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作者: 犬物語
全滅
絶望感を描く練習
 うごけ。
 何度も唱える。

 動かない。

 やめて。
 何度も訴える。

 やめない。

 わたしの身体が指先一本さえ動かず、
 ドラゴンは自在に身体を操り、侵入者に無慈悲な攻撃を浴びせる。

(やめて)

 呪文の水流が折り重なる。
 凍てつく氷柱となり飛来する巨躯を磔にせんと襲いかかる。
 それらはすべてただの水塊すいかいと化し、ドラゴンは術者に制裁を加える。

(やめて)

 小さな犬は、青い衣を纏った僧侶に抱きかかえられ難を逃れた。
 身代わりになった。
 見たことのないガードスキルを使ってた。
 いとも容易く破壊された。
 ドラゴンは地面をたたき、
 地面が揺れ、爆ぜ、岩盤が浮き上がり、
 大きな、まっくろい顔の僧侶の身体が宙に舞い、

(ダメ!)

 ドラゴンは尾で薙ぎ払った。
 僧侶の身体がふたつに分かれた。

「ブーラーさん!!?」

 声が聞こえる。
 悲壮、絶望、惨憺さんたん
 それらが蜷局とぐろを巻く金切声。

(やだ! ヤだァ! にげてあんずちゃん!!)

 歪んだ顔、必死の形相。
 ただでさえダメージが残る身体を引きずって、
 目の前で起こった事実を認めたくなくて、
 少女は跳んだ。
 強者ドラゴンにとってはただの虫だった。

(ぁ――)

 あんずちゃんは鎧ごと爪で貫かれた。
 そのまま地面へ墜とされ、磔にされる。
 少女の身体はもう動かない。
 虚空を見つめる顔が、少女の命の儚さを物語っていた。

(ぁんず、ちゃ――)

 わたしの心に、ぽっかりと穴が開く感覚を覚えた。
 逃げるべきだったんだ。
 勝機なんてなかった。

 今まで大丈夫だったんだからこれからも大丈夫なんてだれが決めた?
 わたしたちはずっと命のやりとりをしてきた。
 狩る側から狩られる側になっただけ。
 ただ、それだけ。


 いままで、わたしが「ごめんね」って言ってきた理由。
 狩る側だったから。
 相手の言い分なんて聞こうとも思わなかった。
 それがいけなかったの?
 悪い子だったの?

(ごめんなさい……ごめんなさい)

 子犬が、必死の形相で魔法を連発している。
 呪文なしであたり一面を火の海にするような大魔法。
 でも、ドラゴンはピクリとも反応しない。

 もはや伝説の大魔術師の遺産などどうでもよかった。
 ただ生への執着で、子犬は泣き叫び魔法を撃ちまくった。
 ドラゴンは、先程少女を縫い留めた足を引き抜き、子犬の頭上へ掲げた。

(ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!)

 あやまるから。
 今までのことぜんぶあやまるから。
 生きるためって、たくさんの命を奪ってきてごめんなさい。
 ぜんぶわたしのせいです。
 わたしがわるいんです。
 だからおねがい。

(わたしのオトモダチを――奪わないで)

 そして、子犬はドラゴンの足に踏み潰された。
 次にその足が持ち上げられた時、
 子犬の身体は無惨に潰され、
 五臓六腑が飛び散っていた。
 わたしは目を離せなかった。
 たくさんの黒い何かが胸を覆っていく。
 そして、

(ぁぁ)

 ドラゴンを目が合った。
 歯がカチカチする。
 身体が震える。
 涙が溢れ出す。

(なんで?)

 この涙はなんのため?
 死への恐怖?
 オトモダチを失った悲しみ?
 わからない。
 わたしはなんでここ・・にいるの?
 なんでこんなところ・・・・・・にいるの?
 なんのために、わたしはこの世界に連れてこられたの?

(なんで?)

 答えはない。
 そのかわり、わたしが最期に見た光景は、
 ドラゴンの大きく開かれた口と、
 その奥に広がる深淵の闇だけだった。





「…………なんていうか、その」

 わたしはまっしろなせかいのなかでたっている。

 みわたすかぎりのしろ。

 なにもない。

 あるわけない。

 みんなみんな、しんじゃった。

「ごめん」

 くろいいぬがいた。

「そこまで悲しませるつもりはなかったんだ……ただ、隠しダンジョンのテストをしたいだけだったんだ」

 いぬがいた。

 ゆがんでた。

 ゆがんでるのはわたしのめだった。

「そんなに泣かないでよ、ちゃんとみんな無事だから」
「……ぇ」

 わたし、泣いてた。
 涙がぽろぽろ。
 ぽろぽろ。
 止められない。
 ぽろぽろ。
 くろいいぬがゆがんでる。
 わたしの涙で。
 ぽろぽろ、ぽろぽろ。

「だからごめんって、もう……ちょっと厳しくしすぎた。死の演出はもっとマイルドにするよ。じゃないと製品版のときいろいろとめんどくさいからね」

 せいひんばんってなに?
 ううん、それよりも。

「みんな生きてるの?」
「うん」

 なぜだろう。
 この目でみんなの命が尽きていく光景を見たのに。
 失われた命は戻ってこないはずなのに。
 このわんこの言葉だけは、なぜか信じられるような気がした。

「キミが知るとおり、ドラゴンは通常なら倒せない。だけど、あの個体は仮想ステータスを与えて擬似的に倒せるようプログラミングされてるんだ」
「……」

 それは信じられない。
 だって、あのドラゴンは両翼をもがれたのに元気だったし素早かったしどうしようもなかった。

「怒らないでよ。隠しボスだから強くしたほうがいいと思って――はぁ、わかった。次はパーティーの強さに見合ったステータスになるよう調整するから。それと、そのドラゴンからキミに伝言を預かってるんだ」
「でんごん?」
「やりすぎた。ごめんだって」
「ごめんって」

 そんなこと言いそうなタイプだった?

「ボクからも謝るよ。とにかくみんな無事だから、そこは安心して」
「うん、わかった」

 みんな生きてるならそれでいい。
 それよりも、わんちゃんに聞きたいことがあります。

「ジーニアスくんって何者なの?」
「ボクかい? そうだねぇ、強いてひとつ言うならば――」

 そして、犬はナルシストっぽく一回転し、側面を見せからの澄まし顔。

「かみさま、かな」
「ぜんぜんかっこよくないよ」
「だからごめんってば」

 黒い犬はしょんぼりとした。
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