりしてて、こっちに話しかけてくるの」
「なんとも面妖な」
耳を傾けるバンダム級女騎士とヘビィ級僧侶。テーブルの無差別級女ボスは興味なさ気に見えて、耳はしっかりこちらに向いてる。見えないけどそんな気配ビンビンなのです。
「それで、いったいどんな?」
「うーん……あの子いっつもわけわかんないこと言うんだ」
「ねえ、ここってほんとうにゲームの世界なの?」
夢だ。
それに気づいた瞬間、わたしは問われるよりもはやくそう口走っていた。
「スナップとキャサリンは何者なの? なんでわたしたちには記憶がないの? なんで異世界にいるの?」
ずっと疑問に感じていたことが溢れ出す。そのすべての答えをこの子が知ってると直感的に確信する。
すべてを吐き出して、この世界に色が生まれたような気がした。
「キミはニンゲンをどう思う?」
(にんげんって――?)
どういう意味だろう? わたしは自分を見下ろした。
「ああごめん。そうだね……キミはこの世界の人間を、引いては人間という生き物をどう思うかな?」
「それってどういう意味?」
「いろいろ見てきたでしょ? 思い出してごらん。キミがこの世界に落とされてから、どんな出会いがあったかな」
出会い。
さいしょに目に入ってきた光は緑。大きな背伸び、川のせせらぎ、水車小屋。
人工物がある。だから人がいる。安心して、そこに入って、だれもいなくて。
不安だった。
そこに、オジサンが現れた。多くのヒミツを抱えて。
「人にはいくつもの面がある」
タイミングを見計らったかのように、彼は言葉を紡いだ。あるいは、その思考に誘導するかのように。
「キミが信頼する人は、結局キミを利用するためにキミを鍛えた。そして、あのふたりを戦場へ誘った」
あのふたりとは、スプリットくんとサっちゃんのことだろう。
「話し合いで解決しよう。口ではそう言うが、その実影で戦うための準備をし、戦争という末路へ辿る」
「それは……あの人がぜんぶわるくて」
国。その王さま。
現王が崩御した今、この国の未来はあの王子にかかっている。
オジサンの腐れ縁の人が頭を悩ませている原因。そうだ、あの人さえいなければこんなことには。
「ほんとうにそうおもうかい?」
「え?」
犬は淡々と言葉を紡ぐ。そこに刻まれた感情は辛いとか悲しいとかじゃなく、強いて言えば、子どもに言い聞かせるような声色だった。
「今、キミがイメージしたそのニンゲンは、本当に戦いを止めようとしていたのかな?」
「そんなの、そんなの当たり前でしょ!」
「でも止められない」
「スパイクさんがなんとかしれくれるもん!」
「それは嘘だ」
うそだ。この子はそう言った。
「いま、キミは嘘をついた。本当はなんとかしてくれるなんて思っちゃいない。戦争を――人の欲望は止められないとニンゲンであるキミがいちばんよく知ってるから」
「……わたしは」
何も言えなかった。
「ニンゲンは愚かだ。自身の欲望のためならなんでも奪う。それが命であっても変わらない。それで自分が得をするのなら」
そんなの違う。そう叫びたいのに口が、ノドがそれを拒絶してるような気がした。
まるで、わたしが人間そのものを否定してるかのような気持ちになった。
(そうかもしれない)
いろんな人を見てきた。
豪華な衣装に身を包んだ人がいて、その一方で路地裏に目をやれば、空腹でうずくまってる人がいた。
おかしいと叫ぶ人はいなかった。
(ニンゲンは……きっとそういう生き物なのかもしれない。それでも)
オトモダチになった人がいた。
なれなかった人もいた。
自分の曲芸を見てくれる人のためにがんばってる人がいた。
身体を休めに来る人を笑顔で歓迎してくれる人がいた。
疲れたこころに一杯の安らぎを与えてくれる人がいた。
(みんな、みんな同じニンゲンなんだ)
やさしい人がいて、きびしい人がいて、すぐ怒る人もいて、許してくれる人もいる。それもみんなひっくるめてニンゲンなんだ。
(あ)
頭の中に光が走った。
決してよじ登れない柵に阻まれて、わたしはその先の扉をずっと見てる。
大切な人が帰って来るんだ。足音がコツ、コツって鳴って、ドアノブがガチャリとまわって、わたしはその人の足に体当たりするんだ。
この記憶はどこだろう? なつかしい、それでいて暖かい。
「わたしは人間が好きだよ」
気付いたとき、わたしの目から光るモノが流れ落ちていた。
「……ごめん」
まっくろな犬がつぶやく。影となって消えていく。最後に、彼はこんなメッセージを残した。
「キミが羨ましいな」
「プッ! あはははは!!」
わたしが話し終えると、それまでよそ見で知らん顔をしてた団長がドッと笑いころげた。
「傑作だ! あんの犬っころテメーから仕掛けといてなんだそれ! あーウケる」
ひとり大爆笑中のさくらに対し、うちのパーティーはきょとんとした態度だ。
「笑える要素ありました?」
「さあ」
「あーわるいわるいこっちの話だ。旅立ちのいい土産になった」
イスを鳴らして立ち上がる。そのまま受付席でくつろぐダッシュの脇を通り抜け、その裏にある扉のノブをまわした。
「もう出立するの?」
常に笑顔な糸目キャラの言葉に、彼女は上機嫌で答えた。
「ああ。いい気分のまま街を出たくてね。新しい爪はどこにあったっけ?」
「いつもの場所だよ」
「さんきゅー。じゃ、おれはこのままフラッツ・スワンに向かうわ」
げんきでなー。気の抜けた言葉をさいごに、彼女は後ろ姿を扉の向こうに隠してしまった。
「つめ? 爪切りではなくて?」
「ああ、あんず殿はさくら殿の得物を知らぬのか」
「すっごいんだよ! 手に装着してシュバッ! って感じで」
サイクロプスも一撃だった。オジサン直々の訓練を受けたからわかる。アレは達人級のウデマエだ。
あんず改めあっちゃんは「はぁ、そうですの」とわかってるようでわかってない図。こんど実践でおしえてあげよーっと。
「それにしても、目的地が同じ方向なら同行する手段もあっただろうに」
「うちの団長が自由人だってことブーラーも知ってるでしょ? 他人と群れること自体が好きじゃないんだよ」
「まあ、そうだな。さて、拙者らもそろそろ出立しよう。不足はあるか?」
「わたしはいつでもいーよ!」
「構いませんわ」
全員の意見が揃った。じゃあ行こう。魔族の土地へ。
「んふふ、楽しみだなぁ」
ケイちゃんにまた会えるだろうか? ううん、会える気がする。っていうかゼッタイ会う。
「地図はもった? カニスへはどのみちフラッツ・スワンを経由しなきゃいけない。まずはフラーを出て東のガラリーを目指してね」
「はーいどれどれぇ」
以前ダッシュからもらった地図を広げる。旅団員はみんな持ってるらしい。
「あれ、西だよ?」
「逆ですわよ」
呆れた声で言うなし。
「地図上でこの距離であれば、歩いて三日といったところか」
「じゃあ走ればすぐだね」
「どんな計算ですの?」
呆れた声で言うなし。
「もーいいじゃん! はやく行こうよ!」
「ちょ、待ってくださいな」
そんな声を背中に受け、わたしは足早に外へと手を伸ばす。開け放たれる扉に開かれる視界。
太陽にあてられる町並み。人々の喧騒。それらすべてがわたしを応援してくれてるような気がした。
「カニスかぁ。いったいどんなトコなんだろう?」
わたしたちの新しい旅は、まだ始まったばかりだ!
ツギハギだらけの布の服で身を包み、コンクルージョンの団長はぶっきらぼうな声を投げつけた。
いつものテーブル、いつもの色のティーカップ。いつもと違うのは、今回の服装はちょっとだけ気合いが入ってるってこと。長旅衣装な意味で。
「うん。いままでにも何度かあったよ」
わたしは簡潔に答えた。そのうしろで、後頭部にお団子をのせた受け付けマンが新たな依頼を団員に手配し、出ていく後ろ姿を見送っている。
依頼の整理、適切な分配、そして昨日終えた仕事の報告を受ける。朝いちの旅団はそこそこ忙しい。ダッシュ的に犬の手も借りたそう。
「ふーん」
すこし考え込むような所作をして、彼女は切れ味鋭い目を窓に向けた。
「目ぇ付けられてんのか。かわいそうに」
そのセリフの意味はわからなかったけど、その真意を尋ねるまえに、さくらは右手の中指にはめた深い赤色の指輪を天井にかざした。
「おれも主人公候補にされそうになったがこっちからお断りした。そのかわりあの駄犬は"不具合を教えてくれるのは嬉しいんだけど、それを使っていろいろされるのは困るなぁ"つってたな」
「いろいろ?」
「ああ、いろいろだ」
長い黒髪に彼女の顔が隠され見えなくなった。
ここには我らがパーティーに加え、まだ仕事の準備に追われる団員たちがひしめいており、中にはフレンドリーに話しかけてくる人もいる。
わたしたちが今日フラーを出立することを知ってる人たちもいて、餞別をもらったりまたねのハグをしたり。
(んー)
オトモダチの輪、もっとひろがれーと思いつつ見渡してみて、やっぱりなとため息。
肝心な子が来てないんだよなぁ。
(ドロちんめ、最後にごあいさつだけでもいーじゃん?)
心のなかで抗議のブーブー。想いよ届け。
「その夢とはどんな内容でしたの?」
となりの少女からそんな質問が寄せられた。
「気になる?」
「ええ、気になりますわ」
「どして?」
「昨晩はとくに酷かったんですの。グレースさんの寝相が」
じっとりした視線で刺してくるなんちゃって女騎士さん。そのほっぺたにはまーるくあかーい跡がある。まちがいない、それはコブシだ。
「ブッちゃん、治療おねがい」
「ほっとけば治る」
まあまあそんなこと言わずに。
「拙者もその夢とやらが気になる。知り合いに予知夢を見るスキルを習得した者がいる。よもやそれではあるまいな?」
「ないない。ほんとにただの夢だよたぶん」
ってかそんなスキルあるの? そのほうが驚きなんだけど。
「もったいぶらずに教えてくださいな! その夢とやらでわたくしの命運が尽きかけたのですよ!?」
せまるあんずちゃん。よく見ると首にも手の跡がついてた。あーこれはわたくし、絞めてしまいましたか?
(いやーそこまでとは)
これにはさすがのグレースちゃんも猛反省。お詫びと言ってはなんですが、わたしが見たふしぎな夢の内容をご紹介しましょう。
「えーっとね、犬が話しかけてくるの。まっしろな場所でおすわりしてて、こっちに話しかけてくるの」
「なんとも面妖な」
耳を傾けるバンダム級女騎士とヘビィ級僧侶。テーブルの無差別級女ボスは興味なさ気に見えて、耳はしっかりこちらに向いてる。見えないけどそんな気配ビンビンなのです。
「それで、いったいどんな?」
「うーん……あの子いっつもわけわかんないこと言うんだ」
「ねえ、ここってほんとうにゲームの世界なの?」
夢だ。
それに気づいた瞬間、わたしは問われるよりもはやくそう口走っていた。
「スナップとキャサリンは何者なの? なんでわたしたちには記憶がないの? なんで異世界にいるの?」
ずっと疑問に感じていたことが溢れ出す。そのすべての答えをこの子が知ってると直感的に確信する。
すべてを吐き出して、この世界に色が生まれたような気がした。
「キミはニンゲンをどう思う?」
(にんげんって――?)
どういう意味だろう? わたしは自分を見下ろした。
「ああごめん。そうだね……キミはこの世界の人間を、引いては人間という生き物をどう思うかな?」
「それってどういう意味?」
「いろいろ見てきたでしょ? 思い出してごらん。キミがこの世界に落とされてから、どんな出会いがあったかな」
出会い。
さいしょに目に入ってきた光は緑。大きな背伸び、川のせせらぎ、水車小屋。
人工物がある。だから人がいる。安心して、そこに入って、だれもいなくて。
不安だった。
そこに、オジサンが現れた。多くのヒミツを抱えて。
「人にはいくつもの面がある」
タイミングを見計らったかのように、彼は言葉を紡いだ。あるいは、その思考に誘導するかのように。
「キミが信頼する人は、結局キミを利用するためにキミを鍛えた。そして、あのふたりを戦場へ誘った」
あのふたりとは、スプリットくんとサっちゃんのことだろう。
「話し合いで解決しよう。口ではそう言うが、その実影で戦うための準備をし、戦争という末路へ辿る」
「それは……あの人がぜんぶわるくて」
国。その王さま。
現王が崩御した今、この国の未来はあの王子にかかっている。
オジサンの腐れ縁の人が頭を悩ませている原因。そうだ、あの人さえいなければこんなことには。
「ほんとうにそうおもうかい?」
「え?」
犬は淡々と言葉を紡ぐ。そこに刻まれた感情は辛いとか悲しいとかじゃなく、強いて言えば、子どもに言い聞かせるような声色だった。
「今、キミがイメージしたそのニンゲンは、本当に戦いを止めようとしていたのかな?」
「そんなの、そんなの当たり前でしょ!」
「でも止められない」
「スパイクさんがなんとかしれくれるもん!」
「それは嘘だ」
うそだ。この子はそう言った。
「いま、キミは嘘をついた。本当はなんとかしてくれるなんて思っちゃいない。戦争を――人の欲望は止められないとニンゲンであるキミがいちばんよく知ってるから」
「……わたしは」
何も言えなかった。
「ニンゲンは愚かだ。自身の欲望のためならなんでも奪う。それが命であっても変わらない。それで自分が得をするのなら」
そんなの違う。そう叫びたいのに口が、ノドがそれを拒絶してるような気がした。
まるで、わたしが人間そのものを否定してるかのような気持ちになった。
(そうかもしれない)
いろんな人を見てきた。
豪華な衣装に身を包んだ人がいて、その一方で路地裏に目をやれば、空腹でうずくまってる人がいた。
おかしいと叫ぶ人はいなかった。
(ニンゲンは……きっとそういう生き物なのかもしれない。それでも)
オトモダチになった人がいた。
なれなかった人もいた。
自分の曲芸を見てくれる人のためにがんばってる人がいた。
身体を休めに来る人を笑顔で歓迎してくれる人がいた。
疲れたこころに一杯の安らぎを与えてくれる人がいた。
(みんな、みんな同じニンゲンなんだ)
やさしい人がいて、きびしい人がいて、すぐ怒る人もいて、許してくれる人もいる。それもみんなひっくるめてニンゲンなんだ。
(あ)
頭の中に光が走った。
決してよじ登れない柵に阻まれて、わたしはその先の扉をずっと見てる。
大切な人が帰って来るんだ。足音がコツ、コツって鳴って、ドアノブがガチャリとまわって、わたしはその人の足に体当たりするんだ。
この記憶はどこだろう? なつかしい、それでいて暖かい。
「わたしは人間が好きだよ」
気付いたとき、わたしの目から光るモノが流れ落ちていた。
「……ごめん」
まっくろな犬がつぶやく。影となって消えていく。最後に、彼はこんなメッセージを残した。
「キミが羨ましいな」
「プッ! あはははは!!」
わたしが話し終えると、それまでよそ見で知らん顔をしてた団長がドッと笑いころげた。
「傑作だ! あんの犬っころテメーから仕掛けといてなんだそれ! あーウケる」
ひとり大爆笑中のさくらに対し、うちのパーティーはきょとんとした態度だ。
「笑える要素ありました?」
「さあ」
「あーわるいわるいこっちの話だ。旅立ちのいい土産になった」
イスを鳴らして立ち上がる。そのまま受付席でくつろぐダッシュの脇を通り抜け、その裏にある扉のノブをまわした。
「もう出立するの?」
常に笑顔な糸目キャラの言葉に、彼女は上機嫌で答えた。
「ああ。いい気分のまま街を出たくてね。新しい爪はどこにあったっけ?」
「いつもの場所だよ」
「さんきゅー。じゃ、おれはこのままフラッツ・スワンに向かうわ」
げんきでなー。気の抜けた言葉をさいごに、彼女は後ろ姿を扉の向こうに隠してしまった。
「つめ? 爪切りではなくて?」
「ああ、あんず殿はさくら殿の得物を知らぬのか」
「すっごいんだよ! 手に装着してシュバッ! って感じで」
サイクロプスも一撃だった。オジサン直々の訓練を受けたからわかる。アレは達人級のウデマエだ。
あんず改めあっちゃんは「はぁ、そうですの」とわかってるようでわかってない図。こんど実践でおしえてあげよーっと。
「それにしても、目的地が同じ方向なら同行する手段もあっただろうに」
「うちの団長が自由人だってことブーラーも知ってるでしょ? 他人と群れること自体が好きじゃないんだよ」
「まあ、そうだな。さて、拙者らもそろそろ出立しよう。不足はあるか?」
「わたしはいつでもいーよ!」
「構いませんわ」
全員の意見が揃った。じゃあ行こう。魔族の土地へ。
「んふふ、楽しみだなぁ」
ケイちゃんにまた会えるだろうか? ううん、会える気がする。っていうかゼッタイ会う。
「地図はもった? カニスへはどのみちフラッツ・スワンを経由しなきゃいけない。まずはフラーを出て東のガラリーを目指してね」
「はーいどれどれぇ」
以前ダッシュからもらった地図を広げる。旅団員はみんな持ってるらしい。
「あれ、西だよ?」
「逆ですわよ」
呆れた声で言うなし。
「地図上でこの距離であれば、歩いて三日といったところか」
「じゃあ走ればすぐだね」
「どんな計算ですの?」
呆れた声で言うなし。
「もーいいじゃん! はやく行こうよ!」
「ちょ、待ってくださいな」
そんな声を背中に受け、わたしは足早に外へと手を伸ばす。開け放たれる扉に開かれる視界。
太陽にあてられる町並み。人々の喧騒。それらすべてがわたしを応援してくれてるような気がした。
「カニスかぁ。いったいどんなトコなんだろう?」
わたしたちの新しい旅は、まだ始まったばかりだ!