手練れの魔術師
ゲームの鉄則。プレイヤーを程よく気持ちよくさせる。そのためにはたまーに"壁"を用意してあげるわけよ
「隙あり!」
手首と指だけの力で針を飛ばす。
小手先? そういう訓練をしてきたんだ。
威力充分。かなりのスピード。
少なくとも、肉薄した状態なら必中。
「チィ!」
男は近くの触手を展開した。
額に命中する寸前、触手がその前方に突き出す。
針が触手に刺さる。
拘束が緩んだ。
期待した結果と違うけど今はそれでグッジョブ。
(今だ!)
「とりゃー!」
足が動く。暴れる。
触手が引き剥がされまいと張り付いてくる。
吸い付く針がちょっと痛いけどそんなこと言ってらんない。
その間もタコ足はどんどん力を失い地べたにボトボト落ちていく。
男は魔法陣を消し飛び退いた。
すぐにさくらが階下からジャンプ。こちらに合流した。
「グレース無事か」
「めんぼくねぇでゲソ」
「なんだよそれ」
「あーいや触手つながりで」
あ、これイカの触手だっけ。
じゃあタコの触手はなんていうんだろう?
「助けに来てくれたんだ」
「いや、あのガキがガマンできなかったんだ」
それってイギーくんのこと?
そう問おうとしたときだった。
「ぼくのブローチをかえせ!」
近くで少年特有のキンとした声。
その発生源はさっき飛び退った男と同じ座標。
っていうかそいつの脚に絡みついてるし。
「なんだ貴様は」
男がそっちに意識を向け、そのおかげで顔が見えた。
高身長なうえ痩せ気味で肌白い。
額にルビーがはめ込まれてる。
さっきまで命のやりとりをしてたのに、こいつの目にはふしぎなほど殺意を感じ取れなかった。
「かえせ!」
男の全貌が月明かりの下にさらされる。
暗色に見えていたそれは紫。
魔術師風のローブ。
その下は本業らしい盗賊風味のレザー装備。
その表情からは何も読み取れず。
その顔はスプリットくんより若く見えて、オジサンより年老いても見えた。
「ジャマだ」
男の手が光る。
わたしはナイフを投擲した。
「ったく大人しくしてろと言ったのに!」
「わっ!」
ナイフに身を反らしたスキにさくらがイギーくん確保。
その流れで男の顔面に足を伸ばす。
スカした。
「さくら!」
「おわっ!」
男はただ冷淡に蹴りを仕掛けた増援に手を向けへ手を伸ばす。
何かを感じた。
反射的にイギーくんをこちらへ投げ、自身は慣性で壁まで飛び込んだ。
破裂音。
「空間爆破? 操作系の魔術師か」
さくらがそのセリフを吐き頭を伏せる。
こんどは光の筋がその頭上を通り抜け柱を貫いた。
「詠唱なしかよ。グレース手を貸せ!」
「がってんだ!」
イギーくんを下がらせ、わたしは男の背後に回った。
男はさくらと正対しつつこちらも警戒してる。
なかなか隙を見せない。
下でも同じように爆発音。
たぶんあんずちゃんたちが暴れてるんだろう。
「こんな狭いとこで大剣振り回さないでよ!」
「そんなこと言われましても、これがわたくしのスタイルですから」
ずどーん。
「ああまた貴重な本があああ!!」
(うーん)
まあ、大丈夫でしょ。それより気にすべきはこっちの触手盗賊魔術師のほうだ。
「……分が悪い」
男はこっちとさくら、両者を警戒しつつ下階の様子を伺った。
大剣に薙ぎ払われデカい僧侶に縛られ怒り狂ったロリ魔術師の杖にボコられ。
ある意味阿鼻叫喚の地獄絵図。
ブッちゃんが隠された武器などを確認しつつさらなる証拠を探してる。
「ふがいない連中だ」
「ッ! 逃がすな!」
「え?」
男が吹き抜けのほうに跳んだ。
いや飛んだ。
周囲に触手が生え、クモのような脚を構成する。
それが壁にくっつき、身体を支えさらに上方へと駆け上がっていく。
「あ、待って!」
さくらが地面を蹴り男の後を追う。
それをさらに追いかけ、わたしは同じように吹き抜けへ飛び出し上の階へとジャンプしていく。
「おねーちゃん!」
「待ってろ! 必ずおまえの大切なもの取り返してやっからよ」
さくらが振り向いて、かっこいい笑顔といっしょにそんな言葉を投げかけた。
逃げ出した男を追いかけて、わたしたちは塔のてっぺんまで登りきった。
円筒状の図書館。最上階は展望台になっていた。
男の姿はない。
さくらは外へ飛び出し、塔の屋上へと登る。
そして、ネズミを角に追い込んだネコのような肉食的微笑を浮かべた。
「追い詰めたぜ」
男は平坦な円状のフィールドの中央に立っていた。
何も言わず静観する。
追い詰められた風ではない。
むしろ迎え撃つにはちょうどよい広さ。
誘われた? いや、ここは逃げるにしても都合がいい。
さくらは男に手を伸ばし、指でまるいマークを作った。
「あのガキに依頼されてな。こんくらいの大きさのブローチなんだ。心当たりあるか?」
「知らん」
吐き捨て。
「価値のないガラクタの在処など、下にいる雑魚どもに聞けばよかろう」
それは聞き捨てなりませんなぁ。
「お仲間にあんまりな言い方じゃない?」
「雑魚は雑魚だ。価値などない」
そのまま黙る。うーん会話の糸口がないなぁ。
そう悩んでるとき、さくらが別の切り口を用意する。
「テメーの名は?」
「答える義務などない」
「なるほど、元っていうのか」
「ッ!?」
男がはじめて感情を露わにする。
それから何かに気づいて、その周辺に魔法陣を展開した。
「対応がはえーな。もう心を読めなくなっちまった」
「キサマ」
明確な殺気。
えーっとさくらちゃん? ちょっと余計なことしてくれたんじゃないの?
っていう訴えは届かず、さくらは感心した表情で男を見上げる。
「スキルなしで精神防御できるのか。手練れだな」
「その顔見覚えがある。ギルドの手のものか」
「だとしたらどうする?」
「排除する」
即答。
さくらは喜んだ。いやなぜ?
「へぇ……たかが女ふたり軽く捻り潰してやるぜ、みたいな言い草だな」
男は――元は答えず、ただ新たな魔法陣を展開した。
手首と指だけの力で針を飛ばす。
小手先? そういう訓練をしてきたんだ。
威力充分。かなりのスピード。
少なくとも、肉薄した状態なら必中。
「チィ!」
男は近くの触手を展開した。
額に命中する寸前、触手がその前方に突き出す。
針が触手に刺さる。
拘束が緩んだ。
期待した結果と違うけど今はそれでグッジョブ。
(今だ!)
「とりゃー!」
足が動く。暴れる。
触手が引き剥がされまいと張り付いてくる。
吸い付く針がちょっと痛いけどそんなこと言ってらんない。
その間もタコ足はどんどん力を失い地べたにボトボト落ちていく。
男は魔法陣を消し飛び退いた。
すぐにさくらが階下からジャンプ。こちらに合流した。
「グレース無事か」
「めんぼくねぇでゲソ」
「なんだよそれ」
「あーいや触手つながりで」
あ、これイカの触手だっけ。
じゃあタコの触手はなんていうんだろう?
「助けに来てくれたんだ」
「いや、あのガキがガマンできなかったんだ」
それってイギーくんのこと?
そう問おうとしたときだった。
「ぼくのブローチをかえせ!」
近くで少年特有のキンとした声。
その発生源はさっき飛び退った男と同じ座標。
っていうかそいつの脚に絡みついてるし。
「なんだ貴様は」
男がそっちに意識を向け、そのおかげで顔が見えた。
高身長なうえ痩せ気味で肌白い。
額にルビーがはめ込まれてる。
さっきまで命のやりとりをしてたのに、こいつの目にはふしぎなほど殺意を感じ取れなかった。
「かえせ!」
男の全貌が月明かりの下にさらされる。
暗色に見えていたそれは紫。
魔術師風のローブ。
その下は本業らしい盗賊風味のレザー装備。
その表情からは何も読み取れず。
その顔はスプリットくんより若く見えて、オジサンより年老いても見えた。
「ジャマだ」
男の手が光る。
わたしはナイフを投擲した。
「ったく大人しくしてろと言ったのに!」
「わっ!」
ナイフに身を反らしたスキにさくらがイギーくん確保。
その流れで男の顔面に足を伸ばす。
スカした。
「さくら!」
「おわっ!」
男はただ冷淡に蹴りを仕掛けた増援に手を向けへ手を伸ばす。
何かを感じた。
反射的にイギーくんをこちらへ投げ、自身は慣性で壁まで飛び込んだ。
破裂音。
「空間爆破? 操作系の魔術師か」
さくらがそのセリフを吐き頭を伏せる。
こんどは光の筋がその頭上を通り抜け柱を貫いた。
「詠唱なしかよ。グレース手を貸せ!」
「がってんだ!」
イギーくんを下がらせ、わたしは男の背後に回った。
男はさくらと正対しつつこちらも警戒してる。
なかなか隙を見せない。
下でも同じように爆発音。
たぶんあんずちゃんたちが暴れてるんだろう。
「こんな狭いとこで大剣振り回さないでよ!」
「そんなこと言われましても、これがわたくしのスタイルですから」
ずどーん。
「ああまた貴重な本があああ!!」
(うーん)
まあ、大丈夫でしょ。それより気にすべきはこっちの触手盗賊魔術師のほうだ。
「……分が悪い」
男はこっちとさくら、両者を警戒しつつ下階の様子を伺った。
大剣に薙ぎ払われデカい僧侶に縛られ怒り狂ったロリ魔術師の杖にボコられ。
ある意味阿鼻叫喚の地獄絵図。
ブッちゃんが隠された武器などを確認しつつさらなる証拠を探してる。
「ふがいない連中だ」
「ッ! 逃がすな!」
「え?」
男が吹き抜けのほうに跳んだ。
いや飛んだ。
周囲に触手が生え、クモのような脚を構成する。
それが壁にくっつき、身体を支えさらに上方へと駆け上がっていく。
「あ、待って!」
さくらが地面を蹴り男の後を追う。
それをさらに追いかけ、わたしは同じように吹き抜けへ飛び出し上の階へとジャンプしていく。
「おねーちゃん!」
「待ってろ! 必ずおまえの大切なもの取り返してやっからよ」
さくらが振り向いて、かっこいい笑顔といっしょにそんな言葉を投げかけた。
逃げ出した男を追いかけて、わたしたちは塔のてっぺんまで登りきった。
円筒状の図書館。最上階は展望台になっていた。
男の姿はない。
さくらは外へ飛び出し、塔の屋上へと登る。
そして、ネズミを角に追い込んだネコのような肉食的微笑を浮かべた。
「追い詰めたぜ」
男は平坦な円状のフィールドの中央に立っていた。
何も言わず静観する。
追い詰められた風ではない。
むしろ迎え撃つにはちょうどよい広さ。
誘われた? いや、ここは逃げるにしても都合がいい。
さくらは男に手を伸ばし、指でまるいマークを作った。
「あのガキに依頼されてな。こんくらいの大きさのブローチなんだ。心当たりあるか?」
「知らん」
吐き捨て。
「価値のないガラクタの在処など、下にいる雑魚どもに聞けばよかろう」
それは聞き捨てなりませんなぁ。
「お仲間にあんまりな言い方じゃない?」
「雑魚は雑魚だ。価値などない」
そのまま黙る。うーん会話の糸口がないなぁ。
そう悩んでるとき、さくらが別の切り口を用意する。
「テメーの名は?」
「答える義務などない」
「なるほど、元っていうのか」
「ッ!?」
男がはじめて感情を露わにする。
それから何かに気づいて、その周辺に魔法陣を展開した。
「対応がはえーな。もう心を読めなくなっちまった」
「キサマ」
明確な殺気。
えーっとさくらちゃん? ちょっと余計なことしてくれたんじゃないの?
っていう訴えは届かず、さくらは感心した表情で男を見上げる。
「スキルなしで精神防御できるのか。手練れだな」
「その顔見覚えがある。ギルドの手のものか」
「だとしたらどうする?」
「排除する」
即答。
さくらは喜んだ。いやなぜ?
「へぇ……たかが女ふたり軽く捻り潰してやるぜ、みたいな言い草だな」
男は――元は答えず、ただ新たな魔法陣を展開した。