犬の神、神の犬
シリアスは引きずらない
「冗談だけど冗談じゃない」
黒い犬は唇を動かさずに言った。
「ボクは本当に神様なんだ。ボクはこの世界にキミたちを招いた。そして試練を与えた」
「じゃあ……キミがわたしを、みんなをこの世界に連れてきたの?」
ジーニアスは頷いた。
「なんで?」
「キミのためだ」
わからない。
「ボクたちの時間は彼らよりずっと短い。彼らと同一の存在でありたいなら、これはしなければならない経験なんだ」
わけがわからない。
彼の言葉の意味も、理由も、なにもかも。
(わたしのためって、じゃあわたしのためにあんなことしたの?)
目の前で大切なオトモダチの死を見せつけたの?
こんな気持ちにさせて、それがキミの望んだことなの?
悲しみに包まれていた心は、次第に怒りへと転じていった。
「キミがみんなを殺したの?」
教えて、ジーニアスくん。
キミはわたしの敵?
黒い犬は黙ってこちらを見返した。
「……ボクたちは人間なんだ」
「それがなに?」
はぐらかさないで。そんなの知ってるし当たり前じゃん。
「人間を知るには人間の素晴らしいところだけでなく残酷な面も学ばなきゃいけないんだ」
「それが理由?」
「キミは人間をどう思う?」
「ごまかさないで」
わたしは懐に――そこにないはずの暗器を手に取った。
ここは夢の世界だ。だからここにある。
「……人は言葉を使う。動物より複雑なコミュニケーションをとれるし、キミが手に持つような道具も作れる」
「ッ!?」
「グレース、それはなんだい?」
言われて、隠す必要もなくなって、わたしはソレを取り出し、見た。
投擲用ナイフ。
柄がなく刃に重心を置いた刺さることに特化した武器。
(これは)
「殺すための道具さ」
彼の言葉に、一瞬心臓が締め付けられた。
「人間は道具をつくり、力を手に入れる方法を得た。その力は何倍にも膨れ上がり、いつしかたくさんの動物を――そして人を殺す兵器を生み出した」
「何が言いたいの?」
「ヒトは恐ろしい生き物なんだよ、グレース」
キミが思ってる以上に。
黒い犬はそう言った。
さっきから何を言ってるのかわからない。
それがわたしたちを異世界に連れてきた理由とどうつながるのか、
なぜそれ以前の記憶がないのか、
どうして、
わたしたちを殺したのか。
この犬は何も教えてくれない。
「ボクはただ彼らを見上げてた。しっぽを振って思いっきり甘えてればいいだけだった。それだけでボクを家族として扱ってくれた……けどボクは知っちゃったんだ。ボクたちが彼らにとってどんな存在であるかを」
犬は何かを思い出すように上を見た。
「牧羊犬、介助犬、警察犬……ボクたちはけっきょく命あるモノでしかないんだよ」
「さっきから何? 意味わかんないんだけど」
「キミがオジサンと慕うあの人も、結局はキミの力だけが必要だったのかな?」
(ッ!)
「オジサンを悪く言うな!」
投げた。
すり抜けた。
なんなんだこいつ。
「……キミは、チャールズにあんなこと言ってほしくなかったんだね」
あんなこと。
なんのこと。
ハッキリしない言葉。
けど、わたしの脳裏にハッキリと浮かんだ光景がある。
大きなお城の中で、
オジサンは、その時だけはチャールズという人間になってた。
わたしは叫んだ。
「当たり前じゃん!」
オジサンのこと好きだもん!
ずっといっしょに旅したかった!
オジサンの後をついてまわってたくさんの思い出をつくりたかった!
それなのにあんなこと言うんだもん。
なんだよ「あわよくば」って。
騙したと思われるって? あーそうですよ思いましたよバカなグレースちゃんで悪かったね!
でも、でもさ?
ずっといっしょに旅してきたんだもん、わたしだってオジサンの気持ちわかるんだよ?
ホントはイヤだったんでしょ?
あのクソ金髪がわたしたちを道具扱いして怒ってたじゃん。
歯ぁ食いしばってたじゃん。
「ならハッキリ拒否れよオジサンのバカぁ!」
ずっと低い位置からあの人を見上げて、
走って歩いて追いかけて、
得物を追い詰めて仕留めたときも、
頭を撫でてくれてほしくてすり寄って、
もっと触れていたくて、でも抱っこしてもらえなくて、
――あれ?
(なにこれ?)
なんの記憶?
「……このヘンが限界かな」
「あ、ちょっと!」
犬が薄くなった。
夢が醒める。
ちょっと待て、ふざけんな。
好き勝手言いまくってさっさと退散とかありえない。
せめてオトモダチが二度とあんな目に遭わないよう超絶強化無敵チートしてもらわないとダメなの!
「それはムリだよ」
ジーニアスは困ったような顔になった。
犬のくせに。
「今度さくらに会った時伝えてくれるかな? 彼女の領域にアクセスしたいんだけどブロックされちゃうんだ」
そして、なおも犬は勝手だった。
「キミは独りじゃない。ぜんぶ自分だけでやろうとせず仲間を頼っていいんだよ」
「……わかった」
わかったからこっちの話を聞けよ。
「ごめんって。お詫びと言っちゃなんだけど、本来はデスペナでダンジョン内で手に入れたアイテムや経験は全部没収されちゃうんだけど、今回だけはプレゼントするからさ。あと、キミは暗殺者ジョブだよね? じゃあ」
ちげーよ、
そういうこと言ってんじゃねーんだよ。
人の話聞けよ駄犬。
「ふざけんな」
まっくろな天井を見上げながらそう呟いた。
黒い犬は唇を動かさずに言った。
「ボクは本当に神様なんだ。ボクはこの世界にキミたちを招いた。そして試練を与えた」
「じゃあ……キミがわたしを、みんなをこの世界に連れてきたの?」
ジーニアスは頷いた。
「なんで?」
「キミのためだ」
わからない。
「ボクたちの時間は彼らよりずっと短い。彼らと同一の存在でありたいなら、これはしなければならない経験なんだ」
わけがわからない。
彼の言葉の意味も、理由も、なにもかも。
(わたしのためって、じゃあわたしのためにあんなことしたの?)
目の前で大切なオトモダチの死を見せつけたの?
こんな気持ちにさせて、それがキミの望んだことなの?
悲しみに包まれていた心は、次第に怒りへと転じていった。
「キミがみんなを殺したの?」
教えて、ジーニアスくん。
キミはわたしの敵?
黒い犬は黙ってこちらを見返した。
「……ボクたちは人間なんだ」
「それがなに?」
はぐらかさないで。そんなの知ってるし当たり前じゃん。
「人間を知るには人間の素晴らしいところだけでなく残酷な面も学ばなきゃいけないんだ」
「それが理由?」
「キミは人間をどう思う?」
「ごまかさないで」
わたしは懐に――そこにないはずの暗器を手に取った。
ここは夢の世界だ。だからここにある。
「……人は言葉を使う。動物より複雑なコミュニケーションをとれるし、キミが手に持つような道具も作れる」
「ッ!?」
「グレース、それはなんだい?」
言われて、隠す必要もなくなって、わたしはソレを取り出し、見た。
投擲用ナイフ。
柄がなく刃に重心を置いた刺さることに特化した武器。
(これは)
「殺すための道具さ」
彼の言葉に、一瞬心臓が締め付けられた。
「人間は道具をつくり、力を手に入れる方法を得た。その力は何倍にも膨れ上がり、いつしかたくさんの動物を――そして人を殺す兵器を生み出した」
「何が言いたいの?」
「ヒトは恐ろしい生き物なんだよ、グレース」
キミが思ってる以上に。
黒い犬はそう言った。
さっきから何を言ってるのかわからない。
それがわたしたちを異世界に連れてきた理由とどうつながるのか、
なぜそれ以前の記憶がないのか、
どうして、
わたしたちを殺したのか。
この犬は何も教えてくれない。
「ボクはただ彼らを見上げてた。しっぽを振って思いっきり甘えてればいいだけだった。それだけでボクを家族として扱ってくれた……けどボクは知っちゃったんだ。ボクたちが彼らにとってどんな存在であるかを」
犬は何かを思い出すように上を見た。
「牧羊犬、介助犬、警察犬……ボクたちはけっきょく命あるモノでしかないんだよ」
「さっきから何? 意味わかんないんだけど」
「キミがオジサンと慕うあの人も、結局はキミの力だけが必要だったのかな?」
(ッ!)
「オジサンを悪く言うな!」
投げた。
すり抜けた。
なんなんだこいつ。
「……キミは、チャールズにあんなこと言ってほしくなかったんだね」
あんなこと。
なんのこと。
ハッキリしない言葉。
けど、わたしの脳裏にハッキリと浮かんだ光景がある。
大きなお城の中で、
オジサンは、その時だけはチャールズという人間になってた。
わたしは叫んだ。
「当たり前じゃん!」
オジサンのこと好きだもん!
ずっといっしょに旅したかった!
オジサンの後をついてまわってたくさんの思い出をつくりたかった!
それなのにあんなこと言うんだもん。
なんだよ「あわよくば」って。
騙したと思われるって? あーそうですよ思いましたよバカなグレースちゃんで悪かったね!
でも、でもさ?
ずっといっしょに旅してきたんだもん、わたしだってオジサンの気持ちわかるんだよ?
ホントはイヤだったんでしょ?
あのクソ金髪がわたしたちを道具扱いして怒ってたじゃん。
歯ぁ食いしばってたじゃん。
「ならハッキリ拒否れよオジサンのバカぁ!」
ずっと低い位置からあの人を見上げて、
走って歩いて追いかけて、
得物を追い詰めて仕留めたときも、
頭を撫でてくれてほしくてすり寄って、
もっと触れていたくて、でも抱っこしてもらえなくて、
――あれ?
(なにこれ?)
なんの記憶?
「……このヘンが限界かな」
「あ、ちょっと!」
犬が薄くなった。
夢が醒める。
ちょっと待て、ふざけんな。
好き勝手言いまくってさっさと退散とかありえない。
せめてオトモダチが二度とあんな目に遭わないよう超絶強化無敵チートしてもらわないとダメなの!
「それはムリだよ」
ジーニアスは困ったような顔になった。
犬のくせに。
「今度さくらに会った時伝えてくれるかな? 彼女の領域にアクセスしたいんだけどブロックされちゃうんだ」
そして、なおも犬は勝手だった。
「キミは独りじゃない。ぜんぶ自分だけでやろうとせず仲間を頼っていいんだよ」
「……わかった」
わかったからこっちの話を聞けよ。
「ごめんって。お詫びと言っちゃなんだけど、本来はデスペナでダンジョン内で手に入れたアイテムや経験は全部没収されちゃうんだけど、今回だけはプレゼントするからさ。あと、キミは暗殺者ジョブだよね? じゃあ」
ちげーよ、
そういうこと言ってんじゃねーんだよ。
人の話聞けよ駄犬。
「ふざけんな」
まっくろな天井を見上げながらそう呟いた。